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20.墓参り

颯希を迎えに行ったときと同じ面子で、車に乗っている。運転するのはいつものように瑞希姉さんだ。今日は墓参りの日。(勇人)が入っている加藤家の墓に向かっている。


父さんの車には親世代以上が乗っている。両親、爺さん、伯父夫婦の5人だ。両方とも乗っているのは5人で人数は釣り合いが取れている。取れてないのは内容だろうな。特に(友貴)の存在だよな。


身内でもない人間、それでも由紀や美紀は勇人と面識がある。由紀には勇人の墓参りをする動機もある。が、(友貴)は身内でもなければ勇人と会ったことがあるわけでもない。魂を共有していることを除けば、見知らぬ他人だ。


そんな(友貴)が勇人の墓参りをする。どういう理由を付けたら同行できるのか。

瑞希姉さんが父さんに言ってくれた。

「由紀ちゃんが帰ってきたよ。で、勇人に報告したいことがあるんだって。だから、友貴も墓参りに行くね。」

四捨五入した説明で、父さんは何かを察したのか無言で了解してくれたらしい。


由紀は勇人が好きだが友貴も好きだ。友貴が勇人だからというだけじゃなくて、友貴に対しても好きという感情が芽生えてきているらしい。


俺自身も勇人だが友貴の部分もある。微妙な感じだが、勇人単独じゃない。友貴として生きてきた人生が実際にある以上は当然かもしれないが。ともあれ友貴としても由紀が好きになった俺は二重に由紀に恋しているようだ。


由紀が墓参りするのは中学3年のとき以来だ。中学3年のとき墓の前で颯希と喧嘩した。それを最後に、墓参りに参加はしていない。高校は故郷から離れたところを選んだ。大学は更に遠い学校に進学した。そして今回帰郷するまで帰ってきていなかった。


俺は自分の将来をどうするか考えるようになっている。先生になるという夢は勇人のものだった。由紀が叶えてもくれている。それに、この間の話し合いで颯希も先生になろうとしていることを知った。由紀が小学校なので、颯希は中学校の先生になるらしいが。


由紀との人生を考えたら、学校の先生という選択枝は悪いものじゃない。ただ、なんとなくだが、それだと勇人の人生のお復習い(おさらい)をしているような感じだ。オリジナリティーに欠けるんだ。たぶんに俺の中の友貴の成分が自己主張してきている。


自我の目覚めというには年齢を考えればおかしいかも知れない。だが、勇人のときにも自分の感情を正確に理解できたのは死んだあとだ。なら、友貴も同じじゃないだろうか。勇人と一緒に歩んできた人生から、ようやく自分自身の人生を歩みたくなったのかも知れない。


俺は誰だ。俺は誰としてこれからを生きていくのか。勇人には墓がある。勇人の人生は12歳で終わった。短かかったも知れない。だが、充実した満足のいく人生だったのじゃないだろうか。悔いは残ったかもしれない。しかし由紀の伴侶に(友貴)がなることで晴らす。なら友貴として生きていくのが俺の人生じゃないかな。


兄さん(友貴)、小学生だったんだね。見た目では全くそう見えないよ。話をしていたときは、年上だと考えていたしね。」

車のなかで颯希が俺に話しかけてくる。

「考えたら、当たり前だよね。死んで12年。生まれ変わったとして、時間は12年しかないんだから。」


「見掛けは背伸びをしているからな。中身も由紀と釣り合いが取れるようにと背伸びをしているけどな。」

俺はまだ小学生。12歳年上の由紀と釣り合いが取れる日が本当にくるんだろうか。ちょっと心配だ。少しずつでも、由紀をきちんと護れるように、由紀が安心して暮らせるように成長したいものだ。


