第二章 起承転結の承。主人公、ヒロインと遊びに行くの図。・その6
で、適当に準備体操をして、クロールの練習ということになった。大人向けと子供向けのプールがあったが、春奈用に子供向けのプールへ行く。
「えーと、まず、春奈に質問。水は怖いかな?」
「いえ、全然」
ドブーンと春奈がプールに飛びこんだ。
「あーすみません、飛びこみ禁止ですので」
すぐに監視員がやってきて注意されたが、とりあえず春奈が水を怖がってないことはわかった。俺と由紀乃もプールに入る。腹くらいの深さしかない。ここなら万が一の事故も起こらないだろう。俺は安心して指導することにした。
「で、水のなかに潜って、目をあけることはできるかな」
「はい。簡単にできますよ」
春奈が水のなかに潜りこんだ。俺がのぞきこむと、ちゃんと目をあけて、口を閉じたまま笑って上を見あげている。これも大丈夫か。俺がOKの手をすると、ざばんとあがってきた。
「えーと、じゃ、次は、ダルマ浮きだな」
「あ、それも知ってます。できますよ。どのくらいやりますか?」
「じゃ、とりあえず三〇秒」
「はい、わかりました」
笑顔で春奈が言い、水面でうつぶせになった。そのまま膝を曲げて、体育座りみたいになる。
「一、二、三」
俺が数えていたら、二八であがってきた。人間が数えてるんだから、これくらいのズレはいいとしよう。俺のカウントが遅かった可能性もあるし。
「はい失格」
と思ったら、先に由紀乃がダメだしをしてきた。春奈が意外そうな顔をする。
「え、なんで?」
「いま二八だった。三〇秒って約束だったじゃん?」
「そんなの、ちょっとくらいの違いじゃん? お姉、厳しくね?」
「クロールを教えてほしいんだろ? そういう、ちょっとしたところで甘く見てると事故になるんだよ。水泳舐めるんじゃねーぞ。はいもう一回」
「――わかったよ」
しぶしぶって感じで、あらためて春奈がダルマ浮きにチャレンジした。あらためて俺がカウントしようと思ったら、
「いーィちー、にーィいー、さーんんー」
由紀乃が笑いながら数えはじめた。明らかにカウントがのろい。
「おい」
俺が言ったら、由紀乃が笑いながら人差し指を口に当てた。
「しーィいー、ごーォおー、ろーくゥー」
十二で春奈が顔をあげてきた。
「どうでした佐田さん?」
「はい失格ー。いま十二だった」
「え?」
驚いた顔で春奈が由紀乃を見た。
「それっておかしくね? だっていま、あたし、心のなかで三十五まで数えたんだよ?」
「二回目だからね。一回目よりも息は苦しいだろうし。そういうときは無意識に早く数えちゃうもんなんだよ。いちにさんしごろくしちはちきゅうじゅうなんて高速でカウントしてたんじゃね?」
「――そんなはずないと思うんだけど」
春奈が不思議そうに首をひねった。確認するように俺を見てくる。
「なー佐田。いま、あたしが数えてたの、十二だったよなー?」
俺が何か言う前に由紀乃が言ってきた。顔は笑っているが声に重圧がある。
「まァ、十二は十二だったけど」
どうしたもんかな、と思いながらも俺は相槌を打った。納得できない顔で、それでも春奈がうなずく。
「佐田さんが言うなら、本当に十二だったんですね」
「だから三回目だよ三回目」
「うん。苦しいけど、やってみる」
「あーちょっと待ってくれ。言うの忘れてた。ダルマ浮きは、一回目は三〇秒で、二回目は二〇秒で、三回目は一〇秒だったんだ」
俺は助け船をだすことにした。
「ほら、息を止めるなんて、やっぱり苦しいだろ。だから、ダルマ浮きの再チャレンジは二〇秒で合格。三回目もやるときは一〇秒で合格だったんだ。だから春奈、次のダルマ浮きは一〇秒だけこらえられたら、それでOKだから」
「あ、そうだったんですか。わかりました」
「ちょ、ちょっと佐田。そんなルールどこにあったんだよ?」
「いま俺が決めた。春奈にクロール教えてるのは俺だぞ」
俺が言ったら由紀乃がつまらなそうな顔をした。
「それは――そうだけど」
「というわけで春奈。三回目のダルマ浮きは一〇秒だ。ただ、だからと言って適当はダメだから。息の続く限り、限界まで我慢すること。水泳はスポーツだから、自分の限界に挑戦して実力をあげていくんだ。一〇秒じゃなくて、一分くらい我慢する気持ちでチャレンジする。いいな?」
「はい、わかりました佐田さん。がんばります」
春奈が笑顔で言い、俺の前で目いっぱい息を吸いこんだ。ドボンと水のなかに潜る。
「い――――――――――――――ィちー」
またすごいノンビリペースで由紀乃がカウントしはじめた。ふざけて遊んであげてる感覚なのかもしれないけど、ひでー姉だな。
「あのな」
「シー」
「五」
「その四じゃない! に―――――――――――――――うお!」
いきなり由紀乃が下を見ながら変な声をあげた。視線につられて俺も下を見たら春奈が顔をあげていた。すごい目をしている。
「なんか変だと思ってたらお姉!」
「ななななんだよ。春奈がクロールを覚えたいって言うから厳しく特訓してやったんだよ」
開き直る由紀乃を春奈がにらみつけた。
「あたしは佐田さんに教えて欲しいんだよ! お姉はひっこんでてよ!」
「何ィ? 優しいお姉様には教えて欲しくないのかよ?」
「厳しく特訓しておいて優しいってなんだよ? 優しいんだったら、この人あたしにちょうだいよ! いつもと違って、こういうときだけ、急にケチになって」
「だから俺はものじゃないんだけど」
と言いかけた俺の腕に春奈が抱きついてきた。驚いた。結構柔らかい。
「さー佐田さん行きましょう。やっぱりあたし、お姉じゃなくて佐田さんに教えてほしいから」
「ははは春奈アァァ。おまえ、いつからあたしにそんな口を利くようになったんだよ?」
「だったら言おうか? 佐田さん、あのね、お姉って、中学まで、いつも早く帰ってきて、おうちであたしと一緒にご飯を食べてたんだけど。高校にあがってから、急に帰りが遅くなったんだよ。それで話を聞いたら、同じ学校のTSって友達が」
「わー! ぎゃー! 言うな馬鹿ー!」
真っ赤な顔で由紀乃が春奈の口を押さえにかかった。




