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推して参る!!  作者: 小池
天命編
3/37

我、覚醒す

 魂の川から飛び降り、想像を絶する痛みで意識は途絶えた。あの時からどれほどの時間が経ったのかは分からない。再び俺の意識が浮上したのは、誰かの肌のぬくもりを感じたときだった。

 抱きしめられている? それに、俺の頭を誰かがなでているようだ。

 急に心が締め付けられるような切なさを感じ、訳も分からず泣きたくなった。マジでガン泣きした。恥ずかしいことに、俺の転生後の最初の記憶は、このガン泣きして母親にあやされるの図であった。


「ううわあああああああん!!」


「あら、どうしたの? お腹でもいたくなっちゃった?」


 しかも俺、推定二歳児だったんだけど。

 ……別の意味で泣きたくなってきた。前世の俺が何歳くらいで死んだのかは、思い出せないので仕方ない。けど、見た目は幼児、頭脳は大人(多分)な俺としては、見っともなくで恥ずかしい。

 なんてことを考えている内に、いつの間にか母親が俺を抱き上げて背中をトントンしている。くうぅぅ! なぜだ。なんだか安心して、眠気が襲ってくる! だが俺は負けない。頭脳は、心は大人なのだ。自分の欲望など、見事に制御してやるわ! 

 と、葛藤していたはずが、さすがは我が母と言ったところか、意識は再び闇に沈んだのである。


「ふふふふ……おやすみ、リューマ」


 次に目が覚めたとき、俺は暖かいベッドの中にいた。母の胸の中で寝落ちしてから、ここまで運んでもらったらしい。ぐぬぅ。子どもの体が恨めしい。

 まあ、過去の醜態はどうでもいいから、置いておくとして。少し、思索にふけってみようか。幸い、部屋には俺しかいないみたいだった。

 結構裕福な家だよな? このふっかふかのベッドに毛布、相当な高級品と見た。しかも、子ども部屋は広いし、床には柔らかい絨毯が敷かれていた。家具のひとつ見ても、子どもが怪我しないようにデザインされているのが分かる。みんな角が円いから、なんとなくファンシーに見えるし。

 うーん。これは、アタリか。やけくそになって転生したはいいものの、俗に謂うスラム街みたいなところに生まれたら……考えただけでもヒサンな生活が目に見えている。ここは素直に、生まれた先がアタリで良かったと喜んでおこう。

 ベッドから跳びおりて部屋を物色してみた。自分の部屋だし、いいよな。今まではあんまり興味なかったけど、意識が覚醒してからはどんなもんか興味津々である。ここがどの国で、今は何年くらいなのか、超気になるからな。前世の事を思い出す手がかりになるかもしれんし、前の家族に会えるかも――。

 そこまで考えて俺は意気消沈した。俺はもう、前世の自分の名前すらわからなくなっていることに気づいてしまったからだ。天の川ではエピソード記憶から先に消していくのか、前世で習った計算方法とか日本語はなんとなく思い出せても、それに付随するはずの経験がすっぽりと抜けていた。

 これは……記憶持ち転生と呼んでもいいのだろうか?

 魂の行先を知っているのだから、ある意味では『記憶持ち』なのだろうが、これ臨死体験と似たようなもんじゃね?

 空しさを好奇心に変えて、見つけた本棚を漁ることにする。推定二歳児に読ませるものだから、案の定、絵本だった。装丁も綺麗だし、なんかキラキラ光ってるし、お高そうな本がずらりと並んでいた。

 だから俺は一度たりとも疑わなかった。『ココが地球じゃないかもしれない』ってことを――。


「リューマ。……リューマ! もう起きなさい。ご飯できてるわよ」


 母さんが起こしに来たようだ。ガチャリと音を立ててドアが開く。部屋に入ってきた母さんは、絵本を漁っている俺を見て驚いていだが、すぐに笑顔になった。


「起きてたの? ……あら、絵本に興味を持つようになってくれたのねえ。今までおもちゃにも無関心だったのに。……リューマ、絵本は後で読んであげるから、はやく顔を洗ってきなさいな」


「……うん。ばちゃばちゃすゆ」


 いつも通りの拙い言葉づかいで、特有のブーブー的幼児語が口から自然に出た。恥ずかしい。でも、リューマになってからの記憶もちゃんとあるから、違和感がない。これは徐々に直していこうと心に決めた。


「昨日、お父さんがフレイム・ベアを獲って来てくれたからね。朝のスープはちょっと贅沢しちゃった」


「フ……ふれむ?」


「ほら、あの火を噴く熊さんよ。前に見せてもらったでしょ?」


 ほう、この地方の熊は火を噴くらしい……って、そんなわけあるかー! でも待てよ? 記憶を探ってみると、確かにやたらと赤い体色の熊を見せてもらったような気がする。アレがそうかな。

