全部ばれ
モンテグリュンはグルュン河が海に注ぐ湾の奥にある。
平野部はモンテグリュンを起点として三日月状に南北100キロメートル、東西20キロメートル。
町の西門は海に続き東門の前で川沿いに曲がりくねる東進街道と湾に沿って弧を描く湾岸街道が交差する。
開拓は大街道沿いに始められておよそ1キロメートル四方に仕切られた開拓地が並んでいる。
ここに最初の100世帯が入植した。
以降そこから平野を開拓地が埋め尽くしてしまうまでわずか4年、めったなことでは故郷に戻れないというのに本国からはみ出した人間がいかに多かったかを物語る。
開拓地は次にグリュン河をさかのぼり山脈を越えてグロウ平原へと出て八方に広がっていく。
俺たちは空路第一日目の夜を平原の中心地グロウグラトで迎えた。
ここは八方の開拓地から生産物が集まる物資の集積拠点の役割を担っている。
町自体が若く、ほとんどの建物が倉庫で人口は少ない。
何れ大都市になるのだろうが、まだその時ではない。
夜の町は明かりも少なく出歩く人もいない。
俺たちは宿に入って、その夜は寝るだけ……。
「トムさんあのう……」
「なんだ?」
夜になってまたゾンビの体から出たバンシールルが何度目かの「トムさんあのう……」と言ったきりまた固まってしまった。
俺はそのたびに地図を見るのをやめて「なんだ?」と返事はしているのだが。
「トムさんあのう……」
「なんだ?」
「不束者ですがよろしくお願いします」
「なんだそれ?」
「体の方ではお返事できませんので、心からあの時のお返事とさせていただきます」
ルルは床に正座して三つ指をついて頭を下げた。
何が起こってる?
なんの話だ?
それより、なぜ日本語なんだ!
俺しか使えるはずのない日本語をルルが、つまりルルは俺の心の底にあった日本語をも見てしまったということだ。
もしも、俺が人間だったとき、心に隠したことを他人に見られたならば、湧き上がる感情は羞恥か怒りだっただろう、他人に対しては読心術を平気で使ってるがね。
だが、あの地獄で長い孤独を体験した今、湧き上がってきた感情はなぜか安らぎが一番近かった。
ボッチが長すぎたんだろうな。
それに前世よりはるかに長い今を生きてるし……などと取り留めもない言い訳思考が頭を駆け抜けるが……。
あの前時代的な三つ指に「こちらこそよろしくお願いします」って言ったりしたら俺ってあほぅだろ!
ぷっ、思わず吹き出してしまった。
おっと、まだつながりっぱなしで全無読まれてる。
「はははは……」
「ふふふ……」
前世ではもう少しうまくプロポーズしたのにな。
ルルにも知られてしまったが、俺にはかわいい嫁さんと生まれたばかりの娘がいた。
同期だけでも100人近い大商社、私学卒業の俺は入社と同時に聞いたこともない地方都市にある営業所の営業マンとして飛ばされた。
たまたま人事部長が俺の親父の同級生、そんなコネだったが俺って幸せな部類に入るのだろうか。
地図の空白を埋めるだけのように作られた営業所の近くに顧客となる大企業が有るでは無し、中小企業を飛び回っていた俺は誠実さだけを武器に首にならないだけの売り上げを何とかあげていた。
俺の嫁さんとなってくれた彼女は、仕入れた商品にちょっと付加価値をつけるため、加工を依頼していた零細企業の事務をしていた。
彼女笑顔がかわいくってさ、俺の下手なジョークにもよく笑ってくれてね、カウンター越しの仕事の話の間に笑わせたりしてたんだ。
ただそれだけなんだけど、いつの間にか同僚や上司からお前あの子に惚れてるだろう、なんて言われるようになり、意識するようになった。
それから3年目、俺に転勤が決まり、一度もデートだってしたことがないくせに結婚してくれって告白したらOKもらえた。
99.99・・・%ダメだと思ったんだが、目をつぶってバット振ったらホームランしました、みたいな。
なんと言ってプロポーズしたかは絶対秘密だ。
すぐに子供がができて、そのなんというか、衝撃を受けるくらいに嬉しかったんだが……。
それでがんばって、がんばって働いて、娘が生まれたって聞いたときは出張先で、予定を繰り上げて夜行バスに乗って目を閉じて、気が付いたら化け物になってたんだ。
俺、リルを抱くと泣きそうになるんだ。
自分の娘の名前も知らないんだぜ、俺。
一生守ってやるって言ったくせに、俺の一生の短かったこと。
心を読まれたってのは、そんな事情を全部知られたってことだ。
俺がルルやリルをほっとけるはずがない、まして害を与えるはずもない。
それを知った上で……嫁にしてくれだとっ!
上等じゃねぇかっ!
俺は欲望のままにつかめぬはずのバンシールルの両手首をつかんで押し倒し……。
美味しくいただきましょう。
いただきます。
俺って欲望に忠実なんだ、悪魔だから。
夫婦でも強姦罪は適用できるぞって非難も間違いさ、俺悪魔だから、そう人でなしで当たり前。
ついでにゾンビルルも一緒に、死体損壊罪も適応外。
「おぎゃー」
はい、タイムアウトです。
リルさんが泣きました。
実はいつも都合よくレフリーストップが入るのです、おぅまぃがっ!
俺の祈りは神には届きません、悪魔だから。
ルルが次に話しかけてきたのはやっとのことでリル様がお眠りあそばした後。
同じベッドに横たわり俺の腕を枕にしてだった
「あの二人も助けてあげないの?」
「俺が助けられるのは嫁さんと子供だけだ」
俺がこの世界に召喚された時、契約の途中で術者を殺し、そのながれでルルと約束してしまったために、俺が力を貸す代償が嫁さんになることになってしまった。
俺も言いたい、なんでやねん?
おそらく小銭一枚募金しようとしても相手と結婚しなければ体が小銭を箱に入れるという簡単な動作をしてくれないだろう。
まぁ、相手が美人限定で 嫁さんよっしゃこい ではある。
俺悪魔だから、貞操観念ねーんだよ。