12.日常
花梨の俺に対する思いが完結した修学旅行が終わって日常が戻ってきた。俺の右脚も完治して運動もしてよいと許可がでた。なので車で送ってもらうのも終わりだ。
以前と変わったのは花梨と一緒に登下校するようになったことだろうか。俺と花梨は家が近いわけではないが、方角は同じなので通学路が途中で一緒になる。合流点から学校までの間の限定だが、行き帰りを共にしている。
たまに荷物が多いときや雨のときなどは花梨の家まで送ることもある。歩きながら色々な話をするのは花梨にとっても俺にとっても楽しい時間だった。
このことは由紀も知っている。というか、娘である花梨を大事にするようにと言われている。まだその家族ロールは続いているのか、と尋ねると、由紀とゆうくんが夫婦である限りは!と悪戯っぽく由紀に言われた。それなら一生じゃないか。
実のところ俺たちの人間関係に本質的な変化はない。俺が由紀のことを好きで、由紀が俺のことを愛してくれていることも、花梨が俺のことが好きであることも変わってはいない。
今日の午後は、クラブ活動の日だ。中学校以上にあるいわゆる部活動とは異なる。そもそも小学校に部活動はない。学年を越えて集団で色々な活動をするという教育の一環だ。参加するのは4年生以上となっている。
どんな活動をするかは、年初に前年度にあったクラブと生徒の希望も踏まえて決められる。体育会系も文化系もいろいろある。陸上やサッカーとか体育の延長のようなものもあれば、囲碁研究会や落語研究会など先生の趣味が入ったものもある。
俺が属しているのは、自然クラブという大自然のなかで色んなことを体験するということを目的としている大人気のクラブだ。そんなクラブが存在するのは、俺たちの小学校には、休み時間に遊びに入ったりもできる割に大きな裏山が隣接しているからだ。冬には雪がつもり雪合戦をしたりも出来る。
クラブ活動で定員というのは本来はないが、引率の教師の能力や安全の問題から、制限が設けられている。参加できるメンバーは希望者多数の場合には抽選で決まる。俺は一昨年と去年は抽選で外れたが、今年は6年生という最終学年であることで優先された。花梨も同じクラブに属している。
本日のお題は大自然の中での食事だ。単純に言えばバーベキューをしましょうということだ。それでも石や土を利用してかまどを作り、燃やす木材を森から集め、火種も自分達で産み出すという、見方を変えれば遭難訓練みたいなものになる。
レンジャー出身の看護師免許をもつ養護教員という特殊な経歴と技量をもつ女性教師が指導してくれる。普段はおしとやかで穏やかな先生だが、帯銃して匍匐前進訓練の経験もあるという猛者だ。ひとたび有事の際には苛烈な指揮官に変貌する。火災訓練で号令する姿を見た生徒からは陰で鬼軍曹と言われている。
さすがに食材まで野山に求めるのは無理がありすぎるので、家より持参するようにとのことであった。みんなバーベキュー用に串に刺した野菜や肉などをアルミホイルに包んだりタッパに入れて持ってきていた。
昼に給食を食べた直後だが、元気な腹ペコ小学生には関係ない。指示に従って準備をした俺たちは、交代で火の番をしながら、焼けるまで鬼ごっこをして遊んでいた。実態はクラブ活動というより放課後に学校で遊んでいるのと変わらない。
疲れて喉が乾いたら水を飲んで、焼けた肉や野菜をガヤガヤ話をしながら食べて終わりだ。後片付けは念入りにするように指導された。特に山火事は危ない。
クラブ活動が終わって、花梨と家に帰る途中、子猫が日向ぼっこをしているのを見かけた。
「かわいい。」
花梨はゴロゴロいう子猫をそっと撫でていた。親猫がにゃーと言ってやってきて子猫を連れていくまで楽しんでいた。
次の日はあいにくの雨だった。
「おはよう、友くん。」
だが花梨は楽しそうだった。
「見て見て、おニューの傘だよ、友くん。」
骨組みは軽くて丈夫なグラスファイバー、模様はストライクピンクをベースとして、たくさんの朝顔の花が散らされていた。
「綺麗でしょ。特にピンクから濃青紫に染まる朝顔が気にいったんだよ、友くん。」
