22.デート
個人メドレーの勝負に勝った御褒美ということで、花梨は俺と二人で出かけることになった。別に取り決めがあったわけじゃない。プールに行った翌日の朝ごはんのときに、花梨が欲しいものがあったらと由紀が言い出したんだ。
余談だが、由紀の家の朝ごはんは御飯と味噌汁が中心の和風だ。実は花梨もご飯派だった。だからではないだろうが、例の修学旅行の洋食の朝ごはんのことは、花梨の記憶にはほとんど残っていないそうだ。まあ、あれは実際のところ食事内容より状況と雰囲気が問題だったしな。
でも、その後の『今日一日は花梨の友くん』は幸せの思い出としてしっかり残っているらしい。花梨はときおり一人で回想しているそうだ。天守閣での出来事を思い返したり、俺がプレゼントしたルビーのネックレスを眺めてうっとりしているそうだ。
由紀に問われて、花梨は少しためらっていたが、由紀の顔色を窺いながらも、俺と一日デートがしたい、と言った。由紀はにっこりと「いいわよ。」とOKを出した。俺の意見は一切考慮されなかった。花梨をしっかりエスコートしてあげてね、と俺は由紀に真面目な顔で念を押された。
まあ俺としては花梨と出掛けることに異論はない。何処へでも連れて行くという約束もしていたのだからな。花梨に何処に行きたいかを聞いた。花梨は、特に何処ということはない、友くんといけるなら何処でも良いといった。何処でも良いと言われても適当なところを選ぶことは出来ない。
当然だが、花梨は俺を勇人とは呼ばない。花梨にとって俺は友貴以外のなにものではない。だから呼び名は『友くん』だ。しかし俺を『友くん』と呼ぶのは花梨以外にもいる。美紀や瑞希姉さんだ。
対照的に『ゆうくん』は由紀だけの呼び名だ。なので花梨は自分だけの俺の呼び名を見つけたいそうだ。花梨に何か良い候補はないかと聞かれたが、俺が自分で考えるのはおかしいだろう。花梨視点で俺を何と呼びたいか、呼ぶかだからな。
出掛ける場所として、由紀との思い出のある水族館はどうかな。とはいえ、別の女と行った場所が初めてのデート場所というのは嫌か。なら動物園、遊園地、公園、ショッピングセンターかな。映画館もありだろう。花梨の好みで決めようと思って選んでもらおうとした。
花梨の返事は、水族館が良い、だった。由紀が言ったらしい。デートといえば水族館だったと。二人きりではなかったけど由紀にとっては、思い出のデートだ。赤いイルカがキーアイテムだ。勇人の思い出が詰まっている。由紀と行った場所だけど良いのかと尋ねたら、ママとパパが行った場所なんだから良いそうだ。友貴が行くのは初めてだし。花梨は笑顔で答えた。
それを聞いて、俺はパパとして娘とデートするのか。友貴として花梨の同級生としてデートするのかどっちなんだろう。悩んでいたら美紀に言われた。それは勇人兄ちゃんが決めることだよと。そうだな俺がどうするかを決めることだよな。
俺は由紀の恋人友貴として生きていくと決めた。なら花梨にはパパとして接するべきだろう。間違っても恋人としてデートするのはご法度だ。将来に娘が彼氏とデートするときの手本となるようなデートをエスコートするべきだろう。俺はプランを立てることにした。
改めて調べてみて分かったことだが、理映さんが連れて行ってくれた水族館は、あれから何度も改築と改装がなされていて往時の姿からは変貌を遂げている。もはや別の場所と言ってもよいくらいだった。それと周囲の施設と一体となって一大デートスポットにもなっていた。なんでもそろっているから買い物でも映画を見るのでもゲームセンターで遊ぶのも出来る。
なら水族館だけじゃなくて、周りの施設も巡って記憶に残る一日を演出するのがいいだろう。花梨の喜ぶ顔が見たいものだ。魂年齢24歳の俺の真価が問われるな。12歳の女の子すら満足させられないとなると問題だ。
デート当日。花梨のコーデは完成していた。Aラインの5分袖マキシワンピース。余裕たっぷりのゆったりしたシルエットはストレスフリーだ。カラーは涼しげな水色。
足元はアンティーク風の短いブーツ。頭には広いツバと小さいリボンの付いたストローハット。手に持つのはホワイト系のショルダーバック。胸元にはルビーのネックレスだ。
後ろに立つ美紀がドヤ顔をしている。
「どう、可愛いでしょ。女性になる途上の女の子っていうコンセプト。気に入ったかな、友くん。」
相談に乗って財布も出したらしい笑顔の美紀が言ってきた。
「うん、綺麗だなあ、花梨。」
真剣な俺の本音セリフに花梨が固まり、すこし気後れたように、それでも幸せそうに答える。
「本当に。ありがとう、友くん。」
じつに可愛い。花梨は将来が楽しみだ。他の男に渡すのがおしい。すっかり俺は父親の感覚になっていた。娘が欲しければ俺を倒していけ。パパなんて嫌い。妄想の世界に踏み込んでいたら、俺は花梨と美紀に少し白い目でみられていた。
