掃討作戦 4
「入るわよ?」
そう言いながら彼女は僕の部屋に入ってきた。そしてアルミナとソフィアの二人が初めて顔を合わせる。
「・・・誰?」
「え?・・・えっと、アルミナって言います・・・。」
声を発したソフィアに応えるアルミナは未だやや弱っているようで、仕草と言動にイマイチ元気が無い。
「あぁ!あなたが!」
対照的に明るいソフィアは僕から話を聞いていたからだろうか、明るい声で話しかける。
「レンから話は聞いているわ。私はソフィア。レンと同じく姫様の親衛隊で見習いをしているわ。よろしくね。」
「は、はい。・・・よろしくお願いします。」
にっこりと笑うソフィアが手を差し出してアルミナは握手に応える。僕は何故か焦燥に駆られて、口を出せずに事の成り行きを見守っていることしかできない。
「レン君、私のことをなんて言ってました?」何故僕に聞かずにソフィアに訊くのだろうか。すぐそばに居るのに。しかしそれを伝えさせる訳にはいかない、と僕はやっと声を出す。
「てっ、ちょっと待ったっ。言っちゃダメだからな、ソフィアっ。」あの夜、ソフィアにはアルミナが大切な人だと言ってしまったのだから、それを伝えられると気恥ずかしくて逃げ出してしまいそうだ。
「・・・言わないわよ。なんだかその方がいい気がする・・・。」
予想に反してソフィアにそれを伝えるつもりはないようだ。何やら思案気な表情のソフィアは珍しいが、なんとか助かったとみてよいだろう。
気がかりはアルミナの方だ。そんな風にソフィアに言われたものだから、いつか見たようにふくれっ面だ。むぅ、と唸ってこちらを見るのは愛らしいが、言葉を濁すことにする。
「そ、それよりソフィア、教えて欲しいんだけど近くに治安の良い場所の宿屋は無いかな?彼女を案内してあげたいんだけど。」
「泊まる部屋を決めてないの?流石にこの時間帯出歩くのは良くないんじゃない?」
「そうなんだけどさ、クアットさんのせいで途方に暮れてるんだよ。」
情けない声で言う僕に、ソフィアに今さっきの出来事を話す。
「あの野郎・・・。」ソフィアの中でクアットさんの株が更に下がっているような気がするが、別に良いだろう。自分の所為だ。
「・・・じゃあ、私の部屋を使う?」再び思案した後に発したのはそんな提案。最近の彼女は何かと考え込むことが多くなっている気がする。良いことだろう。
「いいんですか?お邪魔じゃないですか?」
やっと明るい声を聞かせてくれるアルミナ。流石に僕と同じ部屋で寝るのには抵抗があるのだろう。少し残念ではあるがしょうがない。
(いやいや・・・何を・・・)考えているんだ僕は。久しぶりにアルミナと会えたからと言っても少し浮かれすぎだろう。闘いは近いのだ。
「ここは嫌なんでしょ?ならしょうがないわよ。それに・・・」そう言うソフィアはホントに気が付く娘になったと思う。僕に優しさ、考えること、なんて学ぶ必要があるのだろうか。「代わりに私がここに泊まるから大丈夫よ。」
と、しみじみと思っていたところでそんな事を彼女が言い出す。急に訳が分からなくなったぞ?
「へ?」と間抜けな声を出す僕と、唖然と彼女を見て次に僕を見るアルミナ。
「どっどういう・・っ?え?二人は、そんな関係、なの・・・?」
「ち、違うよっアルミナっ。僕らは別に」「一緒に居るって約束だもの、ね?」
僕の否定も虚しくソフィアが言葉を重ねる。
「そっ、ソフィアっ。」
「なに?何か変なこと言った?」何が悪いのかわからないという顔で彼女が首を傾げる。「本当はアルミナさんとも一緒が良かったけど、嫌ならしょうがないわ。」
そうだった。彼女は僕が彼女と一緒に居る事を拒んだとき、アルミナも共に居れば問題が無いと言っていたのだった。まさかアルミナとこんなに早く会えるなんて思わなかったから、つい彼女とキチンと話す事を先送りにしていたのだ。
「えっ?あ、あたしも一緒っ・・・?」アルミナも彼女の言う事がイマイチ呑み込めないらしくて安心する。間違っていたのは僕じゃなかったみたいだ。
「どういう事なの?レン君っ?」顔を赤くしてアルミナが聞いてくる。
「いや、そのっ・・・。・・・彼女は、ちょっと変わった子なんだ・・・。ただ、僕の事を気に入ってくれたっていうのはわかるんだけど・・・。それ以外は僕にもよくわからない・・・。」
何かに言い訳をするかのように早口になる僕。
「レン君を・・・気に入った・・・?」
「そ。だってレン、優しいじゃない?それに、私が知らなかった事を色々教えてくれたもの。」
人を気遣うこと。人の事を考えること。僕自身が教えた自覚はなくとも、彼女は僕から学んだようだ。
「それに、今は強くなろうとして一生懸命で、なんだかカッコいいもの。」
「か、かっこいい・・・?」アルミナがオウム返しに言う。確かにアルミナの前では情けない姿ばかり見せていたから、想像つかなくても仕方がない。それに、自分でもかっこいいとは思えていないし。
