俺の名は
俺は黒き猛禽の翼を広げ軽く一つ羽ばたき飛び立つ。
あっという間にコメ粒ぐらいになったルルに手を振る。
ゴマ粒より小さくなったルルがピコピコしている。
行ってくるぜい。
今、蝙蝠の翅を使わないのはこの姿だと吸血鬼に間違えられそうだからだ。
昼間飛ぶのに似合わないし。
実は俺が飛ぶのに翼はいらない。
魔法で飛んでいるから。
それでも翼を広げているのは、気分の問題。
だって怖いだろう、遥か彼方に地面があるんだぜ。
羽でも生やしてないと、ほんと怖いだろう。
そんなこんなで、町までは一っ飛び、帰るのも一っ飛び。
点でしかなかったルルたちが大きくなる。
はい、もう帰ってきました。
男が家族のために苦労するのは当たり前。
そんなもん語ってどうするよ。
それより誰もいない場所で俺を待ってるんだぜ、早く帰ってやらないと。
「だから大変だったんだってば」
前言撤回。
ぷんと横を向いたまま無言で目も合わせてくれないルルが謝っても赦してくれないのだ。
「だからモンテグリュンで身分証を作るのに必要だったんだ。勝手につけたのは悪いと思ってるよ。でも仮の名前だからいいじゃないか。正式な名前はルルが決めればいいんだから」
モンテグリュンは俺が行った結構大きかった町で、そこで身分証を作る必要に迫られて俺はルルに相談することもなく赤ん坊にリルの名前で登録した。
ちなみに俺は一番多いというトムだ。
俺は口をきいてくれないルルに黙ってクッキーの入った袋を差し出した。
「リルってかわいいからいいことにします。だけど正式名はリルシェリアにしまします。トムチンさん」
「トムチンってそりゃないだろ」
「正式な名前はなかったんですよね。私がつけてあげます。次からこのようなことは事前に相談してください、わかりましたか、トムチンさん」
「……ハイ」
負けた。
そんな会話をしながら俺はルルたちを乗せたロバの轡を取ってモンテグリュンをめざした。
街で買って来た青く染めた丈夫な木綿で作った上下、つまりデニムの上下がルルにはよく似合う。
それに合わせて、俺のレザーも青く変えさせられた。
俺は黒いほうが渋いと……ぃえ何でもありません。
邪魔な草木は俺たちが通ろうとするとよけるので行程が捗り夕方までには町に着く。
空間をゆがめてちょっとショートカットしたってのもあるんだけどな。
「トム、ルル夫婦に娘のリルだな、通って良し」
赤ん坊は無料だが二人分で銀貨1枚の通行税を払って町に入る。
銀貨?
もちろん出かけに倒したイノシシやら鹿やらを売った金さ。
盗んだり強奪したりって子供にマネされて困ることしてどうするよ、悪魔だけどな。
苦労したって言っただろ。




