第四話 カディル=ルベカの結論
皆様、はじめまして。
ルベカ公爵家嫡子カディル=ルベカと申します。
入学して約2か月になります。
新入生歓迎の意味を込めて交流会が行われています。
…今日、この日をどれだけ待っていたか!
思わず嬉しさのあまり涙を浮かべてしまいましたが、中等部から持ち上がりのクラスメイトの方々が肩を叩いて慰めてくださいました。
皆さんが優しく良識ある方々で僕は非常に嬉しいです。
これも全て姉上のおかげです。
姉上は、波打つ金の髪にちょっと垂れた紫水晶のような瞳をし、領内外でも絶世の美姫と評判です。さらに、学園内では常に学年首席であり、希少な精霊術使いでありながら精霊クラスではなく、一般クラスで魔術使いとしての修練にも力を入れる努力家です。
精霊術使いとしても魔術使いとしても学園内で五指に入る腕として高い評価を得て、身分の上下関係なく広い交友関係、学年に関係なく騒動を解決していたりと先生方にも信頼されています。
さすが、僕の姉上です。
父上に一番似ているのは姉上ですから。
…なので、姉上が跡を継ぐべきだと思うんですが、残念ながら女性に継承権がないので仕方ないですね。
「ふん、また偉く派手な髪留めだな。どれだけつぎ込んだんだか」
…姉上の素晴らしさに心が満たされていたというのに、不愉快極まりない声に邪魔されました。
というか、王族でありながら目利きもできないんですか。いつか騙されたらどうするんですか。
僕には関係ないですが。
話しかけられたわけではないので、スルーしておきます。視線はがっつり突き刺さってますけど。
あぁ、同級の方々が困惑して緊張した表情をしていらっしゃいます。
無駄に周囲を威圧するなんて、王族として失格じゃないでしょうか。
「あ、ブラウ先輩。お久しぶりです」
「…おぅ」
知り合いである3年生のブラウ=グエン先輩を見つけたので、声をかけたらひきつった表情で応えられてしまいました。
気持ちは分かりますが、しょうがないじゃないですか。
ずっと相手をしてるのは疲れるんです。
刈り上げた灰色の髪と吊り目がちな翠の瞳をしたブラウ先輩は、3年生で一番背が高いらしく平均でしかない僕は結構な角度で見上げるしかありません。…悔しくなんてないです。
武門であるグエン公爵家の出身でいらっしゃいますが、三男である為か自由気ままに行動なさっていらっしゃいます。ちなみに、公爵ご本人は軍元帥で、武辺者を自称して政治には一切関与しておられません。いっそ清々しいです。
ですから、ブラウ先輩も武に長けた方ですが、ご本人としては法務官志望だそうです。筆記試験では上位3人に必ず名前が挙がり、文武両道を体現しておられます。……羨ましくなんてないです。
ちなみに、知り合った経緯は姉上経由です。正確には、姉上から姉上の婚約者である義兄上、そして、ブラウ先輩ですが。
え、姉上の婚約者? 言っておきますが貴族の方じゃないですよ。えぇ、平民です。
ブラウ先輩とは無二の親友でいらっしゃいます。
「義兄上はどちらですか? 探しているんですが」
「何か用なのか? レイズなら主催者の一人だから、裏方指示してたぞ。中等部生が手伝いに来てるから監督者は必要だしな」
「そうなんですか。…そういえば、どうしてブラウ先輩は主催者じゃないんですか」
「こういうのは苦手だからな、レイズに押し付けた」
「…そのせいで義兄上が忙しかったんですね。姉上が会う時間が減ったと落ち込んでたんですが」
「あぁ~…。レイズにもにらまれたし、ここ一週間は口もきいてもらえてねぇわ。それが理由か」
何か貢いどくか、って言ってますが下手な事すると鉄拳制裁されると思いますよ。
分かってらっしゃると思いますが。
というか、さっきまでは気にしてたのに、今では開き直って僕と一緒に無視してていいんですか?
