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第一話


「傲慢で権力を振りかざして王太子妃の座を狙うあんたなんかに負けない!」


 …誰ですかこの無礼不躾愚劣極まりない女生徒は。


 ひとまず、無視をしましょう。

 名指しされたわけではありませんし、わたくしの目的は弟の入学祝なのですから。


 あ、申し遅れました、わたくし、メーヴェ王立学園高等部2年セネラ=ルベカです。

 どうぞ、よろしくお願いいたします。


 中等部からの持ち上がりでいらっしゃる方々の半数とは顔見知りですし、親しくしてくださっている方もいらっしゃいますから、彼女に関しては彼らがとりなしてくださるでしょう。

 今、任せろ、と言うように頷いてくださいましたし。


「入学おめでとう、カディル。共に学園に通えるのが待ち遠しかったわ」


「ありがとうございます、姉上。父上からも祝いの品をいただきました。姉上の分も預かっておりますので、あとでお渡ししますね」


「まぁ、ただ進級しただけですのに…」


「それ以外のお祝いも兼ねて、とのことです。それに、あまり欲しがらないから拗ねておられます、とイオニスが教えてくれました」


「あらまぁ」


 つまり、進学・進級を口実にしておられるのですね。父上ったら。


 あ、イオニスと言うのは父上の乳兄弟で、我が家の家令なんです。

 父上とは悪友と言った感じでしょうか。


「領民の生活も顧みずに贅沢ほうだいで民を虐げる貴族にあるまじきあんた達の化けの皮、はがしてやるんだから!」


 …今までさんざん喚いていらっしゃいましたが、この言葉は無視できません。


 わたくしのことだけなら、放っておこうかと思いましたがやめます。

 今のは、父上への侮辱です。絶対に許せません。

 カディルも同じ気持ちでしょうし、中等部からの持ち上がりの方々も不機嫌になっておられます。


 当然でしょう。

 わたくし達姉弟の父上、ジークフリート=ルベカは陛下の信頼厚く賢領主と名高い英才なのですから。


※※※


 王家との縁深いルベカ公爵家には、中々に複雑な過去がある。

 今から12年前、当時のルベカ公爵チャールズ=ルベカの悪行を暴き、異母弟であるジークフリート=ルベカ男爵が公爵の家督と財産の一切を受け継いだ。


 ジークフリートは幼少から神童と謳われ周囲の期待も高かったが、公爵家の後継ぎとしては一切の期待をされなかった。何故なら、ジークフリートの生母は妾であり商人の娘だったから。

 分家として爵位を与えられるのが当然の立場であったから、誰もがその才能を惜しんでも致し方ないと思っていた。

 正嫡でなければ家督を継げないわけではないが、血筋と後見は重要視される為、庶子と言うのは基本的に継承権を有しない。

 それを、ジークフリート自身も理解しており、何も言わずに学園卒業後に男爵の地位を与えられて領地に引っ込んだ。

 静かに過ごしていたジークフリートが変わったのは、17年前。

 セネラが生まれ、祝いの為に実家に戻った時の事だった。


 当時20歳だったジークフリートは、セネラが生まれてどう思ったのかは本人にしかわからないが、学生時代より極端に悪化した兄夫妻と実家の状況に危機感を覚えたのは確かだ。

 それから5年をかけて、ジークフリートは地盤を固め領内で支持を集めた。

 悪評ばかりの兄夫妻の敵は多かった為、ジークフリートは瞬く間に領内に派閥を作り、学園で同級生だった王妹(当時は王女)を伝手にして、多くの貴族とパイプを作り上げた。

 結果として言うならば、下剋上はあっさりと成功した。

 血もほとんど流れてはいない。流れたのは、兄夫妻の血だけだ。

 民の血を一滴も流すことなく、戦いに持ち込むこともなかったジークフリートの手腕にパイプを持った貴族は感嘆すると同時に警戒した。

 民をまとめ上げ、5年足らずで派閥を作り上げたジークフリートが、公爵の地位と財産、権力を有することに脅威を感じたのだ。

 だが、その思いを無視して、誰もが驚愕するような行動にジークフリートは出た。


 王(当時は即位したて)の御前に、謁見予約もせず乱入した。

 怜悧な美貌を兄夫妻の血に染めた姿。帯剣はしていない物のそんな恰好で乱入すれば、最低でも極刑だ。

 多くの貴族がいるその場で、ジークフリートは跪いた。


「陛下の許可なく家督争いを行い、兄弟殺しに至った私は陛下の臣として相応しくございません。公爵の地位と領土、財産の一切を王室に返上し、私の首を持って謝罪とさせていただきたい」


