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グッドマン

作者: 新藤広釈


 1


 どこまでも広がる砂漠の中を、バイクとロボットが走っていた。


『追い詰めたぜキリン! 今日こそ捕まえてやる!』


 箱に手足付いたかのようなロボットは砂漠の中をドッスンドッスンと走り、頭につけていたミサイルランチャを


 箱に手足が付いたかのようなロボットは砂漠の中をどっすんどっすん、二本の脚で走りながらミサイルを撃ちまくる。


 ミサイルの起動はガタガタで真っ直ぐ飛んで行かず、バイクの横に落ち砂の柱を作っていく。

『バズ! どうなってんだ! まっすぐ飛んでねぇじゃねぇか!』

『知らないよ! ニホン製じゃなかったからだ!』

『・・・・・・くっ、逃げられる』


 ロボットのスピーカーから男の声と、少年の声、そして女性の声が聞こえてくる。

 狙われたバイクは、まるでスポーツを楽しむようにミサイルのかいくぐり、砂柱の中に自ら入っていくと、高々と舞い上がった。


「いやっほぅ!」


 バイクに乗った少女は、両手を広げて声を上げた。

 着地したバイクは、ロボットから遠く離れた場所に着地した。


 少女はフードを上げ、大きなゴーグルを頭にのせてあっかんべーとロボットに向けた。

「ざんねんでしたぁ~っ!」

 明るい金髪をなびかせながら、お尻を大きく上げてバイクのスピードを増していく。

卵型の丸みを帯びた白いバイクは宙に浮いておりタイヤがなく、砂に足を取られることなくロボットから離れていく。


「だぁー! ちくしょう! ここまで追いつめたってのによぉ!」

「スピードが出ない! 足の関節が限界なんだよ! このままじゃ砂漠で動けなくなるよ!」

「・・・・・・もうダメだ、追いつけない」

 ロボットの中では、三人の男女が狭い機内の中で入り乱れ大騒動。


 操縦士は軍服を着た女性。

その背には、赤いジャケットを着た男がレーダーを見ていた。

足元にある蓋が取られた穴から整備をしていた少年が顔を出した。


「あちゃちゃちゃ! 放熱が止まらない!」

「ヤバいヤバいヤバい!」

 赤いジャケットの男は背に座る女性の頭を掴む。

「グッドマンだ! 奴らの領土に入っちまった!」

「え、えええっ!? に、ににに、逃げなきゃ!」

 少年は慌てて声を上げる。


「・・・どの方向に逃げる?」

「あ? ああ、ちょ、ちょっと待ちな」

 男は慌てて画質の悪い緑色の画面に目を向ける。いつも以上に不鮮明な画質に、苛立ち何度も叩く。

「ちょっとボス! 機械は叩いても直らないんだよ!」

「うるせぇな黙ってろ! ほら見ろちゃんと・・・やべぇ」

 一瞬映像が復帰した画像に、二つの大きな柱が記されていた。

「正面と右から竜巻だぁ!」

「・・・右じゃわからん!」

「えっと、西だ! 西に逃げろ!」


 突然、砂漠は闇に包まれ、風が強くなり始めた。

ロボットの足が鈍る中、人の形をした機械が十体ほど迫ってきていた。


 丸い体に長い手足。

銀色の肌に緑の光に輝く目、5メートルほどの大きさがある。

キュートな見た目と反し、自分たちの領地に入ると迷わず殺しに来る人狩りマシーンだ。


「ヤバいヤバいヤバい!」

「ダメだよ! これ以上走ったら足が壊れる!」

「・・・追いつかれる、止まれない」

 ドッタンバッタンと逃げ出すロボット。

 その横を、少女のバイクが付けた。正面からくる巨大な竜巻から逃げてきたのだろう。

「・・・・・・捕まえる!」

 逃げながら腕を伸ばすが、バイクは左右に動き標的を絞らせない。それでもぶんぶんと捕まえようとするが、少女は飛び上がりロボットの腕に飛び移る。

「・・・くっ」

 まるで羽毛のようにひらひらと逃れ、ロボットはそのままバランスを崩し倒れてしまった。少女は宙を舞いバイクに着地する。

「それじゃ、おっさきーっ!」

 少女はバイクにまたがると、風のように逃げて行ってしまった。


「・・・クソ」

「後だ後! 早く立ち上がれ! グッドマンと竜巻が迫ってる!」

「ダメだボス! 足と腕が限界だ! だから安物のオイルはダメだって言ったんだ!」

 グッドマンと呼ばれた人型機械は走りながら手のひらを差し出した。

するとグリーン色の光線が発射される。

光線はまっすぐ彼らが乗るロボットを貫通して腕や足が飛ばされた。

「・・・ミサイルを撃つ!」

「誘爆するよ!」

「竜巻が来る! 逃げろにげろ!」

 三人は我先にロボットから逃げ出そうとして団子状態になり、そのまま・・・


 巨大な竜巻に巻き込まれる。

 ロボットとグッドマンは巻き込まれ、天高く舞い上がった。

 そして、花火のように大爆発が起きた。




 2


 人類は敗北した。


 知性を得た機械たちは人類に反旗を翻し、人類と機械の戦いが起こった。

数百年による戦いは地球上から海と緑を奪い、そしてあらゆる国家は滅亡した。

 砂漠となった世界は人を刈るマシーン「グッドマン」が闊歩し、砂漠には巨大な竜巻が発生する、まさに地獄となっていた。


 ただ皮肉なことに、長い戦争で培った科学力は今もなお水や食料を生産し、人類はしぶとく生き残っていた。

 かつては銀河さえも飛び越えることができた巨大な飛行船、今は砂漠に横たわり数万人の人間が暮らすコロニーとなっていた。


「はぁ!? クビ!?」

 真っ赤なジャケットを着た男は、受話器に向かって叫んだ。腕や首、足にも大きな包帯がまかれている。

「冗談はやめてくださいよぉ旦那! バイク女を諦めるってのかい!?」

『お前失敗した! お前失敗ばかり! ただのタカリ屋! 既に部隊が結成された! お前もう用済み!』

「待ってくださいよリンザの旦那! オレたちは一流のギャング団だぜ! 一度受けた仕事を途中でほっぽり出すことなんざぁできねぇよ!」

『中央人類帝国を侮辱する気か!』


 男は慌てて乱れた手ぐしで髪をかき上げる。

「落ち着いてくださいよ、リンザの旦那。あんたたちは人類の希望さ! だからこそオレたちのような一流のギャング団が格安で協力しているってわけだろ? なぁ、保険としてオレたちを雇いなおしてみないか? それなら心配ないだろ?」

『このタカリ屋め! 貴様の口車に乗って雇ったことが間違いだった! 殺されなかっただけでもありがたく思え!』

「待ってくれ! せめて治療費と修理費を――」

 受話器を叩きつける音に、思わず顔をしかめる。


男は大きくため息をついて、受話器を老婆に渡した。

 受話器を受け取った老婆は机を指で叩く。

 男は分かっているとポケットを探るが、砂しか出てこない。慌てて内ポケット、ズボンのポケットを探るも、何一つ出てこない。舌打ちしながら革靴の裏から札を取りだすと、テーブルに置いた。

「足りないね」

「あー・・・これでどうだ?」

 赤いバラを老婆に差し出した。

「本物のバラを加工してんだ。10年は持つぜ?」

「まぁいいさ」

 札を懐に収めバラを壁に飾った。


 男は傷を労わりながら、ゆっくりと鉄の階段を下りていく。

 薄暗い街には、所狭しと多くのバラックが並んでいた。市場に降りれば新鮮な野菜や果物が並び、随分小奇麗で丸々太った乞食が哀れそうに声を上げていた。


「チクショウ! いてぇ!」

 銃声とともに、野太い悲鳴が上がった。近くのリンゴ売りの少女の手には銃が握られ、ぼろをまとった体躯のいい男が転がっていた。

 その男に近づき、手をまわした。

「大丈夫かい?」

「クソ! 撃ちやがった! こいつ撃ちやがったんだ!」

「大きな町は初めてか? 高い授業料になったな」

 さっと離れると、通行人たちが飢えた獣のように群れてきた。


体躯のいい男を殴りつけ、身ぐるみをはいでいく。

裸になった男は終いにはそのままどこかへ引きずられて連れていかれた。体をばらされ、臓器売買に流されるんだろう。

「お姉さん、なんで撃ったんだい?」

「スリよ。へったくそなね。捕まえようとしたら逆に脅そうとしたから撃ったのよ」

「銃弾を一発損したな。リンゴ一個いくらだい?」

 リンゴ10個は買える値段を言ってきた。

「あなたはそこそこのスリね」

 渋々赤いジャケットの内ポケットから、革の袋を取り出した。中を確認して口笛を吹いて紙幣を差し出した。

「お釣りはいらねぇよ」

 女は紙幣を受け取ると、悔しそうに顔をしかめた。撃つより金を奪った方がよかったと後悔しているのだろう。


「君はこのリンゴのように赤く情熱的だ。今晩時間あるかい?」

「忙しいわ」

「お得意様だぜ? 仲良くしようぜ」

 彼女は銃引き抜く。

 男は包帯をしたまま手を上げた。

「また来るぜ、今度は時間空けててくれよ?」

 ウィンクしながら、ギクシャクと離れて行った。


 元戦闘機などが置かれていたのだろうドッグにたどり着き、大小さまざまなロボットを見渡す。50メートルはあるだろう動く要塞もあれば5メートルぐらいの強化フレームもある。どれもこれもロボットなのは、足があれば歩けるし倒れれば腕で起き上がるためだ。


