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◆◆◆ J(妹)◆◆◆


「おはよー」


 ガラッと教室のドアを開ける。

 兄と幼なじみは放ってきた。家でのストレスを啓いびり、及びバトルで解消するのは毎朝の日課のようなものなので、始まりそうな気配がしたら巻き込まれないうちに逃げているのだ。


「はよ。またあの二人ほっぽって来たのかい?」

「うん、お邪魔しちゃ悪いからね」

「馬に蹴られるもんな」

「じゃなくて、ストレス発散させてあげないと溜まっちゃうからね」

「ナニが溜まるって?」

「だからストレス。なんでニヤついてるの、(しい)

「ん? おまえさんが可愛いから」

「はいはい」


 ニヤニヤしながら立ってるのは(しい)。中等部からの付き合いだ。

 印象的な左右色違いの瞳で、右目は髪と同じく真っ黒なんだけど、左目は薄い水色をしてる。

 女性にしては背が高く、真面目な顔して黙って立ってりゃ外見は美少年風。男か女か、初めて会った時は僕も迷った。うちの学校は男女共、スカートとズボンのどちらをはいてもOKなので、制服からはわからない。ショートヘアだし、ハスキィだから声聞いてもよくわかんなかったし。


 ちなみに椎は今はスカートはいてる。夏はスカートで冬はズボン。合理的だよね。僕の場合は父がスカートしか用意してくれないから冬には寒い思いするんですけど……。

(以前スカートの下にジャージ穿いて登校しようとしたらさめざめと泣かれた)

 椎は性別は女でも、中身はおっさんだと僕は確信している。なのになんで下級生女子に人気があるのかな? 


「暑いよ、椎」

「んー、もうちょい」


 これも日課になってる、朝のギュウ。椎は『綺麗なものと可愛らしいものが好きだから』という理由で、しょっちゅう僕の頭を撫でたりこうやって抱きしめたりする。自分が『可愛い』って言われても、いまいちピンと来ないんですけど。


 人の中身ってけっこう外見が関わってる気がするんだけど、僕の場合中身は『可愛い』とは正反対だと思ってる。どうせなら椎みたいなかっこいいのがよかったな。


「かっこいいって? 惚れたか?」


 からかいまじりに椎が問うてくる。

『かっこいい』は声には出してないよ。これは椎の力。対象の記憶を読み取れる能力だ。対象は有機物、無機物を問わない。


「惚れるか。かっこいいのは外見だけだよ」


 僕はしゃがんで椎の腕をくぐり抜けた。


「おはよう……」

「おはよう」


 疲れた顔の啓と、それとは対照的に爽やかな笑顔の兄が入ってきた。


「や。さっきぶり。思ったより早かったね」


 啓の頭にタンコブできてないからバトルは無かったのかな?


「はよ、エル」


 椎は、啓は無視して兄にだけ挨拶返してる。いつものことだけど。


「おはよう、椎」


 春の陽だまりを思わせる笑顔を教室内で惜しげもなく振りまく兄が、今日も心配です。


 自分の席に行った兄の方向に柏手(かしわで)を打ち、『今日も一日(兄が)平和でありますように』とヤオヨロズの神様に祈っておいた。たぶん学び舎の神様とかもいるだろうから。智恵の神様になるとオモイカネノカミだっけ。

 僕はかなり中途半端な知識で、『なんでもあり』という自国の国民性を遺憾なく発揮させていた。

(僕は時々、自分の家が何をやってるところだか忘れることがある)


「ひどいよう、ジェイ。また僕のこと置いてったぁ……」

「しょうがないだろ、僕と兄さんの安全のためなんだから。巻き込まれたくないからね。しょっちゅう喧嘩するやつが悪い」


 啓がトランス状態になるのはよくあることだが、それが戦闘時だとかなりやばい。僕だと認識できずに攻撃をしかけてくることもある。僕を庇って兄が怪我でもしたら大変だ。 

 

