第三章 起承転結の転。主人公とヒロインの間にサブキャラがからむの図。・その4
「あと、ちょっと追加。単純に読みやすい文章を書きたいんだったら、少しでいいから、七五調を意識するといいかもしれない」
これも虎の巻にある、文章の書き方の秘訣だった。静流が妙な顔をする。
「七五調って、俳句とか短歌のあれですか?」
「そうそう、あれだ。もちろん、完璧な七五調にする必要はない。それやっちゃうと歌舞伎のセリフやどどいつになっちゃうからな。少しくらいの字余りや字足らずはあってもいい。ただ、日本人は、無意識に七五調で会話してるものなんだ。その辺に転がっている文章を、文節や構造ごとに切り分けて、文字数を数えてみればすぐわかる」
「本当かよ?」
信じられないって顔で由紀乃が訊いてきた。軽く咳払いする。
「その辺に、転がっている、文章を、文節や、構造ごとに、切り分けて、文字数を、数えてみれば、すぐわかる」
百人一首でも詠むみたいな調子で言ったのに、由紀乃は納得って表情にならなかった。
「そりゃ、そのセリフは、たまたまそうかもしれないけど」
「それからプールで、腹を冷やして、下痢便だして、死ね馬ー鹿」
この前のプールでの由紀乃のセリフを繰り返したら、由紀乃もおとなしくなった。
「わかった。信用する」
「なんですか、いまのセリフ?」
「静流は知らなくていい。ただ、とにかく日本語の基本リズムは七五調なんだよ。歌だってそうだ。『春のうららの隅田川』のメロディーで『もしもしかめよ』が歌えたり、『めだかの学校』のメロディーでヨドバシカメラのCMが歌えるからな。なんでかっていうと文字数が七五調だからだよ。日本人の基本リズムは七五調だ」
言われて、静流と由紀乃がブツクサはじめた。
「あ、本当だ。歌える」
「歌えます」
「繰り返すけど、本当の七五調にする必要はない。どうしてもならないときもあるし。そういうときは、一文説を三文字にするとか、四文字の文節と五文字の文節で、二文節で合計九文字にするとか、とりあえず奇数文字になるように意識しておけば、それだけでかなり軽快に読める文章になるはずだ」
「わかりました」
「ちょっと待てよ。それ、文章をタカタカ打ち込みながら、毎回文字数を数えていって、文字数がずれてたら、少しずつ微調整するってこと? スッゲー面倒じゃんよ?」
「最初は面倒だろうけど、ずっと意識的にやっていけば、そのうち身について、無意識にできるようになると思うぞ」
俺は虎の巻を開いた。
「これは、映画『燃えよドラゴン』の言葉だ。『考えるな。感じろ』」
「――なんだよそれ?」
「つまり、基本がしっかりできていれば、あとは条件反射で行動できるってことだ。もちろん、基本ができていない人間に、こんな助言は意味がないけどな。いまの静流に必要なのは基本だ。だから、とにかく基本を修得すれば、あとは感覚で読みやすい文章を書けるようになる」
「はい、わかりました」
「それから、文末のパターンを毎回変えるって方法がある。要するに『ナントカだった。ナントカだった』という具合に連続させないってことだな。これをやるとくどく感じるから」
あらためて、俺は虎の巻を確認した。
「具体例がこうだな。『主人公が持っているAの書類にはBのデータが書いてある。ということは、ヒロインが持っているCの書類にはDのデータが書いてあるはず。普通なら、誰もがそう考えるだろう。まさしく主人公もそうであった。ということは、ヒロインがBの真実は知ることはない。よし大丈夫だ。そう判断し、主人公はほっと胸をなでおろしたのである』――こんなふうに、毎回文末を変えれば、それだけでかなり印象は良くなるはずだ。ちなみに、これはDっていう文庫の編集部の意見でもあるみたいだな。そこで出版してる『J』という本に、似たような記述が乗っていたそうだ」
「はあ」
「もちろん『ナントカだった。ナントカだった』を連発させてキャラの特徴づけにする方法もあるけど、このへんはバランスだな」
「なるほど」
「あと、ひとつの文章で、同じ助詞は極力使わないって言うのもあるな。『ナントカのナントカのナントカの』っていうのは、やっぱりくどく感じるらしい。それよりも、『ナントカのナントカはナントカでナントカでナントカした』と書くといいらしい。たとえば、『ヒロインの誕生日は十二月なので、クリスマスパーティーと一緒にやりました』なんて感じにしておくってことだ。ま、これも、わざと『ナントカのナントカのナントカの』てやって特徴にする手もあるけど、このへんもバランスだから」
「――全部バランスなんですね」
「そりゃ、まァ、絶対にやらなくちゃいけないって決まりでもないからな。そういうことをやれば読みやすくなるって理解している程度でいい。言ってみれば、こういうのは心得だ」
「心得ですね。わかりました」
「ついでに。ライトノベルじゃないけど、江戸川乱歩先生の二十面相シリーズと、山中恒先生の児童文学は読んで損をしないだろうな。二十面相シリーズはさすがに文章が古臭いけど、読みやすさっていう点では、やっぱりトップクラスだ。山中恒先生も負けてない。読みやすければ、やっぱり読者もとっつきやすいだろうし」
「江戸川乱歩先生と山中恒先生ですね。図書館で借りてみます」
静流がうなずいてノートを開いた。高校生が読む本じゃないから図書館の職員は妙な顔をするだろうが、ま、それはいいとしよう。
「で、読んでたら、文章ってうまくなるのか?」
「残念ながら、それは無理だと思う。これは知識をつける作業だからな」
矛盾するような返事をしながら、俺は質問してきた由紀乃に目をむけた。
「逆にこっちから質問。由紀乃はマンガを読む。で、マンガみたいな絵を描けるか?」
「――何を言ってるんだ馬鹿じゃないの? 描けるわけないじゃん」
「そう。それと同じだ」
俺は静流にむきなおった。
「読むだけなら、こう書けばいいんだという知識は吸収できても、実際に書く技術は上達しない。あとは実際に書いて、俺たちに読んでもらうことだな。えーと」
俺は虎の巻を開いた。
「一般論に、こういうのがある。『こいつは俺より下手だな、と思ったら、そいつはお前と大体同じぐらい。こいつは俺と同じぐらいだな、と思ったら、そいつはお前よりも上。こいつは俺よりうまいな、と思ったら、そいつはお前の遥か先を行っている 』つまり、自分のことは客観的に見られないってことだ。だから他人に感想を聞くしかない。で、自分のいいところと欠点に気づく。あとはいいところは伸ばして、欠点は直す。これが上達する練習方法だな」
「それは――わかりました」
静流がうなずいた。それはいいんだが、さっきと違って、あんまり納得していない感じである。
「あの、でも、いいですか? 実際に書いて練習するって、あたりまえのことなんじゃないんでしょうか?」
「あたりまえのことだってわかってるんならやればいいんだよ」
俺が言ったら静流がおとなしくなった。