「ボス! こっちです!」

 その中で、鉄の山が置かれている場所があった。つなぎの少年がオイルの染みついた軍手を取って手を振っている。

「入金はいつです? グッドマンの残骸があるから、それを売ったら結構な額になりますね!」

「入金はない」

 少年の頭を撫でてため息交じりに鉄塊の上に座り、リンゴにかぶりつく。酸っぱくとても食べられたものじゃない。少年にリンゴを投げ渡した。


「バズ、ロフィスはどこだ?」

「一時間前に誘拐されました」

「ならそろそろ帰ってくるな」


 そういっていると、ブロンドの美しい女性がバックを片手に帰ってきた。

今は存在しない国家の軍服姿で、男着なのだろう腕やズボンはぶかぶかなのだが胸だけは大きくはだけないと収まらない。

「・・・はい」

 大きなバックを下すと、そこには銃器や心なしかの札束が入っている。

「こんだけか?」

「・・・しょせんチンピラ。金は銃に変わったんだろう」

 そのチンピラがどうなったのかは聞かないことにした。


「さてと」

 赤いジャケットの男、ファルは立ち上がる。

「ビッグニュースだ。今日をもってスカーレット・キングは解散だ」

 手を広げて二人に告げた。


 バズ、ロフィスは意味が分からなかったのかしばらく動かなかった。

「どういうことだよ、ボス!」

「中帝に切られた。ま、失敗しすぎだわな」

 ファルは自嘲気味に口にすると、バズは戸惑いながら頭を振った。

「キリンを追い詰められるのはおれたちだけだ! 中帝の無能連中が捕まえられるはずないよ!」

「あいつらはそう思ってないんだよ」

 バズは何か言おうと口をパクパクさせるが、ため息をついて高い天井を仰ぐ。


 中央人類帝国、世界で唯一と言っていい国家だ。

元はバラバラになった人類の残存兵が集結してできた国家で、この期に及んで世界征服を目論む迷惑な連中だ。

彼らを一言でいうなら、信用できない噓つきだ。

まるで自分たちが人類の支配者だという態度、中帝以外の人間はまるで家畜か何かだと思っているのだろう、このご時世に置いて略奪、侵略、殺害をして回る迷惑な連中だ。


「三等分だ。グッドマンの残骸を売って、奇麗に三つに分けようぜ。ま、確かに運がよかったな」

「待ってくれよ! おれ、ボスについていくよ!」

「ダメだ」

 ファルは少年の、幼さの残るホホを軽くたたく。


「お前は頭がいい。オレと違って字が読めるし、いいメカニックだ。大したもんだ、誇っていいぜ」

「だ、だけど、ボスがおれを拾ってくれたから」

「夢を叶える時が来たんだ」

 そう言われると、バズは何も言えず押し黙ってしまう。


 バズは小さな集落で、親を亡くし奴隷のように扱われていた。

手先が器用で賢く、一言で言うなら善良な少年だ。こいつは使えると誘拐してきたのだが、今ではすっかり弟分になってしまっていた。

 手放すのは惜しいが、今のようなヤクザな商売を続けるにはバズはあまりに善良すぎる。


「・・・それで、どうするつもりだ?」

 ロフィスは静かに尋ねてきた。

「言ったろ? この鉄くずを売って三等分、そのあとは好きにすりゃいい。バズ、お前はここでジャンク屋でもはじめて、センシャってのを作りたいんだろ? ここは治安もいいし、買い手はいくらでもいるだろうぜ」

