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ここにいる理由 2

 

 ハイナアルの扉は閉じられ、王国軍とやらに取り囲まれている。兵士たちの隙間からは街の人たちの不安そうな顔が見える。この10日で言葉を交わしたことのある人たちのものもだ。


 店の前に置かれている馬車に連れて行かれる。それに乗るように促されるが一歩手前で足が止まる。扉の奥には暗闇が広がり、まるで僕を飲み込む魔物のようだ。ここに入れば最後、僕の生は終わりを告げる。そんな予感がして、足が動かない。


「どうした!乗れと言っているだろう!!」


 兵士の大声にビクリと肩が震える。思わず振り返ると、その兵士は僕以上に怯えた顔で後ずさる。


「抵抗する気か!早く乗らねば――――」

 兵士が気炎を上げかけたところでロスアレスが前に出る。兵士の制止する声を無視して僕の近くまで寄って来た。


「乗るんだ。別に取って食われるわけじゃない。君はクロエじゃないんだろう?なら、王都へ観光でもする気分でいればいい。お供はむさくるしい僕たちで申し訳ないけどね。」


 思いの他優しげな声音で言うロスアレスの声に、なんとか足が前に出る。


 乗り込んだ馬車は重厚な作りになっていて、もちろん逃げられそうな物じゃない。扉の閉まる音とともに、僕の小さな居場所からも追い出されたような気がした。




 何時間経っただろうか、いつの間にか鉄格子のはまった小さな窓から、太陽の陽は射さない。松明の光がかすかに照らすだけだで、自分の手すら見えない状況だ。


 と、そこで馬車が横に揺れ、少し進んで止まる。外が少し騒がしくなり、窓から覗き込んだそこでは野営の準備が始められているようだ。


「まだ着かないのか・・・。」遠い所に王都はある、と聞いたことはあるが、正確な距離までは聞いていなかった。

 気が触れそうになる。


 それからまた一時間程たったか、扉が開かれ、食事を出される。持ってきたのはロスアレスだ。


「すまないね、こんな所に長いこと押し込めてしまって。」


「・・・。」こちらから返す言葉はない。


「・・・少し話をしようか。」

 そう言いながらロスアレスは馬車に乗り込んでくる。お供の兵士からは「危険では?」と聞かれるが、「問題ない。」と返していた。


 ロスアレスの手から光源が生まれる。魔法の一つだ。


 明るくなった車内で出された食事に手を付ける。反感はもちろんあるが、食べないわけにはいかない。味の薄いスープに、無理やりお湯で戻しただけのような干し肉が入っている。アルミナと一緒に食べた串焼きが懐かしい。


 僕が食べ終わるのを待って、ロスアレスは声をかけてくる。


「正直、僕は君をクロエだとは思っていないんだ。」

 いきなりのその言葉に幾分安心する自分がいた。


「少し前に奴と対峙したが、すごい実力だった。いくつも修羅場をくぐってきたような剣戟に思わず賞賛を送りたくなったよ。同時に、なぜその力を人を傷つけることに使うのか、と憤りを感じたものだ。」


 心から悔しさを感じさせる表情で、ロスアレスは言う。


「その時の奴と君が同一人物だとは思えない。同じ顔をしていてもね。」


 僕には人に認められる程の力はない。精々害獣を退治するのが関の山だ。言外に弱いと言われて何も思わないでもないが、今回に関しては怒りはわかず、自分の弱さに感謝した。

 緊張の糸が切れたのもあり、ロスアレスの最後の言葉に思わず反応を返してしまう。


「そんなに似ているんですか?」


「あぁ、雰囲気や所作こそ違えど、最初に見た時は本当に奴なのかと思ったよ。」


「その割には余裕でしたね。」少し嫌味を込めて言う。


「まあ聞き込みをした時点ですでに奴である可能性は低い・・・いや、無いと思っていたからね。」


「なら何故・・・?」


「一度王国軍、しかも王女の親衛隊が動き出したんだ。人違いだったので帰ってきました。じゃあ納得しない人たちもいるんだよ。だから、対外的にはともかく僕としては君に「わざわざ来てもらう」という認識でいるよ。それに、君もその顔だからという理由でこれから先面倒を起こしたくはないだろう?」


 勘違いで処刑される可能性はなくなったと思っていいだろう。そこで僕は大きく息をついた。


「そうですか・・・安心しました・・・本当に・・・。」



「しかし、一つ気になることがあるんだ。・・・君は誰なんだい?いや、礼を失しているな。」

 改まった表情でロスアレスは名乗りを上げる。

「僕はミザース王国ミルザ王女親衛隊隊長のロスアレス・ファゲンと言う。君は?」


「俺はレンって言います。それ以外はよくわかりません。」


「わからない・・・?」


 しまったと思った。僕には10日より前の記憶がないのだ。これでは余計に怪しまれるだけだと思ったが、隠しごとをする方が後々問題になると思い直し、正直に全て話す。


「なるほど・・・漂流者か・・・。これは来た価値はあったかもしれないな。」


「どういうことですか?」


「誰かに聞いたことはないかい?漂流者は往々にして、人より優れた力を持つ、と。」


 そういえば、と思い出す。


「あります。俺の場合は怪我の治りが早い、ということくらいですけど・・・。」


「ふむ・・・どれくらいだい?」


「あー、いえ、正確にはわかりません。ただ、体中傷だらけになったと思って寝て起きたら無傷だった・・・てことくらいしか・・・。」


「試してみても?」腰の剣に手をかけている。


「だっ、ダメですよっ!やめてくださいっ!!」本気でやりそうな雰囲気がある。


「しかし、それは武器になるだろう?いくら傷を負っても回復するなど、騎士にとっては喉から手が出るほど欲しい力だ。」


「そうかもしれませんが・・・!痛いものは痛いんですよ・・・。」


 僕の言葉にロスアレスさんは笑う。さわやかな笑みだ。女性だったらイチコロだろう。

「それが来た価値というものだな。どうだろう、疑いが晴れた後、軍に入ってみる気はないかい?」


 残念ながら僕は男だ。はい、と返事はしない。


「・・・考えてはみます。」


「宜しく頼むよ。レン。おやすみ。」

 最後にもう一度微笑みかけてきて、ロスアレスさんは馬車から出ていく。



「随分気が楽になったな・・・。」

 話ができて本当に良かった。確かに、同じ顔の犯罪者がいるなんて、問題の火種でしかない。疑いを晴らすためにも、と少し前向きになれた。



 とりあえず今日は寝ることにしよう・・・。不安はあるけれど、幾分安心したためにそれまでの緊張から解放され、すぐに眠りにつくことができた。





 ―――――――――――――――



「あれか・・・。」


 暗がりの中に人がいる。それも一人ではない。つぶやいた先頭にいる男も含めて全員が黒い装束を身に纏い、いずれも剣呑な雰囲気を漂わせている。


「隊長。あそこに何があるんで?」黒装束の一人、子供のような体躯の男が先頭の男に訊く。


「さあな。ただ何かがいる、てことしかわからねぇよ。だが、あの旗を見てみろ。」


「へぇ。・・・あれは・・・王女の親衛隊じゃねぇですか。」


「そうだ。ロスアレスの奴もいるだろうな。」


「なぁるほど、あの野郎に嫌がらせってことですかい。どこでこんな情報を?」


 小男の声には答えず、隊長と呼ばれた男は笑う。


「良し、行くぜお前ら。」


 隊長と呼ばれた男は笑う。獰猛に、獰猛に。黒いイノシシよりも、獰猛に笑う。




「皆殺しだ。」





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