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Lost Angel  作者: 山猫幸男
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前編

 それは、激しい雨の降る夜のことでした。


 ふと窓から外を見てみたら、何かが庭へ落ちていくのが見えました。


 私は、急いで外へ飛び出し、嵐の中、何かが落ちた場所へと走りました。


 そこで私が見つけたのは……



 天界、天国、楽園……天使と神が住まうこの場所を、地上に生きる人間たちはそのように呼ぶ。

 ただ、そこに生きる当人たちとしては、ここで地に足をつけており、見上げれば空もあるのだから、「天」と呼ばれるのは少し違和感があった。とはいえ、楽園かといわれるとそれもまた違う。

 だから、ここに生きる者たちは、地上の者たちが自分らを「天使」と呼ぶから、それに合わせて、天使の住む場所……「天界」と呼ぶことにしている。




 執務室……この部屋を一言表すならそう呼ぶのがいいだろう。

 その部屋には一人の赤い髪の青年が立っており、彼の目線の先には部屋の雰囲気には不釣り合いの事務椅子に座った、煌びやかな法衣を着た青髪の男が座っている。

 赤い髪の青年、彼の名はレイ……天界の騎士団に所属する若き戦士。決して階級が高い訳ではないが、才能ある戦士として、周囲からの期待は厚い。


 そんな彼の前に柔和な笑みを浮かべて座る男。彼は、この天界の主……神、と呼ばれる存在である。


 なぜ、レイが神の前に居るかといえば、当然彼から呼び出されたからなのだが、期待されているとは言え、彼は駆け出しの騎士……大天使と呼ばれる騎士団の最上位階級の存在さえ、中々立ち入る事のできないこの部屋に呼び出され、彼は緊張で全身から嫌な汗が噴き出していた。


「緊張……するよね。楽にしてっていうのも難しいかもしれないけど、せめて座ろう? これじゃあ話もできないから」

「は、はい! 失礼します!」


 と、レイは神の指差したソファに恐る恐る腰を下ろす。

 そのソファは深く沈み込みそうなほどに柔らかく、緊張で固くなっていたレイの心と体を多少ほぐした。

 神も事務椅子から立ち上がり、レイの座るソファからテーブルを隔てた位置にあるソファに腰を下ろした。


「じゃあ話の前にお茶でも飲もうか」


 と神は言うと、指をパチンと鳴らす……すると、テーブルの上にティーポットにカップ、それにお茶菓子としてチョコレートのケーキが現れた。


「神様って言うのは、中々この部屋から出る事が出来なくてね。他にやることがないから、こういう事ばっかり上手くなっちゃうんだ」


 彼は慣れた手つきでお茶を淹れ、それをレイに差し出す。


「どうぞ、気分が落ち着くと思うよ」

「あ、ありがとうございます!」


 軽く震えた手でカップを手に取り、茶を飲む。すると、確かに気分は大分落ち着いた。

 神の方はケーキをとても嬉しそうに頬張っている。


 しばらくしてお互い、ケーキを食べ終えた頃。


「じゃあ、そろそろ本題に移ろうか」


 柔和な笑みから一転、真剣な表情に変わったのを見て、レイは気を引き締める。


「堕天使ルシファーのことは、知ってるよね」


 レイは頷く。


 堕天使ルシファー……かつては大天使であったが、悪魔へと身を落とした咎人。

 天界から姿を消した後、永らく消息が掴めていなかったが……


「そのルシファーの居所が分かった。そこへ行って、君に倒してもらいたい」

「えっ、俺……私が、ですか? なぜ……」


 魔に身を落としたとは言え、かつて騎士団の最高位である大天使に属していたルシファーだ。駆け出しの自分よりもこの任を与えるに相応しい者はいるはず……そうレイは考えた。


