6.修学旅行
なんだかんだとあったが、今日は2泊3日の修学旅行の出発日だ。残念ながら俺は車椅子のままだ。昨日病院を受診したときに、手術から一週間以上経っていたし痛みもほとんどなくなっていたので歩いてよいと許可が出るかと思ったが、そうは簡単にはいかなった。
俺の右脚は結構なダメージを受けていたようで、将来のことを考えたら今は焦らずにもう少し無理はしないほうがいいと主治医の先生は言っていた。さすがに成長期だけに折れた骨自体は繋がってはいるけど、繋がっただけで元通りというわけじゃない。
ホテルでシングルルームを特別に用意して貰っていることもあるし、これで良いかと納得する部分もある。でも車椅子じゃなくなってたらシングルルームって約束はどうなったんだろうかな。
修学旅行の移動交通手段はスーパーハイデッカーバスだ。車高が高く座席の位置も高く、車内からの眺望が良く観光に真価を発揮するバスだ。そのバスに乗るにあたって、骨折の直りが不十分なんで何かあると危ないからという理由で、俺は一番前の座席通路側に座る由紀の隣で窓側に座らせられている。過保護だろうとも俺は思うのだが、由紀の心を思うと一緒にいるのが正解だ。
新たに由紀が手配してレンタルしてくれた軽量折り畳みの車椅子はバスの運転手がみんなの荷物と一緒に荷物置き場に乗せてくれた。前の車椅子は長く座っていたら腰が痛くなったと言ったら、色々調べて腰痛になりにくい便利な車椅子を探してくれたんだ。松葉杖は邪魔になるので今回は持ってきていない。
先週の班分けのときから妙に由紀のテンションが高かったので、引率の教師なのに小学校の修学旅行がそこまでうれしいのか、と興味本位で聞いてみたら、返答を聞いて絶句してしまった。
「由紀は小学校の修学旅行に行ってないよ。」
勇人が亡くなったのって、ちょうど今時期じゃない。直後にあった修学旅行に参加なんか出来るはずないじゃん。勇人いないんだよ。覚えてる?由紀と勇人は一緒の班だったでしょ。勇人が死んで泣いて暮らしていたのに、由紀だけ修学旅行に行っても楽しくもなんともないし、それ以上に学校にも行けてもなかったんだよ。
由紀が口をへの字に曲げて過去を思い出して絞りだした言葉に俺は何も言葉を返すことが出来なかった。涙を浮かべた由紀を精一杯抱き締めてじっとしているしかなかった。
俺は由紀に絶大な精神的負担を掛けたんだ。俺の想像力の貧困さにため息しか出てこない。俺は自己満足野郎で由紀を後悔と涙の海に突き飛ばしたんだ。そこから由紀が抜け出すのにどれくらいの時間が掛かったか、そこに思い至らなかった俺が全面的に悪い。
「でも今回は友くんが一緒だから楽しみだよ。」
泣き笑いで言われて、全力で由紀と修学旅行を楽しもうと決心した。
小学校の修学旅行は「社会見学」「歴史勉強」「平和学習」が三本柱といわれているが、今回は前二者に少し重点が置かれ、最後が軽く被るような感じだ。具体的には神社仏閣と街並み、そして戦乱における問題点などだ。ガイドの説明を聞きながらバスで車窓見学しつつ、重要なポイントにおいては下車して拝観など。
砂利道は車椅子にはきついんだよな。がたごと揺れるし乗っているほうは気分が悪くなるし、押すほうもかなり力が要る。ただそうだからと言ってバリアフリーっと砂利道をアスファルトにしたら風情もなにもなくなってしまうというもんだな。どうするのが正解なんかな。
神や仏が存在するかどうかについては個々人の観点から意見は様々だろう。ところで霊魂の不滅はどうかというと、少なくとも俺自身は簡単に否定出来ない。ただ前世以前の記憶はないし、由紀も前世の記憶はないといっている。俺だけ前世と今世の記憶を併せもっている。
というか俺の記憶は一つじゃないのかな。途絶えることなく続いているし物の考え方は変遷したにしても基本的に変わらない。由紀や前世の家族に対する思いにも変化は無い。今世の家族に対してもやはり同じ家族という思いがあるし、前世の家族に対する思いと差は無い。新しく出来た弟や妹に対するのと同じような家族への思いというべきだろう。
