序章 起承転結以前の序。時系列を入れ替えて、日常シーンを先に書くの図。・その1
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「キャ! 誰よあなた!」
済んだ声で青年を怒鳴りつけた相手は、見知らぬ美少女だった。腰まで伸びる金色の髪に、デコレーションケーキのクリームを連想させる純白の肌。紫色の瞳がまっすぐに青年を見据えている。それだけではない。周囲を見たら、見たような美女が何人もいた。
しかも、何よりも驚いたのは、彼女たちが残らず全裸だということである。青年が茫然と左右を見まわした。ここはどこなのか?
「どうして男がここにいるのよ! ここは巫女の集まる沐浴の場よ!」
巫女? 沐浴? 何がなんだかわからない。青年はさっきまで、学校帰りのコンビニで漫画雑誌を立ち読みしていたはずなのに。というか、美女の皆様が木製の洗面器みたいなのを持って青年に近づいてくる。巫女も痴漢を相手にするときは、こんな殺人鬼的な形相をするらしい。目の前の美女が洗面器を投げつけてきた。その勢いでおっぱいがブルンブルンと揺れる。つい見とれてしまった青年の額に洗面器が激突した。
「痛ェー!」
目から火花が出るような衝撃を食らい、青年は頭を押さえた。
「みんな、大丈夫よ! この男、ドラゴニアンが擬態してるんじゃないわ! 普通の人間よ! 叩けば痛がるから!」
「みんな、やっちゃいなさい!」
ドラゴニアンてなんなんだ? などと青年が考えてる暇などなかった。金切声が起爆剤となったらしく、美女軍団がものすごい勢いで洗面器が投げつけられてくる。
「痛痛痛ェー!」
青年は慌てて立ちあがった。顔を押さえながら指の隙間から見る。おっぱいをブルンブルンと振りながら洗面器を投げつけてくる美女たちは、青年の正面の側にしかいない。背後は――無人だ。と言うか、すぐ壁である。入口は――あった。布で覆われているが、あそこに違いない。
「どうもすみませんでしたー!」
こういうときは、まず謝罪するに限る。とりあえず、言うだけ言って青年は背をむけた。入口まで駆け、美女地獄のような沐浴の場から飛びだす。
「キャー!」
相変わらず悲鳴はつづいた。なぜって、沐浴の外も半裸の美女ばかりだったからである。さっきまでいたのが風呂場で、ここは脱衣所だったらしい。
「ごめんなさいよ! そんな気はなかったんです!」
とりあえず謝りながら、青年は美女だらけの脱衣所を駆けた。プリンプリンのお尻と、馬鹿でっかかったりペッタンコだったりのおっぱいと、あと、言ってはいけない金髪の茂みとか、いや考えてる場合じゃない。青年は脱衣所から、さらに戸口を見つけて飛びだした。
「衛兵! 衛兵ー! 不審者よ! 不審者が沐浴の場に!」
どうも、本格的に青年は命の危機らしい。脱衣所の外は廊下だった。石畳で、照明は蝋燭。ここはどこなんだ? 訳がわからないまま、青年は廊下を駆けた。とりあえず、光の強い方向へ駆けたんだが、この判断は正しかったらしい。青年は開けた場所へでた。すなわち、外である。
ただ。
「なんなんだここは――」
青年は茫然とつぶやいた。自然と足が止まる。止まるしかなかった。
空に太陽が三つある。
これが、異世界サーバナイトと、この青年、佐竹哲朗の出会いだったのだ。
「とりあえず、プロローグだけ書いてみたんですけど、どうですか、佐田師匠?」
軽く読んだ俺――佐田哲朗に、一年の御堂静流が訊いてきた。三つ編みツインテールの黒髪で、清楚なイメージの、少し小柄な美少女である。眼鏡の奥で、瞳がキラキラ輝いていた。俺に感想を言って欲しくて仕方がないらしい。俺は印刷された紙を置いた。静流が、俺の前で姿勢を正している。
「ろくにキャラも決まってないのに、もう書いてきたのか。ま、やる気があるのは認めるけど」
「どうだったんだよ佐田?」
俺の横で、鴻上由紀乃が興味深そうに声をかけてきた。男口調だがれっきとした女である。外見は静流とは対照的で、ショートシャギーの茶髪だった。キツネみたいな印象の美少女で、俺と同じ二年である。
俺を含めた、この三人が、数少ない文芸愛好会のメンバーであった。
「まず、この話は、現代から異世界ファンタジーにトリップする話だってことでいいのかな?」
俺は読んでいた紙を机に置きながら確認してみた。静流がうなずく。
「そのとおりです。こういうの、ナルニア型って言うんですよね? それを意識してみました」
「そりゃ、まァ、読めばすぐわかるけど。こんな出だしだし。つか、あたしら最初から設定知ってるし」
これは由紀乃の言葉だった。俺が置いた紙に手を伸ばして、同様に読みはじめる。
「こんな出だしでいいんだよ。ライトノベルはわかりやすくなくちゃいけないからな。で、いきなり意味不明な世界に転移して、驚いて動揺している主人公は、キチンと書けていると思う」
「はい。それに、佐田師匠の言うように、冒頭から、ラッキースケベ全開にしてみました」
「ラッキースケベって。――あのさ、それって書いてて恥ずかしくなかったの? セクハラじゃんこれ」
あきれたみたいな顔で由紀乃が訊いてきた。静流の書いた話を見ながら眉をひそめている。やっぱり女性には抵抗があるらしい。静流も、ちょっと赤面しながらうつむいた。
「そりゃ、恥ずかしかったですけど。でも、佐田師匠が言ってましたから。ラッキースケベはギャグとしても使えるって。だから、書かなくちゃって思って」
「俺が言ったんじゃなくて、あかほりさとる先生が雑誌のコラムで言ってたんだよ。ま、実際問題、どうしても自分を殺して、そういうシーンを書かなくちゃいけないところがあるから、そこは仕方がないと思うけどな」
「商業ベースで考えてるんだなーアマチュアのくせに」
由紀乃が顔をあげた。
「でも、それって、書いてて楽しいのか?」
「エンターテイメントってのは、客を楽しませるもんなんだよ。書いてて自分が楽しいかどうかは、メインじゃなくてサブなんだ」
「はい。私も佐田師匠の言うとおりだと思います」
静流が俺に同意した。
「それに私、本当にプロを目指してますから」
「あそ。まァ、考え方はいろいろあると思うけどさ」
「というわけで、佐田師匠、あらためて、どうですか?」
「ふむ」
俺は少し考えた。