エピローグ
「良かったのですか、神様」
美味しそうにショートケーキを頬張る神に、召使い風の格好をした女性の天使が声をかける。
「なんのこと?」
「決まっているでしょう」
冷たい視線を向けられ、神は「おお怖」と大袈裟な身振りをしてみせる。
視線が更に冷たいものになると、観念したようにため息をつき、フォークでケーキを小さく切り分けながら答える。
「まあ、彼は優秀な戦士だったよ。引き留める気がなかったと言えば、嘘になる。というか、引き留めたしね……でも結局、止まるようにもみえなかったし。何を言っても留まる気なんてなかったんだろう。まあ、それだけの働きをした訳だしね」
「ルシファー討伐……ですか」
「それもあるけど……」
神は切り分けたケーキを頬張る。
それを飲み込むと、紅茶を飲んで一息つく。
「約束通り、美味しいケーキ、買ってきてもらったから」
*
数ヶ月の時が過ぎ、あの日以来、また私は一人だ。
元に戻っただけ……だと言うのに、一度埋まったはずの心の穴が、前よりも大きく、広がってしまっている気がする。
一人で居る事と、一人になる事は違う。
そこにあったはずの物を失ってしまった穴は、そう簡単に埋めることなんてできない。
彼は言った……「また来る」と。
だから、私は待っている。この花畑で……彼がまた、私の前に来てくれると信じて。
*
あの日、あの約束をしてから、真理亜は毎日花畑へと足を運んでいた。
レイから渡された一枚の羽根を、大切に肌身離さず持ちながら。
いつまで待てばいいのだろう。沈みかけた夕日を見ながら、真理亜の中でそんな不安が渦巻き始めた時……一陣の風が花畑を吹き抜ける。
日除けの為に被っていたつばの大きい帽子が飛びそうになるのを抑えた時、真理亜が持っていた羽根が手から離れ、飛んで行く。
追いかけようとしたその瞬間、羽根は光りの粒となって消えていく。
それと同時、背後の森から木の枝が折れる音がする。誰かが来たのかと、真理亜は振り向いた。
そこには、全身黒の服を着た、赤い髪の青年が一人。
「レイ……?」
「待たせてごめ……うわぁっ!」
レイが言い終える前、真理亜は彼に飛びついた。
よろめきながら、何とか倒れずにその場に踏みとどまる。
背中に回された手が、しがみ付く様に服を掴む。
彼女は、胸に顔をうずめたまま動かない。
「あの……真理亜?」
「待たせすぎ……」
絞り出されたように掠れた声が聞こえた。
「人はすぐ歳を取っちゃうんだから……おばあちゃんになる所だったじゃない」
「……ごめん。色々と時間がかかっちゃって」
「空、飛んで来ればよかったのに……」
「それは、もう出来ないから」
「え……?」
真理亜は顔を上げると、真っ赤に腫らした目で、レイを見つめた。
「僕はもう、天使じゃないんだ」
「どうして?」
「君と一緒に居るために……」
真理亜の頭を優しく撫でながら、レイは続ける。
「君と、同じ時を歩みたかったんだ」
「人間に、なったって事?」
無言で頷く。
そして、真理亜の肩を掴み少し彼女を離すと、レイは真っ直ぐ彼女の瞳を見つめた。
「約束する。僕はもう、君を一人になんかさせないから。……僕が傍にいるよ。真理亜の傍に」
舞い散る花の嵐の中、二人は互いを強く抱き合う。もう、離れないように。