表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/30

9.二日目 午後

天守閣広場から急いで降りてきたが、俺たち一行が駐車場に到達したのはバスの出発時間ギリギリだった。そのため俺の班の仲間達は土産物屋に寄ることが出来なかった。


「すまん。土産物を見る時間をつぶしてしまって。」

「気にすることはないよ。天守閣広場にも小さいけど土産物屋があってさ、おれらはお前らを待っている間に土産物を漁っていたからな。割と気に入ったのもあったんで問題なしだ。」

仲間達は笑って、ちゃんと買い物はしたことを告げてくれた。


だが俺が詫びを言う相手はあと二人いる。

「すまん。買い物が出来なかったな、花梨。」

「すみません。ご迷惑をお掛けしました、由紀先生。」

だが二人とも笑って怒ることはなかった。


「友くんと一緒に居られたほうが良かったからいいよ。土産物なら、別のところでも買えるしね。」

花梨はご機嫌だった。


バスに乗車した俺たちは、今日の昼食会場に向かった。城郭麓の駐車場から20分程離れたところだ。到着は俺たちが一番最後であり、食堂スペースには、既にがやがやと全員が騒がしく集まっていた。朝とは違ってテーブル席のために、俺も皆と同じ場所での食事となる。


車椅子の俺に配慮された端のテーブル席に、右に由紀、左に花梨、真ん中に俺の布陣で着席した。なぜか、同級生達とはテーブル一つが挟まれて離れており、声は聞こえるものの内容を聞き取るのは難しい距離になっていた。


花梨は、お椀の蓋をあけたり、醤油や汁物の準備をしたりと、甲斐甲斐しく俺のお世話をしてくれた。


「初々しいわね。それにうれしそうね、花梨ちゃん。よほどうれしかったんだよね、ゆうくん。」

微笑みながら花梨を見ていた由紀は、先ほどの天守閣での光景を思い浮かべているのか、若干スパイスの効いたセリフを俺に向かって投げてきていた。俺としては、乾いた笑いをする以外なかった。


お茶を汲みに行ってくれていたために、由紀の言葉が聞き取れていなかった花梨が、「なに、なに?」と尋ねてきたので、「花梨は良いお嫁さんになれるよってことだよ。」と俺は意訳して伝えておいた。俺の言葉を聞いてテンパった花梨はよくわからない踊りを踊っていた。


それに対して由紀が微妙に拗ねて「由紀は?」と聞こえるか聞こえないかの音量で俺に言ってきたので、「当然、俺の良い嫁さんになるんだよ。」と返したら、黙って嬉しそうにしていた。


全員で、いただきます、をして昼食を食べ始めた。メニューは中華風の洋食寄りの和食というか、いかにもザ・定食というものだった。腹が減ってはいたものの、消化のことを考えて俺はゆっくりと噛んで味わいながら食べていった。花梨も由紀ものんびりとしばらく会話もなく箸を動かしていた。半分くらい食べたところで、左隣に座っている花梨が話かけてきた。


「友くん、さっきは庇ってくれてありがとうね。」

「うん、何のことだ?」

「上に昇りたいって言ったの私なのに、みんなには友くんが希望したことにしてくれたじゃない。」

「あれは俺が昇りたいと思ったから事実だよ。そんなことを気にする必要なんかないよ、花梨。」

俺が花梨と名前呼びをするようになっているので、花梨は御満悦でニコニコとしていた。

「えへ、ありがとう、友くん。」


「となりで聞いていると、なんか胸焼けするし正直少し妬けてくるわね。」

すこしあきれた表情の由紀が右からぼそっと言った。

「悪い、そういうつもりじゃないよ、由紀。」

花梨の前なのに、もはや遠慮なく由紀と呼んでいる俺。

「そういうつもりじゃないって言っても、はためから見たらそうとしか見えないわよ、バカ。」

由紀の返事も教師から外れてきている。


「由紀先生も何も言わずにいてくれてありがとう。」

「まあ悪いのは、全部ゆうくん、だからね。」

「ところで由紀先生は、友くんといつからの知り合いなんですか?」

「幼稚園の時から知っているのよ。だけど、長く会ってなかったのよね。知り合いだったってこと自体、先生が知ったのは、この間の事故の後なのよ。それまで、ゆうくんは先生に気がついていたのに言ってくれなかったんだよ。薄情もん。」

