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Lost Angel  作者: 山猫幸男
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後編

 その日の夜遅く、レイは装備を整え、静かに部屋を出る。


 ルシファーが動くとすれば夜。その為、レイは夜に真理亜には黙って一人で出歩いていた。


 やはり、一人で過ごすにはこの屋敷は広すぎる。……歩きながら、そんな事をレイは考えた。


「あ……」


 二階から一階へと続く階段の踊り場で、真理亜が窓の外をぼうっと見ていた。


 レイは静かに、その場から離れようとした……その時。


「レイさん……どうしたんですかそんな格好して」


 呼び止められて、レイはその場に立ち止まる。


「えっと、眠れないから少し体を動かそうかなって」


 少し苦しい言い訳だとは思ったが、「そうですか」と真理亜は答えた。そして、少し間を置いて口を開く。


「私も眠れないんです。良かったら、ここで話しませんか? 今夜は夜空が綺麗ですよ」


 今にも消え入りそうな程、なんとか聞こえる小さな声でそう言った。

 レイはそんな彼女を放っておく事はできず、


「まあ、少しくらいなら」


 と、答えて階段を下りて真理亜の隣に立つ。


 彼女の言う通り、今日は星が綺麗だった。

 今は明かりは一切点けられていなかったが、それでも星の光だけで充分に周囲が見える程に明るい。



 出窓に腰を掛け、月明かりに照らされた真理亜の姿は、見惚れてしまうほどに美しい。


「レイさん」

「えっ……あ、はい」


 名前を呼ばれ、我に返るレイ。顔が赤くなっていないかと気にしながら、真理亜に耳を傾けた。

 そんな彼の反応を不思議に思いながらも、真理亜は言葉を続ける。


「この空のどこかに、レイさんの故郷があるんですか?」

「いや、天界は別に空にあるわけじゃなくて、こことは少しズレてるから見えないけど、同じ所にあるんだ」

「へえ……それじゃあ、どうして天界って言うんですか?」

「それは、僕ら天使が住んでるから」


 真理亜は「変なの」と笑う。


「天界とこっちって、簡単に行き来できるんですか?」

「簡単にはできないかな。何か特別な理由がない限り、他の種族の世界には行けないから」

「じゃあレイさんも、ここでやるべきことが終わったら、帰ってしまうんですね」

「それは勿論……」


「じゃあ私は、また独りぼっちですね」


 顔を俯かせてそう呟いた。

 レイは戸惑い、言葉が出ない。


「いつもそう……私が大切に思う人は、いつだって私を一人にする……お父さんも、お母さんも、レイも……」

「別に、そんなつもりじゃ……」

「違うの? ずっと、私と一緒に居てくれるの?」


 無責任な事を言ってしまったと、後悔する頃にはもう遅い。

 何も答えないレイに、「ほらね」と真理亜は言い放つ。


「やっぱり、レイも私を一人にするんだ……」


 雫が一滴、落ちていくのが見えた。


「真理亜さん……」


 何も言葉をかけられないが、ただ、放っておけなかった。

 真理亜へと手を伸ばしたレイ……だが、彼女はその手を払う。


「ほっといてよ……優しくしないでよ! 知ってるの、貴方がいつもこうして夜中に外へ出歩いているの。天界に、帰るためなんでしょう? そんなに帰りたいなら、私の事なんかほっといてさっさと帰ればいいじゃない!」