しかしながらソフィアの真っ直ぐさは留まることを知らない。
「だから、私はレンの事が好き。ずっと一緒に居たいと思う。」
あの夜にも聞いた彼女の告白。あの時はいきなりだったから動揺ばかりが勝っていたが、改めて訊くと本当に恥ずかしくなってしまう。
そんな彼女に圧倒されるかのようにアルミナは口を閉じられていない。そして尚もソフィアが突き進んでくる。
「あなたも、レンの事が好きなんでしょう?でなきゃ追いかけてなんて来れないものね。」
「えっ?あっ、ぅえっとっ、・・・あたしは・・・。」
あたしは・・・?その言葉の続きが気になる。ちらっとこちらを窺うようにアルミナは僕を見る。その頬はどんどん赤みを増すが口は動かない。
そして僕とソフィアの間で視線を往復させる彼女。ようやく開いた口からは意味のある言葉は出ず、口ごもるソフィアは次第に小さくなっていった。
「ま、まあそれは良いじゃないか。それより明日は早いのだからそろそろ休もう・・・?」
「それもそうね。仕方ないわ。」
「じゃあソフィア、宿屋へ案内をお願い。僕もついていくからさ。」
改めてソフィアに宿屋を教えてもらおうとするも、彼女は渋る。
「やっぱり、アルミナさん。私の部屋に泊まらない?私と一緒に、だけど・・・嫌?・・・色々お話もしたいし。」
「え?ホントにいいんですか?・・・ご迷惑じゃなければ・・・お願いします。」
「いいの?ソフィア?助かるよ。」
治安が良いとは言ってもソフィアの部屋なら余計な心配もない。願ったり叶ったりなのだが、どうしてソフィアがそこまでしてくれるのかは気になるところだ。あの夜の言葉はホントに本気だったのだろうか。
「決まりね。じゃあ早速・・・。あ、ついでに湯浴みもしに行きましょう。長旅で疲れているでしょう?」
「え?大丈夫なんですか?ならっぜひ入りたいですっ。」
「兵士用の物だけれど、問題ないわ。なら用意してくるから少し待ってて。」
そう言ってソフィアは部屋を出て行く。結局彼女が訪ねてきた理由は不明だったが、まあ気まぐれで声を掛けてきただけだろう。それとも、明日からの事が心細かったのかもしれない。
「ね。レン君?」
「なに?アルミナ?」
「ソフィアさんて、すごく素敵な人だね・・・。」
「そうだね。ただ、まだちょっと抜けてるとことかもあるんだけどね。」
「え?そうなの?そんな風には見えないけど・・・。」
「なら、今晩もう少し話でもしてみたら?彼女、アルミナと仲良くしたいって言ってたからさ。」
「なんであたしと・・・?」
「あー・・・まあ色々あってさ・・・。」告白された時の断りにアルミナの事を話したから、だなんて言えない。
「そういえば・・・レン君、自分のこと、「僕」って言うようになったんだね?」
「そういえば、そうかも・・・。」自身を「俺」と呼ぶことは少なくなってきた。強がっても、実際に強くなければ意味はないから。
「なんだか、ちょっとたくましくなった気がする。」
「・・・。」
「それと、なんだか頑張ってる・・・。」
「君は、なんでもわかるんだね・・・。」
全て見透かされているようで、気恥ずかしくもあり、理解してくれているような安心感も同時に胸に去来する。
「ソフィアさんの・・・おかげなの?」
「どうかな。多分、それもあるよ。」けど、それだけじゃない。「色々、あったから。・・・いろんな人と、出会ったから。かな・・・?」
ソフィア、ロスアレスさん、姫様。親衛隊の面々。そして、クロエ、宰相のハレット。
「良い事ばかりじゃなかったからさ・・・。どうにかしなきゃ、って・・・思ったんだ。」
自分の事。しっかりしなければ、と思う。守りたい人は目の前に居る。
「君のおかげでもあるよ・・・アルミナ。僕を、助けてくれてありがとう。」
あの日、迷宮で目が覚めた日。彼女と出会わなければ今の僕じゃなかっただろう。それが良かったのか、悪かったのかはわからない。けど、今の僕は「自分」で自分の事を決めようと、そう、思えている。
「ありがとう。」
もう一度。はっきりと、彼女の目を見て言う。万感の思いを視線に込めて。
彼女は顔を少し赤くして頷く。
そこでソフィアが再びやって来た。そのままアルミナを連れて行く。
「また明日。おやすみ、レン君。」
「しっかり休んでね、レン。」
本当に、人に助けられて、支えられて、生きていると思う。
それが悪い事だとは思わないけれど、人に貰ったその分は、それ以上に人にしてあげたい。
そう思える出会いがあった事は、確かに「僕」にとって、良い事だったのだと思う。
みんなと出会えて良かった。
「後は・・・」クロエとの因縁を。「決着を・・・」
「連太郎・・・。」
唐突に現れる彼女。いつもは神々しいまでに綺麗な彼女は、心なしか疲れている。いや、悲しげな雰囲気をしている、というのが正しいだろうか。
「アルメリア・・・。久しぶりだね。」