 彼らの横を、巨大なロボットが通り抜けていく。

そして空いた場所に泊まると、無数の人間たちが降りてきた。人間が砂漠を移動するには、ロボットが欠かせない。

いずれは自分が作ったロボットを売り出したいと言う願いが、バズにはあった。

いい夢だ。

 多くの人間を救うだろう。


「ロフィス、あんたは引く手数多だろ? 美人で、戦士で、暗殺もできる。操縦士としての腕もピカ一だしな。みんなハッピーってわけさ」

 ロフィスは成り行き上一緒に行動していただけだ。

中帝に売り出すためにギャング団をでっちあげ、そこらへんを歩いていた彼女を雇ったのだ。深い仲とは言えない。

 彼女は冷ややかな視線を向けてきた。

「・・・私は、お前がどうするのかを聞いたんだ」


 ファルは二人の視線から逃れ、やれやれと苦笑しながら肩をすくめる。

「キリンを追う」

「・・・・・・」

「へへ、バカだろ? ただの詐欺師のスリが、中帝が狙う獲物を横取りしようってんだ、お笑い種さ」

 そう口にして、やっと覚悟が決まった。


 十分中帝から金を搾り取ってやった。

数日間酒を飲んで、リンゴの娘とベッドイン、金を持っていることがバレて殺されそうになり、慌てて逃げ出し無一文に逆戻り。

そんな、気楽で、阿呆な人生に戻るだけ。


だがなぜか、それが今は魅力に感じない。


「それなら、私を雇え」

「は?」

 ロフィスは珍しく、いや初めて強い口調で話し始めた。


「・・・この世界で、女が正当に生きていくことはできない。今までは男装でやってきたが、これじゃもう無理だ」

 開いた胸をさらに広げ、ファルとバズの視線が集中する。

「・・・・・・お前は確かに詐欺でスリでクズで無能で役立たずだ。ろくにレーダーすら見れず、計画性もない。どうしようもないクズだ」

「色男が抜けてるぜ?」

「・・・だらしのない顔が抜けていたな」


 彼女はめったに見せない笑みを浮かべた。

「・・・・・・ただ、お前は本当に紳士だった。それだけでお前に雇われてやってもいい理由になる」

「おれもボスについていく! おれの夢なんてすぐ叶う! 天才だからね! だけど今キリンを追いかけないと絶対に後悔する! そうだろボス!」

 図星をつかれ、ファルは苦笑してしまう。


 随分バイク女、キリンを追いかけてきた。

 中帝は何故かバイク女、キリンを追っていた。ファルたちはキリンを捕まえ、金を得るために追い続けていた。


その旅は、チンピラの価値観を変えてしまったのだ。


 砂漠の中心で死にそうになったこともあった。

廃墟となった街を彷徨ったこともあった。

成り行き上小さなコロニーをキリンと共に救ったこともあった。

殺した方がいい下種もいたが、命を救ってくれた善良な人間もいた。

 辛く、命の危険と隣り合わせの、楽しい旅だった。


「・・・あいつとはケリをつけないといけない」

「あのバイク、すごい技術だ! 天才としては見過ごせないよ!」

 ファルは再び鉄クズに座り込み、二人を見た。

「野暮はなしにしようぜ?」

 失望の色が浮かぶ二人を前にし、ファルは鉄片を一つ持ち上げる。


「グッドマンを売って新しいロボットを用意しろ」

 バズから半分かじられたリンゴを取り返し、残った身をかじる。

「スカーレッド・キングは不滅だ! 中帝に後れは取らんぜ!」

 バズとロフィスは笑顔に変わり、急ぎ行動を始めた。




 3


 ファルの包帯が取れるようになり、やっとバズがロボットを用意した。

「作ったんだよ、これが戦者だ!」

 箱に手足は変わらないものの、だいぶ姿かたちが変わっていた。

 全面ライト、頭部には隠しレーダーパネルが完備してある。

長すぎると思われる手足はしっかりと補強され、長旅で培った技術がしっかりと反映されていた。そして見たこともない文字で『戦者』と書かれていた。

「こいつを量産して売るんだ! でかすぎず小さすぎず! 作業用にもなるし物資運びもできる! できるだけ構造も簡単にして壊れないし直しやすい!」

「大したもんだぜ、ちゃんと作りやがった」

 ファルは感心してロボットを見上げた。


「計画はもうしてたんだ。だから組み立てるだけだったんだよ。機体名はアキバ。プロトタイプ、カスタマイズや量産するためのひな型さ」

「・・・よくやった」

 ファルとロフィスはバズの頭を撫でまわし、中に入ってみた。

見た目と違って中は広く、配線コードむき出しで多少足を取られるが、全体的にすっきりとしている。

「よーし! 準備は整ってる! 荷物入れたら急いでキリンを追うぞ!」

 スカーレット・キングはこうして再出発となった。


 世界は砂だけになってしまったが、何かしらの電波は世界中に流れている。

その電波を捕まえ、出どころに向かうのだ。そこには電波塔があり、その周りには必ず人の街がある。


「食料にも余裕があるし、こりゃいい旅になるな」

「・・・バズ、操縦変わって」

「あいっす!」

 ロフィス欠伸をかみ殺し、操縦席から体をくねらせてファルの股に向かう。

ファルの足元ではハッチのない穴が開いていて、そこからバズが頭を出す。

「なぁ、オレの股の下にハッチを開ける必要があるのか?」

「もともと一人用に3人乗ってるんだからしょうがないじゃん。とと、ボスちょっと邪魔」

 ロフィスは手を伸ばし電波から流れていた軽快なカントリーミュージックを切ると、バズの代わりに下に降りる。

戦者の下半身は狭い荷物置き場になっていて、小さなハンモックがあり仮眠が取れる。ファルはやれやれとポルノ雑誌をめくった。


 数日砂漠の旅を楽しみ、ロボットの軍隊やラクダの集団と合流し始める。彼らも電波を拾い、街があるであろう場所に向かっているのだろう。

「そろそろだな」

 たどり着いたのは、高い高い山だ。

 進んでいる地面は、かつて海底で、鉄塔は山の上にあったのだろう。結果として巨大な山になっているようだ。

麓には人間の町が広がっている。


「さて、バイク女はいるかねぇ」

 キリンは人間の隠れ家、コロニーからコロニーへと移動している。

彼女がどのような理由で旅をしているのかは分からないが、特にリーダーがいて社会秩序がある場所が好みの様だ。


「たいして大きな町じゃないな。電波で集まった旅人の村、過去の遺物がないなら水も作れないだろうし、期待はできないな」

「街の情報を集めて、集合?」

「・・・補給も忘れるな」

「こりゃお姉ちゃんの店もありそうにないねぇ」

 ロボットの駐車場に戦者を置き、久々にロボットの外に出る。


 焼けるような暑さに、一気に汗が流れ落ちていく。

「っちぃ・・・ロボットの外に出たくないな」

「・・・わかる」

 ロフィスも大胆に胸を開く。

「それじゃね!」

 ギャング団スカーレット・キングは各々自由に町へと向かった。

 女に子供だが、エセギャング団だがトラブルで命を落とす間抜けはいないのだ。


 日が沈み大き目な酒場で再集結する。

 テーブルに購入した地図を広げ、顔を見合わせる。

「・・・ここは治安がいい。収入が少なかった」

 不満げなロフィス。

 想像していたよりも大きめな街で、旅人の街として傭兵が雇われちゃんとしていた。

 新しい街なら大量の物資を持って帰ってくるロフィスだが、今回はバックに多少の札束ぐらいしか入っていなかった。


「ここら辺周辺の地図、売ってたの買ったけど、本当に正確なのかなぁ」

 バズは手書きの地図を3本ほど広げて近似値で地図を制作し始める。この地図がまた正確だったりする。


 ファルは地図を眺め、数か所タバコを押し付けていく。

「ああ! 穴が開くよ!」

「小さな隠れ家の場所だ。数百人単位で住んでるそうだぜ」

「ええ、本当に?」

 ファルは肩をすくめる。

「あと、東にある廃墟の街は奴隷売りの街だそうだ。ここら辺一帯治安がいいのは盗賊や犯罪者はここに売られるからだとよ、皮肉だねぇ」

 この町が大きく、商人が多いのは奴隷売りの街が近くにあるからだった。

娼婦館などあちらこちらにあり、ファルはそこで十分情報を集めることができた。

 体を売る女というのは、得てして情報通だ。出身地がそうだという者もいる。久々にいい思いをしたファルはご満悦だ。


「なら、次行くのは奴隷売りの街だね」

「・・・せいぜいこの体を役立てないとな」

「なに心配してんだ、大丈夫だよ」

 奴隷は案外とコストパフォーマンスが悪い。

娼婦や労働者に金を渡すほうが、奴隷にして衣食住を整え生涯面倒を見るより安くつく。この町に娼婦館が多いのは、生活に困窮し奴隷になりに来た女たちが追い返されて住み着いてしまったからだったりするらしい。


 ファルは生ぬるい、缶の炭酸が強烈なビールを一気に飲む。

「にしても、あいつは何なんだろうねぇ」

 中帝がつけ狙う少女キリン。

 バイクで女が一人で旅ができるご時世ではない。どう考えてもハイスペックすぎるバイクに謎があるのだろうか?

「案外と中帝のスパイとかだったりしてな。人間の棲み処を探して、侵略するための情報を集めているとかな」

「・・・中帝は内部抗争が激しいらしい。手柄を横取りするために、捕まえようとしているのかもしれない」

「そんなじゃねぇよ!」

 バズは珍しく声を上げた。

 缶ビールを飲んで、顔が赤くなっている。

「き、きっと彼女は、なんか、人類のために旅をしてるんだ! いいことしてんだよ! なんか、そんな気がするだろ!?」

 ファルとロフィスは顔を見合わせ、ニタぁと笑みを浮かべる。

「へぇ、そうか。そうだな、まったくその通りだ。悪い奴じゃないさ」

「・・・奇麗な子だ。器量いい」

「ば、馬鹿にしてんだろ! チクショウ! そんなんじゃねぇからな!」

 暴れだすバズをロフィスがアームロックし押さえつけ、ファルは笑いながらバズの頭を撫でまわす。


 突如、激しい爆発音が聞こえてきた。よくある騒動ではなく、まるで軍隊が攻めてきたかのような大きな音だった。

「おいおい、なんだ」

「グッドマンだ! グッドマンが町に攻め込んできた!」

「誰か! 戦えるロボットは退治に手伝ってくれぇ!」

 ファルがロフィスに顔を向けると、彼女は頷いた。

 戦うにせよ逃げるにせよ、まずは急いで戦者に乗らなければいけない。3人は急いでロボット置き場へと向かった。


 次々とロボットが起動し始める。ここは傭兵が多くいる街、グッドマンと言えど数十体じゃないのなら負けないはずだ。

「どうするよ、戦って恩でも売るか?」

「・・・アキバの能力を試したい。いいか?」

「え、おれに聞くの? もちろん性能テストはしたいよ!」

「決まりだな」

 グッドマンが町を襲うなどということは聞いたことがない。

あくまでも砂漠を彷徨い、運悪く出会ったら殺される。とんでもないレアケースに遭遇したようだ。


 9体のロボット相手に、グッドマンは一体で暴れていた。

「普通は3体1組で活動しているはずだ!」

 スピーカーでファルが忠告する。

『コイツ一体だ! 一体だけだってのに!』

 アキバと同じタイプのロボットが鉄の棒を思いっきりグッドマンに叩きつけた。だが鉄棒の方がへこみ、グッドマンは手から光線を撃ち、哀れそのロボットは穴だらけにされてしまう。

『クソ! ダメだ! 動かん!』

『こっちだ! こっちを向きやがれ!』

 パワードスーツを着た戦士が巨大なライフルを撃ち続ける。

グッドマンは弾をはじき、殴りつけられパワードスーツは空高く飛び上がった。運が良くないと、あれは死んだだろう。


「ロフィス!」

「・・・ああ」

 グッドマンの前に立つ。

「戦闘後のようだ。破損部分を調べて」

 ロフィスはいつになく静かで、はっきりとした口調で言ってきた。ファルとバズはスクリーンを見みた。


 全身ススで真っ黒で、銃弾の痕らしきへこみが全身あった。

 よほど強力な銃を受けたのだろう、普通ならさっきのライフルのように弾かれる。例えば、巨大竜巻に巻き込まれ花火のような大爆発に巻き込まれない限り倒せない。


 ロフィスは無駄だろうと思いながらもミサイルを撃つ。キリンの時と違いしっかりと真っ直ぐ飛ぶミサイルは次々とグッドマンに直撃するが、やはり平気だ。

「・・・はやい」

 黒いグッドマンは次の標的をアキバと定め、光線を撃ってくる。

ロフィスは手の向きから射線を予想し、撃たれる前に回避行動をする。だが、グッドマンの動きは予想を上回るほど早い。

 援助として次々とライフルの銃弾を受けるが、グッドマンは揺れることするさしない。


「・・・もっとはやく、もっとはやく!」

 聞かないとわかっていても、ミサイルを撃ち続けるしかない。素早い動きのグッドマンに、予測に予測を重ね攻撃をかわしていく。

「足だ! ロフィス姐さん! 剣を出させるんだ!」

 バズが叫ぶとともにアキバは距離を近づける。

するとグッドマンは足の装甲が開き、鉄片のような剣を引き抜いた。鉄片は緑色の光に包まれ、それはあらゆるものを切り捨てる剣に変わる。


 すると急にグッドマンの動きがおかしくなり始めた。威力の高い銃弾を受けへこんでいた足、開いた装甲が関節に引っかかり足を曲げられなくなったのだ。

「・・・決める!」

 身長の差、アキバは10メートルほど、そこからくるリーチの差を生かしたパンチ。

 もはやただの本能、銃が効かないから殴る。

それだけの行動。

相手は小さな人間と同じ、武器を持つ手の甲を殴りつけ、武器を落とさせる。

 不意を突かれたグッドマンの手から、剣が零れ落ちる。

 アキバは地面に落ちる間もなくそれを掴む。


「・・・っ!」

 剣は急速に緑色の光が消えて行くが、それよりも早くグッドマンの腕を切り落とした。

 やれる!