要点がぼかされつつ、筋が通った話が一人歩きしていたが、最後の単語が強調されて本気が籠もっていた。


「へえ、ならずいぶん前からの知り合いなんですね。名前呼びするくらいだし、由紀先生が友くんの初恋ってわけですね。」

俺が花梨と知り合う前から、俺と由紀が知り合いだったと知って、花梨の口調が若干変わってきていた。


「でも初恋の人なのに、黙っているなんて、薄情もんのへたれですよね。」

花梨が由紀に加勢している。

「いつから由紀先生のことに気がついていたの、友くん。」

「えっと、去年の春に赴任の挨拶を聞いたときからだよ。」

「最初からじゃないの。確か去年友くん放送委員で、由紀先生って放送委員の担当だったよね。うわ、一年以上も関係を放置していたんだ、酷い友くん。」

「そうなのよ、ひどいのよ、ゆうくんは。」

いつの間に女性陣に俺は極悪人に仕立てあげられつつあった。


「由紀先生のことが好きだからって、私の告白を振ったのに、その由紀先生も放っていたなんて、男の風上にも置けないわね。」

さりげなく告白したことを由紀に伝えた花梨は、さらに俺をディスっていた。

「それに私もなかなか名前呼びしてくれなかったし。明日からも呼んでくれるかどうか分からないしね、友くんは。」

花梨がいたずらっぽい眼をしながら、何やら俺を煽ってきた。


「まあ、そうだな。初恋と言えば初恋だな。うん、確かに間違いない。由紀が大人だからって教師だからって遠慮して黙っていたのは俺が悪かったよ、由紀。」

「あと明日からもちゃんと名前を呼ぶから、頼むから機嫌を直してくれよ、花梨。」


前世で由紀を好きになったのは初恋だったが、今世で由紀のことが好きなのは初恋の続きなのか、友貴としての初恋なのか、どう区別したらいいのか分からない。


まあそんなことより、前世で由紀に謝り倒した俺は、今世では由紀と花梨の機嫌を取ることになっただけだ。そして花梨と由紀の間には俺を挟んで奇妙な友情が成立しつつあるようだった。


昼食後は再びバスに乗って、城下町をめぐることになった。城下町には、蛇行する川の整備や干拓など、築城した武将の街を発展させるという意気込みが随所に見受けられた。


ガイドの案内で車窓から見学をしたのちに、その一角に形成されている茶屋街から土産物街を徒歩で観光することになっていた。近くには寺町や武家屋敷街もあり、様々な体験学習も出来る自由行動の時間だ。


俺は再び車椅子の上の人となり花梨に押してもらう身となった。だが先ほどと異なり、地面は平坦で移動に大きな支障はない。観光地となっていることもあり、バリアフリーも進んでおり凹凸や段差も少なく城見学とは段違いである。


さっそく弓場に向かって走っていく班や、喫茶店に入って寛ぐ班、案内所で目当てのものの場所を尋ねる班など、思い思いの行動に皆移っていた。


「どこに行こうか、友くん。」

車椅子を押しながら地図を片手に、俺の後ろから乗り出すように花梨が聞いてきた。

「アクセサリーとか売っている店はどうだ、花梨。」

自然と花梨と俺の顔が近くになり、密着するような状態で相談をしていた。


この地域を治めていた藩主の意向で細工物が特産となっていたこともあり、現代でも土産物として人気がある。女子には興味が沸く分野ではないだろうか。


「いやあ、暑いなあ。」

「ほんと新婚さんが居ると、地球温暖化が更に進むんじゃね。」

という班の仲間男子の軽い冷やかしに俺と花梨は二人だけの世界に入り込みかけていたことに気がついた。今は班行動中だ。


「ごめんなさい。みんなの意見も聞かずに。」

「いや、私たちも行きたいと思っていたから構わないけど、男子は意見が違うんじゃないかな。」

花梨以外の班の女子二人は言ってくれた。


「おれらはグッズショップに行きたいんだが。」

男子二人はキャラグッズの店に行きたいらしかった。俺たちの地元にもあるんじゃないかという意見に対しては、この土地でなければない商品が売っているんだと強調された。その気持ちはわかるな。買うかどうかは別として見るだけは見たいものだ。


