第4話「メスネコドレー」
しばらくして、奴隷商のグスタフがやって来た。
小柄な太ったおっさんだ。
この詰所おっさんばっかだな。
「この首輪、確かにうちの物ですね」
クーンの首輪を見て、グスタフはそう言った。
ああ、最悪だ。
つまりクーンはガチで奴隷で、グスタフが所有しているという事だ。
なるほど、クーンが街に入りたがらなかった訳だ。
日本の感覚で勝手に勘違いしてすぐ出られるとか言ってしまったが、奴隷という事はつまり……そういう事なのだ。
クーンの最後の逃走の機会を、俺が奪ったのだ。
グスタフは俺の方を向くと、しばらく時が止まったかのように俺を見続けて、不意に口元を崩して話し出した。
「救出してくれたのは貴方ですね、私奴隷商をしておりますグスタフと申します」
「ヨシオだ」
「本当に助かりました、ありがとうございます。これ程の上物はなかなか見つかりませんで、一歩間違えれば……」
良い笑みをする、まるで金の成る木を見つけたみたいな、黒い笑み。
やばいな腹立つ、物扱いかよ。
敬語とか使える気がしないわ。
クーンは絶望した顔してるし、もう何か、何この世界、最悪だな。
連れて来た俺も最低だが何だよ奴隷商って、俺以下じゃねえか。
「こちら、心ばかりですが」
皮袋を貰った。
ジャラリと鳴ったそれは、多分金か。
やばい全然嬉しくねえ。
金なんかよりクーンを解放して欲しいんだが。
「ヨシオ様は冒険者ですか?」
「いや、これからなるつもりだ」
何だよどうだっていいだろそんな事。
何なんだよその笑顔、クーンどうにかしろよ。
「ヨシオ様、この娘が気になるのですか?」
ニタッと嫌らしい目で俺を見るグスタフ。
ぶった斬るぞクソが。
いやいや冷静にいこう、いかんいかん、俺は犯罪者にはならん。
あの戦闘以来、ちょっと吹っ切れてしまっている気がする。
「まあな」
「ヨシオ様には助けて頂いた事ですし、お安くしておきますよ」
「おいグスタフ、そういった事は店でやれ」
「これはこれは」
甲冑おっさんリーダーにたしなめられたグスタフはふふふと適当な愛想笑いをし、俺に目配せをしてからクーンを連れて詰所から出た。
俺は嫌な気分を抱きながらも、返してもらった剣を背に帯び、グスタフの後を追った。
グスタフと共に街に入る。
外からでは外壁でわからなかったが、街はなかなか発展しているようだ。
発展しているといっても、機械があるとかそういった事ではなくて、粗末な小屋ではなく、煉瓦造りの丈夫な家ばかりなのだ。
大通りを抜ければ露店が開かれており、活気に満ちている。
しかし俺達が向かったのはそんな表舞台ではなかった。
裏路地に入り、奥へ奥へ。
治安が悪い訳ではないが、何とも嫌な雰囲気の場所に辿り着く。
客引きっぽい女がチラチラと俺を見るが、声はかけて来ない。
かけられても困るが、グスタフと共に居るおかげか。
詰所の甲冑おっさんリーダーがすぐに思い当たるくらいには有名みたいだし、こちら側の業界では一目置かれている存在なのかもしれない。
ひとつの立派な屋敷の様な建物に辿り着いた。
此処がグスタフの店なのか。
中へ入ると、美人さんが会釈してきた。
「いらっしゃいませ」
にこりと笑む表情は、俺がこれまで見た事のないような美しさ。
しかし悲しいかな、その白く長い首には首輪があるのだ。
グスタフめ、何だか無性に腹立たしくなる。
奥の部屋へグスタフと共に向かい、個室にて向かい合って着席する。
クーンは立たされている、これが奴隷か、腹が立つ。
「それでは早速、こちらの娘ですが……」
「いくらだ」
俺は喰い気味に聞く。
俺のせいでクーンは逃げそびれたのだから、せめて一刻も早く助けてやりたい。
「……三十万ルフでございます」
クーンが目を見開いて固まった、もしかして凄く高いのか。
やばい、全く考えてなかったけど、この世界の金銭価値がわからん。
どうしよう、日本語が通じるものだから、この事態は考えていなかったぞ、本当に馬鹿だ俺は。
だがしかし、グスタフから受け取った金がある、これで計る。
俺は皮袋を取り出し、テーブルへ置いた。
「これでは足りないのか」
「先程お渡ししたものですね。そちら五万ルフですので……」
マジかよ、この重さで五万円かよ。
いや、五万ルフかよ。
この六倍……ちょっと辛くないか、持ち運びとか。
「俺はどうしてもクーンを買い取りたいのだが……」
「そうですねえ」
ニコニコと悩むような素振りを見せるグスタフ。
これ絶対悩んでないよな、下手すりゃこの展開読まれてた……というか詰所で俺がクーンに熱視線を投げていた時点から全部計算づくで、最悪足元見られてる可能性まである。
いや、あくまでも最悪の場合だが、金銭価値がわからないのがここまで響くとは思わなかった。
騙されてるのかどうかすらわからない。
「ヨシオ様は冒険者になるとの事でしたので……」
ちらっとこちらを見てくる。
何だその意味深な感じ、いいから言えよ。
「失礼ですが、いつお亡くなりになるとも知れません」
それはまあ、確かに。
結局戦って金を稼ぐしかないのだろうから、死の危険が付き纏うんだよな。
「この娘はかなりの上物、これ程となるとあちらの趣味の方でも、ノーマルの方ですら引く手数多でございますから」
ぐぎぎ、何が言いたい。
ノーマルとかあちらとか何だ、プレイの事か。
「では十分の一の三万ルフを担保に、十日間お待ちしましょう」
「……いいだろう」
「それでは三万ルフをお預かりしまして、明日から十日後までに二十七万ルフお持ちください」
了承したけど、三万ルフの価値がわからない。
クーンは上玉上玉言われているから、多分この世界の人間から見てもかなりの美少女なのだろう。
そのクーンの命が三十万ルフで買える。
つまり三十万ルフは大金?
その十分の一の三万ルフは……大金なんだろうな。
あれ、これやばくね。
そもそも冒険者って儲かるのか?
身分が無い者でもなれるという事は、めちゃくちゃ底辺の職業に思えるんだが。
「わかった、また来る」
「はい、お待ちしております」
嫌な笑みだ、俺が持って来れない事を確信しているのか、はたまた――。
明日から十日というのはラッキーだが、なんにしても今日、今からすぐにでも動き出さなければならないだろう。
例えば家を買うようなものだ。
十日で家を買う資金を稼ぐなど不可能に近い、だからこそ時間が惜しい。
俺はグスタフの店を出ると、すぐさまに駆けだした。