少しだけ気になっているのは、今の母親の腹のなかにいたのが半年程だったということ。通常なら9ヶ月くらいだろうに、なんで半年だったのか。勇人から出た俺が、途中まで出来ていた友貴という器にに乗り移ったような感じだった。
元々友貴に乗っていた魂はどこにいったんだろうか。最初から空だったとは思えないんだが。俺が由紀に勇人から友貴に変身したと言ったのはそういう事情からだ。でも半年だったので、6月に死んで12月に生まれた。だから、由紀との年差は12歳になった。
バスで訪れた歴史ある旧い街並みは、車窓から見ているだけでも高尚だった。さらに車椅子に乗って近くに寄って随所に凝らされた技術者や美術家の粋を尽くした仕掛けと細工を見るに、一朝一夕には文化は出来上がらないものだと唸らされた。とうてい俺には真似すら出来そうにない。
由紀とはガイドブックを片手にあれはとかこれはとか言いながら楽しい時間を過ごした。お土産物屋で御互いにこれが似合うとかいいながらじっくりと二人の世界に没頭していた。多分に担任とクラス委員の仕事を放棄していると指摘されてもおかしくなかっただろう。代わりにクラスを纏めて規律ある行動をとらせてくれた松岡に感謝だ。松岡からは時折恨めしい視線を感じたが。
神社ではおみくじを引いた。男性用と女性用のおみくじが別々に用意されており、俺は当然男性用だ。俺が引いたおみくじには、「望む幸福は一日にして成らず」「愛情 新しい展開あり」などとなかなか含蓄のあることが書かれていた。俺自身がしっかりしなければダメだということなんだなと自己完結させておいた。
由紀がひいたおみくじは見せてくれなかったが、うれしそうにしていたから良いことが書いてあったんだろう。俺は由紀の将来が明るいものであることを願うばかりだ。
初日の行程も終わり、俺たちは揃って歴史あるホテルにチェックインした。レトロちっくと言えば良い表現になるが、ぶっちゃけて言えば古ぼけたであり施設面では期待できないということだ。
同級生は疲れた顔をしていたが、まくら投げやカードゲームなど徹夜で遊ぶ相談を秘かにしており活気に溢れていた。俺は別部屋で寝ることになるだろうし一緒に遊ぶことは出来ないだろう。正直少し残念な気持ちになったのは事実だ。修学旅行と言えば夜がメインだろうしな。
夕食は大広間で集まっての食事だった。俺は正座が出来ないので、少し離れた別室のテーブル席に一人分の食事が準備されていた。さびしいなあと思っていたら、由紀がもう一人分をしっかり確保して、俺の隣に座って一緒に食べてくれた。さすがに、お世話は断ったので由紀は不満そうであったが、嬉しかったよありがとうな、由紀。
夕食も終わり各班各自の部屋へ引きあげていった。部屋へ戻った同級生たちは入浴のために最上階の展望大浴場に向かって突撃していった。夜景がきれいで屋上露天風呂もあるらしく絶景だという話だ。
今日は天気もよく満天の星が眺めることが出来るだろう。時間は夜中12時までで、時間で区分はしていないので、早いもの勝ちだから、ひどい芋洗いになるんじゃないだろうかな。長湯するものもいるだろうし、のぼせないように注意しろよ。そしてクラス委員たちよ頑張ってくれ。
俺はシングルルームだ、のはずだ。だが由紀が案内してくれた部屋は、シングルなのにベットが二つ鎮座していた。部屋の広さも内装も俺の知る限りの平均的なビジネスホテルとは明らかに違っている。どう見てもデラックスコーナーツインルームじゃないかな、由紀。
「ふたりが寝るんだからこれでいいの。勇人がシングルで、由紀がシングル。足したらツイン。何もおかしいところはないでしょ。」
算数の足し算の話のような理屈で、由紀は強弁していた。
「いや、まずいだろ、これ。」