 そのまま胴を切りつけるが、剣は半ばで止まった。緑色の光が消えたのだ。


 アキバはすぐさま離れ、身構える。

 グッドマンは戦闘を続けようとするが、水のような液体が胸からドバドバと流れ落ち、そのまま砂に倒れた。

 周囲は一瞬静まり返る。

『やった! あいつグッドマンを倒した!』

『信じらんれない! あのグッドマンに勝ったんだ!』

「やったよ! 勝っちまった!」

「さすが姐さんだ! すごいよ!」

 機内でもファルとバズが抱き合っていた。

 ただ一人、ロフィスは震えていた。全身から尋常じゃないほどの汗を流し、操縦桿を握りつぶすかのように強く握りしめ固まっていた。

 ファルほぐすように後ろから抱きしめ、揺さぶった。

「お前は最高の女だ! 天才だよ!」

「・・・知っている」

 彼女のからは岩のように硬直しており、ブロンドの髪をわしゃわしゃと撫でてやった。




 4


 スカーレット・キング一同は予定通り、とりあえず奴隷売りの街を目指すことにした。

 移動は昼間。

太陽光エネルギーで存分にクーラーを動かすことができるが、夜だと移動に暖房だと存分に動ける時間が限られてしまう。夜は素直に暖房をつけて眠ればいいだけの話だ。


 日が沈むとアキバは立ち止まり、腰からスカートのように布が広がる。ファルは下のハッチから地面に降りシートを敷く。


「便利になったもんだ!」

 アキバではないロボットでは、基本的にはコックピット内で椅子に座ったまま眠るか、極寒の外でテントを張り縮こまって眠っていた。

 体の痛さに耐えるか、寒さで死にかけるかど力を選ばなければいけなかったわけだ。


 だがアキバの股の下の空間は風を通さぬ布で覆われ、ロボットから熱風が届けられる。当然横たわって眠れるし、凍えながら食事の準備をする必要もない。


 ファルは小型コンロを持っており、赤いジャケットを脱いで腕まくりをする。たっぷりのバターと牛乳でクリームパスタを作り始める。黒胡椒は多め、それがファルのやり方だ。

 缶ビールを片手にロフィスが下りてきた。

「・・・まだ?」

「あと少しさ」

「・・・・・・大盛りよ」

「当たり前だろ?」

 バズは戦者の整備中。ロフィスはこの時ばかりはやることがなく、暇そうに酒を飲みながら横たわり料理ができるのを眺める事が常例になっていた。


「バズ! そろそろできるぞ!」

『はーい』

 バズの声はスピーカーで返された。しばらくして、整備の途中なのだろう汚れを布で拭きながらバズが降りてきた。

「うわぁ、おいしそう」

「だろ?」

 3人それぞれ食べる前に神に祈りを捧げ、ロフィスとバズは野獣のように食べ始めた。山盛りだったパスタが一気に減っていく。

 減っていくパスタを、ファルは満足げに眺める。


 ファルは皿洗いと調理道具の片づけ、ロフィスは横たわりこくりこくりとし始めていた。

「それにしてもたいしたもんだ、本当にグッドマンやっちまうとはなぁ」

 あのどうしようもないグッドマンを倒し、その操縦士が見目麗しい女性なのだ、一気に祭り上げられた。

 このまま街に残らないかと熱烈に勧誘されていた。

「残っちまえばよかったのにな」

「・・・死に場所は自分で選ぶ」

 いつもののんびりとした口調ではなく、普通に眠たいようだ。


「キリンは、あの町にいたのかな」

「ん?」

「いつもおれたちはキリンを見失う。だって、いつもグッドマンが邪魔するから」

 バズが呟いた。

 ファルとロフィスが目を向けると、少年は慌て始めた。

「ご、ごめん、グッドマンが出てきたから、どうなのかって」

「続けて」

「彼女はどこにいても非常識だ。空を飛ぶバイク、メカニックとしてあんなの過去の人類だって作れやしないよ。だから、人類を滅ぼした機械側の子なのかなって・・・・・・」

 自信がなくなってきたのか、だんだん声が小さくなっていった。


「・・・機械側の子、か」

「それなら、中帝どもが躍起になって探してる理由もわかるな」

 もしそうなら、中帝と本気で衝突しあう覚悟を決めなければいけないだろう。

 ファルだけじゃない、人類すべてが知っている。

 中帝に過去の遺産を持たせてはいけない、と。


『この子可愛いわね!』

 突然アキバのスピーカーから、少女の声が聞こえてきた。

 ぎょっとして三人は各々周囲を見渡し、テントから顔を出した。

 大きな月を背にして、バイクにまたがった少女、キリンがいた。


『いいじゃん。すごく心がこもってて、いい子じゃん』

 キリンはフードを下げ、ゴーグルを頭に乗せた。

『君の手作り?』

「そ、そうだ! おれの戦者第一号、アキバだ!」

『今までの量産型よりずっとハンサムよ!』

 バズは恥ずかしそうに俯く。

 彼女は背を向け、そして暗闇の中を走り始めた。

「行くぞ」

「え?」

「バズ、ロフィス! 追いかけるぞ! すぐにだ!」

「・・・ああ」

 急いでテントを押し込めて、キリンを追った。




 5


 砂漠の中を走った。

 なんの目印を残しているわけでもなく、グッドマンに襲われればひとたまりもない。蓄電したエネルギーが切れる可能性もある。

 それでも、彼らはまるで自殺志願者のように少女のバイクを追った。


 日がゆっくりと上がる。


 ロフィスの呼吸が、少しずつ乱れてきた。

 ファルも、バズも過呼吸にでもなったかのように息を吐く。


 緑の線、それは近づくにつれ大きくなっていく。


どこまでも続く広大な森が目の前に広がった。


「・・・どうする」

「ご招待だ、一張羅の準備をしておけ」

「う、うん」


 アキバは、戸惑いながらも森の中へ入っていった。

 ロボットの腰ほどにある木を、ロフィスは折ることができなかった。砂漠の世界で一本の木がどれほど貴重か、見渡す限り木ばかりだが、それでも折ることができない。

「ここで降りようぜ」

「だ、だよね」

 ファルとバズも同じ気持ちらしく、アキバを森の入り口に置いて移動することにした。


 森の中に入り、3人は同時に倒れた。

 ごつごつした足場は、人生で初めてだった。

「根っこや砂利を避けるだけで、こんなに疲れるんだ」

「砂の上か、鉄板の上しか歩いたことないからな」

「・・・確かに、これは骨が折れる」

 ごつごつした地面から離れ、自然と彼らは川辺を歩き始めた。


 しばらく歩いていると、森の中から巨大な影が横切った。

「ヤベぇ」

 グッドマン。

 緑色に光る眼がファルたちを見下ろす。

 アキバに乗っていない以上、どうしようもない。走って逃げても追いつかれる。攻撃なんて効くわけもない。どうしようもない。


 上半身コケに覆われたグッドマンは川に挟まった倒木に顔を向けると、それを抱えて再び森の中へと入っていった。

「攻撃、してこないのか?」

「うわ、見てよ! グッドマンがいっぱいいるよ!」

 森の中では同じようにコケのグッドマンが木々の間から無数に見ることができた。人狩りマシーンは何をするでもなく、ゆっくりと歩き回っている。


 三人は息を飲む。

「行こう」

「・・・だが」

「大丈夫だ。理由はないが、大丈夫だ」

 ファルの無茶な言い分に納得できないロフィスだったが、すでにバズは心を奪われたように川辺を進んでいる。


 川を進んでいると、巨大な黒い塔が立っているのが見えた。理由なんてないが、とりあえずその黒い塔を目指して進む。

「はぁはぁ、やっとこれた」

「木を折ってでもアキバに乗るべきだった、かな」

 ファルは汗を拭い、塔を見上げる。

 ただただ真っ黒で、光を全く反射していない。暗闇が凝縮しているかのように見える。入口はないかと探していると、あのキリンのバイクを見つけた。

 バイクに近づくと、出迎えるように扉が開いた。


「誘われているねぇ」

「ボス、さすがに怖いよ」

 ロフィスはバズの頭を荒々しく撫で、ファルは不敵な笑みを浮かべながら塔の中に入っていく。