あ、いいんですか。ぶっちゃけ面倒なんでしょう。
「外道なルベカ公爵家と懇意にするなど、賢明なグエン公爵も耄碌したな」
…何がしたいんでしょうね、この人。
グエン公爵閣下と言えば清廉潔白で陛下が兄と慕う傑物ですよ。そんな方を貶めるような発言は敵を作るだけだと分からないんでしょうか。
…分からないから今なんでしょうね。
あぁ、穏やかなブラウ先輩の目が剣呑に光ってますよ。
王族であることを感謝すべきですね。そうでなければ、この場で決闘を申し込まれてますよ。
「ブラウ先輩、僕は理解が出来ない言葉があるんですが」
「…なんだ」
声が低くて怖いですよ、先輩。
「我が家と外道って結びつくんでしょうか」
「12年前なら結びついたんじゃないのか」
「…痛い所を。いえ、そうではなくてですね」
「分かってる。今のルベカ公爵家を知っている者が、外道などとはけして言わないだろう。そもそも、そんな言葉を使えば王への不信と翻意有りとみなされてもおかしくないんだ。妬みだろうが逆恨みだろうが口にするにはリスクが高すぎる」
下手したら、一家が路頭に迷いますよね。
無視して話している僕達に苛立ったようですね。
でも、しょうがないと思うんですよ。
僕達には覚えがないし、的外れな罵倒に反応すると調子に乗りそうですし。
「貴様らっ、殿下からお声をかけていただいているというのに無視するとはどういう了見だ!」
「常識を知らない外道の子供じみた嫉妬でしょう。ぼく達と違って、アンネに毛嫌いされてますから」
…チョットリカイデキマセンネー。
しまった、キャラを忘れて現実逃避するところでした。
嫉妬ってなんでしたっけ?
というか、誰が誰に嫉妬? その理由は?
え、まさか、僕があのキチガ…ごほん、サベラ子爵令嬢に懸想していると思われてるんですか?
ありえないですね。何度生まれ変わっても、天地がひっくり返っても、魔王によって世界が破壊されてもないです。…そう思われているというだけで鳥肌が。
そもそも、僕の初恋は姉上です。理想と現実は違うとはいえ、月とヘドロ並に差があるのに好意を抱くなんてあるわけないでしょう。
というか、僕は入学式で初めて会ったんですが。
実の姉を罵倒されたのに、僕がサベラ子爵令嬢に好意を抱くとどうして思えたんですかね、このおバカさん達は。
ついでに言えば、意味の分からない発言は耳にしましたが、ルイード殿下から声をかけられた覚えはありません。
「さっきから、大きな独り言が聞こえるんですが聞かなかったふりをした方が良いですよね」
「そうだな。無意識だった場合、聞こえているとは思っていないだろうから恥ずかしい思いをするだろう」
「思いやりですよね」
「優しさだな」
普段公平で温厚な方ほど怒ると怖いんですよね。
「…相手、王族ですけどいいんですか?」
「それはお前もだろ」
「父上から、相手が誰だろうと臨機応変さを忘れず外道を許すな、と言われてますので。あと、王族だろうが気にするな、とも」
「…男前」
そうでしょう?! 僕の父上は世界一なんです!!
もう超絶格好いいんですから。
短く切られた銀色の髪も鋭い銀灰色の瞳も絶世と称するべき美貌も父上を飾る物でしかないんです。本当に素晴らしいのはお人柄なんです!
…すみません、ちょっと暴走してしまいました。あ、これ、一応小声ですから殿下方には聞こえてませんよ。
「やはり、外道に育てられた者は外道に育つんだな。なぁ、カディル=ルベカ」
…ハハハハハハ。
何ですか、ブラウ先輩。どうして腕をつかむんですか。
安心してください。僕の腕っ節はおそらく学校では底辺もいいところですよ。どう考えても返り討ちにあうんですからとびかかったりしませんって。
…察していただけたのは嬉しいんですが、それもそうか、と納得されるのは微妙に悲しいんですが。
「子は親の背を見て育つと言いますからね。ですが、それがどうかなさいましたか? ルイード殿下」
名指しされたら答えないわけにいかないじゃないですか、面倒な。
侮蔑の眼差しですねぇ。どっちかと言えば僕がそれを向けたいんですが。
「自覚がないというのが最悪だな。そんな有様でアンネに近づこうなどと愚かしいにもほどがある」
「…わぁぉ」
思わず変な声が出ましたよ。
さっきの父上への暴言が若干吹っ飛ぶくらいでした。
いや、だって―――気持ち悪っ!
あのキチガイに近づくこと想像したら気持ち悪い!
