人造人間を作った理由【カリナ過去編】
あとは素体だけ。これさえできればこの計画は完成する。
「ここは俺の専門だな、見てろよ。所長の威厳ってもん見せてやるから」
カリナはそっと髪留めを外し、ポケットの中にしまった。
魔力を練り上げ、人型の素体を作る。ただそれだけなのだが、消耗しきったカリナには身を裂かれるような痛みを伴うものだった。
体の古傷は開き、口からは血が流れ、それでもカリナは魔力の練り上げを止めない。
「朔真よ。自分の限界超えて努力するってことが、どんだけ大変なのか、今ようやくわかったわ」
今にも気を失いそうな痛みのなか、カリナはひたすらにそれを続けた。
何時間。もしかしたら何日も経っていたのかもしれない。気が狂うような時間が過ぎた後、目の前には白銀の短い髪を持つ青年が横たわっていた。
「あとは、こいつを」
その青年が横たわっている台座から伸びたケーブルをカリナはモニターにつなぐ。
もはや焦点も定まらない目を必死に凝らしながら、震える手でカリナは実行コマンドを入力する。
次々に画面に刻まれていくプログラム。何個ものウィンドウが画面の中隅々まで展開されていく。
「よし、よし。いいぞ」
次第に起動が終わったプログラムは画面を閉じていき、やがて画面には「起動プロセス終了」の文字が出てきた。
ゆっくりと後ろを振り返れば、横たわっていた青年が体を起こし、こちらを見ている。
「おはようございます。あなたが俺の製作者、カリナ・アルフェイで間違いありませんか」
「…よく起きた。間違いない。俺がカリナだ。体に異常はないか」
「問題ありません、これより起動時処理を実行します」
そう返せば青年は再び横たわる。画面には再びプログラムが刻まれ、「人格プログラム入力中」と出ていた。
「…やりきったぜ、オルフェイン」
倒れるように椅子にもたれかかり、カリナは深くため息をつく。あとはこいつの起動を確認するだけだ。
失いそうになる意識のなか、カリナは黙って青年を見ていた。少しばかりの時間が経った後、青年は体を起こし、再びカリナを見る。
「おはようございます、お兄ちゃん」
「なんでだ」
ドスのきいた低い声でのまさかのお兄ちゃん発言に、カリナは思わずツッコミを入れた。
何で否定されたかがわからないという様子でカリナのほうを見る青年に、また深くカリナはため息をつく。
「俺に入力されていた人格プログラムです。お兄ちゃん」
「やめろ、あいつに似た顔でお兄ちゃんとかいうんじゃねえ。…って、プログラム作ったのはあいつか。余計なことしやがって」
「何か問題でもありますか。お兄ちゃん」
「やめろっつってんだろ」
そう、このプログラムを作ったのは他でもないオルフェインだ。
彼女が何をしたいのかはその一瞬でわかった。いや、彼女がというよりは、彼女を含めた研究員全員からのいたずらだろう。
「…わかった。俺の事は今後マスターと呼べ」
「わかりました。お兄ちゃ…マスター」
深い、とても深いため息の後、カリナは青年に手をかざす。
「お前は今後、夏の大陸の大図書館にあるこの世とあの世を繋ぐ川の管理人をしてもらう。俺の技術不足でお前はその聖域から出ることはできないが、そこなら世界中の情報が手に入る。おそらく暇を持て余すことはないだろう」
「承りました。感謝します。マスター」
彼の肉体はカリナの魔力だけで形成されたもの。カリナの近くもしくは純度の高い魔力が溢れる場所でなければ彼は生きることができなかった。
少し申し訳なさそうに言うも、青年は首を振り深く頭を下げる。
「その場所には俺以外の四賢者がいる。カリナの人造人間だとでもいえば、事情は察してくれるだろう。もしかすればお前より先にアリアの人造人間ができているかもしれない。兄弟と思って接しても構わん」
「承りました。感謝します。マスター」
「あとは、そうだな…」
何か忘れている気がする、疲れからか思い出せない。
少し考えていると青年が控えめに口を開いた。
「…あの、俺の名前、いただけないでしょうか」
「あ、それか。お前の名前はな」
何かしら候補はあったが、今一度カリナは考えた。
名づけはこの計画の完成を意味する。それに相応しい名前。何かがないかと考え、しばらく考えた末に思いついたようにうなずく。
「アル・オルフ。俺の名前からアル、そしてお前の人格を作ったやつからオルフ。その二つを取ってお前は今からアル・オルフだ」
「かしこまりました。アル、アルか…」
かみしめるように自分の名前を繰り返す青年にカリナは気に入らないか?と尋ねる。
「我がままを言うのであれば、アルフェ・アルケーナでもよろしいでしょうか。あなたの大事な方のファミリーネームがアルケーナだったと記憶しております。それに、あなたの名前も少し多くほしい」
「…あいつみてえに我がまま言う奴だな。わかった、いいだろう。アルフェ。今からお前を図書館に転送する。また次に会うのはいつになるかわかんねえが、いずれ必ず会いに行く。それまで俺の代わりに四賢者たちと仲良くやってくれ」
どこまであいつに似たんだか、と笑って、カリナはアルフェの頭をなでる。
そしてそのまま手に魔力を込めると、アルフェの体が光に包まれ、消えていった。
「じゃあな。アルフェ」
送り終わった直後、カリナの口から再び多量の血液が吐き出される。
もう限界だろう、それはカリナ自身がよくわかっていた。何度も何度も吐き出すうちに、意識が更に朦朧としていくのがわかる。
(やりきったな。俺も、やっと)
アルが居た寝台にもたれかかるようにしてカリナは倒れ、意識を失った。
血だまりの中、緑の髪だけが美しく輝いていた。