「よかったわね、友くんに気に入ってもらえたみたいね、花梨。」
由紀が出てきた。
「で、友くんはどうかな、花梨。」
「友くんも恰好いいよ。」
花梨は、はにかみながら言った。
花梨が俺のことを褒めてくれた。
俺は、無地のカットソーの上に、青のサマージャケットを羽織っている。ボトムは白パンツでアンクルをだしている。足元はレザーシューズ。手に持つのは少し濃いめ茶色のクラッチバック。
花梨の相伴として不足はないと思いたい。
「花梨を守ってあげてよ、ゆうくん。」
由紀に言われた。いつからか由紀は花梨を花梨と呼んでいる。ちゃん付けじゃなくなっている。理由はなんだろうな。そういえば宿題が出来ていないって言った時点からだったようだな。それ以降、由紀は花梨を呼び捨てにしている。由紀視点で花梨は娘で固定されたんかもな。娘なら呼び捨てでもおかしくはないしな。
「ああ、守るよ。」
俺は可憐な花梨を引き寄せて、軽く髪にキスをした。いきなりで花梨は動揺していたが、美紀と由紀は微笑んでいた。俺の感覚的には慈しみの愛情表現だ。それは俺の態度からも理解してくれているようではあった。
だが落ち着かない様子の花梨に対しては、俺は説明した。
「ついキスをしてしまったが、変な思いはない。花梨は可愛い娘だからな。」
俺の表情で納得してくれたのか、花梨は頷いていた。
「「行ってらっしゃい。」」
家の前で由紀と美紀が見送ってくれた。
由紀の家から水族館までは瑞希姉さんが車で送ってくれた。俺が花梨と出掛けると知った姉さんが、たまには姉らしいこともしてあげたいと、送迎すると言ってくれたんだ。
「お似合いの二人だねえ。でも花梨ちゃんは友くんにはもったいないなあ。」
向かう途中、俺に言っていることは厳しいが、態度には姉の色があった。なので黙って姉さんの言葉は受け入れた。
水族館のエントランス前で、御礼を言って姉さんの車から降りた。手を振って姉さんを見送ってから、チケットを買って水族館に入場した。
入場すると、最初に通るのは、トンネル水槽だ。大きな水槽の中をトンネルが通っていて、たくさんの水生動物を楽しむことが出来る。天井からライトが照らされており、海底から海面を見上げるような形だ。海の中で遊ぶような感覚になるロマンチックな演出だ。通路は少し狭く二人で通ると肩が近くなるので、自然な形で手を繋ぐことが出来る。俺達も手を繋いで幻想的な世界を通過した。
トンネルを抜けると、心地よいアロマの香りが迎えてくれた。あたりはブルーの照明で程良い暗さだ。臨場感を盛り上げてくれるBGMで演出された水槽が立ち並ぶ展示空間だ。上質な空間で気持ちを高めてくれる。
『クラゲ世界』ゆらゆら漂う夢世界。美しくライティングされ神秘的で癒しの存在。水槽越しに写真が撮れるようになっていて、クラゲに紛れて空想的な面白いものが撮れる。カップル御用達らしい。記念写真を撮っている恋人たちがいた。もちろん俺達も撮ったことは言うまでもない。
真ん中に設置されて広がっていたのは、イワシ水槽だった。円柱型の水槽になっていて、イワシが絶え間なく泳ぎ続け、魚のカーテンを作り出していた。海底にはサンゴ礁が並び、色鮮やかで華やかな景色を作り出している。イワシ以外にも多くの魚が泳いでいた。
ちょうど通りがかったときに、水槽の中にいるダイバーと、前にいる飼育員による魚の紹介が始まった。漢字で書かれた魚の名前のボートを飼育員が掲げて、水槽の中にいるダイバーが魚を直接指し示す。なかなか息のあった連携プレーで分かりやすい。
難しい魚の名前を読むクイズもあって勉強になった。
『小波鶏冠剥』読めるわけないだろう。
「サザナミトサカハギ」
当てていた人が居たのには、飼育員も驚いていた。
その先には、サメと触れ合うことの出来るタッチプールがあった。サメは大人しく隅っこで休んでいる。手のひらで撫でて、サメ肌を体験した。花梨は、これがサメ肌かあ、と身を持って実感しているようだった。触れ合った後は、備え付けの水道で手をきれいに洗った。俺は用意しておいたハンカチを花梨に渡した。
そうこうしているうちにイルカショーが始まる時間が近付いてきていた。見逃さないように、ショーが始まる前にはプールの観覧席に並んで座っていた。陣取ったのは中段だ。間違っても最前列にはいかない。海水が浴びたいのなら別だが。
手元にはさっき買った、ソフトクリームとジュースとクレープとポテトがある。花梨って由紀と似ているよな。売店であれもこれも欲しいと言っていた。可愛い娘の願いを俺が聞き届けたのは言うまでもない。花梨は早速買ったものを口いっぱいほおばっている。リスか、花梨よ。
イルカショーが始まった。