「大天使や、階級の高い天使には頼めない事情があってね。ルシファーの居場所が地上だったんだ」


 その一言でレイは理解した。


 騎士団の天使は、いくつかの階級に別れ、階級が上に行くほど当然天使としての力も強くなる。

 だが、今回はそれが問題なのだ。


 天使は、それぞれが体から法力と呼ばれる気を放っている。いわゆる魔法を使う際に使用する力だ。

 階級の高い天使は、大抵魔法の技術が高く、それは法力が高いという事とイコールである。


 だが、その法力は地上に住む人々にとっては力が強すぎるため、有害なのだ。


 その点、レイは特殊だった。魔法をほとんど使わないが、武器の扱いや体術の強さであれば、上の階級の者たちにも引けを取らない。

 地上での戦いに向いている。それが、今回彼が呼ばれた理由だろう。


「君に頼むしかないんだ。受けてくれるね?」

「はい! 必ず、やり遂げてみせます!」


 不安はある。だが、天界の主から直々に受けた使命だ。これほどの名誉はない。

 固い決意と共に、部屋を出ようとしたとき、神がレイを呼び止める。


「ごめん、もう一つお願いがあるんだ。これは個人的なことなんだけど……」

「な、なんでしょう」


 暫し間を置いて神は口を開く。


「君が向かう場所、とてもおいしいケーキ屋さんがあるそうなんだ。お小遣いあげるから、イチゴのショートケーキ、買ってきてくれないかな」


 レイの固い決意は、早くも揺らぎそうになった。



 悪魔は、太陽を嫌う。故に活動するのは夜。


 ルシファーが見つかったとの報告を受けた地に着いたレイは、昼間は手がかりを求めて街を回っていた。

 すると、ここ最近謎の死を遂げる女性が相次いで見つかっているとの情報を得た。


 血が一滴も残らず抜き取られた女性の死体が、この一週間の間に三人。それも皆街で美人と評判の者ばかりだという。


 堕天した際、追跡する天使に大怪我を負わされ、どこかに身を潜めて傷を治していたらしいルシファー。

 恐らくその時の傷が治ったのだろう。長らく身を潜めていたせいで、まともに食事も摂れなかったであろう彼が次に行うのは……食事。


 彼は自己愛が強かったと聞いている。そんな自分の食事に相応しいのは美女の血……といった理由だろう。


 そこまで情報を得たレイは夜を待った。




 その夜は雲が厚く、月や星の明かりがほとんど地上に届かなかった。

 人気のない裏路地で、当然明かりも有りはしない。こんな夜道を歩くのには相当な勇気が必要だろう。


 そんな中、一人この夜道を歩くものが居た。

 茶色のロングコートに身を包み、腰まで届く長い髪、つばの大きな帽子を被り、顔はよく見えないが、時折見えるその顔はとても整っていて相当な美形であろうことが伺えた。


「こんな暗い夜道を一人で歩くとは、随分と不用心ですねえお嬢さん」


 何者かから、後ろから声をかけられて足を止める。


 振り向くと、そこには一人の男が立っていた。

 彼は全身黒の衣装に身を包み、毒々しい紫の髪は肩まで伸ばされ、肌は不気味なほど白かった。


「そんなに迂闊だと、悪い奴に捕まってしまいますよ……私のような」


 狂気的な笑みを浮かべたその男は、そう言って目の前の人物に飛び掛かる。


 だが、襲われているというのに、その者は何か物事が上手くいったかのように笑みを浮かべた。


「迂闊なのはお前だよ、ルシファー」


 帽子を手に取り、それを襲い来るルシファーと呼んだ男へ投げつける。

 一瞬視界を奪われたルシファーは、地に着いた時には標的を見失っていた。


 直後、空を切る音が聞こえた。

 自分へ向けた攻撃の音、ルシファーはそれを見ることなく受け止める。


 攻撃の主は、深追いすることなくすぐにルシファーから離れ、距離を取った。


「貴様、何者だ……」


 コート姿の人物に、問いかける。


 問いかけられた当人は、不敵な笑みを浮かべると、自らの長い髪の先を、それを握り引っ張った。すると、長い黒髪が頭から離れた。



「何事も見た目だけで判断するのは良くないって事さ。いい勉強になっただろ?」


 ルシファーと対峙する赤髪の男……レイは、カツラを投げ捨てコートに手をかけながらそう言い放った。


 暫しの沈黙の後、二人は再びぶつかり合う。