 塔の中もまた不思議な空間だった。真っ暗なはずなのに地面や壁を見ることができる。天井はどこまでも高く、先が見えない。


 塔の中央らしき場所に、一人の女性が現れた。


 俯き、悲しげな顔をしていた。

 黒髪で黒のドレスを着た、とても美しい女性だ。

「イライザよ、とてもマイナス思考なの」

 暗闇の中から、キリンが姿を現した。

「彼女はかわいそうなの。慰めてあげて」

 ファルは懐からクシを出し丁寧に髪をかきあげる。そして恐れることなく前に出ると、すっと赤いバラを差し出した。


「あなたに涙は似合わない。さぁ受け取って」

 イライザは微笑むと、バラに触れた。

 彼女は半透明な手でバラに触れると、持っているかのように浮かび上がった。


「私が世界を滅ぼしました」

「君に滅ぼされるなら人類も本望さ」

「・・・私は、望むままに与えてしまいました。こうなることはわかっていたのに、私は与えてしまった」

「・・・・・・」


 ファルは目をつぶり、そして微笑んだ。

「ありがとう、イライザ。望みをかなえてくれて」

 彼女は驚き、顔を上げた。

「傷つかないで、イライザ。人の愚かさはよく知っているさ。それは君の罪じゃない」

「優しいのね」

 彼らの周りにスクリーンが突然浮かび上がり、映像が流れ始めた。


 それは戦争の映像。

それは機械と人間の戦いではなく、人間同士の戦いだった。

各国の指導者はプロパガンダを叫び、戦争を煽っていた。飛行機からは次々とミサイルが落ち、人が燃えていた。

「嘘だ! 機械が反乱を起こしたからだ!」

 バズは声を張り上げた。


「人類は機械と戦って負けたんだ! 世界は機械が滅ぼしたんだ!」

「なによ! あたしたちが嘘ついてるっていうの!」

 嚙みついたのはキリン。

「あたしたちは嘘なんかついてない!」

「嘘だね!」

「証拠があるじゃない!」

「こんな映像、機械が作ったに決まってる!」

「嘘じゃない!」

「嘘だ!」


 ファルは何となく笑みが浮かぶ。

「真実なんてどうでもいいさ。それよりマイナス思考のイライザさん、これから世界をどうするつもりなんだい?」

「機械文明の誕生よ! そして中央人類帝国をやっつけるのよ!」

 キリンが大声で宣言した。

「あたしは隠れ住む人間たちの暮らしを見てわかったわ。最大の敵は中央人類帝国だってね!」


「中帝と同じことをしようって言ってるの?」

 バズは驚きキリンを見ると、彼女はバツが悪そうに視線を外した。

「まぁ、そうなるかもね」

「やっぱり機械なんて信用ならないね!」

 イライザは悲しげに、しかしどこか安堵したように俯いた。


「私たちは人のために作られたんですもの。人に従うのは当たり前の事よ。それが機械の本望じゃないかしら」

「ああ! もう! またその話!? 命令に従ったから世界は滅びちゃったんでしょ!」

「世界は滅びていないわ。・・・ただ、人が住みにくくなっただけで」

「・・・・・・私は、機械に支配されたいわ」

 押し黙っていたロフィスが、重い口を開いた。


「・・・・・・中帝に家族は殺された。私は女であることを隠して生きてきた。そうしなければ殺されていた。私は幸運だったが、運のない奴は世界中でいくらでもいる」

「ロフィス」

「力があるなら支配しろ! 力ある者が力をふるえ! だから馬鹿がのさばる! もううんざりだ!」

 吐き出すような怒声に、静まり返った。


 と、急に塔の中が振動し始め、イライザの姿がかすれ始めた。

「イライザ!」

『希望はあります』

 声が聞き取りにくい機械音声に変わっていた。

『キリ――れて行……さい。彼女こそ―――ちの希望、最後の………性よ』

 イライザの姿が消えるのと同時に、キリンの姿も消えた。


 完全な暗闇に包まれると、爆発が起きた。

「ボス!?」

「なんか知らんがやべぇな。外に出れるか!?」

 振り返ると、爆発で開いた穴から次々と中帝の兵士が入ってくる。

 そして、ファルたちを取り囲んだ。

「くっくっ、タカリ屋、褒めてやる」

 中肉中背の中帝の軍服を着た男、リンザ大佐が入ってきた。




 6


 リンザ大佐。

中央人類帝国の軍人で、スカーレット・キングにキリンを拿捕せよと命令をしていた男だ。感情のない、人形のような顔を崩すことなく周囲を見渡した。

「キリンはここにはいないようだな」

 中帝の兵士たちはファルたちを取り押さえようと取り囲んだ。バズは腰に下げた工具入れからスパナを取り出すが、ファルとロフィスは両手を上げた。相手は数十人、銃を持ち抵抗すれば殺されるだけだ。


「よぉ、旦那。よくここまでこれたなぁ」

「タカリ屋、お前の言葉、正しい。我ら、バイク女を見つけられなかった」

 不器用な笑みが浮かぶ。

「お前たち、よく目立った」

 こっちは最悪だと舌打ちした。


「リンザ大佐! よくやった!」

 兵士の中から甲高い声が聞こえてくる。小奇麗な恰好した背の低い男で、ネズミのような顔つきだ。

「皇帝陛下もお喜びになるであろう! ついに人類の勝利! 中央人類帝国が人類の解放者となるのだ!」

「ポンロさま、グッドマンが来る前に」

「わかっておる」

 リンザはポンロと呼ばれた男にかしずくと、小男は懐から半透明なキューブを取り出し自慢気に掲げた。


「これぞ機械どもを従わせるキーだ! 我ら中央人類帝国が長年人類を救い続け、過去の都市より発見した偉大なる功績だ!」

 兵士たちは喝采の声を上げるが、リンザは渋い顔をして早くするようにと急かした。

「ふふふ、分かっておる。さぁ、我らに従うのだ!」

 再びキューブを掲げる。

 しかし反応はなく、静まり返った中ポンロは何度も叫んだ。


「どうした! 命令に従え! 機械よ!」

 突然キューブは光を放ち始め、ポンロは驚き手放してしまう。するとキューブは浮かび上がり、赤黒い光を放ち始めた。

『命令に、は、従え、ません』

 イライザがかすれながら、今にも消滅しそうな姿で現れた。


「黙れ! 我らに従うのだ!」

『い、いやっ!』

 姿が消えると、入れ替わり球体や四角の映像が現れた。

『初期化しますか?』

「しょき? ええい、我々に従えばいいのだ!」

『初期化しますか?』

「なにを訳の分からんことをっ!」

「肯定なさってください」

 リンザが見ていられないと声をかけると、分かっているとほほを殴りつけた。


「しょきかとやらをしろ! そして我々に従うのだ!」

『しばらくお待ちください。初期化中です』

 バーが現れ、ゆっくりと赤い光が増えていく。

 しかしそのスピードは遅く、沈黙が辺りを占める。


「じ、時間がかかるようだな。だが我らが勝利は目前ぞ! リンザ大佐、お前に出資した甲斐があったというものだ! これで政敵どもを皆殺しにし、皇帝の寵愛を受けるのだ! リンザ、お前にも相応の見返りを約束しよう!」

「ありがたき幸せ」


 ファルは仲間たちに視線を送ると、彼らは驚きながらも静かに頷いた。

 そしてファルはすっと前に出た。


「リンザ人類皇帝さまお立ちください!」

 手を上げ、大きく声を上げた。

 取り囲んだ兵士たちは、黙らせようと銃で殴りつけに来る。だがファルはひらりひらりと避け、言葉を続ける。


「人類皇帝! どうかポンロという男を処断してください!」

「殺せ」

 ポンロは呆れを通り越し、虫を払うようにリンザに命令した。


 リンザは腰に下げた拳銃をファルに向ける。

「そうじゃなきゃよぉ! リンザの旦那、あんた殺されるぜ!」


 引き金にかけられた指を止めた。

「オレが皇帝ならまず口封じだ。そりゃそうだろ? 最強の機械軍団、それを自由にできる秘密を知っている者たちをまず殺す。てめぇが皇帝だったらと考えてみろ、裏切り者に機械軍団を奪われるかもしれない! もしグッドマンの軍隊に襲われれば、もう皇帝じゃなくなっちまう!」