 兄は一人ならなんなくかわしてる。だけど、危うくピィちゃんの吐き出す火炎を浴びそうになった僕を突き飛ばして、代わりに兄が真正面から炎の本流にさらされそうになったことだってある。心臓が凍るかと思った。もうあんなの嫌だよ。癒すことはできるけど、僕のために痛い思いをさせたくないもの。


「今日はすぐやめたよ……」

「『今日は』だろ。おまえさんはいきなりキレるから危なっかしくてしゃあないんだよ」


 椎が、後ろから僕に腕を回して胸の前で組み、顎を僕の肩にのっけながら口を挟む。


「国から保護条令が出そうなこの可愛らしい天然娘に傷の一つも負わせてみろ。ただじゃあおかないからな」


 天然娘って……。天然は啓だろ?


「……ジェイを傷つけるような真似はしないよ」

「してるっつーの。おまえさんがトリップしてて覚えてないだけだ。過去になんべんエルが阻止したと思ってんだ?」

「え……そうなの?」


 啓がびっくりした顔で僕に尋ねる。


「まあね……そういうこともあったかな」


 僕は遠い目をして答えた。


 覚えてないだろうなぁとは思ってたけど、その様子じゃ本当に、ミィちゃんの毛の先ほども覚えてなかったんだね。サルって言いたくなる気持ち、ちょっとわかるよ。僕自身某担任から動物扱いされてる身だから呼びはしないけどね。


 で、重たいから外すよ? 僕は再び椎の腕から逃れた。


「ご、ごめんっ」

「いいよ、悪気は無かったんだから」


 ハア、と盛大に溜息をもらしたかったけど、我慢して心の中だけで吐息した。元はといえば、兄が啓をいびるのが原因だしね。


「悪気が無いっつうのが一番タチ悪いだろ。おまえさん、これからも絶対繰り返すだろうが。この顔に一生消えない傷をつけたらどうする気だ?」


 僕、癒せるから大丈夫だよ? 母と同じくらい力があるって言われてるから、時間経ってなかったら蘇生すら可能なんじゃないかと思う。やったことはないけどね。


「しないよ! もしそんなことになったら責任取るよ!」

「へえ、一生?」

「うん、一生!」


 言った後、啓はボウッと真っ赤になった。話の流れでついつい韓国ドラマのような台詞を口にしてしまったからだろう。のせられやすいやつだなぁ。


「おーおー、言い切ったね。こそこそおまじないやってる男が」


 椎がニヤッとニヒルな悪役のような顔をした。

 啓の顔がますます赤くなった。おサルだおサル。


「おまじないは課題なんだからしょうがないんじゃない? 人に知られたら効果がなくなるって言ってたし」


 とりあえずフォロー。課題、やってもらわなきゃ困るもん。


「それだけじゃなくて、こいつ消しゴ……」


 わっ、うるさい。啓が突然ワーワーと叫びだしたので、耳をふさいだ。


「うるさいよ啓! なに騒いでんだよ!」


 僕は耳を押さえたまま叫んだ。


 ようやく静まったみたいなので、手を外してから、「なんだったの?」とちょっと心配げに啓を見た。とうとう頭にキタか?


「発情期の猫はギャーギャーうるさいけど、猿もそうなのかね?」


 椎が腕を組んで、馬鹿にしたように啓を見下ろしていた。

 そういうポーズ、似合うよね。椎が啓より背が高いってわけじゃないんだけど、啓ってほら猫背だから。

 ちなみに兄は猫背じゃなくて猿背だと言ってる。猿が体曲げてるあれのことね。教室の隅で膝を抱えてどんよりとうずくまってる姿は、『越冬猿』として、ひそかにクラスの名物になっている。


 『エットウザル』。

 たぶん兄が広めたであろうその言葉は、最初聞いた時はなんのことかよくわからなかったが、寒い冬に体を丸めて仲間同士寄り集まっているあの姿をさしてるらしいと知って、深く納得した。


