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5.小学校

「ということで、友くんは右脚を骨折して手術を受けました。しばらく基本的には車椅子での移動になるので、みんな御手伝いをしてあげてくださいね。」


事故に逢った日から3日間の入院生活を俺は送った。状態も安定しているから自宅で生活しても大丈夫だろうと、主治医の先生から退院の許可を貰って昨日家に帰ってきた。


骨がくっ付く迄は大人しくしていることが条件だったが、その時間は成長期にある俺にとって早ければ一週間もあれば十分かも知れないねと言われている。さすがに飛んだり跳ねたりは無理だろうけど、歩いて普通に生活を送るのに支障はなくなるでしょうと俺の両親に先生は話していた。


そして退院翌日の今日学校に登校してきた。歩いて登校するのは流石に無理だからと、俺の母親が車で学校まで送ってくれた。歩くと10分は掛かる距離が車だと1~2分で着くので楽っちゃ楽だが、車の窓から同級生が歩いて登校しているのが見えると何だかズルをしているようで気分的には良くない。骨折したんだから当然でしょと母親は言っているが、それでもなあという気持ちが俺にはある。


校門から先は病院から借りた松葉杖を使って歩くつもりだったのだが、車が学校に到着すると由紀がニコニコと笑顔で校門の前で待っていた。傍らにはレンタルしたという車椅子が置かれていた。


俺の母親は由紀に恐縮して御迷惑を御掛けしますと礼を言っていたが、由紀は担任(恋人)としてお世話するのは当然のことですと胸を若干そらして返事をしながらも顔が悦に入っていた。由紀何かおかしいぞ。担任に恋人ってルビ振ってないか。


右脚はギプスで固定されており松葉杖で歩けるのだが、折角由紀が用意してくれた車椅子を使わなかったら由紀の好意を無駄にすることになる。それに右脚にギプスを巻いた状態で松葉杖を使って歩くのは、実際には短時間ならともかく長時間は辛い。なので俺は由紀が準備してくれた車椅子での移動を選択した。俺が乗った車椅子を押していく由紀の顔が喜びに満ちていたことは言うまでもない。


ところで6年生ということで校舎の最上階4階に俺の教室はあるのだが、俺の教室がある校舎にはエレベーターが付いている。何年か前に体が不自由で車椅子の生徒がいたことがあって、その時に設置されたんだそうだ。だけどその生徒は既に卒業してしまっていて現在普段は使用禁止になっている。重い荷物を搬入するときなど必要時にしか使用は認められていない。


今回俺は特例として認められたと由紀に教えられた。まあ折角あるんだし、仮病でもないんだから認めて欲しいとは個人的には思うが、由紀が頼んでくれたから使えるようになったんだし感謝するだけだ。


「色々とありがとう、由紀。」

エレベーターの中で小声で礼を言うと、由紀が嬉しそうにニマっとした。

返事は「大好きだよ、勇人。」だったが。


4階についてから教室に行く前にトイレに寄ったが、幸いにもトイレがユニバーサルデザインになっているのは助かった。おかげで何とか自分の腕の力と左脚を軸とした移動動作で自力で用を足すことが達成出来た。


由紀は、俺が一人でトイレは大丈夫だと知ると、あからさまに残念そうにしていたが、俺は気が付かなかったことにした。そして朝のHRで俺のことが由紀から報告された。


標準型の車椅子に座って授業を受けるのは、いつもの椅子に座っているのと比べると自由が少し効きにくい。材質的にも蒸れるし、同じ姿勢で座りっぱなしになるので腰にも負担が掛かる。時には腕をあげて背筋を伸ばして軽く体を動かさないと体全体が痛くなってくる。


授業の途中だが俺は横になりてえとまで思っていた。動けないのがここまで苦しいものだと初めて理解できたよ。車椅子は背もたれが動くリクライニングタイプが重宝されるのも頷ける。


お昼の給食時間になると、由紀の視線が俺に向いていた。いや大丈夫だから、一人で食べられるから。病院での朝ごはんを思い出して俺は首を横に振っていた。由紀の視線が強くなっていたが、俺が譲らなかったので捨てられた子犬のような顔をして諦めてくれた。すまん、由紀。で、この穴埋めはどうしたらいいんだろうか。