「じゃあ、順番に廻っていくということでどうかな。」

班長でもある花梨が纏めてくれた。俺が骨折したこともあってクラス委員でもある花梨が俺たち一行の班長も務めてくれている。


考えてみれば昨日は花梨に本当に悪いことをした。昼間の観光タイムといい、夜の入浴時間管理に体調不良のものがいないかのチェックなど、仕事を押し付け過ぎだった。今日の夜は恩を返す必要があるだろうな。


アクセサリーの店はこじんまりしていたが、一点ものの商品がメインだった。同じものは世界の何処にもないというスタンスでのラインナップ。定番のネックレスに髪飾り、おしゃれなブレスレットにイヤリング。少し勇気がいる指輪、ちょっと早いピアス、使いが難しいアンクレットなど。


女子にとってはあれこれ目移りして時間がいくらあっても足りないだろう。きゃあきゃあ言いながら騒いでいた。逆に男子にとっては綺麗という評価は出来ても、自分がつけるわけでもないのであまり興味が沸いているようでもない。


「プレゼントにどうだ。だれかに贈る予定とかはないのか。」

俺は班の男子を少し誘導してやることにした。一人は確か別のクラスの女子に気があるようなことを言っていた記憶がある。もう一人は一つ年下の妹LOVEだったんじゃなかったかな。


俺に言われた二人は、それもそうだなと関心が沸いたようで、ゆっくりと一つずつ眺めては手に取り店員さんに説明を聞いたり、値札をみて驚いたりして買い物を結構楽しんでいた。


肝心の俺はというと、花梨に何かをプレゼントしようと考えていた。もちろんのこと由紀にも似合うものを探すつもりだった。無理に買う必要はないが、良いものがあれば出会いはそのときしかないかもしれないから。手に入れるチャンスを逃すのはもったいない。ただ出来れば本人がほしいと思うものを贈るのがベストだろう。


花梨が、一つのネックレスを何度も眺めて一度は試着して元に戻してまた手にとってを繰り返していた。紅い小さな石が組み込まれたチャームのついているネックレスだ。


紅い石はルビーだろうが、ピジョンブラッドとはいかないまでも結構きれいなカラーで値段の割には良品じゃないだろうか。花梨が気にいった様子なのも理解できる。7月生まれの花梨には誕生石だしぴったりだろう。迷っているのはなぜだろうか。


「それ似合っているんじゃないか、花梨。」

「やっぱりそう思う、友くん。」

俺が声を掛けると花梨は振り向いて答えた。更にもう一度ネックレスを身につけて鏡を覗き込んで確認している。


「プレゼントするよ、花梨。」

「本当に。いいの?」

花梨の顔が輝いて、声も弾んで喜んでいるのがよくわかった。


「ありがとう、友くん。大事にするね。」

店員さんにプレゼント包装をしてもらって花梨に渡す。御礼と御詫びの意味を込めたものになるが、花梨の笑顔が見られるのはいいことだ。女の子は悲しい顔より喜んでいるほうがいい。


俺が花梨にプレゼントしているの目の前で見て、二人の女子はうらやましそうな顔をしていた。二人とも残念ながら彼氏がいるとは聞いていない。同じ班の男子二人は、自分達の買い物に没頭していて俺たちのことは見ていなかった。恋は原動力として抜群の集中力を発揮する。シスコンはどうだかわからんが。


ちなみに由紀へのプレゼントは銀細工のイヤリングを手にいれた。宝石は組み込まれていないが、繊細なタッチの桜チャームが付いている。喜んでくれると嬉しいんだが。


アクセサリーの店を出たあとは、キャラグッズや同人誌などが売っている店に寄った。歴史的遺産とは一切関係がない現代的な建物で、しかも全国展開している会社だ。俺たちの地元にも店がある。


ただ何やらフェアをこの店でやっているとかで、このときこの場所でなければ手に入れることが難しいレアものがあるとかないとか。趣味が深い世界の住人のことは理解が難しい。


グッズショップの次には、和菓子と御茶を出してくれる店で涼みながら休憩を取った。休憩で体力と気力を回復した俺たち一行は、鳴らすと幸福が訪れるといわれている寺の鐘を突かしてもらい、銭を投げ入れると願いがかなうという井戸に立ち寄ってから、集合場所に戻った。


誤字脱字、文脈不明など御指摘頂ければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