めんどう見るって言ったじゃないの
悪いことをしたら地獄へ落ちる、なんて言葉がめったに言われなくなった昨今、俺は死んで地獄に落ちた。
正確にいうと地獄ではなく、人間たちに魔界と呼ばれている所だと後で知ったが。
人は死ぬ直前に今までの出来事を一瞬で一生分を回想する、ってのは本当のことだった。
たった7メートルほど、落ちる間に一生分の夢を見た。
楽しかったことや悲しかったことつらかったこと、全部思い出した。
嘘だと思うなら一回死んでみればいい。
ちょっとした嘘や意地悪、友達に返さずに忘れた857円、しかし地獄に落ちるような大それたことを何か俺がしましたかと大きく問いたい。
とにかく気が付いたら真っ暗だがなぜか見える腐臭に満ちたおぞましい世界、俺は蝙蝠のような羽を広げ音もなく飛び上がり、全く俺に気づけなかったそいつに鉤爪を突き刺していた。
ゲームでいうランクアップなのか、内から湧き上がってきたみなぎる力とともに俺は俺として初めて存在を感じた。
以前からここで暮らしていた記憶もあるがたいしたことはない、ただ殺して喰っていただけ。
ところでこいつ、やっぱり喰わないとだめなんだよな。
俺は半ばつぶれているでっかい虫のようなものをぼんやり眺めた。
そして何度も日は登り落ちる。
殺し合い、喰らい合いのの中で俺が生き延びることができたのは、俺が日中でも活動できること。
それで他のやつらが動きを止める日中には明らかに自分より強いと思われるものまで屠り喰らいつくすことができた。
そして危険な夜はひたすら隠れる。
幾度となくランクアップを繰り返した。
魔法のようなものを使えるようにもなったが、それに驕ることはない。
圧倒的な強者たちの存在を俺は感じるし、やつらが日中にも動けることもちらりと眺めて知っていた。
ここへ来て何日過ぎたのか何年経ったのかわからないある日、俺の足元が円形に光り、俺は薄暗い石造りの地下室にいた。
目の前には泣き叫ぶ赤ん坊と腹を引き裂かれた若い女。
そして血をしたたらせて短剣を持ったうすぎたない男。
「フム、男爵級の上位悪魔か。これだけの生贄をささげてこれとはちと残念じゃが、まあこれでもなんとかなるじゃろう」
俺は儀式によってこいつに召喚された男爵級の悪魔らしい。
男爵級というのがよくわからんが、これとか残念とか言われると腹が立つ。
「汝が主たるわしが命ずる。この国の人間どもを皆殺しにせよ。我を追放した者どもを血の海に沈めよ」
へぇ、狂ってるね。
俺って悪魔らしいけどそういうこと嫌いなんだよね。
俺はだまって男に近寄り左手で男の胸ぐらをつかんだ。
「ばかなっ、光の結界を踏み越えるなどとっ」
へぇ、なんか光ったけどこれって結界なんだ。
「国民全員皆殺しってとても無理だからとりあえず一人だけってことでよろしく」
右手を振りかぶり伸ばす。
これで願いはかなえてやったということで……。
あばらの浮き出た首のない死体を放り投げた。
そう、まずそうで食欲がわかなかったから。
俺も悪魔生活が長いからねぇ。
さて、とりあえず狩りでもして飯食うか、とこの場を離れようとしたら俺に声をかけるものがあった。
「お願いです、この子をお助けください」
金髪碧眼飛び切りの美人、どんな男も彼女にお願いされたら断ることはできないだろう。
ただし、半透明な彼女の向こうが透けて見えていなければ。
見なかったことにしよう。
「お待ちください、お願いです、なんでもいたしますから」
「何でもするんだな?」
「はい」
一応俺も元人間だった。
何ともならないと思うが一応は……。
赤ん坊の癖に抱き上げた俺をにらみつけてくる。
フム、賢そうだな。
「ありがとうございます」
礼はまだ早いって、それに俺悪魔だし。
俺が女の死体に手をかざすとゆっくりではあるが壊れた、そう壊れた部位が修復していく。
そして女が立ち上がった。
真っ黒な髪に漆黒の瞳、顔には殴られてできたあざがそのまま残っていて……まぁゾンビだからねぇ。
俺の後ろで呆然としている半透明な女とだいぶ雰囲気が違っているが、とにかくゾンビは俺の命令通りに起き上がって胸をはだけた。
「何をさせるのですか!」
うるさいな、なんでもするって言っただろうが。
そして揉む。
「やめてください!」
半透明の癖に真っ赤になった女が間に入るが、そのなんだ、シュールだ。
俺は半透明の女の胸を貫いてゾンビの胸をつかんでいる。
透明なのに実害はないからとりあえず無視して手に持った赤ん坊をゾンビの胸に押し付けた。
必死に乳首に吸い付く赤ん坊ののどが動くのを確かめて後ろを向く。
オッパイが出るか確認しただけだろうが、まったく。
「それじゃぁな」
「待ってください!」
透明女に回り込まれた。
右へ、透明女に回り込まれた。
「おい、助けてやっただろうが、とっととその体に戻って帰れ」
「体に戻れってそんなの無理です、はじかれちゃって近くにも寄れないです」
「そうなのか?」
「はい」
「仕方がないな、それじゃあ身内に引き取ってもらうから誰に連絡したらいいのか早く言え」
「自分の名前も覚えてないですぅ。そんなの聞かれたって、ぐすん、助けてくれるって、ぐすん」
「ユーレイが泣くな! 分かったよ、その子の面倒見ればいいんだろ」
「ありがとうございます、あ、な、た」
「おいっ!」