第三話
合同サロン開催日、高等部女子生徒が全員集まっています。
もちろん、アンネ=サベラ嬢はいませんが。
サロンはセレモニー会場で行われます。
貴族ならば交流のある家柄の方がいますから、その先輩の元へと新入生達は案内されます。わたくしの元にも、父上の学園時代のご友人や先輩のご令嬢方を中心にいらっしゃっています。
マリア様もいらっしゃるからか、平民出身の方々も集まっておられます。
曖昧とはいえ主催者ごとにブースが分かれていますが、行き来は簡単にできます。
入学式の一件を知らない新入生の方はいないのでしょう。
ちらちらと視線を方々に向けていらっしゃる方が多いです。
ちなみに、招待状を持っていないとセレモニー会場には入れません。
全員招待が当然なのですが、そこは形式上と申しますか。たまに、今回の様に世間知らずな態度で上級生の方を怒らせる新入生がいらっしゃるようで…。
前例の方々はまだ可愛らしい間違いでいらっしゃったようですが。
「貴方、お話がありますいらっしゃい」
あら、マリア様がお連れになった新入生の方が緊張したまま固まっていらっしゃいます。
甘い物は平気でしょうか。
薦めてみたら手に取っていただけました。少し頬が緩んで、可愛らしいです。
「セネラ=ルベカ公爵令嬢っ!」
「はい、何でしょうか。スウェレ侯爵令嬢様」
サロンの場で怒鳴り声を上げるだなんてはしたない。
あからさまな溜息をついたら、ジュリア=スウェレ嬢は顔を真っ赤になさいました。
全体的に丸いお体と相まって、少々滑稽に映ります。
ジュリア=スウェレ嬢は、スウェレ侯爵家の三女で3年生です。この方の上のお姉さまは、ポール=スレイズ様のお兄様のご婚約者でしたが、今は修道院にいらっしゃるそうで。わたくしには関係ありませんが。
「無視するだなんて、無礼にもほどがあります」
「申し訳ございません。『貴方』と呼びかけられただけでは、わたくしの事だとはわかりませんわ。わたくしには、セネラと言う名がございますので」
この場には『貴方』という名前のご令嬢はいらっしゃいませんから返事をする方はいらっしゃいません。
…本当のことを言っただけで、怒りの目を向けられるいわれはないのですけど。
それに、ジュリア=スウェレ様の後ろには文字通りの招かれざる客がいらっしゃいますから、相手にしたくないのが本音です。
どうしているのかは、分かります。ちょっと信じたくはありませんけど。
「どうせ、貴方の差し金でいらっしゃるのでしょう」
「何がでしょうか?」
「アンネ=サベラ嬢にだけ、招待状を出さないという姑息で大人げないことをです」
姑息で、大人げない、ですか。
確かにその通りです。否定のしようがありません。
ですが、それは招かれなかった方に非がない、単純な嫌がらせであれば、の話です。
「ジュリア=スウェレ様、お答えする前にまずお聞きしたいのですけれど、招待状のないアンネ=サベラ嬢がどうしてここにいらっしゃるのでしょうか」
「ワタシが招きました。姑息ないじめにあっている後輩を助けるのは、当然ですもの」
…マァ、ナンテゴリッパナ。
というか、胸を張られますと思わず涙を誘うほどに慎ましい胸元が強調されてしまいますけれど…。
本音はルイード殿下と誼を通じたいのでしょう。
お姉様の一件で名誉が落とされておしまいですから。スレイズ辺境伯家からも睨まれておられますし、自らルイード殿下に近づくのは難しいですもの。
ただ、とてつもないバカですね。
離れたところで、3年生の主催者が頭を抱えていらっしゃいます。
確か、騎士のお家柄の出身で、後宮警護を担う近衛騎士団白百合隊に内定していらっしゃったはずです。栄誉ある未来が約束されているというのに、同級生の愚行で頭を痛めることになろうとは…。
今度、甘い物でも差し入れしましょう。無類の甘党でいらっしゃるとお聞きしましたし。
「そうですか。では、ご退室お願いいたします」
ぽかんとした顔してらっしゃいますけど、淑女のなさっていい表情ではございません。
思わずため息をついてしまいましたけれど、アンネ=サベラ嬢が目をつり上げていらっしゃいます。
あら、怖い。
「気に入らない人間を権力で排除しようとするなんてっ!」
アンネ=サベラ嬢、わたくしがいつ権力を使ったのかご説明いただきたいのですけど。
と言うより、わたくしにどんな権力があると思っていらっしゃるのでしょうね、このおバカさん。
確かに、立場上、発言における影響力と言う点では多大な物があると自覚しておりますが、現状、わたくしは常識的な発言をしたまでです。
「いくら公爵家でも、何をしてもいいわけではないのよ!」
その通りです。貴方に言われるとは思っておりませんでした。
「気遣ってくださったジュリア様を無視したり、追い出そうとするなんて最低っ!」
無視したのは否定しませんが、いつ追い出そうとしたのでしょう。
あ、文句はそれだけですか。そうですか。
じゃぁ、わたくしが話しても問題ございませんね。
「マリア様」
「はい」
「わたくし、最低ですか?」
「いいえ。非常に真っ当で常識的です。最上の淑女と称賛されるのは当然と思われます。現時点で、非常識なのはスウェレ侯爵令嬢とサベラ子爵令嬢なので、セネラ様には一切の非はないです」
いえ、そこまでの念押しと断言は求めていなかったのですが、無二の友に全面肯定されるのは嬉しいですね。
…何故そんなに驚いた顔をされるのでしょう?