 家督争いは内輪の話ではあるが、派閥を率いた戦争になる場合は王の許可が必要になる。ジークフリートは民の血を流さなかったものの、兄夫妻の派閥を動けないように囲い込む戦略行動を起こしている。これは立派な戦争行為である。

 謀反ととられてもおかしくはない。

 その疑いの一切を、自らの首一つで払拭し民に類が及ばない様にと出頭してきたジークフリートに、貴族達は何も言えなかった。

 実は、貴族達が集まっていたのはジークフリートの無許可による戦争行為に対する罰則を決める為である。

 その懲罰対象が自ら死を望んだ。この現実に、即座に対応できる者はいなかった。

 ただ一人、国王クリストファー=シェス・ヴェルネーズを除いて。


「死を覚悟するほどに民を思っての行動であるならば、問題はない。自らの罪を知り、自らの行いを理解し、自らを律する術を知るそなたを賞賛こそすれ罰することなどあってはならぬ。―――生きて民に尽くせ。それがそなたの償いぞ。ジークフリート=ルベカ公爵」


 静かなクリストファーの言葉で、ジークフリートの進退は決まった。

 その後、1ヶ月の間にジークフリートは全ての基盤を整えて公爵となった。


 戦争行為に対する罰則は、名目上与えられはしたが実際に罰となっているかは怪しい。


 公式行事、王の招請、その他のやむを得ぬ事由を除き領地から離れることを禁ずる。


 たった、これだけなのだから。



 この逸話、よっぽどの地方や世間知らずでなければ知っているほど有名である。

 平民は知らない者の方が多いだろうが。


 ※※※


 しかも、ルベカ公爵家の正当な血筋を守る、とおっしゃってわたくしとカディルを養子にし、自らは生涯未婚を貫く覚悟でいらっしゃるだなんて、何て無欲で誠実なのでしょうか!

 父上とわたくし達の実父は非常に仲が悪かったそうですのに、我が子のように可愛がって慈しんでくださっているのです。さらには、民に慕われ、陛下の信頼も厚いなど、どうして慕わずにいられましょうか!


 確かに、父上はわたくしとカディルにとっては実の両親の仇です。

 ですが、実の両親によって多くの民が嘆き悲しみ、未だ大きな傷跡が残っているのを実感すれば、責めることなどできません。

 感謝をすれば子としてあまりにも非情でありましょう。

 ですから、わたくしとカディルは誓ったのです。


 自ら罪を背負い命を懸けて民の命と心を守り抜いた、最上級の尊敬を捧げるに足る父上が誇れる子であろう、と。


 実の両親は関係ありません。

 その悪行によって苦しめられた方々は、わたくし達を両親の子として蔑むかもしれませんが、それは今後のわたくし達の行動次第でいくらでも変わるはずです。

 自らに恥じることなき道を。

 敬愛する父上に胸を張れる生き様を。


 そう思ってわたくしもカディルも懸命に努力をしてまいりました。

 紳士淑女として、高い魔力を有する者として、何よりも、民を庇護する貴族として。

 人によっては傲慢と受け取れるほどに高いプライドがあることは自負しておりますが、わたくしにとってそれは大したことではありません。


 敬愛する父上を、最愛の弟であるカディルを、侮辱され罵倒されたことに比べれば、わたくしのプライドなどその辺のどぶに捨てられる程度の物です。


 ですから、わたくしはプライドをかなぐり捨てて貴方を叩き潰して差し上げます。


「ご自分のお言葉には、責任を持っていただきましょう。 アンネ=サベラ子爵令嬢様」


 まずは、貴族社会の恐ろしさ、思い知っていただきます。





 結論といたしましては、国内外にて王の第一の臣と称される素晴らしき父上に対して、いわれなき非難をした貴方が、害悪です。






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