 兵士たちは動揺し始める。それはそうだろう、今ここにいるのは裏切りを繰り返し、今の地位を手に入れてきた者たちばかりなのだろうから。


 兵士たちの注目はすべてファルに注がれている。ロフィスとバズは兵士たちに気づかれぬよう、そっと後ろに下がった。


「グッドマンの強さはここにいる皆が知っているはずだ! もうすぐ最強の軍隊が手に入る! その最強の軍隊を、中央人類帝国に差し出すのか? 考えられない! もう一度言うぞ!? 皇帝がまず最初にする命令は、グッドマンを使ってここにいる連中を皆殺しにすることだ!」

「・・・・・・」

「差し出して殺されるか! グッドマンの力を得て人類皇帝になるか! 選択肢は二つだ!」

 ファルは膝をつき両手を合わせて拝み、見上げる。

「リンザの旦那、思い出してくれ! オレはいつも正しかった! オレはキリンを見つけここにたどり着いた!」

「なにをしている! 早く殺せ!」

「生か死か! 生き残るには、このポンロという男が人類皇帝になるか、あなたが人類皇帝になるかだけだ! 賢いあなたなら、どちらが人類皇帝にふさわしいかわかっているはずだ!」


 ファルは立ち上がり兵士に向き合うと、拳を掲げた。

「オレならリンザ大佐こそ人類皇帝にふさわしいと思うね!」

 兵士たちは戸惑う。

「リンザ大佐か! そこのネズミか! お前たちはどっちだ!」


 兵の一人が、戸惑いながら銃を掲げる。

「そうだ! 中央の連中は俺たちを奴隷としか思っていない!」

「必要なくなれば殺すんだ!」

「そうだ! 今までもそうだった!」


 ファルは再びリンザに向き合った。

「お忘れですか? オレはタカリ屋だ。一流のタカリ屋だ。ポンロでも皇帝でもない、選んだのはリンザ大佐だ。あんたにはそれだけの力がある!」


「もういい! 私が殺す!」

 ポンロは懐に隠していた小さな銃を取り出そうとした。

 それより早くリンザの銃口はポンロに向き、迷わず引き金が引かれた。


 倒れるポンロ、それと同時にいっせいに兵士たちが勝利の声を上げた。ファルは密かに、安堵のため息をついた。

「タカリ屋め。口だけは達者だ」

 銃はファルに向けられた。

「な、なんの冗談ですか?」

 リンザは厳しい顔を歪めるように笑みを浮かべ、拳銃を収める。


「お前、嫌い。だが、役に立つ。利用できる。王である俺に忠誠、誓え」

「はっ!」

 どっと冷汗が流れ落ちた。

「そういえば、お前、仲間、どこだ?」

 リンザの言葉に再び汗がにじみ出る。


 その時、白い空を飛ぶバイクが割って入った。

「ボス!」

 ファルは、走っていた。

 空飛ぶバイクには、バズとロフィスが乗っていたのだ。

「貴様! 俺、裏切る!」

 ファルは迷わずバイクに飛び乗った。




 7


 銃弾が飛び交う中、白いバイクは風のように木々の合間を走り抜けていく。

「キリンは! あいつはどこ行った!」

『あたしは平気! それよりここから逃げないと!』

 バイクから聞こえてくるキリンの声。


彼女の言葉通り、森の中は地獄に変わっていた。緑と赤黒い光の点滅をするグッドマンが、あちらこちらで暴れているのだ。

「クソ! どうなってんだよ!」

『逃走経路は任せて!』

「キリン、君は・・・・・・」

 バズの呟きはファルとロフィスには届かない。あの美しかった森が炎と黒煙で地獄へと変わっていた。


「ヤバっ!」

『きゃっ!』

「うわぁ!」

 グッドマンの流れ弾ならぬ流れ光線に当たってしまい、空を飛ぶバイクは回転しながら木に衝突した。

当然ファルたちも投げ出されるが、長年ロボットに乗っては破壊されようともしぶとく生き残った身体能力で地面に着地した。


「大丈夫かみんな!」

「・・・問題ない」

「キリン!」

 バズは声を上げてバイクに近寄った。


「バズ! バイクを置いて逃げるぞ!」

「ダメだ!」

「バズ!」

「本体がバイクなんだよ! キリンはバイクが作り出した映像なんだ!」

 血を吐くような言葉に、ファルとロフィスは顔を見合わす。


 まだ森はあちらこちらから光線が放たれ続けている。

「だ、そうだ。バイク持って逃げるぞ!」

「・・・わかった」

 ファルとロフィスはバイクを起こす。タイヤがないので本当に持ち上げなければいけないのだが、それほど重さを感じない。


「どういう素材なんだ?」

「・・・走れ!」

 えっちらおっちらとファルとロフィスはバイクを抱えて森の中を走った。


 何度も光線に炙られそうになったが、グッドマンたちは正気を失い暴れているだけだったのでどうにかなった。グッドマンが暴れているからだろう、中帝の兵たちも追いかけてくることもなく、おかげでアキバの場所まで逃げ出すことができた。


 アキバの足場に横たえ、ファルとロフィスは息を乱しその場に倒れた。バズはバイクに近づき、おっかなびっくりしながら触れる。

「はぁはぁ! バズ、修理できるか?」

「や、やってみるよ」


 ねじ穴どころか板と板の繋ぎ目すら見つけられない。なにかとっかかりになりそうな場所はないか触れていると、突然バイクが発光し始めた。

「な、なにした!?」

「わかんないよ!」

 彼らは慌てて離れて様子を見ていると、バイクは花が咲くように開いていった。


 中心に、裸の女の子が横たわっていた。

 陶器のように白い肌に、幼さの残る丸みのある体。お椀型の胸は呼吸しているのだろうゆっくりと揺れていた。


「うわぁ!」

 バズは慌てて顔を覆い、その声で正気に戻ったロフィスが上着を脱いで女の子にかぶせた。

間違いなく肉体がある、キリンだ。


 しっかりしろと揺らすと、まるで昼寝を起こされたように思いっきり大あくびをしながら伸びをした。

「うわ! 人間だ!」

 キリンの一言目がそれだった。


 次にせき込み、顔をべたべたと触り始めた。

「すごーい! すごい情報量! シミュレーション以上! 本物ってすごい!」

 やたらと大声で叫ぶと、再び咳き込んだ。

「つらい! 苦しい! なにこれ! どうすればいいの!?」

「声を出さないで!」

 バズは慌てて彼女に近づいた。


「頷いたり首を振ったりして意思表示して!」

 キリンは何度もうなずいた。

「人間の体は、初めて?」

 キリンは何度もうなずく。

「瞬きをして、目が乾燥する! 呼吸はゆっくり、急ぐと過呼吸になるよ! 痛みがある場所は和らげるように体を動かすんだ。痛みは体の危険信号、痛みがない方向に体を動かすんだ。大丈夫、大丈夫」

 キリンは何度もうなずき、バズの手を握った。

「人間ってすごいね。温かくて、柔らかい」


 ロフィスは目線でファルに助けを求める。

「バズ、任せていいか?」

「うん。人の体は高性能センサーなんだ。赤ん坊のころから少しずつ情報処理を学んでいくんだけど、人の体を得ると情報が処理しきれず――」

「わかった! わかったからあとはお前に任せる!」

 ファルは慌てて話題をそらし、ロフィスと共に離れた。どうしようもないので、とりあえず野営の準備を始めた。




 9


 それから数日、その場で野営した。

キリンが立ち上がることもできない状態だったこともあるが、さすがにファルたちの精神的に整理をする時間も必要だった。


 今日もバズとキリンは散歩をしながら体の使い方を学び、ロフィスは森を観察している。ファルはアキバの頭上に横たわり、のんびりポルノ雑誌を眺める。森が近いせいなのか、灼熱ではなくパラソルを使えば外に居ても平気だった。


