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第二話


 喧嘩を売られた入学式から1ヶ月が経ちました。

 頓珍漢な罵倒をして来た女子生徒・アンネ=サベラ嬢は、精霊クラスの生徒ですから滅多に会うことはありません。


 精霊クラス、というのは精霊術使いの専用クラスなのです。

 希少な精霊術使いは、その特異な術式の為に一般クラスと棟から別にされているのです。

 アンネ=サベラ嬢は、光の高位精霊様と契約していらっしゃるようです。

 意外とハイスペックでいらっしゃいます。

 ただ、頭の方は残念なようですが。


 基本的に、精霊クラスと一般クラスは遭遇することはありません。

 精霊術と魔術は全く様式が異なりますから、練習場所も全く別なのです。

 だというのに、アンネ=サベラ嬢は何故か一般クラス棟に良く出没されます。

 確かに時間割は同じですから休み時間にやってくることは可能です。しかし、精霊術使いは魔術使いと違って精神的鍛錬が何よりも重要となってきます。いえ、魔術使いにとっても精神的鍛錬は必須なのですが、それ以上に。

 わたくしは中等部から学園におりますので、精霊クラスの生徒の方々が休み時間には瞑想室にこもられて、契約している精霊様と語り合ったり術視野を広げるイメージトレーニングをなさったりしていらっしゃるのを知っております。

 どんなに優秀な方でも、精霊様の相互理解と自らを高める努力を怠ることはなさいません。

 それなのに、アンネ=サベラ嬢は休み時間の度に一般クラス棟にやってきては、特定の方々の時間を独占して談笑し、時間ぎりぎりまで居座って帰っていかれます。

 この行動自体、問題が大ありである規則にのっとって関係のない生徒の方々まで被害をこうむっておられます。

 先生方も、非がない生徒には同情的なのですが、教師自らが規則を疎かにすることはできないのでしょう。本来、生徒の生活態度点を引かなくてはならないところを、臨時課題を出すということで変化なしにしてくださっているようです。

 ペナルティを与えた、という建前を作っておられるのでしょう。

 先生方の苦肉の策に、被害生徒の方々は不満そうではありますが温情であると理解しているようです。文句を口から出すことは一切せず、黙々と取り組んでおられます。

 原因の方々は一切していないようですが。


 さて、これらのことは入学したばかりの1年生の話です。

 なのに、何故わたくしが詳細に知っているのか?

 簡単です。

 わたくしの可愛い可愛いカディルが原因の方々と同じクラスだからです。

 ……腹立たしい。


 相手が相手ですので、カディルも何も言わずに来たらしいのです。

 ですが、ついに堪忍袋の緒が切れてしまったようで…。


「王族貴族の責務を忘れ、自らの権力を振りかざし、好き勝手に振る舞うバカ達のとばっちりを、どうして僕達が受けなくちゃいけないんですか!」


 わたくし主催のサロンで、盛大に愚痴っています。

 なんだか、とっても聞き覚えのあるセリフです。以前と違ってわたくしも皆様も深く頷いていますが。


 サロンは人脈形成と情報交換の場である為、高等部生徒にはサロンを開く義務があります。貴族出身で諸侯クラスでなくては無理ですが。ちなみに、費用は規定の額が学園から支給され、それ以上かかる場合は自費となります。

 本来、サロンは女性の憩いの場なのですが、今回、事情を話して特別にカディルの参加を皆様に許可していただきました。別に男子禁制ではないので、問題はないですが事前にお伝えするのは礼儀です。


 大抵は温室で開く方が多いのですが、わたくしは父上の影響で庭園に分厚い敷布を敷き詰めて座るスタイルで開いています。フカフカのソファに座っているよりも、ずっとリラックスできるんです。

