我、弟子入りす
フィーに湖の真ん中に突き落とされたのが十日前、つまり、俺が天命を得た日である。俺は剣士になって成し遂げなければならないことがあると分かって、実行するための計画を練ろうと思っていた。父は熊狩れるくらい強いんだし、剣術は彼に教えてもらおう……なんて考えていたのだが。
ムリだった。父も母さんも魔術師適性しかないから。
俺が剣士を志すにあたり、この「適性」は大きく影響する。湖にドボン事件は、一般には洗礼と言われ、「適性」の発露を促すことを指す。子どもの内包魔力よりも濃い魔力は、強い刺激になる。だから、魔力を多量に含んだ濃い水を生まれたばかりの子どもに浴びせることで、意図的にショック状態にさせるのだ。そして、初めて強い刺激を受けたときの反応によって、「適性」は決まる。
外部から濃い魔力を浴びて、その魔力を従えようとした子供には「魔術師」の才がある。反対に、外部の魔力を受け入れようとした子供には「戦士」の才がある、ということだ。そのどちらでもないとき、例えば外部の魔力を拒絶したときには魔術師や戦士の才はないと判るので、そのほかの職業を目指す。
まあ、この通り「魔術師」と「戦士」は特別な職業なのだ。国が、いいや、世界が欲している人材である。
俺がフィーから湖にドボンされるまで洗礼を受けられなかったのは、精霊水の魔力濃度が俺にとっては刺激になりえなかったからだ。つまり、俺の内包魔力はべらぼうに多い、ということ。そのことを知ってヒャッホーと喜びましたよ。魔法使える! っね。
……まあ、現実はそう旨くはいかないものですが。
母さんに
「まほ、つかえゆ?」
と聞いたら、
「リューマくらい戦士の適性が高かったら、きっと魔術は使えないわね」
と言われました。
Oh……なんてこったい。この場合、魔力量が多かったら魔法も使い放題じゃねえのかい。詐欺だ! と泣いたのが三日前。
俺が魔法を使えなくて、両親が俺を指導できない理由がやっとわかった。ヴェル爺のおかげで。
まさかの魔法使えない宣言から何とか立ち直り、今日になってやっと外に出た。両親はそんな俺を微笑ましそうに眺めていたが、俺の頬はリスのように膨らんだままだった。
広場まで行くと、ヴェル爺がベンチに腰かけて休んでいた。俺はすかさず走り寄って、泣きついた。だってショックだったんだもん。
「どうした? リュー坊。何ぞ悲しいことでもあったか」
「ぼく、まほ……つかえないって」
「ほほう。洗礼を受けたのか。やはり、リュー坊は戦士の素質を持っとったの。……坊は魔術師になりたかったのか?」
「ううん。まほ、つかいたかっただけ」
「そうか、それはそれは、残念だったのう。魔術が使えんほどの才を喜ぶべきか、それとも魔術を使える余地がなかったことを嘆くべきか……」
「でも、とうさんもかあさんも、まほがとくいだって」
「そういえば、グレンは風の使い手じゃったな。あやつらではリュー坊に指導してやれんなあ」
「ど、して?」
ずっと気になっていたのだが、「魔術師」と「戦士」ってそんなに違うものなのか? 俺のファンタジー・ファイターと言えば、断然魔法剣士なのだがな。両立できないのが常識になってるっぽいし、そのあたりがイミフ。
「なんと説明すればよいか……魔術師と戦士では使う技術が違うという面もあるが、一番の違いはやはり、『術の発動プロセス』じゃ」
「ぷろ?」
「例えば、魔術師が魔術を使うときには、自然の中にある魔力を使う。これに対して戦士は、自分の中にある魔力を使ってそのまま攻撃するのじゃ。使うモノが全く違うでな、こればっかりはどうにもならん」
「ちがうの?」