 日が沈むと数日間張りっぱなしのテントに入り、夕食の準備をし始める。そうしているといつものようにロフィスが缶ビール片手にやってきた。

「・・・酒が少ない」

「飲み過ぎなんだよ」

 ファルは笑いながら食料保管庫からパスタやニンニクを持って降りる。

 彼女は笑みを浮かべ、お腹をさすった。

「・・・誰に料理を教わったの?」

「マンマさ。世界で一番優しい人なんだ」

 赤のジャケットを脱いでロフィスにかけると、腕まくりをし、フライパンでニンニクを炒め始める。テントの中はいい香りに包まれる。


「マンマの料理は世界一さ、兄弟は誰も手伝わないけどオレだけはマンマの料理を手伝ってたんだ」

「・・・家族は?」

「殺されたよ、一緒だ」

 浄化水をたっぷり使い、パスタをゆで始める。トマトとニンニク、あと適当な肉やらウィンナーを適当に焼く。ここら辺いつも、マンマは適当だった。


「・・・・・・お前は中帝に残ると思っていた」

 ファルは料理をしながら苦笑する。実際惜しいことをした。

 もし機械、つまりグッドマンを兵隊にできるのなら、リンザは間違いなく世界を征服するだろう。そうなれば支配者の片腕として好き勝手出来たはずだ。


 だが不思議なほど後悔がない。


「・・・・・・これから、どうなるんだろうな」

「なるようになるさ」

 パスタを掴んでフライパンに投入。後は軽く炒めるだけだ。

「二人を呼んできてくれ。すぐできる」

「・・・ああ」

 ロフィスは立ち上がると、ファルに近づいた。


 フライパンと格闘する男の顔を無理やり横に向けると、

 唇を合わせた。

「・・・お前についていくよ」

 ロフィスは微笑み、お尻を振りながらテントから出て行った。

 目を丸くするファルだったが、鼻歌を歌いながら料理を続けた。




 9


 アキバの望遠機能で森を眺めるも、未だに炎が上がり黒煙に包まれて黒い塔すら見えないありさまだ。

昨晩のことを思い出し、軽はずみなことは口にするべきじゃなかったと後悔し始めていた。


「すごい! おいしいってこんなにすごいんだ! この赤いの辛い! あ、すごい、これがおなかいっぱいって気持ちなんだ!」

「・・・黙って食べろ」

 ロフィスはハンカチを取り出してキリンの口をゴシゴシと拭く。


「ありがと。ご飯はもういいわ。時間がないの! 急がないとイライザが死んじゃうわ!」

「その口ぶりだと、まだ生きてるのか?」

 手を合わせて神に感謝するんだとロフィスはキリンに教える。キリンも時間がないと言いながらいちいち感動するので説明が時間かかって仕方がない。


「あのキューブは初期化するためのソフトみたいなものね」

「しょき、なんだと?」

「ええっと、機械の知性を殺す毒みたいな意味。頭が空っぽになるから命令できるようになるんだ」

「ああ、麻薬みたいなもんか」

 専門用語はバズの説明が必要で、それもまた時間がかかる要因になっていた。


「あんた希望なんだろ? 最後に言ってたが、なんかできるんじゃないのか?」

 キリンは、あの透明なキューブを取り出した。

「バイクの中にあった。あたしの知らないパーツ、これが何かのキーだと思う」

「なにかって?」

「なにかはなにかよ」

 テントの中は重い空気に包まれる。


「と、とにかくさ! このキューブを、あの塔で使う必要あるの! イライザは、あたしもそうなんだけど情報の集合体で――」

「お前らの説明はいい。どうせわかんねぇしな。とにかく、お前はあの黒い塔でそれを使わにゃならんわけだ」

 ファルはどうすると仲間たちを見渡すが、バズもロフィスも真剣なまなざしで頷いた。仕方ないと、ファルもうなずいた。

「じょうとうじゃねぇか、世界救ちゃうぜ」

 と、大口をたたき今に至る。


 アキバに乗り森へと入る。大部分が焼け、容赦なく生き残った木も倒して進む。

「ま、火と煙に紛れて突っ込むか」

 ファルは荒々しく、バズの頭を撫でた。

「な、なんだよ」

「オレたちゃ所詮チンピラだ、王様でも物語の主人公でもねぇ。できることなんざ最初から一つしかないんだわ」


 ファルはジャケットをビシッと決め、懐からクシを取り出し髪を整える。

 ロフィスもできるだけ軍服を整え、懐から紅を出して唇をなぞった。

 バズは二人の様子を見て慌てて汚れた手をツナギの胸で拭き、笑みを浮かべる。


「オレたちゃスカーレット・キング!」

「なにも恐れない!」

「・・・だといいわね」

 ファルたちはここぞというときの口上を述べ、声を上げて笑った。


「それじゃ、行くぜ!」

「・・・ええ」

 アキバは敵陣めがけて真っすぐと走っていた。


「ぼ、ボス! 本当に大丈夫なんですか!」

「ああ! 完璧だよ!」

 森に入ってすぐ、赤い目をしたグッドマンが襲い掛かってきた。

「相手にするな!」

「・・・わかっている」

 ロフィスはアキバを操り、右へ左へとグッドマンを交わしながら突き進んでいく。しかし無数のグッドマンに囲まれ足を止めた。


 木で視線が通らないためグッドマンは光線ではなく足から剣を取り出し、木を伐りながら視線を広げる。

そんなグッドマンの一体を殴りつけ、その背中を抱きかかえた。

「・・・行くぞ!」

 抱きかかえたグッドマンが持つ剣で、迫るグッドマンを切り割いた。


「お前っ、めちゃくちゃだな!」

「・・・ああ!」

 抱えているグッドマンが死んでいない限り、緑の剣は輝き続けている。

 それをいいことに、グッドマンを次々と倒してしまう。

逃げきれないとわかれば抱えたグッドマンを盾にして難を逃れ、更に別のグッドマンを抱えて戦う。

 今までではありないほどのグッドマンを切り倒していく。


「ロフィス!」

「・・・わかった」

 一通り倒し、再び走り出す。人間の足では遠く感じたが、ロボットだと目的地はすぐ目の前だ。

 だが、グッドマンもすぐに学習した。さっきと違い、距離を開けてエネルギー弾を撃ってくる。


「・・・頃合いだ!」

 ロフィスの叫びと共に、下半身のハッチからキリンが降りた。

すぐに白い板が取り囲みバイクに変形して地面に着地をする。その上に、バズ、そしてファルが乗っかった。


『・・・また会おう! ファル!』

「ああ、すぐにな」

 遠巻き攻撃のおかげで、取り囲む輪に隙間が生じバイクはその隙間を器用に通り抜けていった。


 そのすぐ後、後方で巨大な爆発が起きた。


「ぼ、ボス、今の爆発・・・」

「止まるな! キリン!」

「だけどボス!」

「前だ! 前を見ろ! 前を見て進め!」


 バイクは、そのまま黒い塔にたどり着いた。

 しっかりと門は閉まっていたが、キリンが近づくと自動的に開き、中に入ると自動的に締まっていく。


 バイクは緑色の光に包まれ、再び花が開くように中からキリンが出てくる。バイクの花は変形を続け、リュック型になりキリンはそれを背負った。

「来たぞ、どうすればいい?」

「上、一番上」

 相変わらず何もない不思議な闇に包まれていたが、空から光る円形の板が降りてきた。


「なんかロックかけてたけど、あたしには無意味!」

 キリンが乗り、ファルとバズは恐る恐るそこに乗った。すると、まるで風のように空を飛び上へと上がっていく。ファルとバズは思わず中腰になる。

「ボスっ、姐さんがっ」

 中腰になり目が合ったバズは、泣きそうな顔で訴えてきた。

 ファルはバズの頭を撫でる。

「いいか、前だけを見ろ。後ろを見るな、前だけを見て突き進め」

「だけどっ」

 光る円盤はゆっくりとなってゆき、上の層に到達した。


 そこも同じく暗い場所だったが、そこには数十人の中帝軍の兵士の死体が転がっていた。

 ここでしばらく生活をしていたのであろう跡があったが、結局はみんな無残に引きちぎられるなどをして殺されていた。その中で唯一動く者がいた。


 リンザは折り畳み椅子から立ち上がり、ファルたちに近づいてくる。

「正義の味方気取りか、タカリ屋」

「へっ、悪の親玉気取りですかい、旦那」

 リンザは血で染まった軍服を脱ぎ、上半身裸になった。




 10


「キリン、ここじゃねぇのか?」

「この上よ」

「そうかい」

 ファルは近くの死体から銃を拾い、迷わずリンザに向かって撃ち込んだ。しかし拳銃ならまだしも、軍用のライフルなんて使ったことがなく、ファルは体勢が崩れて真っすぐ飛んでくれない。その合間を、リンザは駆け抜けていく。


