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「あっ、あのっ!」
「なんだ?」
「履歴書……ってありますか?」
「履歴書? なんだそれは?」
「あなたの個人情報を書いたものです」
「ふむ……?」
彼女は顎を右手で擦りながら考える。
「ああ、ステータスの事か?」
「はい?」
「この世界ではステータスの事をリレキショと呼ぶのだな」
「あ、あの……」
「よかろう。私のステータスを見せてやろう」
彼女は右腕を真っ直ぐに伸ばして、手のひらを開く。
「ステータスオープン!!」
なにを言っているんだ? この人は。
そう思ったのも束の間。
彼女の手のひらから青白い光がこぼれだし、空間に像を描いていく。
「これが私のステータスだ」
「あ、あわ、あわわわわ……」
僕は腰を抜かし震える。
半透明の青白いパネルが空中に浮かび上がった。
「ん? どうしたんだ?」
僕がどうして驚いているのか見当もつかないといった様子でたずねてくる。
「な、な、なんですかそれ……!?」
震える指で空中に浮かび上がる半透明のパネルを示す。
「ああ……実は先週だったかな? 魔女から戦乙女に転職したばかりでな。LVがまだ73しかないんだ」
彼女は僕に説明する。だけどその説明は意味不明だった。
「そんな事を言ってるんじゃありませんよ! なんですか! この……この……画面!」
僕は再びパネルを指差す。
「……ステータス画面だが?」
「ステータス画面ってなんですか!!」
「ふむ……この世界にはステータス画面が無いのか」
「だからステータス画面ってなんですか!!」
「ステータスが表示される画面の事だが?」
「そんな事を言ってるんじゃありませんよ! なんでそれが空中に浮かび上がるんですか!」
僕はスマホを取り出して彼女に見せる。
「普通はこういう画面に映像が表示されるんですよ!」
「ふむ、窮屈だな。板よりも空中に表示すれば良いのでは?」
彼女はスマホを板と言った。
「だから、空中に表示できないから板に表示するんですよ!」
僕までつられてスマホを板と呼ぶ。あんなに説得してようやく手に入れたスマホなのに。
いったい何時の時代の人間だ? と思うかもしれないが、商店街の八百屋の息子にとってスマホはなかなか買い与えられない物なのである。少なくとも我が家にとっては。
「空中に表示できない……?」
彼女はキョトンとした。
「私の世界ではスキルを使う事も無く子供でもできることなのだが……」
彼女は困った顔をする。
「あなたは何者なんですか?」
僕はたずねた。まともな答えなど返ってこないと予感しながら。
「ここに表示されているだろう?」
彼女は『ステータス画面』を指差す。
「……」
僕は渋々『ステータス画面』をのぞきこむ。
「……」
「どうだ?」
「……いや、読めないんですけど……」
「な、なんだと……!? この世界は識字率が低いのか……? 私は9歳で王立図書館の蔵書を読破したのだが、な……」
彼女は文化の違いを痛感しているようだ。
僕も文化の違いを痛感した。
「いえ、僕は文字を読むことができます。だけれど僕の読める文字と、あなたの『ステータス画面』に表示されている文字が別物だという事です」
僕は彼女に説明する。
「ふむ、文字体系が異なる可能性……か」
彼女は右手で顎を擦りながらそう言った。
『別物』と明言したのだが、彼女は『可能性』と表現する。
「では翻訳スキルを発動するか……」
彼女は右手を『ステータス画面』にかざす。
「翻訳スキルを発動!」
彼女が宣言すると『ステータス画面』がほのかに輝き、表示される文字が変換されていく。
『名前:エレナ・セーデルブロム
性別:絶世の美女
職業:戦乙女
レベル:72
スキル:スキル《スキル隠蔽》により表示されません
装備:スキル《装備隠蔽》により表示されません 』
性別:絶世の美女……確かに絶世の美女だけど主観だ。ステータスに主観が入っていいのか?
しかもスキル隠蔽と言いながら装備隠蔽とスキル隠蔽は隠せていない。
「……レベル73って言ってましたよね?」
僕はエレナにたずねる。
「んっ!? あっ、ああ! もうすぐレベルアップするから実質的には73だな! 四捨五入すれば73だ! まだ72だったか! はっはっは! こいつは傑作だ!」
エレナは笑う。わずかだが彼女の顔は赤くなっていた。
見栄を張っていたのだろうか。
「まっ、なにはともあれ……だ」
エレナはゴホンと咳払いをする。
「今日からよろしく頼むぞ」
そう言って握手の右手を差し出してきた。
採用するともいっていないのに。