 真理亜は言い終えた後、両手で口を覆った。

 彼女はレイに背を向け、逃げるように階段を駆け下りていく。



 追いかけることが出来なかった。今の彼女を、一人にしてはいけないと、分かっていても。


 ……何も言えなかった、いったい僕は何をしているんだ。真理亜さんに、いったいなんて言葉をかければよかったんだ……


 本当は分かっていた。ただ、それを言える勇気がレイにはなかった。

 自分の全てを捨てる勇気がなかったばかりに……彼女を、傷つけた。



 レイが後悔しているその時、突然窓から差し込んでいた光が、何かに遮られる。



「女性を泣かせるとは、罪深い天使だね」



 背筋が凍ってしまいそうな程、冷たい声音。……この声の主を、レイは知っている。

 窓の外へ視線を向けると、そこにはルシファーが居た。


「ルシファー?! どうしてお前が……」

「ここに居るのかって? ずーっと見ていたんだよ、君の事を」

「はあ?」


 訳も分からず、呆気にとられるレイ。

 そんな事などお構いなしに、ルシファーは自分の脇腹をさする。


「あの日、お前は私に傷を負わせたんだ。この、美しい体に! そんな事許されるわけがない!」


 表情に怒りを滲ませ、強い口調でそう言い放ったルシファー。

 その後、一度深呼吸をすると、口元を釣り上げる。


「だから、君にとって何をすれば一番屈辱を与えられるか、それだけをずっと考えていたんだ」


 直後、ルシファーの体が黒く染まったかと思うと、無数の黒い羽となって散っていく。


 悲鳴が、屋敷の中にこだまする。


 時間稼ぎ……レイが気づいた時には、すでに遅かった。

 今聞こえた悲鳴は間違いなく真理亜の物だった……レイは足が痛むのを気にもせず、彼女の元へ走る。


 階段を駆け下り、玄関前の広間に辿り着く。


「遅かったね。君の愛しの姫君は私の手の中だ」


 ルシファーは、真理亜の背後から彼女を拘束し、見ていて不愉快な笑みを浮かべていた。


 真理亜は口元を手で抑えられ、声が出せない状態だった。だが、レイが来たことに気がつくと、目で助けを求めてきていた。


「何のつもりだルシファー」

「さっき言っただろう? これは君への罰さ」

「罰だと言うなら、俺を直接狙え! その人は、関係ないだろう!」


 分かっていないな……と言いたげにルシファーは呆れた様子で首を横に振った。


「ただ殺すだけじゃあそれで終わりだ。それは罰にはならないんだよ。だから、生きている君に、屈辱を与え、その上で殺す」


 怯える真理亜の頬に、ルシファーは自らの頬を擦りつける。……真理亜は恐怖と生理的な不快感で体を震わせる。


「私はね、あの日あの場で君に止めを刺すことも出来た。だが、敢えてそれをしなかったんだ……何故だか分かるかい?」

「知るかよ、そんな事」


 怒りを滲ませたレイの声に、ルシファーは「怖い怖い」と大げさに仰け反って見せる。


「全てはこの時の為。君にこの上ない屈辱を与えるにはいったいどうすればいいか。この一ヶ月ずっと見ていたんだ。それでやっぱり、君の一番大切なモノを目の前で壊してやるのが一番だと思ったんだ」

「なんだと……!」

「見ていれば分かるさ! この娘が私に襲われないようにと、君はずっと目を離さなかっただろう? 怪我も完治していないと言うのに、私の活動時間である夜に寝る間も惜しんで屋敷の周りを見回って……これで気づかない者もそうは居ないだろう」


