人造人間を作った理由【カリナ過去編】
冬の大陸に入り、研究所が見えてくる。
ようやく着いたか。なんて少しため息をつけば、カリナは研究所から走ってくる人影に気が付いた。
「…あ、所長…」
その姿を見た途端、カリナの全身から血の気が引く。
持っていた土産物も地面に投げ捨て、カリナは急いで人影のほうへ走っていった。
カリナが人影にたどり着くかつかないかのところで、彼は力なく地面に崩れ落ちる。
その背中には拳銃で撃たれたような弾痕と、何か所もの切り傷があった。
「おい、おい!何があった、どうしたんだ!」
「オルフェインさんの…研究所のやつらが…」
とめどなく血が流れている。おそらくもう手遅れだ。何人もの仲間を見送ってきたカリナにはわかった。
「所長…俺はもう、無理です。早く、研究所に。オルフェインさんが、まだ企画研究室に、立てこもってます」
「…クソ野郎どもが。わかった、さんきゅな。先に逝って休んでてくれ」
「すみません、所長…研究成果、一緒に見れませんでした。すみません、おれ、さきに…」
ぱたん、と彼の手が落ちる。彼は眠ったようにこと切れていた。
「…わりいな。絶対完成させるからよ。あっちで待っててくれや」
彼の目をやさしく包んで閉じる。ゆっくりと立ち上がれば、カリナは研究所に向けて走り出していた。
少しでも早く、ただ早く、速く、疾く。湧き上がる嫌な予感と後悔が彼の心を支配する。
「クソが、俺の不在狙ってやがったってか。舐めた真似しやがって」
研究所が見えてくると、そこは死屍累々の地獄絵図だった。自身の研究所のユニフォームを着た死体が何体も転がっているのが見える。
そのほかにも見覚えのない人影が何人も。機関銃や刀剣で武装した研究施設の人間であろう姿がいくつも見て取れた。
カリナの研究所で働いている人員は少ない、そして逆に隣の研究施設で働いている人員は多い。それがどういう意味かは、かつて戦争を経験していたカリナにはよくわかっていた。
生き残りが居てくれ。ただそれだけの思いでカリナは走りながら、武装した研究員に向けて手をかざす。
「四賢者カリナの名において、常世と現世を繋ぐ絶対原則の鍵をここに。現れやがれ、フェルマータぁ!」
研究員に飛び掛かりながら詠唱を済ませたカリナは虚空から大きな首狩り鎌を召喚する。そして目の前に居るそれがこちらに銃を向ける前にその鎌を振り下ろし体を二つに引き裂いた。
「もう戦争は終わったってのに。なんでこうも人間ってやつは殺したがるんかね」
表情も変えずに次々に研究員を切り刻む。怯えて逃げるような様子をしている者もいた。この冬の大陸を守るのがカリナの使命だったが、今の彼にはそんなことはどうでもよかった。
「オルフェイン…!」
ただせめて、彼女だけは、彼女だけは助けなければ。
一目散に彼は企画研究室へ向かう。道中何かが居た気がするが、そんなこと気にしている暇はカリナにはなかった。
研究室のドアが見える。オートロックがかかっている。少しばかりカリナは安心した。
膨大な研究資料が詰まっていることもあり、この扉はたとえカリナが全力で攻撃しても簡単には壊せないようにできている。
背後から襲い掛かってくる研究員を片手間で切り落とし、カリナは研究室のドアを開錠し、中へと入っていった。
「オルフェイン、無事か!」
「うん、ここに居たおかげでなんも怪我してないよ!それと、今日できたんだけど…!カリナ!危ない!」
油断していた。カリナは研究室のドアを閉めていなかったのだ。正しく言えば、自動で閉まるからとそのままで放置していた。
そのドアの向こうから、機関銃の発砲音が鳴り響く。完全に背中を向けていたカリナだったがその背中に痛みはこなかった。
「…おい、おい!」
「駄目だよ。私が可愛いからって、見とれてちゃ」
振り返れば、オルフェインがそこに仁王立ちで立っていた。正面から弾丸を受け止めるようにしてカリナをかばうように立っている。
「くっそ、くたばれや!」
再びの銃声、彼女の白衣が赤く染まっていく。足も撃ち抜かれ、片膝をつくような姿勢になっているが、それでも彼女はその場から動こうとはしなかった。
「オルフェイン! くそが、何してやがる!」