 …父上とカディルと三人でピクニックによく行ったものです。


 最初は抵抗感が強い方が多かったのですが、今ではお気に入りのクッションやショールなどを持ってきて、手芸自慢の場にもなって楽しんでくださっています。

 今も、春らしい淡い色合いの手製のショールやひざ掛けを皆様持ち寄っておられます。

 カディルが参加することを知って、皆様で話し合ってご用意してくださったクッションは、わたくしの親友であるマリア・シェネ様のお手製です。


「もう我慢できなくて、僕が慎んでくれるように言ったらなんていったと思いますか、彼女?!」


 聞かれてもわかりませんよ、カディル。

 とはさすがに言いません。分かっていても言わずにおれないほど、鬱憤がたまりにたまっているのでしょう。


「親しい友人と談笑しているだけなのに文句を言われる筋合いはない、ですよ?! 確かに、それはその通りですが、それを言うなら節度ある行動をしていらっしゃる姉上のご友人方のような淑女となってからにしてほしいと思う僕は間違ってますか!」


 さらりと皆様をほめましたね、この子。

 確かにその通りですけど、カディルの恐ろしい所はこれを計算で言っていないところです。

 褒めるべきところは褒め、窘めるべきところは窘める。人を見る目のある、人の良い所を見つけることのできる弟で、わたくしは嬉しいです。


 …いけません。カディルが良い子すぎて、話が脱線するところでした。


「全くもってその通りです。ところで、カディル、それだけではないのでは? その程度で、そこまで怒らないでしょう?」


 実は愚痴り始めてからずっと不思議でした。


 カディルは努力家です。

 残念ながら、武芸は得手ではないようですが非常に勉強熱心で博学です。

 その過程で、思うようにいかないままならなさに歯がゆい思いをしたのは一度や二度ではありません。わたくしにも覚えがあります。

 そこで短気になっては出来ることもできなくなる、と父上に諭されわたくしもカディルも苦手な事にも根気よく向かい合ってきました。

 そのおかげ、と言うべきでしょうか。

 わたくしもカディルも滅多な事では苛立つことも腹立たしく感じることもなくなっていました。不愉快には思いますが、表に出さなくてはならない程に溜まった怒りを抱くことはほぼありません。


 中等部でそれを知っていらっしゃる皆様は、わたくしの言葉に大きく頷いてカディルの話を聞く姿勢になってくださっています。

 カディルは中等部には在籍しておりませんでしたのに、出会って1ヶ月でこんなにも気にかけてくださるなんて、わたくしは本当に良き友人達に恵まれました。


「その通りです。姉上」


 あら、そんなに勢いよく一気に飲み干すなんて、お行儀が悪いですよ、カディル。


「言うに事欠いて、貴族であることをひけらかしているから、罰則課題を出されるんだ、と言ったんですよ! それに続いて、自分の不出来を人のせいにするとは下劣な品性だな、などと嘲笑ったんですよ殿下一行は!!」


 まぁ…。


 カディルの言葉で察することはできるでしょう。

 原因の方々と言うのは、第2王子ルイード=シェス・ヴェルネーズ殿下とそのご側近の方々です。

 ルイード殿下は、王妃殿下グロリア=シェス・ヴェルネーズ様のお子であられます。

 現在、王室には王子がお二人しかおられません。王女殿下はお一人おられますが、女性の王位継承権は認められていないので、ぶっちゃけ話には関係ありません。

 第1王子オーガスタス=シェス・ヴェルネーズ殿下は、ご側室シルヴァーナ=ガオレット様のお子であられるので、正嫡であるルイード殿下は学園卒業後立太子されることが内定しておられます。