 「一匹じゃ寒いだろうから」と兄がわざわざ黄色いリボンつけてるおサルの人形を買ってきて、『越冬猿』してる啓の横に置いてあげてたこともある。『餌を与えないでください』という持ち運び式立て看板も作製していた。たまにそれを見かけた観光客(生徒)がバナナを与えようとするので困っている。人間って、禁止されるとかえってやってみたくなる生き物だもんね。ためしに『おひねりを投げないでください』って書いてみようかなぁ。


 ……やめとこう。こないだバナナを手に握らされた状態で正気に戻った啓が、隣に置かれた看板に気付いて亀のハル君を召喚して、教室が水浸しになったんだった。ハル君は口から水を吐き出し、しかも回転しながら飛ぶので全員被害を受けた。

 捕獲網で捕らえられた啓は、召喚符を取り上げられ、濡れ鼠にされたことに怒った女子たちに吊るし上げられていた……。


 一応フォロー(?)しておくと、啓は教室で兄相手に暴れる時も、あの変身バージョンになっている。きりっとした顔と鋭い目つき、伸びた背筋で式を操る。けっこうかっこいい。

 あれだと微笑みながら優雅に攻撃かわしてる兄のほうが悪役に見えてしまう。実際諸悪の根源は兄ですが……。

 なのに啓だけが怒られるのは、戦いが終わったら一瞬にしてもとの小猿に戻ってしまうからなのだろう。そのあまりにも情けない姿とさっきまでのりりしい青年とのギャップの激しさに、先ほどまでの姿は無かったものとされてしまうらしい。

 あの姿のままでいれば、もてるんじゃないかと思うんだけどね……。

 僕も慣れているはずなのに、今朝も思わずまじまじと顔見ちゃったよ。『アナタは本当に、昨夜僕と話をしていたあのお兄さんと同一人物ですか?』って。

 真剣に変身ボタンを探してしまった僕でした。


「は、発情期って……」


 『昨夜はお兄さん、今朝は小猿』の幼なじみが、椎の台詞に反応して叫んだ。


「もうっ! 椎は黙っててよ!」


 お、強気。そりゃ動物扱いされれば誰だって怒るよね、うん。

 僕はさっきまでの心の声をきれいに無視し、深く頷いた。

 でも怒ってもやっぱり変身はしないんだよなぁ。


「ジェイもっ。椎の言うことに耳を貸さなくていいからね!」


 僕にまで怒鳴らないでほしいな。おつゆ飛ばさないでね。


「その前に、君も突然奇怪な行動に移るのなんとかしてよ。ちょっと落ち着いて。ほら、深呼吸。茹で蛸みたいに真っ赤だよ」


 あ、タコって言っちゃった。よけい怒らせるかな? ……もののたとえだからいいよね?

 啓を見ると、なぜか今度は泣きそうな顔をしていた。


「……ごめん、タコもダメだった? 悪意を持って言ったわけじゃないからね? 以降気をつける! 動物シリーズは口にしない!」


 ほら、同士だし……。ね? と続ける僕に、啓はますます情けない顔になる。んで、椎はまたニヤニヤ笑い。君らほんとに仲悪いよね。


「タコならいいだろ? かわいいじゃん。ノイローゼになると自分の脚食っちまうとことかさ」


 兄と違って、椎の啓に向ける言葉は完璧に悪意で成り立ってると思う。(兄のに悪意が無いわけじゃないけど、そこはかとなくほのぼのとしてるというか……。思うに、あれってじゃれあいの一形態じゃないかと)


「と、とにかく! 元気出して! ほら、そろそろ先生来るよっ」


 じめ〜っとしてきた啓を引きずって席に着いた。

 湿気に囲まれてるような気分になる。今、梅雨の季節じゃないはずなのになぁ……。

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