5時間目が始まる前に、自分で車椅子を転がしながらトイレに向かった。ユニバーサルデザインのトイレの前で話をしている女の子たちが居たので、悪い通してくれと頼むと、その女の子のうちの一人が開ボタンを押してトイレのドアを開けてくれた。立った状態でボタンを押すと少し低いが、車椅子に座った状態で押すのにはちょうどいい高さにボタンがあることに、このときはじめて気が付いた。


手を洗ってハンカチで手を拭きながらトイレから出てくると、開ボタンを押してくれた女の子が話かけてきた。

「望月くん、車椅子押してあげるね。」

教室まで少しの距離だが自走するより押して貰ったほうが助かる。

「ありがとう、松岡。」

「たいしたことじゃないし、同じクラス委員だし頼ってよね。」


俺と松岡は各クラスに二人いるクラス委員をしている。6年生になったばかりの4月に立候補がいなかったので推薦と投票で選ばれたクラス委員だ。俺のいる小学校では5年生と6年生はクラス委員という不思議な名称の委員を選ぶようになっている。普通なら委員長とか副委員長とかなんだろけど、単にクラス委員。他にも放送委員や美化委員なんか役割が分かる委員もあるけど、クラス委員だけはクラスの委員だと分かるものの役割不明だ。


実際の役割はクラスのための委員で雑用係に近いけど、一応委員のなかのトップとしては扱われている。クラス委員委員会という舌を噛みそうな名前のついた委員会が存在していて、5年生と6年生のクラス委員が集まって小学校の主要な行事日程の中心的役割を果たしている。


体育祭であったり音楽会であったり、演技内容や進行について主体的に取り仕切る役目を与えられていたりもする。ただクラス委員は任期が一年間となっていて、各学期で交代となる他の委員に比べて責務が大きくて人気がないのは事実だ。


クラス委員の相方の松岡は、小学校6年生の女の子としては背が平均よりわずかに低めだけど、これから成長するんだと言っている元気な女の子だ。俺は比較的仲良くして貰っていると思っている。


前世の俺は女の子とは少数の例外(由紀)を除いて積極的に関わりあいになることはなかったけど、今世の俺は男女問わず表面的から深いところまで人間関係を築くように心がけている。前世の俺が割と狭い付き合いを選んでいたことから比べると大きな方針転換をしていると言えるだろう。


やはり小学校6年生で死ぬという経験をしたことが影響しているのだろう。人と関わらなければ、時間を掛けなければ、相手のことも分からないままってことも多いのだから、死に別れてから知っとけばよかったと後悔しても仕方がない。


「望月くん、由紀先生と一緒に画材を買いに行って交通事故にあったんだよね。大変だったね。事故のとき痛かった?」

松岡は痛ましそうな顔をしながら俺のギプスに包まれた俺の右脚を見ながら俺に尋ねてきた。


実は由紀は生徒に人気がある。特に女子には、すっぴんタイプの化粧と真面目な性格がクールビューティーとして好まれ、名前呼びで由紀先生と呼ばれている。なので俺が由紀先生と呼んでもそこまでおかしなことではないのだ。


「そうだね、事故は一瞬だったけど右脚が熱く感じたかな。あとで折れていることが分かったんだけど、折れたときって痛いというより熱く感じるんだよね。」

本当は熱く感じたから折れたと分かったんだけど、それを説明する必要はないだろう。


前世の俺は脚ではなく腹を打って跳ね飛ばされていろんなところの骨が折れた。胸に熱いものがこみあげて吐くと思ったら吐いたものは胃液じゃなくて紅い血だった。その経験があったから今回の事故で受けた怪我が骨折だと分かったんだが、松岡にそんな話をしても分けが分からなくなるだけだ。


「で、そのときに由紀先生が庇ってくれたんだね。」

「そうだよ。俺を左に引っ張ってくれたんで、右脚骨折だけで助かったんだ。あれが無かったらどうなっていたか分からないよ。」

「由紀先生に感謝だね。でもさ、望月くんって何時から友くんって由紀先生に呼ばれるようになったの?」


なにげに松岡の突っ込みが入ってきた。女の子は細かいことが重要なんだ。事故の前までは、由紀は生徒のことは名前呼びするので、俺のことは「友貴くん」と呼んでいた。それが今日は「友くん」になっていたので気になったのだろう。


