百 - 3
「刃物にもライトにもなるなんて、その義手って便利ね!」
不意に聞こえたミアの声で、フラッシュバックしていた映像が消えた。遥か昔のような、ついこの間の出来事のような、不思議な感覚だけが残っている。
「ああ……二十世紀最高の技術が詰め込まれた義手だ。普通の手にできてこの手にできないことはない。だがその逆はなりたたない代物だ」
「ふぅーん。ねえそれ、ロケットパンチできるの?」
「でき……できるわけないだろ」
できるぞ、と言いかけたが、慌てて言い換えた。できると言えば見せろとせがまれるからだ。だがミアは疑っているのか、含みを持たせた声色で「ふぅーん?」と言った。彼女がジト目の視線を送ってくるも、ノーマッドは無視して、管理室の扉を完全に開いた。
室内をライトで照らしながら見回すと、左手には横幅が五メートルはある巨大な硝子が嵌めこまれている。透明な硝子の向こうには焼却場があり、大きな焼却炉が設置されている。焼却炉の中には黒い炭の塊がある。また、上部には天井まで煙突が伸びている。煙突の中を登れば外に出られそうだとノーマッドは思った。
「にゃおん!!」
脱出方法を考えていると、ノエルが大声で鳴いた。ノエルをライトで照らすと、警戒するように毛を逆立てている。さらにノエルの視線の先を照らすと、壁が荒々しく切り裂かれていた。厚さ二センチはある金属製の壁に残された傷跡は、明らかに人の手によるものではない。鋭利かつ巨大な刃物を持ったなにかが、壁を切り裂いたのだ。ノーマッドが傷跡を見つめていると、空間が歪んだ。まるで丸いグラス越しに壁を見ているような不思議な光景に、ノーマッドは反射的に銃を抜いて引き金を絞る。
雷が落ちるような炸裂音と共に真鍮でコーティングされた金色の弾丸が歪んだ空間に飛んでいった。だが弾丸は、壁に丸い銃創を作っただけだった。
「きゃああああ! どうしたのよノーマッド!?」
銃声に驚いて、両手で耳を塞いだミアが叫んだ。
だが叫び声に混じって、周囲から金属を引っ掻くような音も聞えてくる。
「ミュータントだ! しかも光学迷彩能力を持ってる!」
ノーマッドは銃を握った右手を動かし、周囲を素早く見回した。硝子窓にライトを向けた時。一瞬、歪んだ空間を見つけ、反射的に撃った。白い発砲閃光で暗闇に包まれた室内が一瞬だけ明るくなった。しかしまたしてもノーマッドの撃った弾は虚空を突き進み、硝子窓を粉々に粉砕した。ライトに照らされた欠片がきらきらと光を反射しながら床に散らばった。
「チッ! どこへ行った!?」
部屋中から黒板を爪で引っ掻いたような不快な音が聞こえる。敵は動き回っているようだったが、しばらくして音が止んだ。
「ノーマッド! 上!」
ミアが叫び、ノーマッドはライトを天井に向けた。だが遅かった。銃口を向ける前に風切り音がした。
死----。
その一文字で思考が塗りつぶされたその時、腹に重い何かがぶつかった。
後ろに倒れながら、右手のライトが照らす光の中に広がる美しい銀色の髪が見えた。
「ミア!」
ノーマッドが叫ぶも、風切り音は止まらない。ミアの背中から赤い血が噴き出した。
「きゃああああああ!」
左の首の付け根から右の腰辺りまで斜めに切り裂かれ、彼女は床に倒れた。ノーマッドがすかさず銃口を向けたその時、ミアの体が不自然な動きで宙に浮いた。
肩紐だけで着ていた患者服がはらりと床に落ち、彼女の白い胸や腹がライトに照らされた。ミアを盾にされ、ノーマッドは銃を構えたまま体が硬直した。
「クソ! どうなってる!?」
ミアは肩甲骨の辺りから見えない糸で吊られているかのように宙に浮かび、両手を力なく降ろして項垂れている。彼女は突然顔を上げ、手足をばたつかせた。
「痛い、痛いよおぉ! ああ! ああああ! ダメダメダメ! 入ってこないでぇぇ! ふぅッッッ----!??」
左右の胸の中心が膨らんできた。そして彼女は足をピン、と伸ばし体を強張らせた。
「ああああ! ああ、お……うぐぉ、あぁぁ……。くる、し……」
膨らみが大きくなるにつれて、ミアの絶叫も息が詰まったような苦しげな呻き声に変わっていく。やがて胸の中央部分がメリメリと音を立てて裂けた。
血が流れ出ているその傷はミアの背中まで貫通しており、反対側の景色が見えた。ミアは両手で自身の体を貫通した透明な何かを掴んで必死に引き抜こうとしている。だが彼女の手の柔肌は、透明な何かを掴んだ瞬間皮膚が切れて、血が溢れた。
彼女の血が透明ななにかに伝い、その姿が浮かび上がってくる。その形は、鎌だった。
カマキリのような、しかし虫とは比較にならないほど巨大な鎌が、刃を下にしてミアの身体を貫いていた。体を貫通したままゆっくりとミアの体が地上に降ろされ、彼女の両足が床についた。しかし鎌はさらに下へ下へと降りていく。
穴の開いた胸の谷間から、肉を引き裂き、柔らかい腹を強引に裂いていく。
「げほ、ごぼぉ! っああ、あああ! やめて! やめてぇえええ!」
ミアは口から大量の血を吐きながら鎌を握り、それ以上がらないように必死に抵抗している。裂けた彼女の腹部から、胃や腸といった内臓が零れ落ち、周囲に濃い血の臭いを放っている。
降りていく鎌は臍の下あたり、彼女の股間のすぐ上で、こつん、という音を出して止まった。
「ごっふ……。ダメ……もう……わ、たし……。の……ま……ど……」