 立太子に向けて多種多様な努力をなされ、そのお生まれとお立場に見合った実力と自負を抱いておられると評判でいらっしゃいました。

 オーガスタス殿下も、非常に優秀な方でいらっしゃいますが、父上の時にも問題になったように正当な血筋と言うのは重要なのです。

 それを理解しておられるオーガスタス殿下は、常に控えめにルイード殿下の表に立たないようにと気を配っていらっしゃいます。

 …兄殿下の配慮を、無にしているようで非常に腹立たしいバカ王子です。


 ご側近は二人。

 ルベカ公爵家と並ぶ名門ヤグーシェ公爵家嫡男クラン=ヤグーシェ様。

 武門の誉れ高いスレイズ辺境伯家次男ポール=スレイズ様。

 前者は家柄的にも歴史的にも対立していますので、嫌われようとどうとも思いません。仲良くしようと思ってもどうにもならない立場、というのもありますし。

 心底からわたくし達を嫌っておられるようなので、向かってこられるのなら遠慮容赦する気はありませんが。

 後者は父上関連で少しばかり面倒なことがありまして、それ以来毛嫌いされているようです。その中心であるご嫡男も辺境伯も、良い方なのですが。

 というか、父上はどちらかと言えば被害者でしかないのですから、嫌悪されるいわれはありません。スレイズ辺境伯家が一族揃って土下座してもいいくらいの迷惑は被ったんですけどね。


「クラン殿のお立場上、僕となれ合うわけにはいかないことは重々承知の上ですが、事実無根の妄言で貶められるいわれはありません! 幸い、同級生の半数は中等部からの持ち上がりですから姉上の事も良く知っているみたいで、良くしてくれるので何とかなっていますが」


 良識ある方々が後輩で、わたくしは嬉しいです。


「非常識にもほどがありますわね」


 あら、ちょっと怖いですわよ。エレニア様。


 腰まで伸ばされた綺麗なウェーブを描く漆黒の髪と濃い紫水晶の瞳をしたエレニア=ファーフェ様は、わたくしのもう一人の親友です。

 ファーフェ伯爵家の一人娘であるエレニア様は、パッと見、華やかなご容貌をなさっておられるので、色々と誤解されることが多かったようです。本当は、非常に友人想いで優しいしっかりとした方です。


「…わたしでも、アンネ=サベラ嬢の言動が問題だと分かりますのに…。王族ともあろう方が、そんなことにも気付いていないってどういうことですか」


 そんなに眉間にしわを寄せますと、癖になってしまいますよ。マリア様。というか、結構なことをおっしゃいましたね。致し方ないので何も言いませんが。


 肩で切りそろえられた柔らかな栗色の髪と温かみのある淡い朱色の瞳をしたマリア・シェネ様は、学園でも珍しい農家出身の方です。

 東部の肥沃な農耕地域の一つ、シェネ村一帯を仕切る地主であり豪農であるシェネ家の長女でいらっしゃいます。

 学園内二番手の魔力量を持つことで特別生として入学なされ、中等部の最初では厳しい環境に四苦八苦しておられました。今では、貴族至上主義の方々以外を味方につけられ、生まれや立場を超えてわたくしやエレニア様の親友でいらっしゃいます。


「決めましたわ」


 …エレニア様、目が据わっていらっしゃいます。美貌に凄味が増しておられます。


「来月の合同サロン、アンネ=サベラ嬢を招待いたしません」


 宣言に、マリア様を含めた皆様がざわめかれます。


 合同サロン、というのは上級生が新入生を歓迎、そして支援する為に開かれるものです。

 マリア様の様に中等部から在籍なさる貴族以外の方は珍しく、大抵は高等部から入学してこられます。

 絶対数は貴族が多く、サロンに馴染みのない方々が少なからずいることを考慮して、人脈がなく情報経路を持たない後輩の方々にその橋渡しとなることが上級生の義務でもあるのです。