「本当に綺麗だね、花梨。」
「朝顔の花言葉はしっている?友くん。」
「ごめん、花梨。知らないや。」
「じゃあ、宿題ね、友くん。明日答えてよね。」
家に帰ってから調べて知った朝顔の花言葉。
「はかない恋」「固い絆」「愛情」
明日答えないとダメなんだよなあ。
今日は日曜日。由紀に誘われて買い物に出かけた。あの事故以来、俺の家では由紀と出掛けると言えば、「先生に迷惑をかけないようにね。」と言われるが、反対されることはない。この調子なら夏休みに泊まりがけでの旅行も許可が出るんじゃないかと密かに思っている。
「今日は何の買い物をするの、由紀。」
二人だけなので名前呼びだ。
「水着だよ、勇人。」
まじかよ。由紀は女性用の水着売り場に直行した。
由紀は修学旅行の頃から昔のように元気になっている。もともとは元気で明るい由紀だったが、俺が死んでから落ち込んだ。なんとか立ち留まったものの、表情が乏しくなり真面目一辺倒になっていた。俺の分も人生を生きなければならないと思い詰めていたのもあるよと言っていた。
それが俺と再会してからは、俺との人生を楽しむことに舵を切ることが出来た。反動なのか、夜店に突撃していた頃より、さらに激しく行動的になっていた。
由紀は俺を試着室にひっぱりこんで水着のファッションショーを繰り返した。試着室は本来一人で入るものだから狭いんだ。由紀との距離がかなり近い。なのに遠慮なく脱いでは着るを繰り返して感想を求めてきた。
ビキニにタンクトップの組み合わせをベースにパレオ風スカートをプラス。カラーはブラック・花柄アイボリー・スモーキーカラー・ホワイトベースにレモンカラー模様。基本的にデコルテが綺麗に見えているものを選んでいるようだ。
ちなみに由紀はワイヤー入りやパット入りで盛らんでも大丈夫だろう。感想よりも主に俺の表情を参考にして、由紀が最終的に選んだのは模様なしの白と黒、レモンカラーの花柄が入った3つだった。
「じゃあ、ごはん食べに行こう、勇人。」
時間を掛けて水着を買ってパワーアップした由紀は、イタリアンパスタ屋に俺を巻き込んで行った。由紀は玉子とベーコンのスープタイプのスパゲティーを、俺は生ハムと舞茸のクリームフェットチーネを注文した。
ほどなくテーブルに並んだ皿を目の前にして、由紀は雛のように小さく口を開けて待っている。あーん、ですね。可愛い由紀の顔を見つめながら、お互いの口にパスタを運ぶことで完食した。周囲からはバカップル認定してもらえていたと思う。
今日の俺の恰好は黒の細身のセットアップに白のTシャツ。ジャケットは袖を少し折り返して手首を見せている。手首にはシルバーのブレスレットをはめ、髪はワックスで軽くバックにしてスプレーで固めている。眼もとには深い緑ガラスのサングラスがある。見かけだけで言えば、とても小学生には見えない。揃えるのにかかった資金はこれまで貯めていたものを使った。
その後も街をぶらつき、ウインドウショッピングをして楽しんだ。洋服や靴、アクセサリーなど、由紀は楽しそうに見ていた。欲しいのがあったらプレゼントするよ、と言ったが、由紀は特に気に入ったものもなく結局なにも買うことはなかった。それでも一緒に過ごした時間が大切だからねと由紀は嬉しそうだった。
由紀の部屋の前まで送っていったら、ちょっとあがってよねと言われた。誘われるままにあがると、泊まっていってと言われた。さすがにそれは今日は難しいよと断った。拗ねた由紀を宥めて、夏休みは一緒に過ごせるからと言うと、顔を輝かせて口づけをされた。
夏の小学校の体育には水泳がある。由紀がどんな水着でくるかどきどきしていたが、露出の非常に少ない競泳用水着にラッシュガードを羽織るというものだった。そんなのも持っていたんだ。聞いたら去年買ったと言っていた。
花梨はというと学校で決められたスクール水着だった。男子も同じでスクール水着。全員同じ恰好で、ひらすら泳ぐ練習をするだけだった。花梨は元気に25mプールをバタフライで泳いでいた。個人メドレーが出来る稀有な人材だった。俺たちの学年には花梨以外バタフライで泳げるものはいない。
