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◆◆◆ K(幼なじみ) ◆◆◆


 僕は帰るなり、白紙のお札の束を取り出して召喚符を書き始めた。

 僕の場合は自分の手書きのお札でなくちゃ召喚できないという法則がある。だけど、今日もさんざん言われたように字が下手なため、なかなか成功しない。

 ピィちゃん呼び出そうとしてケサランパサラン呼んじゃったこともあったっけ……。


 幸運の、下位精霊である。物質界に適応はしやすいらしいのだが、生殖能力の低さから絶対数が少なく、ほとんど市場に出ることが無い。

 僕が精霊界から十数匹呼び出したのを知って、『どうして室内でやらなかったんだぁっっっ!!』と、大学院の研究者たちから涙ながらに攻撃されたことがある(死ぬかと思った)。

 それから、彼らの前で延々と召喚符を書かされ続けたのである。

 (結局、ケサランパサランは出なかった)


「あ、失敗……」


 机の隅に失敗符が積み重なっていく。お札は一枚書くのにもけっこう霊力を消耗する。せめて十枚に一枚は成功するようになりたいなぁ。


「あ、また失敗。いや……使えるかな?」


 こういうのが困る。

 『そんな危ないのは使うな』。

 もちろんその通り。

 でも、せっかく成功したかもしれないのを、あっさり捨てるのはしのびない。僕は、それを保留ということで、失敗作の隣りに置いておいた。


 時たま保留にしておいた札が成功のに紛れ込むことがある。お隣のビデオを謎の物体に変えてしまったのも、その保留符のせいだ。ジェイが『ミィちゃんと遊びたい』と言ったので出してあげようとしたら、失敗して悪戯好きの小妖精を呼んでしまったのだ。

 悪気があってやったわけじゃないのに、僕はエルにぼろくそに言われて散々いじめられた。


 ちょっと試しただけでビデオの使い方をマスターしてしまったエルは、照準を僕に合わせて、過去の僕の夢をテレビに映して笑ったりしていた。『プライバシーの侵害だから』って他の人の夢は見ないくせに、ひどいよう……。

 ちなみに夢の内容は、『お花畑で花冠を作って僕の頭に載せてくれているジェイと、その横でごろごろしているミィちゃんたち』だった。


 エルは僕の夢を見て笑いものにするだけでは飽き足らず、加工・編集して、『お花畑』をエルの家の花壇に変えてしまった。あそこの花壇には普通の花に混じって見るからにアヤシゲなのが咲いている一画がある。

 エルが操作した画面の中で、僕の頭の花冠は根っこが人型で叫び続けている謎の植物に変わり、ピィちゃんは僕に威嚇放炎し、ジェイは耳を塞いで即効で逃げていった……。

(マンドラゴラの叫び声を聞いた生き物は死んでしまうという言い伝えがある)


 しかもその日の夜僕が見た夢は、まんま、その悪夢の再現だった。夢の中で、僕自身が頭にマンドラゴラもどきをのっけて灼熱の炎を吹きかけられて幼なじみの女の子にダッシュで逃げられていたのだ。

 昼にあんなビデオ見せられたからその印象が強く残ってて、それで夢に見ちゃったのかなと思っていたのだが、実際は違った。

 翌朝の登校時、にやにや意地悪笑いしているエルから、


『素敵な顔色だね。どんないい夢を見たんだい?』


 とか言われたから、あれもエルの仕業だったとわかったのだ。

 きっと、ビデオで僕の夢を操るとかしたんだ。

 だけど、


『昨夜の夢、君のせいだったの!?』


 そう僕が怒っても、


『ん、なんのことだい? 僕が何をしたって? 僕はただ朝の挨拶をしただけじゃないか。なのにそんな、朝っぱらから大きな声を出したりして、近所迷惑だよ?』


 エルはわざとらしくとぼけてみせていた。


 その後も僕が何を言っても暖簾に腕押しで、結局やつは最後まで認めなかったのだ。


『次、僕にビデオ使ったら絶交だからねっ』


 強く言っといたからか、それ以降夢関係の嫌がらせはぱったり止んだんだけど、なんかまた、忘れた頃にやられそうで嫌だ。



「啓さん、今いいかしら? ジェイちゃんが来てくださったわよ」

「あ、はい、お母様」


 僕は後から後からわいてくる過去の悪夢を頭から振り払い、立ち上がって障子を開けた。


「こんばんは、お邪魔していい?」


 和服を着た母の後ろに、ジェイが立っていた。ラフなジャージ姿も可愛いなぁ。僕はとたんに心がほわわんとなった。僕、ジェイがエルの妹じゃなきゃ、とっくにエルと友だちやめてると思う、うん。