 これは上級生の義務ですので、後輩の皆さんに等しく招待状が届きます。

 合同サロンの主催となる方は、成績などからかんがみて学園側が選出します。3年生と2年生から二人ずつ。その内の一人が、エレニア様です。もう一人はわたくしなのですが。

 先輩として後輩に手を差し伸べるのは義務であり当然、ということでたとえ仲の良く無い家柄の方にも招待状を出さなくてはなりません。

 個人の感情で招待しないなど、あってはならないことであり主催者が非難されることとなります。

 伯爵令嬢であるエレニア様が、それを知らないはずもなければしようとするはずもない、とわたくし達は思っておりました。


 ですが、よくよく考えればエレニア様がこういった行動に出られても何らおかしくはないのです。

 友人想いであるエレニア様は、去年、権力を振りかざして結婚を迫られていた友人の男爵令嬢を護る為に、家の力も個人の力もフルに活用し、磨き上げた魔術をも駆使したのですから。


 実力行使も辞さない。それがその方の為になるならば。


 自らが不名誉を抱えることになろうとも、信念を曲げないお姿に後輩の女子生徒がお姉様と慕うのも当然という物でしょう。


 マリア様達も、その考えに至ったのでしょう。大きく頷いて納得した表情をしておられます。

 誰も、わたくしも諌めようとはいたしません。

 皆様は納得したからでしょうけれど、わたくしは違います。


「あら、先に言われてしまいました」


『え?』


「姉上?」


 皆様の声とカディルの声が重なりました。


「ご安心ください、エレニア様。わたくし、そして先輩方も一緒です。アンネ=サベラ嬢に招待状は出さない、と一致いたしました」


 これ、先輩方が先にわたくしに仰ったのです。


 本来、先輩方がわたくしに気を使われる必要はないのですが、貴族社会と言うのは面倒な物です。

 僭越ながらルベカ公爵家は筆頭貴族ですので、爵位的に劣る場合はお伺いを立てねばなりません。うっかり同じ日にサロンを開いてしまったりすると、無礼となってしまうからです。


 先輩方は、個人的だけではないとはいえ、一人の後輩を爪弾きにすることをわたくしに告げてこられたのです。わたくしに無断でして、ルベカ公爵家を敵に回したくはないという思いもあるのでしょうが、アンネ=サベラ嬢に関してわたくしは当事者ですからご報告くださったのでしょう。


「褒められたことではないのは先輩方も重々ご承知でいらっしゃいます。ですが、それは学園内だからです」


 貴族のご夫人が主催となられるサロンでは、親しいご友人しか招かれません。それを考えれば、アンネ=サベラ嬢はどこからも招かれないのは自明の理です。

 招かれたとしても、そこで笑い者やさらし者にされるのが関の山でしょう。

 …そういう意地の悪い方もいらっしゃるのです。


 権威あるご夫人のサロンに招かれる、というのは一種のステータスでもあるのです。

 あの方に認められた、可愛がられている、と。箔がつく、とも申しますね。

 逆に、招かれない、と言うことは侮蔑と見下しの理由となりえます。

 あの方に嫌われている、拒まれている、と。貴族失格の烙印を押されたにも等しいのです。


 学園は貴族ではない方に貴族社会を疑似体験させ、卒業後に関わっていくであろう貴族の方々との仲を円滑に保つ術を教える場所でもあるのです。

 ならば、年長者として年下の方へ手を差し伸べるだけでは、ダメでしょう。

 飴と鞭は、使い分けが重要なのです。


「貴族社会、そして、社交界の恐ろしさ、今のうちに知っておいた方がアンネ=サベラ嬢にとって良い事でしょう」


「そうですわね」


「厳しさは必要ですね」


 エレニア様もマリア様も同意してくださって、嬉しいです。


「教訓、というものは痛みを伴っていないと意味がありませんからね」


 カディルも満足げに頷いて…。

 愚痴を吐き出して、少しは楽になったのでしょう。

 男子生徒の方では交流会があるようですが、何とかなるでしょうね。カディルは優しい良い子ですし、後輩の方々と上手くやっているようですから。



 権力や財力に物を言わせるだけが、貴族のやり方ではありません。


 無視をする、というのは時にどんなことよりも厳しい事だったりするのですよ。





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