 真理亜は驚いたように目を見開き、レイを見つめ、その後強い意志の籠った目で背後のルシファーに視線を向けた。


 そして、真理亜はルシファーの拘束から逃れようと抵抗を始めた。

 抵抗されるとは考えていなかったのか、不意を突かれたルシファーは少し拘束を弱めてしまう。

 とは言え、それでも真理亜の力で抜け出せるようなモノではなかったが、口を押えていた手が少しずれた。

 彼女は大きく口を開け、その手に噛みつく。出来る限り、力強く。


 予想外の行動に、思わずルシファーは拘束を解いた。


「真理亜、伏せろ!」


 腰に挿していた二本の片手剣の柄を素早く合わせ、これを好機と見たレイは叫ぶ。

 弓を引くような動作をしたレイは、真理亜が頭を抱えて姿勢を低くすると、引いていた弓を放し、光の矢を撃つ。


 レイの放った光の矢は、真理亜の頭上を通っていき、ルシファーの頭部に刺さる。


 ルシファーが倒れると、真理亜はレイの元へと駆け寄り、抱き着いた。

 受け止めたレイは、息が上がり、嗚咽の止まらない少し興奮気味の真理亜を、落ち着けるように優しく撫でた。


「ごめん真理亜。僕……何も、出来なかった」

「いいの……それよりも、謝らなきゃいけないのは私の方。ごめんなさい……私、自分の事ばっかりで、馬鹿な事言っちゃって……」


 胸の中で泣き止まない真理亜に、何か言葉を掛けなければと考えていたレイ。

 だが、目の前で動き出したものを見つけると、胸の中に埋まる真理亜を離し、背後へと移動させる。


「話は、全部終わらせてからにしよう。大丈夫、それくらいの時間はあるよ」


 そう言ってレイは視線を、立ち上がるルシファーの方へと向ける。


「どいつもこいつも……この俺に、醜い傷を付けやがって! 楽には殺さない……苦しませてブッ殺してやる!」


 顔の一部が抉れたルシファーは、怒りのあまりもはや気取った話し方をする余裕もないらしい。荒っぽい口調で、怒鳴るように叫ぶ。


「そう簡単には死なないよ。俺は必ず、お前を倒す」


 レイは駆け出し、ルシファーへとぶつかって屋敷から押し出していく。



 二人の戦いは熾烈を極めた。

 降り注ぐような光の矢を、足を庇いながら避けるレイ。


 中々攻められずに居たが、矢を避けるうちに、一度放つと暫くの間止まらず、そして撃たれる方向も一度撃ち終わるまでは変えられないという事に気付く。


 無数の矢も、その威力も厄介だが、一方向にしか飛ばないのであれば、活路はある。


 次にルシファーが矢を放った時、レイはそれを避け、距離を詰める。

 そして間近に迫ると、手に持った片手剣で首を狙う……が、そこでレイは一旦離れた。


 ルシファーは笑っていた。


「おいおい、ここまで来てそれはないだろう。俺の首を取る絶好の機会だったじゃないか」

「二度も同じ失敗をする訳にはいかなくてね」


 硬化……天使の使う術の一つ。

 防御力を上げるための術だが、使う法力の量が大きく、大抵は一部を硬化させるのが精一杯であまり使われることはない。

 だが、ルシファーはそれで全身を硬化させた。


「光の矢といい、マイナーな術が好きだな」

「誰も使わない技を使いこなすのは美しいだろう? ま、この全身硬化の見た目は美しくないから使わなかったわけだが……それに光の矢はお前も使うじゃないか、こんな傷を付けやがって」


 傷の部分をさすりながら、レイを睨む。


「悪いね、俺には才能がないからこれしか使えないんだよ。まさかそんな傷を付けられるとは思わなかったさ」


 軽口は叩いたものの、あの硬化による防御力の高さは本物。あれをいったいどうやって倒すべきか、突破口を探る。


 硬化した体から繰り出される打撃の威力は高く、またルシファー自身の俊敏さも衰えていないのが厄介で、レイは避けきれずに一度攻撃を受けてしまう。

 

 ……肋骨が折れたか。これはちょっとマズいかもな……レイは、奥歯に仕込んでいたカプセルを噛みしめる。

 痛みを一時的に麻痺させる薬品。全身の感覚を麻痺させてしまうため、戦闘中に使えば動きが鈍くなってしまう。が、足の痛みに加えて折れた肋骨の痛みに耐えながら戦う事を考えれば、これを使った方がいいとレイは判断した。