「いや、たぶん由紀先生が事故の瞬間に友貴くんって呼ぶのを縮めて友くんと叫んだからじゃないかな。」

俺は適当な理屈を述べて松岡を丸め込もうとしていた。

「へえ、そうなんだ。」

納得したようではなかったが松岡は追及を一旦おさめてくれたようだ。その代りじゃないだろうが小さな弾を投げてきた。

「じゃあ、私も友くんって呼んでいいかな? 私のことは花梨(かりん)って呼んでくれたらいいから。」

由紀の耳に届いたら、必ず何かを言われそうな事態になってきた。


午後の5時間目の始まりのチャイムが鳴り生徒が全員揃った教室に由紀が入って来た。松岡に車椅子を押して貰った俺も自分の席の位置に車椅子に座っている。


「はい、この時間は皆さんの待ち望んでいる来週の修学旅行の話をします。」

由紀が開口一番に言ったセリフで教室のなかでざわめきが起きて嬉しそうな声があちこちで上がった。


「はい、静かにしてくださいね。大まかなところはほとんど決まっていますが、細かいことをこれからつめていくことになります。残っているのは、まずは班分けですね。修学旅行中は基本的に班行動になります。人数は5-6人で組んでもらいます。寝る部屋も同じ班の人と一緒になりますが、男女混合の班を組んだ場合は寝る部屋は当然別になります。」

そう言った由紀の視線が何か意味ありげにちらっと俺の方に飛んできた。


「ただし怪我をして車椅子移動の友くんは、色々と大変だと思うので、寝る部屋は和室ではなく別に洋室を準備して貰うように頼んでいます。あと旅行中は由紀がお世話しますからね。」

おい自分のこと先生じゃなくて由紀って言っているぞ。お世話ってなんだよ。俺の顔が引き攣ってくる。


「えー、先生が車椅子押すのは大変じゃない。私たちが交代で押しますよ。」

救いの手らしきものが松岡の口から出てきた。

「ね、友くん。」

次に般若を呼ぶセリフを俺に向かって言わなければいいんだが、松岡よ。


ただし世話をする=車椅子を押すこと、という理解の流れが出来たのはナイスプレイだ。でもまあ正直、あーん、なんかのお世話とは誰も思わんわな。

「ええ、もちろん先生一人では大変なので、みんなに押してもらうことになるんですけどね。」

少し切れたような口調で由紀は松岡に返事をしていた。


修学旅行の行き先のアナウンスや目的や何を主眼に見るのかなどの学習は既に終わっている。今日決める必要があったのは、実際のこまごまとしたことだけだった。


俺は松岡を含めた男子3人と女子3人という比較的仲の良い友達を集めて6人のグループを組むことになった。当然寝る部屋は男女分かれて他の班のメンバーと一緒に寝ることになるが、俺はシングルルームになる予定だ。


「いつから友くんて呼ばれるようになったの。前は望月くんって呼んでたでしょ、花梨ちゃん。」

松岡が俺のことを友くんと呼んだことについて、由紀が不満げに俺に向かって言ってくる。帰りのエレベーターの中での話しだ。


今日は修学旅行の話があった5時間目までで、帰りのHRが終わったら帰るだけだった。松岡が俺の車椅子を押してエレベーターに乗ろうとしたのだが、許可された人しか乗れないからと由紀が若干強引に交代して俺と一緒にエレベーターに乗った。


「いや、由紀が俺のことを友くんって呼んでいたから、松岡が友くんって呼んでいいかって言ってきたんだ。」

「それOKしたの。」

「いや、した覚えはないけど、まあそうなっていたな。」

「由紀の友くんなのに、別の女に同じ呼び方されるなんて。友くんも鼻の下を伸ばしているんじゃないわよ。」

小学生にガチで対抗している由紀は、嫉妬の氷をぶつけてきた。俺自身は松岡に友くんと呼ばれようとも松岡のことは何とも思ってもいないのに。


「それは由紀の思い込みだよ。俺は松岡のことを何とも思ってないよ。」

なんか弁解に走らなければならなくなった。


「そうだ(ゆう)くんにしよう。(ゆう)くんと音は一緒だし。これなら変でもないし由紀以外が呼んでも意味が違うから大丈夫。」

しばらく怒りながら考えていた由紀は名案とばかりに俺の呼び名を「ゆうくん」に変更することを一方的に宣言してきた。何が大丈夫なのか分からない。まあでもその程度のことで由紀が落ち着くのなら俺としても問題ない。


誤字脱字、文脈展開矛盾など御指摘頂ければ幸いです。

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