「違うとも! 人間の内にある魔力と大気の魔力は、相性が悪い。絶対に同化せん。水と油のようなものじゃ」
内包魔力と自然魔力の合成はできないってことか。試したヤツとかいないんだろうか? できたら超パワーアップになりそうなのに。
「それでも掛け合わせようとして研究した者もいたが、みな同じ末路を辿ったよ」
「……なに」
「超反応のエネルギーに耐えきれず、身体が爆散しちまったわい」
え、何ソレ怖いんですけど。リアルに体が爆散とか、ハイリスクすぎでしょ。あと、超反応って何。言葉からしてすごそう。
「だからな、リュー坊。内なる魔力と大気の魔力を両方使うと言うのは禁じ手じゃ。いけないことじゃ。同じように、魔術師と内なる魔力、戦士と大気の魔力の相性も悪いでな、悲しいとは思うが、魔術は諦めなさい」
「…………うん、わかった」
ヴェル爺が頭を撫でてくれる。慰めてくれているのだと思うが、力が強くて結構首が痛かった。
「リュー坊は戦士になるのか?」
ヴェル爺は俺の意思を確かめた。父も母さんもまったく同じことを聞いた。適性があるからと言って、必ずしも「魔術師」や「戦士」にならなくても良い。才を生かした職業ならほかにもあるから、と。
でも、俺は――――
「なる。せかい、いちの剣士に、なるの」
それ以外の道を選ぶ意思はない。剣が俺の道だ。そう思いを込めてヴェル爺を見上げた。
「ほっほっほ。そうか、世界一か。大きく出たの、リュー坊」
「夢はでっかく、それが男」
「わっははははは! そうじゃ、それでこそ男じゃな!」
ヴェル爺は愉快そうに笑っている。俺の決意を面白がる爺に、ぶすっと拗ねた顔を向けた。笑いが止まったヴェル爺は、また俺の頭を撫でながら「すまんの」と謝った。
「男のけついをわらう、のは、ダメだぞヴェル爺」
「まこと、リュー坊の言う通りじゃな。儂が悪かった。お詫びと言ってはなんだがな、儂がリュー坊に稽古をつけてやろう」
「ヴェル爺、せんし?」
「とうに引退したがな、気の扱いや剣術くらいなら教えてやれるよ」
おお! ヴェル爺は戦士だったのか! 引退するまで生き残っているんだから、経験も技術も確かなものだろうな。
「じゃ、ヴェル爺はししょさま?」
「ああ、今からリュー坊は儂の弟子じゃよ。だがな、儂のけいこは大変だぞ? 最後まで頑張れるか?」
「うん。男ににごんは、ない」
「よしよし。明日もここにおいで」
こうして俺はヴェル爺に弟子入りしたのだった。このことを父と母さんに告げると、二人とも心配そうな顔をして俺を見ていた。ヴェル爺を知らないからかと思ったが、二人が言うにはよく知っているからこそ心配なのだと。
どういう意味だと聞いても、煮え切らない答えが返ってくるだけだった。
最後には「リューマなら大丈夫よ。きっと」「腕は確かだ、そこは安心しても良い」と言って話を誤魔化された。なんだよ、気になるじゃないか。
ともあれ、明日から始まる修行に胸を高鳴らせて、俺は眠りについたのだった。
◆
翌日、父が仕事に行った後、俺は家を飛び出して広場へと走った。この町はそこまで広くはない。街の中心部に家と店舗が密集していて、その周りを田畑が囲んでいる。俺の家は町外れにあるが、一本道をひたすら走って二・三キロぐらいだ。
これだけの距離を二歳児の体で走るのはなかなか大変なものがあるけど、慣れれば負担にはならなかった。この体、かなりハイスペックかもしれない。
「ヴェル爺! きた」
「おうおう。今日も元気じゃの。リュー坊よ」
いつもの定位置に座っているヴェル爺は、目を細めて俺の頭を撫でる。俺もいつも通りヴェル爺の隣にぽてっと腰を下ろし、期待のこもった目でヴェル爺を見上げた。