「どうぞ、お入りください」


 僕は小さい頃からの習慣で、家にいると誰に対しても敬語で話してしまう。


「今日はアップルパイを持ってきてくださったのよ。いただきましょうね」


 母は甘いものに目が無いが、自分では和菓子しか作ることができないので、『お隣からのおすそわけ』をいつも楽しみにしている。


「おばさま、僕の分はいいよ。家で食べてきたから」

「ええ。お紅茶はいつものでいいかしら?」


 おじさんはジェイたちとの『おやつの時間』を『絶対不可侵領域』にしているので、ジェイはたいてい自分の家で食べてから持ってきてくれる。おじさんはジェイたちが一緒に食べないと拗ねるし、僕がその時間にお邪魔してしまった時などは、二人が僕に話し掛ける度にうらめしそうに見られてしまった。

(あれはたいへん心臓に悪かった)


 母がいそいそとケーキの箱を持って去って行くと、ジェイは「どっこいしょ」と、僕の用意した座布団に座った。


「ジェイさん、『どっこいしょ』はどうかと思いますが」

「自分でもじじくさいとは思うけどね」


 癖なんだからしょうがない、と笑って流された。


 癖かぁ……。僕も癖は多い方だ(と言われている)から、人のことは言えないのかな? 自分では気づかないんだけど、しょっちゅうエルに突っ込まれて、それをネタにからかわれているのだ。


「これ保留符? 微妙だね。兄さんに見てもらう?」


 ジェイは文机の上の保留符を見つけて、「どっちだろう?」と目を細めて見ながら言った。

 エルの鑑定眼は確かなので、保留符は処分する前にエルに確認してもらうことがある。

 僕はあまりエルに借りを作りたくないんだけど、保留符がミィちゃんのだった場合、ジェイは『もったいないから』とエルのところに持っていってしまう。


「ええ、どうぞ。ジェイさんはほんとうにミィちゃんがお好きですね」

「うん、かわいいもん。兄さんもミィちゃん気に入ってるしね」


 ちなみに、僕も含めて、僕の式を見て『かわいい』なんて思うのは少数派である。特に子供は、たいてい泣く。


「ミィちゃんとじゃれあってる時の兄さん、無邪気ですっごく可愛らしいんだぁ」


 ジェイは両手で頬杖をつき、夢見るようにうっとりと言った。

 

 エルは戦闘時以外では、僕の式もかわいがってくれる。ジェイと同じく、特にミィちゃんがお気に入りで、ほうっておくと、勝手にじゃれあっている。それがまた、はたから見ると襲われているように見えるらしく、何度「救助」されかかったことか……。

(ミィちゃんはライオンよりも大きな白い虎)


 僕がミィちゃんでエルを攻撃すると、後で必ず彼から文句がくる。

 『愛するものどうしを戦わせるなんて、なんて罪なことをするんだ』と、ミィちゃんの首の辺りをだっこして言うのだ。

『そんな哀しそうな顔しないで、ミィちゃん。悪いのは啓なんだから』

 マタタビを与えるな……。



「啓?」


 ジェイの声に我に返った。


「すみません、ジェイさん。少しボウッとしていました」


 せっかくジェイが来てくれてるのに、なぜだか微妙に嫌なことばかり思い出してしまっている。


「ハハ、いいよ。いつものことだから」

「『いつも』って……そんなには……」


 いや、もしかしたらそうなのかな。なにしろ、現実逃避したくなることばっかの人生だから……。

 その原因の大半は、僕の正面であぐらをかいてる幼なじみの双子の片割れなんだけど。


「それも君の持ち味だし。いいんじゃない?」


 ジェイは慰めてるんだかどうなんだかよくわからない返答をした。

 そんな持ち味は嫌だ……。


「ところでジェイさん」

「ん?」

「課題の件なんですが、僕が知っているおまじないに変えてもいいでしょうか?」

「いいよー、僕がやらないですむんならね。なにやるの?」

「先に人に言ってしまうと効果がなくなるので、成功してからお話します」


 ふふふ……。僕はトイレで誓ったことを実行に移すことにした。『エルを不幸にするおまじない』をしてやるんだ。『ラブラブな二人を別れさせちゃうおまじない』だ。

 髪の毛さえ手に入れば……。ジェイの髪の毛は今床に落ちているのが一本あるから、後はお隣に行ってエルの髪の毛を採取してくればいい。先生のは……念のため、やっておくかな。教壇の辺りに落ちてるだろうか。まとめて葬ってやれ……ふ……ふふふ。


「ねえ、啓……」


 気が付くと、ジェイが心もち身を引くようにして、僕の顔をうかがっていた。


「さっきの言葉、訂正していい……? そんな持ち味いらないから、あんまり遠い人にはならないでね……」


 …………。

 母がパイを持ってきて、お茶の時間になった。

 何事もなく、時が穏やかに過ぎて行く……平和っていいなぁ……。


  ◆◆◆ J(妹) ◆◆◆


 やっぱり面白かった。

 家に居た啓は、今日は濃紺の丹前を着ていた。どこの文学青年だよと突っ込みたくなるような出で立ちだ。しかも敬語だし。


 啓は自宅だと誰に対しても敬語になる。普段は肩落として下向いてるけど、自宅バージョンの時はシャキッとして背筋も伸びてる。通常バージョンより確実に五センチ以上は背が高くなって、顔つきもきりっとしたものに変わる。二、三歳くらい年上に見えるんで、ついつい『お兄さん』と呼んでしまいそうになるよ。ほとんど別人と言ってもいいかもしれないりりしさです。


 実は戦闘時もそう。敬語こそ使わないが、青白い霊気をゆらゆらと立ち上らせながら召喚符を両手に構える姿なんかは、これまたどこぞの特撮モノのヒーローみたいだ。もしかして変身ベルトとかしてませんか? 和服の時は帯がそうだとか?

