第2話「メスネコガール」
最悪の気分だ。
斬られる覚悟はしていたが、まさか俺が人を斬る側になるとは。
四つん這いの姿勢で胃の中の物を吐ききった俺は、ゆっくりと頭を上げた。
未だ肉と骨を砕いた感触の残る右手で、少女にサムズアップした。
「もう大丈夫だ」
ニッと笑みを投げてやると、金髪の少女はおろおろと目線を泳がせている。
当然だ、これだけ人が死んでい……ん?
よく見ると頭頂部には猫の耳のようなものがあった。
これが俗に言う、コスプレか。
余裕でコスプレなんぞしおってからに……。
あれか、以前取り上げられていた、露出プレイとやらを実行して逮捕されたコスプレ少女なのかもしれない、こんな清純そうな顔して他人に素肌を晒すとは、今の子供は破廉恥だなあ。
少し眺めていて、冷静になって来た俺は不安に駆られた。
「あの、此処って何処?」
「フ、フク……キル……」
真っ赤な顔の少女に言われて、俺は全裸だった事を思い出す。
恥ずかしさが再び蘇った俺は、大木の下へ戻り、服を着込んだ。
アヘ顔で逝ったフル甲冑おっさんに再び合掌しておく。
まだこんな野蛮な連中が居るかもしれないと、アヘ顔昇天おっさんの鞘を頂き、納剣して少女の下へ戻った。
もうなんというか現実離れしていて、とにかく生き残りたいので無駄に考えるのをやめる事にしている。
再びこんな野蛮人に襲われたら、素手ではどうしようもないからな。
「ドコ? クニ、ですか?」
「いや、国っていうか、県」
「ケン?」
しかしこんな状況で片言の言葉遣いでキャラを作るとは、なかなか肝っ玉の据わったコスプレ少女だ。
なんのキャラだろう?
深夜に放送している大きなお友達向けのSFアニメ、超次元偶像精霊ブルームーンちゃんに出てくるメスネコ、リオナ・ペットちゃんだろうか。
リオナ・ペットちゃんだけは学校でも人気あったな、アニメ自体はクッソキモイと罵られていたが。
しかしリオナ・ペットちゃんならばもっとハキハキしたキャラだった気がするが、子供の真似事だしな。
「俺群馬に住んでるんだけど、此処ってもしかして噂の群馬の秘境?」
「グンマ? シラナイ、です」
都会っ子め、要領を得ないな、他の子達に聞いてみよう。
木の車に向かうと、もぬけの殻だった。
逃げられたのか、囚人とかだったらやばいな、脱走の手助けをしてしまったかもしれない。
この金髪コスプレ少女に尋ねるしかないという事か。
難儀だ。
「君、名前は?」
「なまえ、クーンです」
おお、普通に喋った。
ちょっと作ったキャラでは簡単に崩れてしまうのだ。
しかしクーン、クーン……。
あれ? 日本人の名前じゃないよな、外国人だったのか。
見れば確かに日本人の顔ではない。
この金髪も地毛か。
本気を出した外国人のオタクは恐ろしい練度を誇るらしいし、このクーンもオタク文化に汚染され重度のメスネコ化を余儀なくされたのだろう。
そして街中で露出し見事逮捕と、凄まじい経歴だな。
ともすると、片言なのは日本語慣れしていないせいかもしれないな。
「俺は好男ね、ヨシオ」
「はい、ヨシオ」
「それで、此処は何処?」
「ウィンドガーデンです」
ウィンドガーデン、風、庭。
風の通る庭、庭?
庭、広い……草原?
なるほど、風のよく通る草原か。
海外では草原をウィンドガーデンというのか、洒落てるな。
「いやそうではなくてねクーン、この県……ええと、此処の地名?」
「はい、ウィンドガーデンですニャ!」
大きな声で発言し、それはもう大層嬉しそうににっこりと笑んだ。
ニャとかキャラまで作って可愛いけどだめだこれは、埒が明かない。
「あーそれじゃ近くの街にでも案内してくれない?」
「わたし、マチ、イカナイ、です」
「どうして?」
いや、そりゃあ露出で逮捕されて脱走して町に戻ったら警察さんにお世話になる事になるだろうが。
こんな秘境に居たらいつ襲われてもおかしくない。
それならば収容されて露出癖を矯正した方がクーンの為にも良いだろう。
「ドレイ、イヤ、です」
「奴隷?」
確かに、いや知らないが、収容されると馬車馬の如く働かされるかもしれない。
こう、延々死んだ顔で編み物とかしてそう、手押し車とか引かされそう。
しかしながら――
「大丈夫だよ、すぐ出られるって」
「ホントです?」
「当たり前だろ」
――いくら可憐な金髪コスプレ少女とはいえ、子供の露出程度で懲役云十年とかにはならないはずだ。
大丈夫に決まってる。
俺達は街へ向かって歩き出した。
歩きながら周辺を見渡しているが、本当に見た事も無いような、開拓されていない土地だ。
草原の端には森林があるし、遠くに山も見える。
何山だよあれ。
剣は背中に背負っている。
黙々と歩き続けてようやく辿り着いたのが此処。
「いやなんだよこれ」
見上げたそれは馬鹿でかい壁。
検問には人が並んでいる
外壁に囲まれた街?
此処、何処?
刑務所かな?
「クーン、此処は何処だ」
「ウィンドミューレです」
ウィンド好きだなこの子。
あれ、いやまて、この街の名前という事は……。
まさかクーンが日本に来たんじゃなくて、俺が外国に来ているのだろうか。
襲い掛かって来た連中も饒舌だったけど外国人だったし。
日本語流行ってんのかな。
寝て起きたら外国でしたとか怖過ぎる。
クーンに服の裾を掴まれて、俺はどうするべきか悩む。
何というか、物々しい。
馬鹿でかい外壁はあるわ、検問で西洋甲冑に身を包んだおっさんが居るわ。
近寄り難い、非常に。
本当にこの街でクーンを預けて大丈夫だろうか。
悩んでいると検問のおっさんが声をかけて来た。
「身分証を」
これはいけない予感がする。
そもそも俺は着の身着のままで此処に居て、しかも文無しだ。
「ん? その子はお前の奴隷か?」
「え?」
「違うのか?」
「いえ、何というか、奴隷?」
「……お前、怪しいな」
おっさんが手を上げると、何人かおっさんが集まって来た。
甲冑おっさんが甲冑おっさんを呼んだのだ。
検問に並んでいた者達は事態を予想していたのか既に離れてしまっており、俺の周囲はおっさんパラダイスである。
何なのだこれは、訳がわからないぞ。
困惑していると、おっさんの一人がクーンに手を伸ばす。
クーンが服の裾を更に強く握り、引っ張られて、俺は咄嗟に手を出した。
「おいやめろ」
「こいつ……!」
「捕まえろ!」
おっさんの手を引っ叩いた瞬間、俺は左右から腕を掴まれて引きずり倒された。
地に伏せるように倒されると、背に帯びていた剣を取り上げられ、両腕を背中側に持って行かれてそのまま縛られた。
ほんの数秒の出来事である。
俺は呆然としている、クーンは泣きそうだ。
何だこれは。
「あの」
「黙って歩け!」
「いっ……!」
背中を思い切りどつかれて、つんのめりながら前進した。
俺は公衆の面前で後ろ手に縛られ、歩かされている。
クーンも後から連れて来られているようだ。
何だこれ。