スポットライトが交差する中、軽快な音楽と共にイルカとウエットスーツを着た飼育員が登場した。飼育員は登場した時にはイルカに乗っていたのに、イルカの機嫌を損ねたのか、うっとおしそうに振り落とされた。会場に笑いが広がる。イルカに競泳勝負を挑む飼育員。イルカと飼育員のレースは見ものだが、当たり前ながらイルカの圧勝だ。悔しがる飼育員とヒレを叩くイルカに周りから喝采が沸き起こる。
合図と共に水面からイルカが高くジャンプする。水しぶきを上げて空中に舞うイルカ。飛び上がったイルカは、回転しながら天井から下げられた高い位置にあるボールを尾ひれでクリーンヒットした。着水のときには盛大に水柱が立ち上る。二頭のイルカが交互にジャンプをしてボールを左右に揺らしていた。
イルカの着水で水が飛び散っていた。案の定、最前列は水浸しだ。係員がタオルを貸し出していた。花梨も水を被りたそうにうずうずしていた。今にも飛び出していきそうだったので、折角の装いがダメになるからやめとけと止めるのに苦労した。花梨はふくれっつらをしていた。子供かよ。ああ娘だった。
ご褒美の餌を貰ったイルカ達は、次には水面を尾ひれで立ち泳ぎで渡っていく。5頭で並んで進むのは大迫力だ。その後もイルカの様々なパフォーマンスが繰り広げられ、非常に大きな拍手が送られていた。
イルカショーのあとはペンギンのパレートを見た。整列とは言えない、がやがやという集団がてけてけと歩いていた。ペンギンの写真を撮ろうとしていたら、何をしているの~?と言いたげにペンギンが近寄ってきて見上げていた。花梨はペンギンの姿が可愛いと喜んでいた。
ペンギン集団のところでもクイズがあった。ペンギンのカップル探し。参加者もカップル限定だった。もちろん花梨は、いの一番に手をあげて参加した。仲良くぴったりと寄り添っている二羽のペンギンを見つけた。花梨は、睦まじい姿に思わず胸キュンとなって、知らず知らずのうちに自分達の姿を投影して感情移入していた。
アザラシが座って寛いている姿は愛嬌があった。暑い中、氷の入れられた浅いプールで涼んでいた。あの姿勢が楽ちんなのらしい。生き物は面白い。アザラシからは「よっこいしょ。」という声が聞こえてきそうな顔だった。
水族館の敷地内広場では芸人によるパフォーマンスも繰り広げられていた。けん玉師、ジャグラー、マジシャンなど、いろんな見世物を見せてくれるイベントで、大人も子供楽しめるようになっていた。
最後に土産物を見て回った。花梨はイルカのチャームのついたネックレスを探している。由紀が持っているのと同じやつだ。大人気なので今も昔と同じく売っていた。色で花梨は少し悩んでいたが、最終的に赤のイルカを手に取った。そして俺には黒のイルカを手渡してきた。
「ママと同じやつにしたい。それとパパにはペアを持ってほしい。ママとも花梨ともペアになるイルカを。」
花梨はペアでイルカを買って欲しいと言った。由紀のイルカには勇人が居る。花梨のイルカには友貴を入れてほしいといった。そして俺のイルカには由紀と花梨を入れて欲しいとも言った。
「だめ?」
花梨が弱気になって聞いてくる。
「ぜんぜん問題ない。」
俺は赤と黒の二つのイルカを買った。中にはまだ写真は入っていないが、花梨は嬉しそうに首にかけている。胸元では、ルビーのネックレスとイルカが織りなす光でキラキラしていた。俺の首には花梨が黒のイルカを掛けてきた。
「えへ、ペアだね。」
うれしそうに花梨は俺の耳元でささやいていた。
水族館を出た俺達は、腕を組んでショッピングモールを巡った。服からバック、靴に小物まで見て行った。俺は、何でも欲しいのがあったら買うよ、と言ったが、花梨はいろいろ気にはなったようだが、特別これっというものがなかったようで、結局何も欲しいとは言わなかった。
一通りぶらついたあとは、クルーズ船に乗り込んだ。湾内をゆっくり一周しながら、見どころを解説してくれるコースだ。新しく出来た橋やタワーなど、俺も全く知らない名所が増えていて、割に楽しい時間を過ごすことが出来た。花梨も眼を輝かせて見物をしていた。
一日の最後はディナー。ホテルの最上階にある人気のあるレストラン。窓際に座ると光瞬く夜景が眺めることが出来る。そしてレストラン自体がゆっくりと360度回転しているので、景色が自動で動いてくれる仕組みだ。斬新な物珍しさに花梨は興奮していた。
食事のメニューは地元食材を用いたフレンチ風だ。味付けはくどくなく、あっさりとして食べやすい。空腹だった俺達はゆっくりと食事を楽しむことが出来た。最後のデザートまで完食してデートは終了だ。
さすがに丸一日掛けたデートはしんどかったようだ。迎えに来てくれた瑞希姉さんの車の中で花梨は寝入ってしまった。由紀の家についたときも、ぐっすりだった。ここは俺の出番だろう。花梨を御姫様抱っこして部屋まで連れて入った。あとは寝ぼけた花梨を、由紀と美紀が風呂に連れていってくれた。
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