「修学旅行の引率の先生の顔ぶれ理解している?勇人。」
俺が問題を指摘すると、由紀が別の話をしだした。確かに今年の6年の担任は由紀以外全員男性教師だし、引率補助の先生も全員男性だ。
というか由紀が6年生を持っているのが実はイレギュラーなんだ。5年から6年に上がるときに、5年の担任だった先生達は全員持ち上がる予定だった。ところが俺のクラスの担任の先生だけが、家庭の事情で転任していったんだ。その穴埋めに由紀が抜擢スライドしてきたんだ。
校長が悩んで組みあげたジグソーパズルの結果なんだが、受験するやつとかもいる6年生を経験の浅い先生に持たせるのは実際酷な話だ。父兄の不安も呼びやすいし、由紀は去年が初任で3年生担当だったから今年2年目だ。
その分他のクラスの先生たちが由紀の補助をよくしてくれてはいる。だが全員が男性教師であることから、この修学旅行では女性教師は由紀一人でそもそもがシングルルームの予定になっていたんだそうだ。
「シングルルームをもう一つ確保しようとしたら空きがないって言われたの。だけどツインルームなら用意できると言われたから、ツインルーム一つで御願いしますと言ったのよ、勇人。」
由紀は当然のことのように言うが、じゃあツインルームとシングルルームで二部屋用意して貰えば良かったんじゃね。ツインルームに由紀が行って、シングルルームを俺が使えばさ。なんで生徒は男女別になっているのに、俺たちは同部屋にしているんだ。言い訳出来ないんじゃないか。
「勇人のお世話をするのに別々の部屋なんてそれこそありえないわよ。それとも由紀と同じ部屋は嫌だった?」
上目遣いで少し目線をそらしながら口は軽く尖らせながら、しょぼんとした雰囲気を出している由紀に俺は勝てなかった。というより別の選択肢はいまさらないし、由紀と一緒に修学旅行をやり直しにきているんだ。ゆったりと過ごすことにしよう。
そう考えていたら由紀が笑顔で付け加えてきた。
「むかしは一緒にお風呂にはいったりもしたじゃない、勇人。」
いや、それ違うだろ。俺が自宅で風呂にはいっているところに夕立に遭ったといって由紀が突撃してきたんだろうが。あれは小学校の低学年のころの話じゃないか。少なくとも男女を意識するようになっていた小学校高学年になってからじゃなかっただろうが。
しかし、もはや何を言っても、どうでもいいような気がしてきた俺は現状を追認するだけの存在と成り果てていた。
「嫌じゃないし、お風呂も一緒で嬉しいよ、由紀。」
自然に口から出た言葉だった。由紀と一緒のお風呂は刺激的すぎたが楽しい時間であったことは真実だ。
右脚のギプスはカットされているので外すことが可能になっていて、風呂に入るときはギプスを外してそろっと入った。極力右脚は床につけないように左脚で立って、手も上手く使いながら移動したが、やはり不自由でもあり由紀が髪や身体を洗うのを手伝ってくれた。
それからたっぷりとお湯を張った浴槽に二人でのんびりと浸かった。浴槽はかなり大きめで、二人が余裕で入れる広さがあったので、ゆっくり時間を掛けて身体と心を温めた。
御風呂から上がったあとは部屋に備え付けのバスローブに着かえ、フカフカのベットに二人並んで横になり、眠くなるまで夜が更けるまで昔話をしながら過ごした。こういう修学旅行の夜もありだろう。ベットが一つしか使用されていないとしても何もしてないから問題はない。
「朝だよ、ゆうくん。」
由紀の甘い声で眼をさました。由紀の口唇で俺の口脣が封じられていたため一瞬声が出せなかった。眼を開くと由紀の顔が目の前にありお互いの視線が合った。
口唇が離れたあと、少し照れくさくえへらと笑いながら返事を返した。
「おはよう、由紀。」
由紀に手伝ってもらいながら着替えをして身繕いをした俺は、車椅子を押して貰って由紀と一緒に朝食を食べるために部屋を出た。
誤字脱字、文脈内容異常等ありましたら、御指摘頂けたら幸いです。