 ただ、一つ分かった事がある。

 全身硬化そのものは確かに厄介だが、どうやらそれに法力を割いているせいで光の矢を使うことが出来ないらしい。


 ……距離を取れば有利になるか? いや、それでも光の矢であの体を貫けるのか? クソッ、痛み止めが効かなくなるまで時間がないのに……

 そこまで考えて、レイは気づく。


 光の矢を、ルシファーのある一点を狙って放つ。

 余程自身の力に自信があったのだろう、避けることもせずに矢を受け、光の矢が……体を貫いた。


 ルシファーの左脇腹にレイが付けた傷がある。

 相反する存在の法力を受けた傷は、治りが遅い。レイの足の怪我が一ヶ月経った今もなお癒えていないように、ルシファーの怪我も完治していなかったのだ。

 硬化しても、怪我の部分だけは脆いらしい。


 続けて頭部に向けて矢を放つ。

 数発撃ち込んだ後、時間切れなのか、耐えきれなくなったのか、ルシファーの全身硬化が解ける。

 そこへ、レイは力を振り絞り全力で突進するように駆け、心臓に剣を突き刺す。


「何故……この俺が……こんな下級天使なんかに……!」


 倒れるルシファーに、覆いかぶさるようにレイも倒れ、体重をかけてより深く剣を刺しこんだ。

 完全に動かなくなったルシファーから離れ、夜が明けるまで見守るレイ。



 太陽が空を照らし出し、その光がルシファーの体を灰へと変え、消し去る。


 それを見届けると、レイはゆっくりと立ち上がり、消えゆくルシファーだったものを見つめる。


「自惚れすぎなんだよ、ナルシスト……」



 緊張の糸が切れたのか、レイはそこで意識が途切れた。



 ……どれくらい眠っていたんだろう……気がつくと同時、後頭部に何か柔らかい感触を感じたレイ。瞼を開くと、一番に真理亜の顔が目に映る。


「こんな所で寝てると風邪、ひいちゃいますよ」


 彼女は、優しい笑みを浮かべてそう言った。


「真理亜……さん。これは……?」

「あ、硬い地面で寝てると怪我しちゃうと思って」


 現在のレイは、真理亜に膝枕をされている状態だった。

 恥ずかしさのあまり顔が熱くなり、レイは素早くその場から離れた。


「あの、レイ……そんなにいきなり動くと……」


 真理亜が忠告したのと同時、レイは全身に激痛が走る。


「体に障るって、言おうと思ったのだけど……よく考えたら、動いた後に言っても遅いですね」


 怪我の痛みが、麻痺させていた分もまとめて来たので、呼吸さえまともに出来ないほど暫くの間苦しんだ。




「落ち着きました?」

「大分……」


 その後、真理亜が知り合いの医者を呼び、その場で鎮痛剤を施されたレイ。ひとまず痛みは落ち着く。


「人の薬でも、天使に効くものなんですね」

「少し違うけど、体の作りは似たようなものだから」


 そう言いながら、レイは体を起こし、立ち上がる。


「レイ、動いて大丈夫なの?」


 真理亜は不安そうに見つめるが、「大丈夫だ」と言うように微笑みかける。


「もう、少しずつ体は治ってきてるから。それより……ごめん、滅茶苦茶にしちゃって」


 庭のあちこちに窪みが出来、屋敷の外壁も所々が砕けてしまっている。……全て、レイとルシファーの戦いによって出来たものだ。


「謝る必要なんてないわ。貴方のお蔭で、私は今も生きてる。壊れた物は直せばいい……生きてさえいればなんとでもなる。でしょう?」

「強い人だな、真理亜さ……ん……?」


 レイの唇に、真理亜は人差し指を当て言葉を遮る。


「真理亜”さん”じゃなくて、真理亜って呼んで?」

「……分かったよ。真理亜」


 満足そうに彼女は頷く。


「ねえ、真理亜。あの花畑に行かない?」

「……どうして?」


 理由は言わない。ただ、それでも真理亜はなんとなく分かっていた。


 レイが手を差し伸べると、少し躊躇った後、その手を掴む真理亜。

 そのまま手を引かれて立ち上がると、二人は並んで歩きだす。



「ここで、真理亜が僕の事を見つけてくれたんだよね」

「あの時は驚いたわ。だって、窓の外を見たら何かがここへ落ちるのが見えて、来てみれば人が倒れているんだもの」


 花畑に着いた二人は、レイが落ちてきた場所を眺め、そんな話をしていた。


「ここ、後から直すつもりだったんだけど、結局何もしないままになっちゃったな」

「気にしなくていいのに……仕方ない……事なんだから……」


 俯く真理亜……彼女の肩にレイは両手をそっと置く。


「必ず直しに来るから」


 顔を上げると、レイは優しく笑っていた。


「え……?」

「真理亜一人じゃ大変だろ? 少し時間かかるかもしれないけど、必ずまた来る。……だから、ここで待ってて」


 どういう事なのか真理亜が聞く前に、レイは一枚の羽根を彼女の手に握らせる。その後、彼女に背を向け歩き出す。

 真理亜から少し離れると、彼の背中に一対の純白の翼が現れる。


「あ、そうだ」


 今にも飛び立とうとしたその時、レイは何かを思い出して振り返る。




「美味しいケーキ屋さん、知らない?」




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