第一章 起承転結の起。主人公、ヒロインと出会うの図。・その5
その日の夜。
>なるほど。話はわかりました。でも、サーダくんも大変なんですね。
チャットで話していた相手が言ってきた。ちなみにサーダは俺のハンドルネームである。
相手は、ライトノベル系で検索した、あるサイトで知り合ったプロ作家だった。べつにすごい話じゃない。冗談抜きで、ちょっとネットで遊んでれば、こういう知り合いのひとりやふたりはできる。オフ会で会ったこともあるが、同じ本を何冊も持ってきて
「絶番になった本を五掛けで買ったんですけど、家に置いてても仕方がないから持って行っちゃってください」
なんて言っていた。本屋で本を買うときに引き抜かれる、二つ折りの紙――注文カードとか売り上げカードと言うらしい――がはさまったままだったので驚いた記憶がある。
>そういうわけで、ライトノベルを書くコツを教えてほしいんですけど。
>そういうのは、チャットで調べるだけでも、かなりのレベルのものがわかると思いますよ。ハウツー本もたくさん売ってますし。
>もちろん、そういうのも使うつもりです。ただ、それでも教えてほしいんです。その一年も、教えてほしいって言ってたし。ほら、そういうのって、同じセリフでも、アマチュアよりプロが言うと説得力あるじゃないですか。あの娘、俺をラノベの達人かなんかと勘違いしてるみたいで。それで助けてほしいんです。
>ま、そういうことなら、べつにかまいませんけど。ちょうど、趣味でつくった、虎の巻みたいなまとめがありますから。内容はかなり古いので、どこまで信用できるかは私にも疑問ですけど。メールアドレスを教えてくれますか? 教えてくれたら、ファイルの添付で送れます。
>はい。ちょっと待っててくださいね。
俺はメルアドをチャットに書きこんだ。
>了解です。じゃ、送りますから。
>助かります。
で、少し待っていたらメールがきた。ファイルの添付を開く。
「――こりゃ、たまげるほどあるな」
俺は驚いた。あちこちの出版社で聞いた話が年代付きで書いてある。なんか、もらったアドバイスを無差別に書きまくった記録らしい。すごいな。なかには一九八〇年代に聞いた話まで書いてあるぞ。さすがにこれは役に立たなそうだが。
「えーと、何々? 『サルでも描けるまんが教室』より。少年マンガにつきものなのはパンチラである。転じて、ライトノベルにもラッキースケベはつきものである。少なくてもあって損をするものではない、か」
ずいぶんと極端なことを書いているようだが、思い返してみると、それほど間違っているわけでもなさそうだった。「あかほりさとる先生は、ギャグのつもりでエッチシーンを書いていると雑誌のコラムに書いていた」「日本で一番売れているパンチラ少年漫画は『ドラえもん』である」なんて書いてあるんだから反論できない。このファイル、文庫見開き編集にしたら四〇ページを超えていた。俺が書いた短編より長い。冒頭に
「すべてが役に立つとは言わないが、一個か二個は使えるものがあると思われ」
なんてある。ま、これだけ書いてれば、少しは役に立つこともあるだろう。何より、本物の出版社が言ってきたアドバイスをプロ作家がまとめたものだ。説得力の一点で、これを上回るものはない。
>ありがとうございます。これでなんとかなりそうです。
礼を言ったら、すぐに返事がきた。
>強調しますけど、そのアドバイス、「ラノベ新人賞各レベルごとの内情と傾向」あたりで検索すれば、誰でもわかる内容ですから。特別なものでもありませんからね。今回送ったのは、それの、さらに加筆修正版ですが、大した差はありませんので。
>それでも十分です。じゃ、失礼します。
俺はチャットを打ち切り、虎の巻を印刷した。山折りにして、ホッチキスで綴じて、小冊子の形に――この厚みは無理だな。小型のダブルクリップなんて気の利いたものもない。
学校に大型のホッチキスがあったと思うから、それで閉じるか。
あとは、明日が勝負だった。