少しばかり呆けていたカリナだったが、事態に気が付けばその研究員に向けて机の上に置いてあったナイフを放り投げる。
眉間にそれが当たったかと思えば、研究員は力なく崩れ落ちた。
直後、ようやく研究室のドアが閉まった。外から銃声が聞こえるが、少なくともこの部屋にはそれが入ってくることはないだろう。
「しっかりしろ馬鹿!なんで俺なんかかばいやがった、なんで!」
「へへ…それが次期所長って、もんでしょ?」
とめどなく溢れてくる鮮血。抱きかかえているカリナの服ですら赤く染めるほどの量であった。
「やった。カリナが私の事抱きしめてくれてる」
「そんなこと言ってんじゃねえ! 今治す。今治すから」
カリナが彼女の傷口に向けて手をかざそうとするも、オルフェインがその手を掴み、ゆっくりと横に振った。
「…だーめ、カリナが、ここから、逃げられなくなっちゃう。あなたはまだ死んじゃだめだよ」
「でも、でもお前が!」
「カリナ…これあげる。私からカリナへの誕生日プレゼント」
しっかりと手を掴み、話さないまま、彼女は懐からハードディスクをカリナに差し出す。
ハードディスクには『人造人間開発計画 人格形成プログラム』と書かれていた。
「これは…」
「すごいでしょ、できたよ。私たちの子供が。私頑張ったんだよ、褒めてくれる?」
自分ですら完成できなかったもの。それを完成させたと彼女は言う。
誇らしげに、息をするのも苦しいはずだが、ゆっくりと彼女はそれをカリナに手渡した。
「ああ、よくやった。俺の自慢の女だよ、お前は」
「…プロポーズ?」
「ああ、そうだ、そうだよ。こんな形で言いたくなかった。悪い、悪かった」
「えへへ…そっかあ…なら泣かないでよ、カッコ悪いよ?」
震えながらも彼女はカリナの頬に指を延ばす。もうおぼろげにしか見えていないのだろう。耳のあたりをなぞるかのようにしていたが、カリナはその手を取り、対の手で彼女の頭をやさしく包んだ。
そしてゆっくりと彼女の唇に自分のそれを重ねる。
長い、長い時間だった。唇が離れれば彼女はとても嬉しそうに微笑む。
「やったあ、嬉しいなぁ。大好きだよ、ずーっとずーっと待ってたんだから」
「悪かった。また待っていてくれるか。もう向こうに行くんだろ?」
涙は止まる気配がない。ぽつりぽつりと彼女の頬をカリナの涙が伝う。
もう彼女の覚悟はわかった。そしてハードディスクを渡された時点で自分がやるべきことはわかった。いつも通りだ。いつも通り誰かを先に送るだけだ。それなのに
「泣いてばっかじゃん、笑ってよ。安心して逝けないじゃん」
「…ばーか、泣いてねえよ。泣くわけねえだろ」
袖で涙をぬぐえば、カリナは今まで見せたことがない笑みを浮かべて、彼女の頭を優しく撫でた。
それを見て満足そうにオルフェインは目を閉じる。
「ねえカリナ。ちゃんとご飯食べるんだよ?」
「…おう」
「ちゃんと四賢者の人と仲良くするんだよ?」
「…わかってる」
「ちゃんと研究やり遂げてね」
「…任せとけって」
「私がいなくなっても無理しないでね」
「…ああ」
「…先に逝って待ってるからさ、ちゃんと迎えに来てね。浮気しちゃだめだよ」
「バカ。俺がするわけねえだろ」
「えへへ…カリナ。大好きだよ。愛してる」
目をつぶりながら幸せそうな笑顔でオルフェインが微笑む。
その頭を再びカリナが優しく撫でると、カリナは小さく頷いて
「ああ、オルフェイン。俺もだ。愛してる」
そう返した。
それに満足したように彼女も頷けば、その手がゆっくりと地面に落ちる。
二度と話すことがなくなった彼女の唇に再び口づけを落とせば、カリナはオルフェインをゆっくりと地面に横たわらせた。
「…四賢者カリナの名において命ずる、彼の者に死後の安息を。苦しみのない安寧を。ただ安らかに眠りにつかんことを」
祈るように手を組み、詠唱が終われば、彼女の亡骸は翡翠色の炎に包まれていく。
数分ほど経ったと思えば、光の塵となり亡骸は天へと昇っていった。
「俺もすぐに行くからよ。少しだけ待っててくれや」
大鎌を拾い上げれば、亡骸があった場所にカリナは笑いかける。そしてその顔から笑みが消えたかと思えばゆっくりと、一歩ずつ扉に向かって歩いていった。