序章 起承転結以前の序。時系列を入れ替えて、日常シーンを先に書くの図。・その3
「話はわかった。確かに、俺が言った作法を意識的に守っている。それはわかった。では、こっちから質問だ」
「はい、なんでしょうか?」
「今回のこの話、ナルニア型だったのはわかった。なぜ、ナルニア型を書こうと思ったんだ? 純粋に書きたかったのか?」
「もちろん、純粋に書きたかったのもありますけど、それだけじゃありません。『小説家になろう』というサイトで人気だからです」
予想していた通りの返事をしてきた。静流が胸を張る。
「ネットで調べるまで、私も知らなかったんですけど。『小説家になろう』サイトでの、異世界トリップ系の人気は異常なくらい高いです。拾いあげでデビューできている人もいるし。だから私も、ナルニア型を書かなくちゃって思って」
「はいストップ」
俺を静流の言葉を制した。ポケットから、小冊子の形にまとめたメモをとりだす。
これは、俺がネットで知り合った小説家から教えてもらった、ライトノベルを書く上で役に立つかもしれない助言集、要するに虎の巻だった。
「これは、外国人作家のリー・チャイルド先生が言っていた持論らしいんだけどな。『流行に乗ろうと思ったら遅い』だそうだ」
俺の言葉に、静流が目を見開いた。
「そうなんですか?」
「そもそも、書いてから本になるまで基本的に半年くらいかかるのがプロの世界なんだよ。もちろん、売れ線を意識するのはいい。これは、かわいいヒロインをだしたり、クライマックスのアクションシーンで盛り上げるなんていう基本パターンだな。ただ、そういう定番を意識するのと、その場でだけ話題になっている流行を追うのは違う」
「そういうものなんですか」
「というわけで、この点だけは、あまり商業を意識しなくてもいいと思うぞ。まず、純粋に書きたいものを意識して、それを土台に、読者の好みで話を装飾するという書き方でいいんじゃないかな。客を喜ばせるのがメインで、自分が楽しいのはサブっていうのは、そういう意味だ」
「――わかりました」
残念そうに静流がうつむいた。
「じゃ、このプロローグは没ですね」
「あー待て待て。流行を追うだけじゃなくて、純粋に書きたかった、というのもあるんだろ? だったら大丈夫だ。書きたいものと流行が、偶然にもかぶったってことにしておこう。何もないところから話をつくるのは無理だしな。このプロローグはこのプロローグで、ネタ帳のひとつとして使っていけばいい」
「あのさ、あたしも質問なんだけど」
ここで由紀乃が言ってきた。
「この主人公の名前、佐竹哲朗ってどういうこと? 佐田と一字違いじゃん?」
俺が意識的に訊こうとしなかった部分である。ま、実際、俺も気になってはいたんだが。
静流が、ちょっと恥ずかしそうにした。
「だって、ほら、男の人の名前なんて、あんまり、すぐに思いつかなかったから。だから、佐田師匠の名前をパロディしたんです」
「名前なんて、誰でもいいから適当に考えればいいだろ」
「はい、すみませんでした。これは変えます」
あとは、ラッキースケベをもっとねちっこくやればいいとか、言いたいこともあったんだが、それは後回しにしておいた。静流は女子だから、そのへんを念入りに書けと言うのは酷な話だし。
「それから、最後に質問。この部分、文庫で三ページくらいだよな?」
「はい。確か、一二〇〇文字くらいでした」
「書くのにどれくらいかかった?」
「えーとですね」
静流が少し考えた。
「先週の日曜日に書きはじめたから、四日です」
「あーそれは遅いなー」
俺はメモを見た。
「これは二〇〇七年に出版社Mで聞いた話なんだけどな。『最近の読者は、定期的に本がでないと話を忘れてしまうんですよ。だから、三ヶ月に一冊のペースで本をださなければならない。で、こういう場合、うちでは二週間に一本のペースで話を書いてもらうことになります。どんなに長くても三週間です』」
「え、そんななのかよ?」
これには由紀乃も驚いたようだった。
「それって無茶苦茶キツイじゃん。あたし、三ヶ月で一冊本をだすには、三ヶ月で一本話を書けばいいんだと思ってた」
「私もです」
静流も同意した。その場で何やら考えはじめる。
「ということは、文庫一冊が、短くても二五六ページくらいだったから、三週間が二一日で、えーと一日に十二ページも書くんですか!?」
「ま、これは過去の話だから、いまは違う可能性もあるぞ。それに、実際には、カラーイラストやモノクロイラストがあるから、本文のページ数はもっと少なくなるはずだ。あっちこっちの公募を見て俺も調べたけど、文庫見開き編集で、九〇ページから一一〇ページ前後がいいんじゃないか? それだと、使いまわしをする際でも、かなりの公募の既定枚数をクリアできる。オーバーもマイナスもないはずだ」
「えーと」
静流が少し考えるような顔をした。暗算してるらしい。
「それでも、一日に文庫で十ページ書かなくちゃいけないじゃないですか」
「そう凹むな。書きなれれば執筆速度もあがるだろ」
それに、来週から夏休みだ。俺は立ちあがった。
「じゃ、今日はこれで終了。帰るぞ。夏休みにがんばって一本でも話を仕上げればいい」
「あ、ちょっと待ってください佐田師匠。夏休みもライトノベルの書き方を教えてください」
カバンをつかんで部室をでようとしたら、静流が予想外のことを言ってきた。驚いて振りむくと、俺の後ろをついてきていた由紀乃も驚いた顔で立っていた。
「は?」
「だって、私だけだと、どういうふうに書いたらいいのかわからないし」
「それは、いままで教えたことをもとに書けばいいんだ」
「いえ、ほかにも教えてほしいことが。だから、夏休みも部室で」
「ちょ、ちょっと待てよ。じゃ、あたしもでるからさ」
由紀乃も声をかけてきた。
「だから、夏休みも、この部室で講義をするから」
「それは、まァ、べつにかまわないけど」
俺はうなずいた。
今年の夏休みの、文芸愛好会は、少し趣向が変わりそうだった。
本日のおさらい。
・「『出だしに詰まったらセリフからはじめろ』と教えてます」(出版社S)
・「最初の五ページと最後の五ページとあとがきは死ぬほどおもしろく書け(もちろん、それ以外がつまらなくてもいいと言っているわけではない)」(読み人知らず)
・「推理小説なら一ページ目から死体を転がしておけ(その応用で、最初から事件を起こして読者の興味を惹け)」(読み人知らず)
・「ライトノベル新人賞の下読みしたことあるんだけど、文章になっていれば一次は通る、は過去の話」(読み人知らず)
・「長編一本書くのにかかる時間は二週間から三週間」(出版社M。要約)