第四章 起承転結の結。主人公、ヒロインを守るために切れるの図。・その8
「探しましたよ、御堂さん」
そういう日沢はブレザー服だった。高校まで行って、俺たちがいないもんだから、スマホで静流の住所を調べるかしてやってきたんだろう。
「あの、日沢さん? あなたも静流たちとお勉強会にきたのかしら?」
わかってない静流のお母さんの質問に、日沢が険悪な感じで俺をにらみつけた。
「佐田先輩、そんな嘘をついたんですか」
「いや、俺が嘘をついたわけじゃないんだけど――」
「嘘?」
俺が言い訳をするより早く、静流のお母さんが俺を見た。
「あの、どういうことなんですか?」
「あの、それがその」
「御堂さんと、佐田先輩は勉強会なんかしてたんじゃないんです」
俺の代わりに日沢が説明をはじめた。
「御堂さんと佐田先輩と、そっちの先輩は、うちの学校の文芸愛好会に所属してるんです。それで、本当はすごい知識を持っているのに、漫画部にアイデア提供もしないで、駄弁ってばかりなんです。それで、今度、ライトノベルを書くって言いだして」
「そっちの先輩ってどういうことだよ」
由紀乃が俺の後ろで口を尖らせたが、それどころじゃなかった。日沢の話を聞いた静流のお母さんの表情が激変したのである。
簡単に言うなら、鬼の形相だった。
「静流! あなた、まだライトノベルなんか書くなんて言ってたの!?」
なんかだと? 一瞬、俺も抗議の声をあげかけたが、そこはなんとか押さえこんだ。俺の前に立っていた静流の気配も一変する。
「だって、お勉強会をするなんて嘘でも言わないと、お母さん、サーバナイトのお話を書かせてくれないじゃない!」
「え? あ、あの」
瞬間に険悪化した静流とお母さん。口喧嘩を勃発させた日沢もこれは想像していなかったらしく、キョトンという顔をした。
「書かせるわけないに決まっているでしょう! サーバナイトだライトノベルだなんて、いつまでも夢みたいなことを言って! 学生の本分は勉強だって、何回言ったらわかるの!」
「お母さんこそ、私が何回言ったらわかるの! 私はライトノベルを書くの! サーバナイトの話を最後まで書くの! 静香ちゃんの代わりに書くって、私、ちゃんと約束したんだから! お母さんだって見てたじゃない!」
「あんなのは子供のころの話でしょう! 静香はもういないのよ!」
反射で言ってしまったらしく、はっとした表情で、静流のお母さんが俺たちを見た。俺は――少し悩んだが、静流のお母さんから目を離して、振りむいた。後ろに立っていた由紀乃も驚いた顔をしている。
「静香ちゃんって、マジでいたんだな」
声にはしなかったが、由紀乃の唇が動いた。その静香ちゃんが、静流とどういう関係だったのか。そこは想像するしかなかったが、おかげでわかったことがあった。
なぜ、ろくにライトノベルも読まない静流がライトノベルを書こうとしたのか。
なぜ、短編が雑誌に掲載された程度の俺を師匠として崇拝したのか。
なぜ、中二病丸出しのサーバナイト設定資料を平気で他人に見せようとしたのか。
「本当に仲のいい姉妹なんですね。羨ましいです」
由紀乃と春奈の追いかけっこを見て、静流はこんなことを呟いていた。
「本当、私も、あんなことしたかったな」
こうも言っていた。静流と静香は、それができなかったのだろう。
「とにかく、学校の勉強をおろそかにして、ライトノベルを書くなんて、金輪際許しませんからね!」
話を元に戻そうと思ったらしく、静流のお母さんが威圧的に宣言した。
「だいたい、小説なんて、あの男のやっていたことと同じじゃない! けがらわしい!」
「けがらわしいとはどういうことだ!」
反射で俺は怒鳴りつけていた。静流のお母さんがギョッという顔をする。それだけじゃない。俺の前に立っていた静流も驚いた顔で振りかえる。玄関に立っていた日沢もだった。くそ、やっちまったな。頭の片隅で俺は後悔したが、それに反して俺の口はとまらなかった。
「小説って言うのは文学だぞ! 夏休みの宿題だって、読書感想文があるだろうが! 小説ってのは義務教育でも認められた文化なんだよ! それを書く側になるってだけで差別するってのはどういうことだ!」
「そそ、そんなの、あなたには関係ないじゃない!」
「もちろん関係ねえよ! ただ、関係ないからって、勝手な思いこみで差別してるのを黙って見てるほど俺はおとなしくねえんだ!」
あーだめだ。静流のお母さん、怯えてる。下手すっと静流もだ。もう出入り禁止だろう。ただ、それならそれで、言うべきことは最後まで言っておくべきだった。
「それに、ライトノベル業界のトップがどういう世界なのか、あんた知ってるのか! 日本経済が動いてるんだぞ! もちろん、金になれば何もかも正しいなんて俺も思ってない。でも、いいじゃないか。ライトノベルってのは、ちゃんと収入のある、まっとうな仕事なんだ! なれるかどうかはべつにしたって、なりたいって夢を踏みつぶす権利があんたのどこにあるってんだよ!」
「だ、だって、小説なんて、あの男と同じことなんて、やらせるわけには」
「その、あの男ってのが誰だか知らないけど、静流とは別人だろうが! あの男っての呼吸をしていたはずだ! だったら静流に呼吸をするなって言うのかよ!」
「そんな、無茶苦茶な」
「あんたが言ってるのはそういうことなんだよ! いいか、職業に貴賤はない。あんたも本気で娘を教育したかったら、まずはそのことを自覚して、娘に態度で示して見せろ! ライトノベルを差別するな! けがらわしいのはあんただよ!」
とりあえず、思いついたことはすべてぶちまけた。驚いた顔の静流のお母さん。日沢もオロオロしている。悪いことしちまったな。
「今日はもう帰りますから」
言って、俺は振りむいた。




