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発端②

 青年に率いられた十人の手勢が混戦に参加しただけで、状況は一気に奴隷達の有勢になった。彼らは別々の組に分散させられていたが、元々は歴戦の勇士であり、見張りの兵士とは隔絶した実力を持っている。強者や指揮能力が高い者を狙って倒すことにより混乱を加速させ、兵隊の最大の強みである連携を取らせなかった。


 やがて、兵士たちは恐慌状態となり、城門へ向かって一人、また一人と逃げ始める。奴隷たちの中には追撃を行う者もいたが、青年は立ち止まりちらりと崖を見た。子供達は、まだ崖の半分も登り切れていない。


「ちっ、もっと時間がいる……どうすればいい?」


 青年が思考を巡らしながら独りごとを呟くと、狸の頭を持つ男がびくびくとしながら声をかけて来る。


「わ、若様、じ、時間稼ぎが必要ですか?」

「ん? ああ、奴らの目を我らに釘付けにしなければならん」

「そ、それでは、ばば、馬防壁をお作り下さい」

「貴様は何を言っておる! 騎馬などおらぬし、材料もないであろうが! 闘えぬやつは下がって──」


 狸人の献策に、熊人族の年寄りが激昂して叫んだ。しかし、青年は年寄りの言葉をさえぎり、狸人に尋ねる。


「爺、黙れ。お主、何か考えがあるのか?」

「は、はい! 生き残ることではなく、時間稼ぎをするのであれば、城楼でこの様子を見ている者を楽しませることが上策かと……」

「貴様!」

「構わん。続けろ」


 年寄りは再度いきり立ち、武器を持つ手に力を込めるが、青年が手で制止して続きを促した。狸人は、初めの態度よりもいくらか堂々と自分の意見を述べる。


「あれは、おそらく帝国の皇太子です。奴は残虐、非道であり、飽きっぽく、そして臆病。奴が退屈になると、遊び感覚で矢を放つ可能性があります。そのため、奴の目を引くような戦いに誘導することが肝要です」

「……つまり、馬防壁を作ることにより、奴らの方から騎兵を出させると?」

「その通りです」


 青年の言葉に、狸人は首肯した。納得のいかない年寄りは、青年の肩を掴んで声を上げる。


「若! こ奴の言うことなど!」

「爺、ならば今すぐより良い策を上げよ」

「決まっています! 城壁をよじ登り、上にいる皇太子も弓兵も皆殺しにすれば良いのです!」


 年寄りは興奮のあまり、到底実現できないと自らも分かっていることを口走っていた。青年は年寄りの肩に手を置き、落ち着かせるように優しく声をかけてから、狸人に問う。


「爺、もうよい。しかし、どうやって作るのだ?」

「死体を使います」

「……わかった。貴様の案を採用する。急ぐぞ!」


 年寄りだけでなく、少なくない者が、自分達の同胞の死体までを肉壁とする考えにどうしても納得できなかったが、青年の強い要請により馬防壁を造り始めた。その様子を城楼から眺めていた帝国の皇太子であるデスタは、指示を出しつつ、すぐそばに直立している男──名をダミアンという帝国の将軍の一人である。彼は黒色のフルプレートメイルを身に付けており、その素顔を見た者は少ない──に尋ねる。


「逃げ出した兵は全員斬首せよ。ん? 獣どもは死体を集めて何をやっておる?」

「あれは……おそらく、馬防壁を作っているのでしょう」


 ダミアンの説明を聞いたデスタは汚い声をあげて大笑いし、彼らのことを蔑んだ。


「馬防壁? ぎゃはははははははは! 死体でか!? 味方を壁に使うとは下賤な獣人はやはり獣だな! よしよし、望み通り騎馬隊を千騎ほど出せ。それと、奴らもだ」

「奴らとは?」

「バカが! 犯罪奴隷どもに決まっておろう! 奴隷どもで殺し合わせるのだ!」

「御意(馬鹿皇子が。まんまと乗せられていることに気付いていない阿保はお前だ)」


 デスタは、狸人の策に踊らされており、戦闘奴隷達の望み通りの行動をしていた。ダミアンは心の内でデスタを侮りつつも、軽く頭を下げてから彼に聞こえないように指示を出す。


──なお、犯罪奴隷とは、その名の通り罪を犯して奴隷となった者のことである。戦争で捕えられ、争いや魔物の討伐に従事させられている戦闘奴隷とは異なり、犯罪奴隷は帝国民であるのだが、デスタにとっては違いなどなく、使い捨ての道具としか見ていなかった。


 30分程経ち、城門が音を響かせながら開く。戦闘奴隷たちがあわただしく作業をしている中、城門の奥から、戦闘奴隷と同じく粗末な武器を持った二千人の犯罪奴隷達が歩み出る。彼らは悪態をつきながらも、指揮官である兵士達の指示に従って横陣を敷き、その後ろに四百騎の騎馬隊が並んだ。


「ちっ、思ったよりも多いな」

「私は、あの馬鹿皇子が百の位を知っていたことにむしろ驚いていますが?」

「ん? がははははは、違いないな!」


 狸人の冗談に青年が豪快に笑っていると、銅鑼の音が響き、騎馬隊が左右に分かれて走りだした。


 子供達は、いまだ頂上にたどり着いていない。



皆様、本作をお読み下さりありがとうございます。また、批評や激励、質問等なんでも気軽にお書きください。

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