汐風の便り
始業ベルが鳴る。
今日もまた、昨日と代わり映えしない一日が始まる。
それでも、昨日より気が重いのは何故だろう。
覚悟していたはずじゃないか。
岬に建つ、海が見える郵便局。
職場近くの波止場には、今日も何艘もの船が行き来している。
彼女は、そのうち一艘に乗って旅立った。
そして、もう二度と戻って来ない。
*
あれは、三年前の春。
彼女は歌姫になる夢を叶えるため、海を渡ると言い出した。
僕は引き止めたかったけど、うまく説得できなかった。
汽笛の鳴り響く船から手を振る姿を、ただただ見送ることしか出来なかった。
それからしばらくは、三日と空けずに便りが届いた。
それがだんだんと、週置きになり、月毎になり、まったく届かない月もあった。
内容も、写真付きで長文の手紙から、短い葉書になっていった。
そして、二年が経とうとしていた頃から、ふっつりと音信不通になった。
そして、桜の開花が宣言された昨日の朝。
疎遠になった彼女のことを忘れかけていた僕は、仕事中に、一枚の葉書の存在に気付いた。
仕分けの山の中にあったその葉書は、彼女の実家に宛てられたものだった。
そして、そこには少女の名前と、黒い縁取りがあった。
*
終業ベルが鳴る。
今日もまた、昨日と代わり映えしない一日が終わった。
昨日より重い足取りで、社員証を機械にかざす。
そして、潮騒と海鳥たちの鳴き声を聞きながら、家路につく。
暮れなずむ夕焼け空の街を歩きながら、心密かに決意する。
過ぎたことを悔やんでも、彼女は戻らない。
帰ったら、まず箪笥の中身を整理しよう。
さいわい、明日は燃えるゴミの日だ。