第1話「突然の戦い」
鉄のぶつかり合うが鳴り響いていた。
先程から二度、三度とうるさく響いていて、嫌々目を開いた。
「おっ……おお!?」
俺は大木を背に眠っていて、音の鳴る方――大木の端から身を乗り出して見やると、草原を舞台に剣で斬り合っている者達が居た。
数十名、車輪が付いた木造の……車の様な物があり、そこを中心として何やら物々しい雰囲気。
堅気じゃない方々だろうか――にしては、革の鎧や西洋鎧なんて着込んで、武器も刀ではなく、いわゆる剣だ。両側に刃の付いた鉄の剣。
いやいや、そもそも刀を使うなんてのは漫画や映画やらの影響だ。今は銃、チャカの時代だ、引き金ひとつでお陀仏だ。ともすれば連中は何処ぞの劇団員で、舞台稽古中――
「ぎゃあああ」
「オラアア!」
「あああ」
「死ねェ!」
――ではないな、舞台稽古とは思えない鬼気迫るモノを感じる。というか怖い、ちびりそう。周囲には血みどろの……恐らく既に絶命している者らの亡骸も見える。
少し離れていて良かった、これが目前の光景だったら失禁どころではないだろう。
日本語を喋っているようだが、連中の顔は西洋人のそれだ。対して俺は黒髪黒目の純然たる日本人。絶対に関わりたくない。
俺は未だ切った張ったの大立ち回りを演じている連中に気付かれぬよう、大木に頭を引っ込め、逃走経路を思案する。
いや、待った。
俺は何を冷静に分析しているんだ。
そもそも此処は何処なんだ。
日本語が聞こえるし日本――なのだろうが、そもそもとして俺はこんな所で眠った覚えが無い。日本にこんな蛮族みたいな連中が存在していたとは、とにかく逃げ――
「ハァッ!」
「うおっ!?」
いざ移動しようと顔を上げると、目前に鉄剣が迫っていた。
反射的に避けた事で、鉄剣は大木に突き刺さる。難を逃れたが、目の前には俺を睨み付けているであろうフル武装の甲冑。ヘルムで顔は見えないが、本当に勘弁してくれ。
俺はちびりながら、反撃等という危険な選択は取れず逃げだそうと立ち上がった。
焦っていたのと、目の前のフル甲冑マンが怖過ぎて、足がもつれて――
「うあっ」
こけた、俺こけた。
何これ、俺の人生こんな意味不明な終わり方なのかよ。
せめてこう、人並みに女の子といちゃいちゃしたりとか、ぺろぺろしたりとか、もみもみしたりとか――色々したかった。
拝啓、お父様。吉田家長男こと俺、吉田好男は、子孫も残せずフル甲冑マンに真っ二つにされてしまうようです。
拝啓、お母様。昨日、寝小便したとシーツを洗濯してたけど、実はあれ俺の放出した子孫なんです。
拝啓、従姉様。パンツ盗んでごめんなさい、出来心だったんです。気持ち良かったです。もうしません、出来ません。
拝啓、従妹様。風呂上がりに全裸晒してごめんなさい、事故だったんです。呆然とした後、泣いていましたね。不覚にもちょっと興奮してしまいました、トラウマになっていたらごめんなさい。
「うごっ!?」
「ガッ……」
バランスを崩した俺は。そのままフル甲冑マンに抱き付く形で倒れた。
ひんやりとした感触、硬い、最後の感触は切ない。
「……あれ?」
いつまで経っても終わりが来ない。
こう、ズバッとやられるか、ズバラッシャアとやられるか、想像してガタガタしていたのだが。
恐る恐る起き上がってみると、フル甲冑マンは大の字に天を仰ぎ、のびていた。
どうした事だろうか、ピクリともしない。
ヘルムを外してみると、そこにはだらしなく舌を出したアヘ顔のおっさんが居た。
「はっ……ハハハ……」
勝った、人生初の戦いとしては見事な勝利と言えるだろう。
勝因は何だ?
