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第四章 起承転結の結。主人公、ヒロインを守るために切れるの図。・その7

「あのさ、あたしも小説が完成するまで、時間待ちで退屈なんだけど、春奈と同じでマンガ読んでていい?」


「あ、べつにかまいません」


「マジで夏休みの宿題持ってくればよかったかな」




「お姉、お菓子食べていい?」


「べつにかまわないけど。あたしの分まで食べたら殺すからね」


 由紀乃と春奈は早めに脱落したようである。




 で、なんだかんだで、執筆活動は五時までつづいた。書いた量は文庫見開きページ編集で五ページである。根性だして書きつづければ、夏休み中には一作書きあげられるだろう。プロローグを試し読みしたときにも話した、三週間で一作のペースも、なんとかクリアできそうだった。


「よし、今日はこんなところだろうな」


 俺が言ったら、パソコンにむかっていた静流が、いきなり突っ伏した。


「あー疲れた。肩凝りました」


 言いながら身体を起こし、伸びをする。後ろに立っていた俺のほうをむき、静流が笑いかけた。


「プロローグを書いたときは四日かけたんですけど、それよりすごい量を一日で書いたんですよね、私。疲れるはずです」


「だよな。俺も経験あるからわかる」


 俺も静流にうなずいた。


「机に噛じりついて、延々と同じ姿勢でタカタカやるからな。一日のノルマを決めて、なんとか書きあげたときはグッタリしたもんだよ」


「ですよね。私もグッタリです」


「ただ、プロ作家はもっとすごいぞ。ネットで知り合ったプロ作家は休みの日に朝から晩までかけて、文庫見開き編集で十八ページ書いたそうだ。四〇〇字詰め原稿用紙で四十四枚。夏休みの読書感想文の十倍だな」


 静流が目を見開いた。


「そんなに書かないといけないんですか? できるかな」


「それの助言もあったな」


 俺は虎の巻を開いた。


「極真会館大山倍達総裁の言葉だ。『できるかできないかはあとでいい。やるかやらないかを決めなさい』だそうだ」


「あ、そうなんですか。わかりました。私、やります」


「ただ、誤解のないように言っておくけど、これはアマチュアむけの、チャレンジ精神を育成するための言葉だな。プロの世界で『やってみたけど締切破りました。できませんでした』は通用しないから。プロの世界では『報告、連絡、相談』が基本だ。――これは、冲方丁先生も、自身のハウツー本で言ってたみたいだな」


「わかりました。とにかく、アマチュアのときは、ひたすらチャレンジなんですね:」


「そういうこと。プロになってからのことは、実際にプロデビューできてから考えればいい。今日のところはこれで合格だよ」


「お、書きあがったんだ?」


 俺と静流の会話に気づいた由紀乃がポッキーもどきをポッキポッキ食べながら顔をあげた。部屋の中央のテーブルで、春奈とむかいあってマンガを読んでいたらしい。おもしろそうに立ちあがって近づいてくる。静流の背中越しにパソコンをのぞきこんだ。


「あれ? たったの五ページなんだ」


 由紀乃は何気なく言っただけなんだろうが、それを聞いた静流が傷ついた顔をした。


「一生懸命書いたし、自分でもよくやったって思ってたのに、たったのって」


「そうそう。これでも相当な速筆なんだ。由紀乃も書いてみればわかる」


「何を言ってんだよ? あたしは書く気なんかないもん。ただの読者なんだから、どんな感想を言ったって自由じゃんよ?」


「――ま、それもそうか」


 書き手の努力をまるで評価しない由紀乃の言葉だったが、冷静に考えてみれば、これはこれで真実だった。ネットで検索したらライトノベルの書評なんて罵詈雑言の嵐である。そもそもがエンターテイメント。おもしろくて当然なんだから、一〇〇%おもしろくて『普通』。一二〇%おもしろくて、やっと、『少しおもしろい』。九五%のおもしろさは『つまらない』と言われる。このへんは社会の縮図と同じだった。


「ついでから、これも言っておこうか」


 俺は静流にむきなおった。


「いまの由紀乃の言葉は辛辣なようだけど、これから、こういうことはガンガン言われると思っていていいぞ。特にプロデビューしたら日常茶飯事だ。金をだして読んだ人間は感想を言う権利も悪口を言う権利もある。書いた人間に反論する権利はない。耳をふさぐ権利はあるけどな」


「あ、それ、どこかで聞いたことあります。お笑い芸人も、落ちこむから、自分の名前で検索はしないって」


「そうそう、そういうことだ。一般人は何気なく暴言をネットに書きこむけど、ありゃ、書いた人間の素性がほとんど判明しないから、自分の言葉に責任をとる必要がないのと、言われた人間がどういう気持ちになるのか想像してないのが原因だな。外国じゃ、ネットで罵詈雑言を受けた女優が自殺したって事件まである。メンタルの弱い人間は有名になるべきじゃない」


「――わかりました。プロデビューできても自分の名前で検索するのは控えます」


「じゃなかったら、心を鍛えて厚顔無恥になるか、最低でも厚顔無恥というスタイルを通すしかないな」


「そうします。とりあえず、今日の分、印刷しますね。静流先輩と春奈ちゃんにも読んでもらいたいから」


 静流がうなずいてから立ちあがり、机のそばのプリンターの電源を入れた。A4用紙をセットする。


「ありがとね」


 印刷されたA4用紙を受けとりながら由紀乃が言う。横から春奈がのぞきこんできた。


「お姉、あたしにも見せてよ」


「いいけど、あたしの次にね。じゃ、静流、誤字、脱字があったら、チェックして、明日渡すよ」


 何気ない調子で言う由紀乃だった。それはいいんだが、なんだか本当にプロの世界のゲラみたいになってきたな。


「あと、明日から、夏休みの宿題持ってきていい? あたし、思ったより力になれないし、暇つぶしで宿題でもやっておかないと」


「私は、べつにかまいませんけど」


「じゃ、今日のところは、これで終了だな」


「はい。これは佐田師匠の分です」


 静流が俺にもA4用紙を渡してきた。俺はずっと横で見ていたから内容を知っているんだが、ま、いいとしよう。本格的にライトノベルを書けてウキウキしているんだろうし。


「それじゃ、また明日」


 静流の言葉で、本日は終了だった。静流と、俺と、春奈をつれた由紀乃が部屋をでる。静流を先頭に階段を降りて、静流のお母さんに軽く挨拶をして、玄関からでる。それでOKなはずだった。


 そうはいかなかった。


「あ、静流、べつのお友達がきてるわよ」


 玄関口に静流のお母さんが立ってて、笑顔で声をかけてきたのだ。同時に静流の足が止まる。ぶっちゃけ俺も硬直した。


 玄関に立っているのは、昨日、漫画部の勧誘で俺を不潔呼ばわりした日沢茉奈だったのだ。

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