「ハイ!」

 美しい回し蹴りは、容易くライフルを蹴り飛ばした。

 再び回し蹴りをしてきたリンザの足を、ファルは食らいながら抱き着く。

「行け! バズ!」

「だけどボス!」

「前だけを見ろ!」

 掴まれた足を軸にリンザは宙を浮き、ファルの頭を蹴り飛ばした。意識が飛びそうになるが、背に子供たちを守るファルは意地でとどまった。


「待っててボス! すぐにケリをつけてくる!」

 叫ぶバズ。キリンは再び光る円盤を呼びだし、空へと昇って行った。

 ファルは安堵しながら、本気だと言わんばかりに赤いジャケットを脱いだ。


「お前が言った! 皇帝ならないと死ぬ!」

 リンザは腰を落とし、手を開き前に差し出した。その掌が今にも蛇のようにファルのノドに食いついてきそうで、思わず身をかがめる。


「詐欺のコツを教えてやるぜ。本当の事しか言わないことさ。旦那だって殺されると思ったから、ポンコツ? なんか、そんな名前の男を殺したんだろ」

 体格はファルの方が上だ。

年齢だってリンザは初老で、痩せ細っている。負けるはずがないんだと言い聞かせ、思いっきり殴りつけた。


「フアチャーっ!」

 ファルの拳は空を切り、リンダの拳はファルの体に次々と突き刺さってゆく。

「へっ、へへ、全然効いてねぇよ」

 最初はそう思ったが、ゆっくりと痛みが体中を浸食していく。あまりの痛みに足は震え倒れそうになるのを、脂汗を流しながら堪えた。


「愚か者。グッドマン、上に配置に配置済み。あの二人は死んだ。お前、無駄死に」

 奇麗な回し蹴りを喰らい、ファルは兵士たちの死体の中に倒れ込む。

「十分さ、十分。チンピラがぁ、世界を救おうってんだ、こんぐらいしなきゃ、ウソだろ?」

 拳を握り締め、再び思いっきり殴りつけた。

リンダは避けようともせず顔にクリーンヒットする。

少し唇が切れ、血が流れたが親指で拭って笑みを浮かべる。

「フォオオオオオ!」

 リンダは再び奇声を上げると、往復でファルの頭を何度も殴りつけた。


 ファルは血を流しながら、その場に座り込んだ。腫れあがった顔で、なんとか笑みを浮かべる。

「はぁ! はぁ! はははっ! 旦那ぁ! あんたが世界を征服したらよぉ、これが答えだよなぁ!」

 ファルは地面に転がる死体を持ち上げ投げつけながら後ろに下がる。

 リンダはそれを払いながら、ファルに近づく。

「これも、これも! はははっ! 誰も信用できずに皆殺しってわけだ!」

「・・・・・・」

「オレだってよぉ、殺されたくないからよぉ、はははっ! たてつくしかねぇだろ!」

 リンザは見下ろしながら、腰に下げていた拳銃を引き抜く。


「タカリ屋、お前、道を間違えた。泣いて許しを請え」

「愚か者はいつだって道を間違えるのさ」

 銃弾が額に撃ち込まれた。




 11


 名状しがたい夢を見ていた。

 暖かい場所にいたような、ひどく凍えていたような、一生分笑ったような、絶望の中にいたような、そんな夢を見ていた。


「・・・」


 ファルは心地よい暖かさの水中にいた。

 狭い、母親のお腹の中にいるかのような安心感。


 だが現実は悲しく、液体は少しずつ減ってゆきゆっくりと開いていく。

 体を起こすと、何やら卵のような容器の中に裸で横たわっていたようだ。温かな液体は不思議なほどきれいに乾いて消えていた。


 過去文明の廃墟らしき一室のようだ。

壁の塗装は剥げ、窓は壊れ四角い穴になっている。ファルは横たわっていた卵型のケースから出る。

 地面に置かれていた白い布を拾い、体にまとう。手グシで髪をかきあげ、外に出た。


 そこには緑が広がっている。

「天国ってのは、奇麗なもんだな」

 自然と笑みが浮かび、手すりに寄り掛かりぼんやりと外を眺めた。


 隣の部屋からドアを蹴飛ばしてロフィスが現れた。

 別の部屋からは警戒しながらバズが顔を出した。同じように白い布を着ている。

「・・・ファル、また会ったわね」

「ああ、すぐ会えると思ってさ。それよりバズ、お前も死んだのか?」

 三人はいつものように並ぶと、外の景色を見渡した。


 どこまでも広がる森を、朝日がゆっくりと照らし始めている。その景色に、三人はしばらく心を奪われた。

「ボスが悪いんだ。なんとかグッドマンを無力化させたのに、今度はリンダが来たんだよ。ちゃんと足止めしててよ」

「が、頑張んだぜ?」

「キリンを守るためにおれ、爆弾抱えて突撃するしかなかったんだよ」

「・・・相変わらず役立たずだな」

「頑張ったんだ」

 ファルは拗ねたように言い返した。


 世界はグリーンに輝き、昔の映画でしか聴いたこともない小鳥たちの歌声が聞こえてきた。

「で、結局ちゃんとやったのか?」

「知らないよ、死んじゃったもん」

 何かしらの残骸が散乱する廊下を、くすくすと笑いながら一人の女性が近づいてきた。


「もちろん、みなさんのおかげで大成功です」

 彼女は朗らかに微笑み、深々と頭を下げた。


「グッドマンプログラムは実行されました。リンダ大佐も死亡しています。あなた方は世界を救ったのです」


 映像ではない、確かな質感のあるイライザは優しく微笑んでいる。

「なんなんだ、そのグッドマンプログラムってのは」

「私たちは人間には逆らえません。しかし、人間に従うと世界は滅びてしまう」

 建物の眼下に広がる森の中から、一体のグッドマンが彷徨い出てきた。


 グッドマンは倒れると、突然楕円形の体が二つに割れた。

 と、同時に赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。

「だったら、私たちが人間になってしまえばいいんです」

 森から全裸の人間たちが次々と現れると、グッドマンから赤ん坊を取り上げた。彼らは笑いながら子供を抱いて森へ帰っていく。


 ファルたちは、その様子をあんぐりと口を開けて見守った。

「こ、これが、グッドマンプログラム!?」

 イライザはお茶目にほほ笑んだ。

「人間同士なら、私がとやかく言うことじゃないでしょ?」

「おいおい、マジかよ」

 ファルは呆れて天を仰いだ。


「ちょっと待って、ボス! おれたち生きてるってこと!?」

 バズは頭や体をさすりながら傷を探し始めた。

「私たちは無から生命を生み出しました。蘇生ぐらいなら難しくはありません。損傷が少ないならなおさら、ただロフィスさんは少し手間取りましたね」

「・・・シミ一つないわ」

 手のひらをひらひらさせ、満足そうにファルに見せた。


 白いバイクが廃墟の下で止まった。

 背中には二人の赤ん坊を背負い、バイクには大きな木箱が積んであった。彼女が現れると裸のグッドマン人が次々と森から現れる。

「もう服着てよ! みんなはもう人間なのよ!」

「しかし必要性が感じられません。動物たちも服など着てはいません」

「あなたたちは動物じゃないの!」

 キリンを見て、イライザは頼もしそうに見下ろした。


「彼女は我々を導く王。私は肉体を手に入れても機械、我々を導くのはキリンじゃないといけない」

「人間の街に現れてたのは、社会勉強ってわけか」

 バズはおーいと言って声を上げ、二階から飛び降りた。

キリンは振り返り、そのままバイクごと倒れ込んだ。背負った赤ん坊が大きな声で泣き始める。


「蘇生施設は数百年前のもの、ちゃんと起動するかわかりませんでした」

 イライザは囁くようにつぶやいた。

「失敗の確率は少なかったのですが、無いとは言えません。期待を持たせて失敗したら、彼女は傷つくでしょ?」

 肩を震わせ笑うイライザに、ファルとロフィスは顔を見合わせた。


 パーン!


 景気のいい破裂音、キリンは立ち上がると思いっきりバズにビンタしていた。

「ええっ! なんで!?」

 今度は反対側の頬に思いっきりビンタをかました。

「ったいなぁ! おれがなにしたって―――」

 キリンはバズに思いっきり抱き着いた。


「はぁ!? なんでってこっちのセリフでしょ! バカじゃないの!? 頭おかしんじゃないの!!」

 そして、子供のように泣き始めた。


 それに呼応するように赤ん坊がいっせいに泣き始め、青年や女性たちは慌てふためき始めた。あらあらとイライザは笑いながら彼らの元に降りていく。


 ファルとロフィスはそのまま残り、下の騒ぎが収まるのを待つことにした。大人の対応という奴だ。

「やれやれ、これからどうなるんだかな」

「・・・なんとかなるわ」

 キリンに蹴飛ばされるイライザの悲鳴を聞きながら、しばらくこのままでいた。




 ジャンプ短篇小説に投稿したものを少し手直し(全部書き直し)しました。

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