 

 などと考えつつ我が家に帰ると、父が床に乙女座りしてヒックヒックと泣いていた。

 対する兄は腕を組んで無表情にそれを見下ろしていた。

 静かな威圧感が漂うその姿は、本当に僕と同い年どころか生まれた時間までほぼ同時なんですか? と改めて問いたくなるほどだ。


「えーと、なにがあったの?」

「君は聞かなくていいことだ。その男にかまってやる必要も無い」


 そっけないし、声に抑揚も無い。普段は涼やかに感じられる兄の蒼い瞳が、今は冷ややかな光をたたえたアイス・ブルーになっている。


「……了解」


 こういう時は黙って従っておいた方がいい。

 兄の怒りのレベルがアップすると、それにつれて表情や態度が無機的になる。父に対してイライラしたりしてる時はまだましな方ということだ。

 その時、都合よく台所の方からオーブンの音がした。シーフードグラタンが焼きあがった合図だろう。


「お兄ちゃん、夕飯できたみたいだから食べようよ。僕、お腹空いたな」


 取って付けたような笑顔で明るく言って、兄の腕をグイと引っ張って食堂に連行した。

 父には、少々可哀相ではあるが、部屋から出る前に「頼むからついてこないでね」とお願いしておいた。


 食卓には、グラタン以外にも、コーンスープと手作りパンとシーザーサラダが用意されていた。

 スープを温めなおして兄の前に置く。今は父の手料理など見たくも無いかもしれない。だが、兄の主義として僕に一人で食事させることはしないので、食欲がなくとも付き合ってくれるだろう。


 沈黙が嫌で、僕は食べながら他愛無い話をし続ける。話しているうちに、短く相槌を打っていただけの兄の表情がだんだんほぐれてきたので、ほっとした。


 父さん、相当なことしたんだろうなぁ。なにやったんだろ、ほんと……。

 ここまで怒らせるってことは、僕に関することなんだろうか? 兄は、父が僕に関わることをひどく嫌うからなぁ。

 聞きたいけど、兄がああ言うからには僕は知らない方がいいんだろう。父さんも悪気があってやってるわけじゃないんだろうけどね……。


「ジェイ、お代わりは?」


 僕の空いたスープ皿を見ながら訊ねてくれる兄に、僕はすぐさま答えた。


「いるー」


 熱々が好きな僕のために、もう一度温めなおして注いでくれる。

 僕は火傷しそうなくらい熱いのが好きで、実際よく火傷してる。今もこりずにまた「アチッ」とやってて、そんな僕を見て、兄が苦笑している。

 痛いけど、すぐに自分で治せるからいいんだもん。

 『癒しの力を使いながらスープをすする』。ここまでして自分の好みを貫く自分がすごいと思う。


 馬鹿やってる僕を前に、兄は眩しいものを見るかのように、目を細めていた。呆れられてるんじゃなくて、たぶん癒しを行っている僕の姿がお気に入りだから、だろう。力を使ってる時はこんなふうに見つめられるから、正直気恥ずかしい。なんか、ドギマギしてしまう。食べにくいから、あんまり見ないでほしいなぁ。


「ジェイ」

「ん? なぁに、お兄ちゃん」

「今日出された課題は、もうやった?」

「ああ、おまじないのレポート? ……エヘ、啓に一任しちゃってます」

「君はしないの? まったく?」

「えーと、なんでも先に人に知られちゃうと効果が出ない(たぐい)のおまじないらしいんで……」


 ごにょごにょと濁す僕。軽くたしなめられたりとかするかなと思ったのだけど、兄は「そう――」と頷いただけで、特に何も言われなかった。


「えと……、お兄ちゃんは? もうやったの?」

「だいたいの構想はできてるよ。後でもう少しまとめる必要があるけど」

「あはは、だよね。お兄ちゃんだもん」


 心の中で頭を下げる。この兄の勤勉さの十分の一でも僕に備わっていたら、僕は僕以外の何かになってしまっていたな。僕は自分の人格の否定はしたくなかったので、兄の爪の垢は煎じて飲まないことにした。


「じゃ、どんな内容にしたの?」


 僕が尋ねると、兄はなぜか少し寂しそうに微笑んだ。


「おまじないの解き方についてだよ」

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