俺はただこけただけだ、ともすればフル甲冑で身動きが取れず、後頭部やら大切な部分を守れずに強打したのだろう。
このフル甲冑おっさんの自滅に近い。
延髄とか、そこら辺がやばそうだ。
「はぁ……」
一応手を合わせて拝んでおいた、合掌。
「ッシャアアア!」
「ハッハー!」
後方から馬鹿みたいな大声が聞こえた。
俺はハッとして身を潜める。そもそも此処は連中が殺し合っていた場だ、ばれれば間違いなく飛び火して来る。
そっと顔だけ出して見てみると、革鎧の男が二人だけ生き残っていた。
残りは全滅だ、残ったのは肉塊と、血と――酷い有様だな。
「へっへっへ、この時を待ってたんだよ!」
「お前から先に良いぞ、俺は見張ってらあ」
促された男は、木造の車に積まれているモノを物色している。
「人……?」
人だ、首輪をはめられている。
少年少女だ。
何ともおかしな光景だが、犯罪者だろうか。
どっちが、どれが悪者なのかはわからないが、あの男達が嫌らしい顔をしているのだけはわかる。
これはあれか、俺の様な健全な青少年には見せられないような展開だろうか。
「こいつにするわ」
「ヤッ、ヤァァァ!」
「上玉だなあおい」
男が引っ張り出したのは金髪の女の子だ。
嫌がる女の子を引きずる様にして連れ出すと、そのまま押し倒した。
これは……ちょっとばかり許せないな。
と、格好付けても俺には救い出すだけの力が無い。
どうすべきか、彼女を助け出すならば時間は余り残されていない。
「ヤッ! ニャアッ!」
「うるせえな! 暴れんじゃねえよ!」
男は殴った、少女の頬を。多分手加減していない。
男の望み通り、一発で少女は抵抗を止めた。恐らく痛みで力が入らないのだろう。
これはまずい、早急に助けなければ。
俺は今持ちうる手の中から、最も有効であろう手段を選び出す。
頭にはヘルム。
右手には鉄剣。
フル甲冑おっさんから奪った物だ。
俺は大木の影から踊り出し、少女を襲う男へ向かい一直線に駆け出した。
今の俺に恐怖はない。
恐怖より勝ったモノがあるからだ。
恐怖を越えたのは怒り、憤り――そんな生易しいものではない。
「うおおお!」
「うわっ! 何だコイツ! 素っ裸じゃねえか気持ちわりィ!」
俺はヘルムだけを被り素っ裸で突っ込んだ。
従妹を呆然とさせたこの姿、一瞬でも怯ませれられるのならば惜しくはない。
ヘルムの下は羞恥に茹で上がった顔がある。
しかし今それは問題ではない。
監視の男には目もくれず、バイザーの隙間から少女に覆いかぶさる男だけを視界に捉えて全力で鉄剣を振り下ろした。
「おらあああ!」
「は? どうした……何だテメェぶっこるグエエエ!」
一撃で頭を砕いたそれは、ゴリっとした嫌な感触を手にもたらした。
砕けた頭から血が噴き荒れる中、俺はもう一人の、俺を気持ち悪いと言った失礼な男へ向かって走り出す。
「チッ! かかってこいやオラァ!」
失礼な男は納めていた剣を抜き放ち、俺を迎え撃とうと構える。
俺はヘルムを脱ぎ去り、迷わず投げつけた。
「うおっ!?」
ヘルムに反応し隙が出来た男に、俺は斬りかかった。
左足を軸に右足を大きく引き上げ、肩に担いだ鉄剣を右足の落下と同時に叩き下ろす。
これでもかという程に四股を踏んだ俺は、肉と骨を断った柔らかくて硬い、気持ちの悪い感触を手に受けながら失礼な男を見やる。
左の肩口に鈍く食い込んだ鉄の刃が痛々しい。
白目を剥いてガクガクと小刻みに震えながら、しかし鉄剣に引っ付いたように体は崩れない。
男の胸に足を当て、蹴り飛ばすように鉄剣を引き抜くとようやくと倒れる。
その亡骸は地に伏せると、すぐに血溜まりを作り始めていた。
俺は堂々と少女へと振り返り、ニッと笑顔を作り口を開く。
さあ、剣を高々と掲げ、勝利宣言だ!
「勝っタオボロロロロロロ」
「キャアアア!」
気付けば俺は、生まれたままの姿で胃の中の物を全て吐き出していた。