恋は盲目って本当なんですね。自分が惚れた女だから他も惚れると思うなんて。
確かに、一般的には美少女の類かもしれませんが、僕の理想は高いんです。
表立って敵対するのはいかがかとは思っていましたが、これだけははっきり訂正しておかなくては。
え、今までのはって? 嫌ですね。存在を認識していない人とどうやって敵対するっていうんです?
「殿下、何を勘違いなさっているのかわかりませんが、僕の理想は高いのでキチ…サベラ子爵令嬢には興味がないんです」
怒りを浮かべられましたけど、どうしてでしょうか?
「理想は姉上ですから。サベラ子爵令嬢には全く興味はないんです。ご安心ください」
…背後で諸先輩方が噴出して持ち上がりの同輩達が全力同意してくれました。
というか、先輩方はどういう意味ですか。
「確かに理想高い」「それじゃぁ嫁がこねぇって」「面白そうだから拡散しようぜ」「お、そうだな」「女子の心折れるだろ、ルベカ公爵家なんて一番のねらい目なのに」「その分こっちが有利になるんだからいいんじゃね?」「それもそうだな、全力で拡散しようぜ」―――他にも色々聞こえましたけど、概ね姉上への高い評価ですから、噴き出したことは流しておきます。
ノリの良い方々ですね。今後も仲良くさせてもらいましょう。
「…アンネが、お前の姉如きに劣るとでもいうつもりか」
「はい」
あ、思わずきっぱりと返事してしまいました。
ブラウ先輩、笑うなら全力でどうぞ。堪えすぎて息できてないでしょう。
「殿下、盲目的になるほどに想う方がいらっしゃるのは結構ですが、自分勝手な思い込みで他人に当たり散らすのはやめていただきたいです。そんな態度を取り続けるのは、ご自分の立場を悪くするだけで利はないですよ。王妃陛下のお子であられる御身が背負う責任を、ご理解下さい」
何とか取り繕いたいんですが、無理ですよね。それは良いんです。
僕は真っ当な意見しかしてないんですが、どうしてそんな憎々しげな眼で見られなくてはならないのでしょうか。
「…結局は、貴様も王族に媚を売るしかない能無しか」
どこをどう取ったらそうなるんでしょうか。
というか、媚を売るのは普通じゃないですかね。ひょんなことで叩き潰されかねないのが貴族なんですから、生き残るためには力ある誰かを利用するのは当然でしょう。
その代わり、利用された方も利用したらいいと思うんですよね。
利用もできない能無しだったら、切り捨てればいいだけですし。
…僕は確かにまだなんの力もないし実績もありませんが、能無しとされるのはごめんです。
「どうせ、姉を私の妃にし、父に宮廷を牛耳らせる思惑なのだろう。外道一族のすることは悪辣だな」
…このバカは、周囲の空気が読めないんですね。
自分にどれほどの価値があると思っておられるのでしょう。
はっきり言って、王妃腹という価値しかないんですけどね。
そんなバカに、どうして大切な姉をくれてやらなくちゃいけないんですか。
というか、姉上にはすでにお相手がいるというのに。
王族なら、その辺の情報収集はしっかりしておくべきでしょう。内々の話とはいえ。
陛下も王妃陛下もオーガスタス殿下もご存じでいらっしゃるのに。
「遅れてすまないな、カディル、ブラウ」
…もう少しで怒鳴り散らすところでした。
タイミングよく抑えてくださる何て、さすがです!