安全運転すること30分で到着した。山を切り開いて扇状に整備された土地に墓が並ぶ公園墓地だ。静かで環境は良い。駐車場に車を止めて歩いていく。


途中で墓地に備え付けのバケツに水をいれて柄杓と共に持って行く。父さん達は花束を用意して持ってきていた。立ち並ぶ墓石の間を涼しい風が通る。


初めて見る俺の墓は区画の端にあった。墓のそばには大木があり、木陰になっていた。墓石には特にかわった趣向はない。表に加藤家之墓と掘られ、裏面には父さんの名前が掘られ文字は赤に塗られている。傍らの墓誌には「加藤勇人 満12歳」と刻まれている。享年が用いられていないのは夭折したからだろうか。


俺は自分の墓を見て、勇人という存在は本当に死んだんだなあと、ひしひしと感じた。笑い悲しみ、楽しく過ごした日々は過去のものだ。今の俺は友貴だ。俺の心の内で変化がある。由紀のところへ案内してくれた勇人は友貴にバトンを渡そうとしている。


俺たちは墓周りの雑草を刈り、墓石の汚れを落としてきれいにする。それから水を入れて花を飾り、線香を立てる。あたりに線香のにおいが漂う。一息ついてから、両親、瑞希と颯希、爺さん、伯父夫婦、由紀と美紀、最後に俺、の順番で手を併せて勇人の冥福を祈る。


「勇人。元気にしているかい。こっちは変わりないよ。今年は颯希も来てるし、由紀ちゃんも来てくれたよ。」

潤んだ眼をした母さんが墓石に語りかけている。母さんも年を取ったね。


「勇人。私ね、たぶんだけど秋には結婚することになると思う。」

瑞希姉さんが結婚のサプライズ報告をしている。両親は知らなかったようだ。俺も知らなかった。良い人がいるとは聞いたけど。


「え、瑞希、それ本当のことかい。」

両親が動揺している。

「後でね、話をするわ。お父さん、お母さん。でも勇人にね、一番に報告したかったんだ。」

「私も幸せになっていいよね、勇人。」

姉さんはすっきりとした微笑をしていた。


「良い話じゃないか。瑞希の結婚式には是非とも出席したい。こりゃあまだ死ぬわけにはいかんな。」

爺さんは喜んでいた。

「勇人。先達である、おまえに水先案内を務めてもらおうと思っておった。その挨拶に今日は来たんじゃが、もう少し後でよいわ。瑞希の結婚を見届けるまで、しばらく浮世におるわ。そのうち土産話を待って逝くからの。」


「兄さん、颯希は学校の先生になるよ。由紀さんが小学校の先生になったから、颯希は中学校の先生になるけどね。兄さんの夢だったけど、颯希も先生になりたいと思ったんだからね。」

颯希は自分の夢を実現しているんだと伝えていた。

「兄さんは、兄さんの夢を叶えてね。」

俺の夢か。俺の夢な。


「12年か。あっという間だな。早いもんだなあ。生きていたら24歳か。どんな人間になってたんだろうかな。」

伯父さんが感慨深くつぶやく。

「おまえの従兄弟たちも大きくなったぞ。まあ中学生で反抗期だがな。大変だが、生きている。子供でする苦労も楽しいと思えるよ。」


次の順番は由紀だったが一番最後にすると言った。


「勇人兄さん、元気かな。幸せかな。幸せなんだろうな、たぶん。美紀も幸せになるから、見ていてね。」

美紀は死者(勇人)生者(友貴)に向かって話をしているようだった。

「美紀は、次の春から社会に出て仕事をするようになるよ。いろいろ大変だろうけど、頑張るからね。」


俺は自分の墓の前に立つ。

「はじめまして、勇人さん。俺は望月友貴といいます。由紀の今の恋人をさせて貰ってます。」


ちょっと間を置く。そして墓を見て続ける。


「かつて由紀が勇人さんに命を救われたのは聞いています。それで勇人さんが命を落としたことも。それを知った上で、お願いします。由紀を必ず幸せにするので俺に任せてくれませんか。」


両親は驚いているが、それほどでもない。瑞希姉さんが言ったこと、由紀が帰ってきたこと、(友貴)が居ることの意味、おぼろげながら理解していたんだろう。そうなんだという納得の反応だった。


自分で自分に向かって依頼する。おかしいようでいて俺にはおかしいとも思い切れなかった。たぶん俺が純粋な勇人じゃないということだろう。友貴が前面に出ている。死んだ勇人が許しをくれて由紀を託してくれたような気がした。