アンネ=サベラ嬢の中でわたくし達はどうなっているのでしょうか。
あ、にらまれました。
「脅して庇わせるなんてっ」
…なるほど、理解しました。
彼女の中で、わたくしとマリア様は友人ではなく主従、それも奴隷的扱いをする非道な主人と言った所でしょう。
バカバカしい。
マリア様同様に平民出身の新入生の方々は高等部からですから、半信半疑で混乱なさっておられますが中等部から通っていらっしゃる方々はあきれ果てていらっしゃいます。
「身分があるからって、自分より下の人達を使って汚い事をするなんて、人として最低よ!」
「黙りなさい」
……出遅れました。
いい加減限界だったのですが、先にマリア様がキレてしまわれたようです。
背後で、小さく新入生の方々(おそらく持ち上がり)が「言ってやってくださいませ、マリア様!」「わたし達の憧れであるセネラ様を侮辱するなど言語道断ですわ!」「ルイード殿下をはじめイケメン達に囲まれて調子に乗ってるおバカさんを懲らしめてやってくださいまし!」とか言ってます。
…最後の方、それは完全なる嫉妬ではございませんか? 別にかまいませんが。
「サベラ子爵令嬢、招待されてもいないにもかかわらず堂々と入場した上、主催者であるセネラ様を罵倒するなど、非常識極まりない。恥を知りなさい」
マリア様の言葉に呆然となさったアンネ=サベラ嬢は、憎々しげな眼差しを向けてこられます。
…これを聞いても、わたくしが脅していると思うのですからすごいです。
「スウェレ侯爵令嬢、貴方は招待された身ですが、主催者が十分な理由をもって招待客から外したサベラ子爵令嬢を独断で招くなど、非礼とすらいえません。中等部からやり直されたらいかがですか」
ジュリア=スウェレ嬢に対しては、特に辛辣ですね。
正論ですが。
主催者が、招いて当然の立場にある方を招かない場合、よほどの理由があると考えるべきです。ただの嫌がらせという場合も無きにしも非ずですが、それをするのもみっともない事ですのでちゃんとした理由がある場合が圧倒的に多いのです。
それを無視して、招待客が招くだなんてあってはなりません。主催者への侮辱です。
「招かれざる客と非常識な客。ちょうどいい組み合わせでいらっしゃいますから、サロンから出られてお二人でお話しなさってはいかがですか?」
「へ、平民風情が…」
「わたし、確かに農家の出身ですが、見下されるいわれはありません。あぁ、そうそう、サベラ子爵令嬢、貴方がなさった侮辱、わたしは忘れませんから」
「あたしがいつ、貴方を侮辱したのよ! そいつに脅されてるんでしょ! 気に入らない奴への嫌がらせとか命令されて来たんでしょ。ずっと嫌だったんでしょ。あたしが助けてあげる!」
「それ以上、ふざけた言葉であたくしの親友達を侮辱しないでくださいな」
あら、エレニア様もいらっしゃったんですか。
「サベラ子爵令嬢、貴方が何をもってセネラ様やマリア様を侮辱しているのか、あたくしにはわかりませんわ。ですが、この場において非常識極まりない貴方の存在は非常に迷惑です。出て行きなさい」
後ろにご友人の令嬢方を従えていらっしゃるお姿は、何とも頼もしく威厳溢れるものです。
ただ、アンネ=サベラ嬢にとっては違ったようですね。
「なんであんたに命令されないといけないのよ!」
「あたくしは主催者の一人です。良識ある方々の環境を守り、過ごしやすい空間を作るのは義務ですわ。言っておきますが、貴方に招待状を出さなかったのは、3年生の主催者の方々も同意の上でいらっしゃいます。理由は、言わないと分からないでいらっしゃるようですけれど、自覚なさっていただかないと意味がございませんのであえて言いませんわ。…卒業までには、ご理解いただきたいものですわね」
エレニア様がため息混じりに言いつつ視線を走らせれば、警備にあたっていらっしゃった騎士の方が苦笑して近づいてこられました。
アンネ=サベラ嬢に遠慮しておられたようですが、ここで動かないわけにはいきませんね。
エレニア様を蔑ろにするのは、アンネ=サベラ嬢が癇癪を起すよりも重要ですもの。
「令嬢方、騒ぎを起こされるのでしたらご退出願います」
「なっ! 騎士風情が、ワタシに意見する気?! ワタシはスウェレ侯爵家の娘よ!」
「わたくしはルベカ公爵家の娘ですが?」
あら、静かになってしまいました。
我がルベカ家より上の家系は現状王家ぐらいですから、家柄を盾にすれば跳ね返ってくるだけですのに。
