第一章 起承転結の起。主人公、ヒロインと出会うの図。・その3
「ま、プロを目指す理由なんて、人それぞれあるもんだし。そういうのもありなんだろ」
黙って聞いてると面倒くさくなりそうなので、俺は話題を変えることにした。
「ただ、プロになりたいってだけだと、それ以上は話が進まないんだ。御堂さん、何か、書いてみたいアイデアというか、ネタはないのかな?」
「あ、それはあります」
御堂が、少し考えるような素振りを見せた。
「えーと、設定資料、今日は持ってこなかったんですけど。サーバナイトっていう異世界があるんです。この名前、私じゃなくて静香ちゃんが考えたんですけど。それで、そのサーバナイトって、剣と魔法のファンタジーなんです。で、ドラゴンと人間の混血の種族がいて」
「はいストップ」
俺は御堂を制した。なんか、この話はこの話で、黙って聞いてるとヤバい感じがしたのだ。
「ちょっと質問するけど、その設定、長いのかな」
「あ、それほどでもないです。大学ノート一冊分くらいかな」
「それって、ほとんど中二設定資料集じゃん」
鴻上が横で言ってきた。俺も同意見である。
「あのな? 質問を変えるから。そのサーバナイトって異世界の話なんだけど、ものすごく簡単に、何がどうしてどうなる話なのか、それを言ってもらえるかな? 時間で十秒。小説で言うと、一行でおわるくらいの、ものすごく短めの文章で」
「一行ですか」
御堂が、少し困った顔をして、数秒、考えるみたいにしてから口を開いた。
「えーとですね。主人公が活躍して、悪い敵をやっつける話です。これでいいんですか?」
「はいありがとう。すごくわかりやすかった。それが、君の考えた話のテーマだな。なら、それで問題ないから」
俺は腕を組んだ。さて、どう説明したらいいもんだか。
「えーとだね。まず、君は最初に設定の説明をしようとした。これ、よく勘違いしてやる人がいるんだけど。そういうのは一番後まわしでいい。一番はじめに言わなくちゃいけないのは、テーマ、主題なんだ」
俺は鴻上のほうをむいた。
「ちょっと訊くけど、鴻上は、本屋でマンガを見るとき、どういうのを見ておもしろそうだって思う?」
俺の質問に、鴻上が少し考えた。
「――まァ、知らないマンガだったら、ポップ見たり帯見たり。それで、おもしろそうだったら、買ってみようって感じだよな普段は。誰でも同じなんじゃね?」
「そうそう、それだ。それが主題だと思ってれば、大体OKだから」
俺は、キョトンとしている御堂に向き直った。
「で、主題はわかった。それから、その話のジャンルは? アクションだとか、推理物だとか、ディベートでなんとかするとか」
「アクションにしようと思ってます。ファンタジーで剣と魔法だから。やっぱり、そういうのがないと」
「わかった。アクションだな。これが第二。ジャンル、分野なんだ。テーマとかぶる部分もあるんだけど」
「はァ」
「まァ、いまはわからないかもしれないけど、とりあえず、そういうもんなんだと思って聞いておいてほしい。というか、君も相談を受ける側になったらわかるようになるから。で、とにかく、第一にテーマ、主題。これは、主人公が活躍して、悪い奴をやっつける話だったな。で、第二にジャンル、分野。これはアクション。そして、第三。主人公は、どんなキャラクターなんだ?」
「え」
第三でありながら、一番大事な質問をぶつけたら、御堂が、少し困った顔をした。
「あの、ありません」
「は?」
「キャラクターは、全然考えてませんでした。サーバナイトっていうファンタジー世界の設定だけで」
「それって、本当に中二設定資料集なんじゃね? 意味ねーじゃん」
鴻上の言葉を無視して、俺は御堂を見据えた。
「いいかい? ライトノベルはキャラクター小説なんだ。つまり、キャラクターが一番大事なんだよ。いままでの話で、君が書きたい話のテーマとジャンルはわかった。あとは、そのなかで、どれだけ魅力的で、おもしろいキャラクターを書くか? これが問題だ。そして、これが第三でありながら、一番重要でもあるんだよ」
「あーあれだ。思いだした。バクマン。であったよそれっぽいの」
また鴻上が口をはさんできた。
「アニメの特番でさー。お笑い芸人が編集部に行って、自分の考えた設定を見せたんだよ。で、編集部が『こういうのを考えるだけだったら自分たちでもできる。この設定で、どういう話を書くのかが見たいんだ』とかなんとか言ってたっけ」
「そうそう。そんな感じのパターンだ」
相槌を売ってから視線を変えると、俺の言っていることが、イマイチわかっていないって顔をしながらも、とりあえず御堂はうなずいていた。
「わかりました。じゃ、キャラクターは、今度考えてきます。いますぐには、やっぱり無理ですから」
で、そのまま、少し不思議そうな顔をした。
「あの、こっちから質問なんですけど。どうして佐田先輩は、そんなに詳しいんですか?」
「どうしてって――」
こんなの、ちょっと書いた経験がある人間なら、誰でも知ってる話である。
「まーセミプロみたいなもんだからなー佐田は」
鴻上がいらんことを言った。いやな予感がしたときは手遅れだったらしい。鴻上がイタズラっぽい顔で部室の奥に行く。
手にとったのは、去年の小説雑誌だった。
「あ、それは」
ヤバい。客なんか来ないから置きっぱなしにしておいたのは失敗だった。止めようと思った俺の手がでるより早く、鴻上が小説雑誌を机に置く。
「こういう栄光の経験があるんだよなー佐田先生」
「先生言うな」
「これが、どうかしたんですか?」
「これこれ」
鴻上がパラパラと雑誌をめくった。
「この短編。これ、佐田が書いた話なんだよ」
「昔の話だろ、そんなの」
俺が一年のころ――まだ夢も希望もあったころ――先輩に言われて書いた短編が、たまたま採用されて載っただけだ。賞金は五千円くらいだったし、担当さんがついたわけでもない。ただの記念投稿がラッキーで掲載されたってだけである。いまは一行だって書く気はない。プロ作家になる気もさらさらなかった。
ましてや長編なんて。
「こんなのは――」
言いかけ、俺は妙なことに気づいた。目の前の御堂の表情が違う。眼鏡の奥の瞳が、キラキラと輝いていた。
で、こんなことを言った。
「佐田哲朗師匠!」