 堕天したと言えどかつては大天使、真っ向から戦いを挑んでもまず勝つことは不可能だろう。

 だが、ルシファーは、レイが左手に持った脱いだコートを振り回し、視界を奪われるせいで攻めきれない。




 レイの思い通り、攻めあぐねるルシファー。

 そこへ彼は、コートをルシファーへ多い被せ、右手に持った法力の籠る片手剣を脇腹に向けて突き刺す。


 柔らかな肉に剣の切っ先が通っていく感触。それを確かめたレイは即座に短剣を引き抜き、再びルシファーから離れる。


 痛みに悶え、刺された脇腹を抑える堕天使。

 手に付着した自らの血を見て、彼は身を震わせる。


「この私に……傷をつけたな……私の、高貴な血を流させたなぁ!!」


 憎しみに満ちた黄色の瞳に、レイを映す。


 ルシファーの体の周りから、何か紋様の描かれた円が複数現れる。


 それを見て、即座にレイは身の危険を感じ、物影に隠れる。


 直後、円からは無数の光の矢が飛び出す。

 

 アスファルトの地面も、コンクリートで出来た建造物も、矢を受けたすべての場所が砕け散っている。



 光の矢、天使が扱う攻撃の魔法では基礎的なものではあるのだが、ルシファーはこの魔法の扱い一つだけで大天使の座へ上り詰めており、彼のそれは他の天使と比較にならない程に威力が高く、また一度に放たれる量も多かった。


 ルシファーは一度深呼吸すると、乱れた前髪を掻き揚げる。


「私としたことが……怒りに任せてあまり美しくない殺し方をしてしまったな」



 一つでもまともに食らえば間違いなく死だ。それだけの自信がルシファーにはあった。

 それに大量に矢を打ち込んだのだ、そう簡単に避けられるはずもない。あの男の息の根は確実に止めた筈。そう思った。


 そんなルシファーの視界の中で、純白の羽が数枚、舞い落ちる。


 鳥……? そんな筈は無い、こんな夜も深い時間に白鳥でも飛んできたというのか……自問自答の後、ルシファーは空を見上げる。


 そこには白く、巨大な翼を広げて空中を浮遊している、赤い髪の男の姿があった。


「貴様……天使だったのか」


 赤髪の男を見つめたルシファーは、不敵に口元を釣り上げた。



 間一髪だった。

 矢はすべて地上へ向けられていたおかげで、空への回避でなんとか一命を取り留めた。

 だだ、体力の消耗が激しい。それに、飛びあがる際に右足を怪我してしまった。これでは地上に降りても、まともに戦うどころか、逃げることさえ出来ない。

 この状況で、何よりもマズいのは天使であることがルシファーに知られてしまった事。


 相手は元大天使、天使との戦いは熟知している。当然、空中での戦いは相手の方が経験は上だろう。


 ルシファーは漆黒の翼を広げ、空へと飛びあがる。


 消耗した体で必死に飛ぼうにも、振り切ることは不可能……だが、それでもレイは雨の降りだした空へと更に上昇した。

 風が強く、飛行の姿勢が安定しなかったが、なんとか夜空を覆う厚い雲の中へと逃げ込んだ。


「なるほど、この中では私の矢は使えない……考えたじゃないか」


 光の矢は、水や霧の中では光が拡散してしまい使い物にならない。

 それを見越して、ルシファーの得意技の使えない状況へ追い込んだ……つもりだった。


 しかし、それだと言うのにルシファーは余裕の笑みを崩さない。それどころか、早くかかってこいと挑発しているようだった。

 


 ルシファーの首元に、レイの片手剣の刃が当たる。だが、それは肉を裂くことは出来ない。

 まるで、硬い物を切りつけたように、剣からの振動がレイの手元に伝わってくる。


「矢を封じたのは、いい手だった。……だが、所詮は下級天使の考えることなどその程度だ」


 嘲笑うように、ルシファーはそうレイに告げる。

 その直後、腹部に鉄球を叩きつけられたかのような衝撃を受け、レイは後方へ吹き飛んだ。


 いったい何が……意識の薄れだした頭で、必死に現状を把握しようとする。


「戦士は常に、自分の手の内を隠しておくものだよ。まあ、そもそもこれは私の主義に反するってだけだけど……ね!」


 もう一度受けた拳の一撃……レイの意識はそこで完全に途切れた。

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