まずは生きることから考えます 6
アルミナに手を引かれる。同情だとか、憐れむようなとか、そういった雰囲気でなく、ただ、笑顔で、彼女はそう言った。
「今日はお祭りだから、夜通し賑やかだよっ。うるさくて眠れないだろうから、疲れているかもだけど一緒に行かない??どうかなっ?」
矢継ぎ早に飛んでくるその声が耳朶を打つ。
恥ずかしさや情けなさ、それから嬉しさで胸がいっぱいになって、僕は何も言えなくなって・・・でも、なんとか彼女の手を握り返す。
つなぎ合った指先はぬくもりを分けてくれて、今度は暖かさが体に染み込んでいった。
途端に感情が奔流となって溢れ出す。その感情は先ほどとは違った。一人の寂しさや、わからないことだらけの現状。今更の死の恐怖から湧き出るその気持ちを、彼女に受け止めてもらえた・・・そう、感じた。
抱きしめて、いや、抱き着いて泣きわめきそうになるのを、さすがにグッとこらえて、僕はなんとかうなずきを返す。
彼女は変わらず微笑みかけてくれる。
「じゃ、行こうっ。」
そのまま手を引かれて、外へ向かう。
宿屋の扉を開けるのと同時に、涼やかな風がほほを撫でて気持ちいい。少し気持ちが落ち着いてきた。ようやく僕は感謝を告げる。
「ありがとう、アルミナ。」
「んーん。あたしもお祭り、楽しみにしてたし、一緒に周ってくれる人がいたらもっと楽しいだろうなって思ったから・・・」
「そっか。」
「そうなの。」
宿屋のすぐ前で足を止めた二人の間に沈黙が訪れる。心地良い沈黙だ。
アルミナが振り返り、少し赤い顔で声を漏らす。
「それで・・・あの・・・」
視線の先にはアルミナの手をギュッと握った僕の手がある。
「ごっ、ごめんっ!」ぱっと手を放す。その時にアルミナがちょっと寂しそうな顔をしたように見えたのは、ただの僕の願望だろう。
「あ、えっと・・・嫌だったわけじゃなくて・・・恥ずかしいから・・・ね?」
「う、うん・・・。じゃ、じゃあ行こっか!」
努めて明るく言うと、アルミナも元気に答えてくれる。
「そだね!行こう!」
互いに赤くなった顔で笑いあう。心の中で、僕はもう一度感謝した。
通りを歩く。今は何時なのだろうか。夜であることは間違いないのだが人通りは多い。
未だに賑わっている路上に、引き上げる様子のない屋台たち。まだまだ元気な様子の人々を眺めながらアルミナに訊く。
「ほんとに夜通しやるの?お祭り。」
「そっ。ペールの街恒例の名物行事だよ。三日三晩通して騒いで、とにかく元気に楽しく過ごすの。」
「へぇ、すごいお祭りだなぁ・・・。よく体力が持つね。」
「もともとはホントに三日三晩騒ぎ続けて、神様に見てもらうっていう風習だったみたいだけど、今は好きな時に参加すればいいの。疲れたらお休みして、起きたらまた騒ぐの繰り返しで、楽しいよ!」
「なんだかいいお祭りだね。」
「うんっ!このお祭り目当てでやってくる人も多いからね。実際おちおち寝てられないくらい騒がしいんだよ?まあそんなの気にならないくらい騒ぎ疲れて寝るんだけどね・・・」
「そっかっ。じゃ、精一杯楽しもうか!幸いお金はあるしね。今後のことはその時になったら考える!アルミナは?」
「あぅ・・・えっと、お母さんにもらったけど・・・お、お手柔らかに・・・。」
「そかっ、じゃあアルミナの分もこのお金を使おう!」
僕はハイナさんにもらったお金を袋ごと掲げて宣言する。
「えぇ・・・悪いよ、そんな・・・」
「まあアルミナもお肉一緒に持ってくれたし、それくらいはね。それに・・・まあ、そうしてくれるとありがたいかな・・・」
「なら・・・お言葉に甘えてもいいかな・・・?」
申し訳なさそうに眉をハの字に寄せるアルミナ。
「よし、決まりだ!」
両手をたたき、僕らのお祭りの開始を宣言する。
そこからは騒いで騒いで騒ぎまくった。
出ている屋台をかたっぱしから周り、腹ごなしをする。歯ごたえのある肉にたれをつけて炭で焼く串焼き。透明な砂糖の水がねばねばする水あめや、薄い皮膜を大きく広げた魚の塩焼き。見も知らぬそれらについてアルミナにいちいち質問しては一つずつ食べていく。
次に露天をひやかしては品物をあさり、ここでもアルミナにたくさんのことを聞き、話してもらった。そのお礼にと目に入った小さな真珠のついたネックレスをプレゼントしようとしたのだが、さすがにいい値段がするからといって彼女は固辞するので、とりあえず彼女の見ていない隙に気づかれないように店主と目配せをして品物を上手く買い上げた。
そのあともたくさん、たくさん周った。
色鮮やかな小魚を、輪っかに貼った紙を破かずに掬って遊んだし、魔法の詰まっているという筒を使って景品を落とすのは、威力が弱かったのだろう、当たっても全く景品は落ちなかった。一回いくらで引けるくじには、ホントに当たりが入っていたか疑わしい。それら全てに一喜一憂して、そのたびにアルミナと笑い合った。
最後に入った食事処ではガタイの良いオッチャン方と仲良くなった。どうやらそこはお酒も出す店だったらしく、気づくとアルミナが赤い顔をして僕にしなだれかかる。それを見た犬のオッチャンに冷やかされ、妬まれた上で酒を飲まされた。どうやらアルミナにお酒を飲ませたのもこの人達だろう。
そこから先は記憶も曖昧だったが、とにかく楽しかった。少し前まで抱いていた不安を吹き飛ばすくらいの楽しさで、いつのまにか胸の内は楽しい気持ちで満たされる。
僕らのお祭りはそんな風に過ぎていった。
その後、酔いつぶれたアルミナを連れてハイナアルを探して彷徨っていたところまでは何とか覚えている。
問題は意識が覚醒した後だ。
今、仰向けに眠る僕の横で、猫耳をパタと伏せ、くせっけの髪をボサボサにしたアルミナが寝息を立てている。(裸で!?)と一瞬期待した僕はバカだ。けれども限りなく薄着になっている彼女の胸元に目が吸い寄せられてしまうのは、致し方ないことだろう。なだらかな曲線を描くうなじの辺りから、控えめなふくらみをギリギリで隠す肌着までで、何度視線を往復させてしまったかわからない。日に焼けていない箇所が白く眩しい。
無理やりに正気に戻り、状況を整理しよう試みるもすぐに諦める。なんにせよ昨日は幸せだったということにしよう。いや、だめか。
とりあえずそっとベッドから抜け出し、アルミナに毛布を掛け直したところで、彼女も目を覚ました。
寝ぼけ眼をこすりながら上半身を起こしてしまい、意外と女性らしさを見せる身体を再び僕の眼前にさらす。
朝日に照らされて光り輝く彼女に神々しさまで感じてしまったところで、アルミナの顔が白い肌ごと真っ赤に燃え上がったのは言うまでもない。