第一章 起承転結の起。主人公、ヒロインと出会うの図。・その2
「それで、あの、私、文芸部じゃなくて、文芸愛好会でしたっけ? それで、えーと」
「あたしは二年だから」
「あ、私は一年です。よろしくお願いします、鴻上先輩」
御堂が頭を下げた。あらためて顔をあげる。
「あの、私、文芸愛好会が、どういうところか知りたくって」
「なんにもしてないよ。文芸愛好会の代表は本を読んでるだけだし。あたしみたいな部外者が出入りしてても問題ないし」
「は?」
御堂が妙な顔をした。
「鴻上先輩って、文芸愛好会の人じゃないんですか?」
「違うって」
PB商品のポッキーもどきをポッキポッキ食べながら鴻上が自己紹介をはじめた。
「あたし、オタクって言うか、マンガが好きでさー。それで、最初、漫画部に行ったんだけど、マンガを読むのが好きなだけで、マンガを書く気なんかないって言ったら、そういう人はうちじゃなくて文芸部に行ってくれって言われたんだ。そのときは、まだ文芸愛好会じゃなくて文芸部だったんだけど。それで、あたし、ちゃんとした入部手続きなしで、ここに出入りしてるんだよ」
「はァ」
なんだかよくわからない顔で御堂がうなずいた。そりゃそうだろう。部員でもないのに、どうしてかウロウロしてる人間が積極的に接客しているのだ。
「じゃ、あの、文芸愛好会の責任者は」
「俺」
仕方がないから挙手した。御堂が俺を見て、それから、気がついたように室内を見まわす。
「えーと」
「ごめんな。ほとんど廃部寸前なもんで。正式部員――じゃなくて会員か。それって俺だけなんだ」
だから、必然的に俺が代表ってことになる。ま、会長ってのは暫定だが。御堂が、俺と鴻上の顔を交互に見た。
「あ、あの、それじゃ」
「あーはいはい。変わるから」
鴻上が立ちあがった。俺を見ながら椅子を指さす。
「わかったよ」
ま、この愛好会が、ほとんど死んでる、ろくでもないところだってことは御堂もすでにわかったと思うが。俺は御堂の真向かいに座った。
「それで、何かご用でしょうか?」
「あの」
あらためて俺が訊いたら、御堂が恥ずかしそうにうつむいた。あまり男に免疫がないらしい。とはいえ、俺が訊かないわけにもいかなかった。
「言いたいことを言ってくれないと、俺もわからないんだけど」
「あの、えーとですね」
少しして、うつむいたまま、御堂が口を開いた。
「ここって、ライトノベルを書きたいって言う人がいてもいいんですか?」
「それは、好きにしてもいいと思う」
「ライトノベル?」
肯定したのは俺で、疑問符で聞き返したのは鴻上だった。
「ライトノベルって、夜中にアニメになってる奴?」
「あ、そうそう、それです」
「あーあれかー」
鴻上が、露骨にいやそうな声をあげた。顔をあげたら本当に眉をひそめている。
「あれ、昔、マンガの文庫版かと思って買ってみたら、文章ばっかでさ。それでいやんなっちゃったんだよあたし。アニメは、たまには見るとおもしろいけど、でてくる女がムカつくし」
俺は、部外者なのに会話に割って入ってくるいまのおまえにムカついてるんですけど。
「なんか言った?」
「べつに」
俺は御堂に向き直った。
「ライトノベルを書きたいんなら、それはかまわないけど、うち、もう会報もださないくらい落ちぶれてるぞ」
「それでもかまいません。私、学校で出版する会報なんて、まるで興味ありませんし」
結構ひどいことを言いながら、御堂が顔をあげた。思い切った表情である。
「私、プロのライトノベル作家になりたいんです」
「あ、君、ワナビなのか」
「ワナビってなんですか?」
「プロ作家希望の人のこと。ネットで調べたらすぐわかる言葉だと思うけど」
「あ、あの、私、インターネットはほとんどやらないから」
「そうなんだ」
話には聞いてるけど、現役ワナビってはじめて見た。やっぱりいるのか、こういう人種。たぶん、俺の横で、鴻上も同じ顔をしていたと思う。
「あの、私、最初、漫画部に行ったんです。鴻上先輩と同じように」
黙って見ていたら御堂が自分語りをはじめた。
「それで、プロのライトノベル作家を目指してますって言ったら、それは文芸部に行ってくれって言われて。それで、ここにきたんです」
「あーあたしと同じパターンだったわけか」
鴻上が納得したような声をあげた。漫画部の連中はここをゴミ捨て場だと思っているらしい。
「で、ここにきたんですけど。あの、ここって、ライトノベルを書くノウハウとか、そういうの、教えてもらえるんでしょうか?」
「は?」
反射で俺は聞き返していた。
「教えてもらえるって、どういうことだ?」
「だって、あの」
御堂が、あらためてうつむいた。
「実は私、ライトノベル、まだ書いたことないんです」
「あ、そうなんだ」
「それで、ここにきたら、そういうのって教えてもらえるんじゃないかと思って」
「なるほどね」
この美少女がここにきた理由はわかった。それは残念だけど。
「それは残念だけど、ここじゃ無理だと思うよ」
俺が言うより先に鴻上が言いだした。御堂が不思議そうに顔をあげる。
「どうしてですか?」
「さっきも言ったじゃん? あたしはマンガを読むだけだし、佐田は本を読むだけだから。話を書く人間なんて、誰もいないんだし、ノウハウを教えるのも不可能。残念でした」
「そうでしたか」
御堂が期待外れっていう顔をした。
「じゃ、すみませんでした。私、ここにいても意味がないみたいだし」
「まァまァ」
俺は御堂を制した。
「せっかくきてくれたんだから、少しくらい話を聞いても罰は当たらないだろう。えーと御堂くんだったかな。やっぱり、ライトノベルが好きなんだろ? だったら、この部室で好きに読書していってくれてもかまわないし」
「え、えーと」
続けて、どんな話が好きなんだ? と聞こうと思ったら、御堂が困ったような顔をした。
「実は私、ライトノベルって、あんまり読んだことがないんです。まったく読んでないわけじゃないんですけど」
予想外の返事がきた。
「だから、書き方もよくわからなくって」
「――じゃ、なんでライトノベル書こうって思ったんだよ?」
「あの、なんて言ったらいいのか」
御堂が少し考えた。
「私、実は、小さいころに、仲のいい友達がいたんです」
「ふむ」
「それで、その娘が、小説家になりたいって言ってて。もう、離れ離れになっちゃったんですけど。それで、その娘の代わりに、私、小説家になる夢をかなえようかなって思って」
「なるほど」
「静香ちゃん、って名前だったんですけど」
言われて、俺は鴻上と顔を見合わせた。
“脳内友達とか、そういう奴の話なんじゃね?”
鴻上の視線が語ってくる。本人が静流で、友達が静香ちゃんだからな。脳内友達じゃなかったら中二設定の妖精さんだろう。目の前の女子はそういう人か。