最後に由紀が墓の前に進む。


「勇人。ひさしぶり。長く来られなくてごめんなさい。でも勇人のことは、ひとときたりとも忘れたことはないわ。これまでも、これからも。」


「勇人がなりたいって言ってた学校の先生に由紀はなったよ。褒めてくれるかな。そして、夢をありがとう。」


「小学校の先生になって、そこで出会ったのが友貴。勇人と、もの凄く似ていて、それでいて別人。でも由紀を大切にしてくれるところは同じ。」



由紀は一度言葉を切った。そしてしばらくの後に続けた。



「由紀はゆうくん(友貴)と一緒に人生を歩みたいと思うようになったの。許してくれるかな。」



考えたら由紀も勇人の呪縛が掛かっていたんだよな。これで呪縛から放たれ、新しい人生を歩み始めることが出来るといいな。(友貴)と共に。過去との決別の時だ。



「勇人は幸せだよ。幸せな人生だった。だから幸せになってほしい、由紀ちゃん。」

父さんの言葉だ。


俺は再び墓に向き合う。


「『死のふは一定、しのび草には・・・』勇人さんが好きだった言葉。これからは俺の座右の銘としても遣わせて頂きます。」

頭を下げる。


「初めて聞いたよ。それはどういう意味。」

由紀が不思議そうに言う。


「颯希も初めて聞いたよ。兄さんが好きだった言葉なら、『心しらぬ人は 何とも言はばいへ・・・』じゃないの。理映さんから聞いたよ。」

それも好きな言葉だよ。


「友くん。それって私以外たぶん誰も知らない。」

瑞希姉さんが言う。


「俺の頭に浮かんできたんだけどね。勇人さんの声と共に。」

俺のオカルトな釈明の言葉に姉さんが応える。


「じゃあ、勇人に由紀ちゃんを託されたってことで良いんじゃないかな。」

墓場では何でもありかな。


「ちなみに勇人は謀反で死んだ第六天魔王の生き様と死に様も、好きだったからね。それで、あの小唄と舞を好んでいたよね。隠れて歌っていたのを、私は何回か見たことがあるわよ。」

姉さんの記憶の1ページか。俺にとっては黒歴史かもしれん。


「さっきの言葉、『生まれた以上は死ぬのは定め。生きているうちに何をなすかが大事』っていう意味だよ、由紀。」

俺の説明を聞いた由紀は顔を輝かせた。


「そっか。勇人は由紀の記憶に残ることをしてくれたよね。うん、ありがとう、勇人。ゆうくん(友貴)と幸せになるね。」

俺たちは並んで勇人の墓に頭を下げた。他ならぬ俺自身が勇人から友貴になった。


墓参りが終わったあと、車で少し移動して日本料理屋で会食した。整えられた日本庭園が窓のそとに広がる座敷が会場だ。脚が治っているので俺も正座だ。和やかな雰囲気のなかで静かに皆の箸が動く。


「友貴くん。由紀ちゃんのことを宜しくお願いするね。」

俺は勇人の両親から由紀のことをくれぐれもお願いすると言われた。

「それと結婚式には是非とも呼んでね。」


「そうだな。死者は還ってこれん。生きているものは生きているもので何とかするしかないだろう。勇人に遠慮しても、勇人も喜ばんだろう。若い二人は幸せになったらいい。」

伯父さんが付け加える。


「そうだな。儂も由紀ちゃんと友貴くんの結婚まで生き延びねばならんな。健康第一で頑張るぞ。」

爺さんが締めくくる。


美紀や颯希は穏やかな笑顔で、俺と由紀を祝福してくれている。


輪廻転生ってこういうことか。たまたま今回は記憶と感情を伴ったが、由紀と再会して前世を再開するようでいて、新しい道を歩むために必要なパーツだったのかもな。記憶がなくても人は人を好きになることは出来る。友貴は由紀が好きだ。

誤字脱字、文脈不整合など御指摘頂けば幸いです。

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