「やる気満々の様子じゃな。ほっほっほ。では、さっそく『気』の訓練に入るとするか」
「き?」
「人の内にある魔力の事じゃよ。『内包魔力』や『内魔力』と呼ぶこともあるがの、戦士が用いるときには大抵『気』と表現するのが一般的じゃ」
「ぼくの、まりょ?」
「そうじゃ。リュー坊がもっとる気を自在に操れるようになって初めて、『術』の訓練に入れるのじゃ。これは魔術師であっても同じことよ」
「まだ、じゅつ、つかえない?」
「何事も基礎が大事。リュー坊が頑張れば、それだけはやく上達するじゃろ」
内包魔力、もとい気というものは、基本的な操作法が決まっている。「循環・凝縮・放出」の三つだ。すべての術はこの三種類の操作から派生したもので、気の訓練はこれに尽きる。魔術師の場合は全く違うプロセスがあるらしいが、最初に魔力操作の訓練から始めるのは同じ。
ついこの前までファンタジー詐欺とか思ってましたが、しっかりファンタジーし始めましたね。俺は魔法を見るまで信じないとか言ってたけど、フィーが俺を掴んで飛んでたあれ、羽じゃなくて魔法で飛んでたもんな。
「リュー坊。腹に手を当ててごらん」
「……こう?」
「そう、そのまま熱を意識するんじゃ。……何か感じるか?」
熱かー。手を当てたところがじんわりと温かい。うううむ。奥、かな。何と表現したものか、体の芯の辺りに熱のかたまりがあるのが分かった。熱のかたまりは動こうとはしないで、滞留してるようだ。
「おくに、あったかいのあるよ」
「さすがリュー坊。もう見つけたか。次はその温かいのを動かしてみなさい」
動かす? 目を閉じて熱のかたまりに動けー動けーと念じてみる。ピクリとも動く気配はなかった。セオリー通りならイメージが肝心なんだけど、この場合は違うのか?
「うごかない」
しょぼんとした顔でヴェル爺を見た。
「腹に手を当て取るじゃろ? 手はな、一番魔力を感じやすいところじゃて、手で気のありかや形を知るんじゃよ。居場所がはっきりわかってくると、気も動かしやすくなる。ほれ、もう一度やってみるといい」
気のありかを探るとな。手は魔力を探るのに適した感覚器官だから、熱のかたまりを掌で感じ取ることを意識すれはいいと。
今度は掌に意識を集中させ、熱のかたまりを探す。一度見つけているものだからすぐに分かった。腹部のちょうど中心部だな。すると突然、頭の中にイメージが湧いた。赤くて丸い器官に太い血管がまとわりついている。理科の授業で習った肺胞のイメージ図に似ていた、この臓器が気を創り出しているようだ。
ヴェル爺が言った気の居場所とはこの事だな。地球にいたときと人間の外見がほとんど変わらないから、まさか臓器がひとつ増えているだなんて思いもしなかった。この世界の人間は、地球とは違った進化過程を経ているのだろう。
地球人が魔法を使えない理由が分かった気がする……。
一度コツをつかむと、気を感じ取るのはそう難しくはない。集中すれば、今も身体中を気が循環しているのを感じられる。循環している気は総量の十パーセント程度、自然に放出してる分を生成器官で生み出しているらしい。
ここまで解かれば、気を動かすのはそう難しくはなかった。つまり、器官に貯蔵されている余剰分を引っ張り出せばいいのだ。
閉じている弁を開閉させ、少しずつ気を流してゆく。身体が熱くなってきたぞ。
「ヴェル爺、できた」
「お? できたか。リュー坊には素質があるの。……初めて気を流すのじゃから、そこらへんで止めんとのぼせるぞ」
え? と思って慌てて弁を閉じたときにはもう遅かった。長風呂したときの、あの倦怠感が俺を襲う。はやく言ってよ!
頭から湯気を出してふらふらする俺を見ながら、ヴェル爺は「ほっほっほ」と笑っていた。