帰るときに聞いたらスイミングクラブに通っていたからねと答えが返ってきた。幼稚園から通っていたけど、タイムが伸びないし、別にオリンピック選手になる気もなかったし、ある程度泳げるようになったのでやめたんだよ。でも泳ぐのは好きだよ、だった。
一学期も終わりに近づいた頃に、球技大会があった。種目はサッカー。男女ともに同じ競技。たしかに校庭は広いから、サッカーコートを複数とることは出来る。もちろん国際基準の広さじゃない。そんなものを取ったら広すぎてサッカーではなくてマラソン大会になりかねない。小学生に合わせた広さのコートでクラス対抗でトーナメント制だ。もちろん男子と女子は別トーナメントだ。怪我人が出たのでは意味がないしね。
女子チームのリーダーは花梨だ。元気に指示を出して健闘している。決勝戦では惜しくも負けてしまったが準優勝だ。男子は一回戦で負けたので、ほとんど女子の応援をしていただけだった。準優勝した女子チームは副賞に御菓子の詰め合わせを貰っていた。帰りに花梨が分けてくれた御菓子は美味しかった。
学期末の大掃除の日だ。普段している場所以外に、めったに掃除されないところの掃除もする。俺たちの学級に割り当てられたのは、器財倉庫だった。行事のときなどにしか使われないものが仕舞われているが、一年に何回かは空気を入れ替えて埃を払い、破損がないかをチェックする必要があるらしい。そんなに大きな倉庫でもないため、俺と花梨と由紀の三人ですることになった。
別のクラスには体育倉庫が割り当てられたところがあり、ラインパウダーをばらまかないように注意されていた。何年か前に眼にはいった生徒がいて病院に駆け込むことになったとか、失明の危険性もあるからとかだった。クラスの他のメンバーは教室や階段や特殊教室などをいつもより念入りに雑巾がけからワックス掛けまで含めてすることになっている。
「これなんなんだろうか、由紀。」
使い道がよくわからないものが色々とある。
「由紀もわからないわよ。」
「花梨もわからない。」
まあ分からなくても掃除は出来る。壊さないように注意するだけでいい。倉庫から器財を運びだし、まずは倉庫の掃除をする。それが終わったらハタキや雑巾を使って、器財の埃を払い元の位置に戻していく。幸いにも割れたものとかはなく無事に掃除は終わった。
終業式の日だ。ありがたい校長先生の話を聞いたあと、由紀から通知表を貰う。今学期の活動内容に、クラス委員として責任をもって務めを果たしていました、と良い評価が書かれていた。各教科の成績は優秀と言える結果になっている。
生まれながらにして、言葉が理解できて計算が出来たんだ。図書室や図書館、街の本屋やネット環境を十分に駆使して社会人として恥ずかしくないレベルの知識は蓄積できていると思う。中学以上の学問は初めての領域だったから手間取ることも多かったが、勉強のやり方は同じことだ。質問を受けてくれる人達が周りにたくさんいたのは環境が良かったとしか言い様がない。
あとは実践が足りないだけだ。こればっかりは実体験がないことにはどうにもならない。少しずつ人との関わりの中で体得していく以外ないだろう。たとえば交渉術などは。
家では成績表次第で夏に旅行することを認めてもらうように交渉していた。持って帰ってきた通知表の成績は十分だった。当初は父親と母親は俺の一人旅というところで渋っていたが、旅行する方面をわざと行くつもりもないのに言っていたところから、由紀の実家がある地域に変更するのと、由紀に案内してもらうという話にしたところでOKがもらえた。ただ先生に迷惑を掛けるんじゃないよと太い釘のようなものを刺されたが。由紀から、帰省するのに一人では手持無沙汰になるところだったので友貴くんが同行してくれるのなら楽しいです、と言ってもらえたので、両親は恐縮していた。
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