呆然と固まってしまわれましたけれど、ここで手を緩めるなんてことはしません。
「スウェレ侯爵令嬢様。わたくし、自分の事はどれだけ言われてもかまいません。ですが、大切な親友を平民風情と罵られて黙ってはいられませんわ。大地と共に生き、日々の糧を提供してくださる国家の基盤たる農民の方々を侮辱するなど、貴族として言語道断。恥をお知りなさい」
アンネ=サベラ嬢、かなり驚いた顔をなさっておいでですけど、一度貴方の中のわたくしを見てみたい気がします。
「サベラ子爵令嬢様。助けてあげる、と仰っておられましたけれど、随分と上から目線ですね。そのお言葉自体が、相手を見下していると気付かない貴方に何を言われても心に響きません。事実無根ですから。世間知らずの妄想癖に付き合う気はございません。お身内に世間をよくお知りの方がいらっしゃるのですから、お話をされてはいかがです? まぁ、どうなっても知りませんが」
お話をしに行ったら、お身内の方ではなくその上の方にいじめられることは明白ですけど。
エレニア様に喧嘩を売っておしまいですし…。
「わたくし、罵倒してくる方に懇切丁寧に弁明や説明をするほど親切ではありませんから」
このままで変わらずにいても、恥をかいてまずい立場になるのはアンネ=サベラ嬢ですし。
わたくしは被害者ですから。
では、さっさとご退場していただきましょう。
これ以上雰囲気を壊されるのは嫌ですから。
「そんなに王太子妃になりたいの!」
…この方、頭大丈夫でしょうか。
騎士の方にお願いしようとしましたら、妙な事を口走られてしまいました。
周囲が見えていらっしゃるのでしょうか。騎士の方が「はぁ?!」と言いたげな表情をしていらっしゃいますよ。
そういえば、入学式でもそんなことを仰ってましたが、何を根拠に仰ってるんでしょう。
「…はぁ」
あ、思わずため息をついてしまいました。はしたない。
…なんだか癇に障ったようですね。目をつり上げていらっしゃいます。
「あんたも!」
今度はエレニア様ですか。
「公爵家に取り入って、隙あらば王太子妃になろうとしてるくせに!」
…一瞬、時間が停止したように錯覚したのはわたくしだけではないでしょう。
あぁ、エレニア様、そんなに蒼白になられないでください。
大丈夫ですわ。わたくし達はエレニア様の味方です。えぇ、絶対、何があろうとも。
エレニア様の顔色が優れないのを、身勝手な解釈をなさったようですね。
自信満々に胸を張っておられます。…どうしましょう、ジュリア=スウェレ嬢より慎ましくて思わず憐れんでしまいました。
「サベラ子爵令嬢、その言葉、今後は慎みなさい」
マリア様、お声が震えておいでです。気持ちは分かります。
当事者であるエレニア様ほどではありませんが、エレニア様を思えばどうしても恐怖心が湧いてしまいます。
「ふん、あんたもそいつらの仲間なんでしょ。助けてあげようと思ったけど、だったら良いわ! 絶対に化けの皮剥いでやるんだから!」
キチガイの仰ることは理解できません。
これ以上話すのは無駄な気がします。
「貴方と話していると、気が変になりそうです。貴方が仰る王太子殿下がどなたかは存じませんが、これだけは言っておきます」
内定はしていても、立太子していらっしゃいませんしね、ルイード殿下。
「王太子妃などに興味はございません。それに、わたくしはついこの間、想う方との婚約が決まりましたし、エレニア様も2年前に婚約を済ませておいでです」
眉を寄せてさらに怒ってしまわれた様子…。これ、確実に超解釈をなさってますね。
「ルイード殿下がご存じでないとは思っておりませんでした。エレニア様のご婚約者は、オーガスタス殿下でいらっしゃいますのに」
皆様(騎士の方も含みます)が力強く何度も頷いてくださったので、さすがにアンネ=サベラ嬢も真実だと思われたでしょう。
「貴方の発言は、オーガスタス殿下への侮辱にもなりえますから、ご自分のお言葉に対する責任を自覚してお慎みください。それでは、ごきげんよう」
もうとっとと出て行ってもらいましょう。
何やらわめいていらっしゃいますが、騎士の方も呆れたというか見下した感じで適当にあしらってほとんど引きずっておられますね。
さて、わたくし達は蒼白になって涙目のエレニア様をお慰めしなくては。
…勘違いならば正せますが、キチガイは対処のしようがありません。
いっそ、子爵家を潰してしまいたいですが、そうもいきません。
どうしてやりましょうか、あのキチガイ女…。
次は弟視点です。