「おい、なんでおれが後回しなんだ」
「自分の胸に手を当ててみろ」
「…すまん」
仲が良いですね。
声をかけてくださったのは、3年首席であり主催者の一人であるレイズ・マール先輩。
商家の三男として生まれた平民でありながら、文武共に学年首席を維持し近衛師団紫紺隊への入隊が内定している努力と才能を併せ持った凄い方です。
誉れ高いグエン公爵にも可愛がられ、父上にも認められた傑物足る方であり、何を隠そう、姉上の婚約者であり僕の未来の義兄です。
「お久しぶりです、義兄上」
「あぁ、久しぶりだな、カディル」
わざと周囲にも聞こえるように大きく言ってみました。
諸先輩方も関係は分かっていますが、婚約したことまでは知らないので驚いたように目を見開いた後で笑顔を浮かべておられます。
「無礼なっ」
「殿下を後回しにするなど不敬にもほどがあります」
…聞こえてなかったんでしょうかね。
確かに、通常なら正しい言い分ですが、ここがどこか忘れてるんですかね。
「お前達はただの新入生でしかない。目上に対する言葉遣いを心掛けろ。…初対面の人間より先に身内に声をかけて咎められるいわれはない」
「私は王太子だぞ!」
「勘違いをするな。王太子となると見込まれているだけで、立太子をしていない未成年が。自称するのなら、それに相応しい態度をしろ」
「無礼者がっ!!」
底なしのバカが。
本来、学生に帯剣は許されていません。
学園内では身分や家柄に関わらず生徒はみな平等であると謳っているので、身分を笠に着るのはバカのすることです。まぁ、その時々に応じて内実は変わってしまうんですが、現状、王族に次ぐ大貴族であるブラウ先輩や姉上が平等(ある程度の上下関係はありますが)を心掛けているので、身分を振りかざす貴族至上主義の方々は影が薄い傾向にあります。
その為、身分ある方が自衛の為と言えども武器を携帯することは出来ないのです。魔術付与された装身具は物によっては許可されますが。
そんな場所で、身分を笠に着て武器を携帯するだけでなく、逆ギレして抜剣するとかバカと罵るにはバカに申し訳ないくらいです。
「…ご自分が背負っておられる責任をご理解ください、と言いましたよね?」
義兄上に剣を向けるとか許しがたい愚行ですが、穏便に止めなくてはいけません。
ひとまず、剣を握っている手首を捕まえてひねりあげます。
…悲鳴を上げないでください。
僕はそんなに力はないですし、武術に関しては素人に毛が生えた程度なんですから、悲鳴を上げられるようなことは一切してません。
「殿下に対して武力行使か、反逆者めっ!」
うおぅ、そうなりますか。
不敬であることは認めますが、反逆者呼ばわりされるいわれはないんですが。
それとも、大人しく斬られるのが忠義だとでもいうつもりなんでしょうか。
マゾじゃないんでお断りです。
「僕がいつ武力を行使したのか詳細にご説明願いたいところですが、どうせまともな言葉は返ってこないと思うのでどうでも良いです。ひとまず、どうなさいますか、義兄上」
「主催者としては、暴れる客を放置しておくわけにはいかないな。退室願おう」
「もっともな判断だな」
ですよねぇ。
後ろの方で主催者のもう一人の3年生と2年生の二人がほっとしたように息をついていらっしゃいます。
警備をしていらっしゃる騎士の方が近づいてこられます。
やれやれと言いたげですね。もう一人の騎士の方は、はらはらとしていらっしゃいます。
普通はそうでしょう。相手は王族ですから。
「カウン殿」
「一応、オーガスタス殿下に報告しておくから安心しておけ」
「ありがとうございます」
あぁ、どこかで見たことがあると思ったら、オーガスタス殿下付きの近衛騎士の方ですね。
平民出身のウィリアム・カウン殿。平民出身で王族付にまでなったのは彼が初だそうです。
この方なら、問題はないでしょう。
あのオーガスタス殿下のお気に入りですし。…彼にとって良かったのかわかりませんが。
あ、すごい憎らしげにウィリアム殿を睨んでいます。
平民が嫌いなんでしょうか。それとも、オーガスタス殿下が嫌いなんでしょうか。
…腹違いの兄弟ですから、仲が悪くても致し方ないかもしれませんが、そんな話聞いたことないんですけど。
ま、この様子なら仲が悪くてもルイード殿下の一人相撲でしょうけど。
…喚きながら丁寧においやられてますね。
なんだかどっと疲れました。
あんな見当違いな当たられ方は久しぶりすぎて呆れてしまいました。
言葉が通じない人の相手は大変です。
…しかも、同じクラスですし。
思わずため息が出てしまいましたが、義兄上とブラウ先輩にそれぞれ肩を叩かれました。
慰めてくださるのは嬉しいんですが、つまりはそれ以上の手出しはしないってことですよね。
…よし、決めました。
王太子認定の際、僕は絶対にオーガスタス殿下を推します。
父上がどうお考えかは分かりませんが、今回の事はしっかり報告した上で両王子のどちらを王太子にされるかお決めいただきましょう。
ひとまず、あのバカ王子に忠誠を誓うとか無理です。
絶対に嫌です。