 いや待て。いやいやいやいや、待てよ待てよ。そういえば思い起こすと、ショッキングなカラーのデンジャラスな生き物たちをぶら下げて帰る父の姿が――――

 ショートしかけの頭で、リビングらしき部屋に入るとそこには熊がいました。訂正。熊のような毛深い巨漢がいました。はい、父ですね。二メートルくらいありそう。


「よう、リューマ! リアンナに聞いたぞ、昨日はベソかいたって?」


 ガハハハと豪快に笑いながら、俺の頭をわしゃわしゃと撫でてくる。俺はむうっと頬膨らませて拗ねた。


「ベソ……かいてない」


「ガハハハ! そうだな、男だもんなあ、見栄張ってナンボだ!」


 今度はバンバンと頭を叩きはじめた。痛いからやめてほしい。

 それよりも気になってしょうがないのが、窓の外に干されてる熊の毛皮だ。何か、すっげえデカいんですけど。ホッキョクグマよりデカそうなんですけど。

 先程から気になる事ばかりで両親に質問攻めしたいが、腹の虫には逆らえなかった。黙って椅子に座る。メニューは白くてふわふわなパンに、目玉焼きとサラダ、ここまでは普通だ。問題は次だ。謎の熊肉を使ったと思われるスープ。恐る恐る口に運んだ。


「うまーー!!」

 

 思わず叫んでしまうほど美味でした。


  ◆


 朝食後、父は仕事へ出かけました。何をしているのかはよく分かりませんが、熊狩ってきちゃうんだから、まあ、そんな感じのお仕事でしょう。母さんは洗濯や掃除で忙しそうです。だから暇です、俺。

 そうだ、外に遊びに行こう。ついでに情報収集すればいいじゃない。急に思い立って、母さんに声をかけた。


「かあさん、お外、いい?」


「いいわよ。でも、森の方に言っちゃだめだからね?」


「うん」


 森があるのか、そりゃそうだ。熊がいるんだからな。

 外に出ると、俺の家は街外れに立っていることが分かった。お隣さんまで遠かったが、道はきちんと舗装されていて、前世の記憶にあるモノよりも立派なくらいだ。石畳なのに、表面がつるつるでほとんど凹凸がなく、石と石の間もピシッと爪楊枝を刺す隙間もない。なにコレすごい。

 街中の方に行くとのどかな田舎町と言った風情で、石造りの家が立ち並ぶ。大抵二階建て、商店は三階建ての建物が多いな。色はカラフルで、青、赤、白が多いが緑や黄色、ピンクまであった。まさしく、日本人がヨーロッパに行って観光したい街並みのような感じだ。

 感心しながらキョロキョロしていると、広場に出た。噴水はなかったが、中央に銅像がででんと存在を主張している。ぽけーと見あげていると、ベンチに座っているおじいさんに声を掛けられた。


「そこの坊や、迷子かね?」


ふるふると首を振って「さんぽ」とだけ言った。


「ほっほっほ。そうか、散歩かい。もし時間があるなら、この爺の話し相手になっていかんか?」


「いい、よ」


 ぽてっとお爺さんの隣に座った。お年寄りなら色々話を聞けそうだし、傍から見れば完璧におじいさんと孫の図である。長居しても怪しまれないだろう。


「坊や、どこの家の子じゃ?」


「あの道ずうっといったとこ。あおい家」


「ふむ? グレンのところの倅か?」


「ぐれ……とうさんの名まえ」


「ほうほう。あの熊の子か。道理で……」


 お爺さんが意味深な目で俺を見る。何だ、あの父そっくりだとでも言うのか? 実は俺、意識が覚醒してから鏡を見ていないので、自分の顔がよく分からないのだ。母さんは金髪碧眼の美人さんだったが、父は黒髪で目は鳶色のいかにも漢! ってカンジの風貌だ。子どもに泣かれそうな迫力がある。


「なに?」


「いやな、顔は嫁さんに似たんじゃろうが、素質は父親譲りのようさな。将来はいい冒険者になれそうじゃ」


「ぼーけ?」 


「……あの像は何をかたどった物か知っとるか?」


 ぞう? あ、像ね。広場の中央にある三メートルはありそうな銅像は、ハチ公や西郷さんのごとく待ち合わせの定番スポットらしい。人待ちっぽいのが二・三人立っている。銅像のモチーフは剣持ってるから、多分過去の偉人なんだろうけど。


「わ、かんない」


「あれはな、剣聖ヴェルハルト・ユーテルの像なんじゃよ。ヴェルハルトはもう百年以上前の人物じゃがな、このユーテリアを開拓した冒険者にして開拓者だった。そりゃもうべらぼうに強かったらしいぞ? 剣の一振りで魔族の群れを葬り去るほどに」


「まぞ?」


「魔族、じゃよ。魔法子核エーテル・コアを持った生き物の事じゃ。フレイム・ベアやクール・ディアーなんかはそこらの森にもいる。見たことはないか?」


「ふれむ、朝たべたよ」


「おおう、そうか。それが魔族じゃよ。危険な魔族を狩るのが冒険者、未開地を探検するのが開拓者と言う訳じゃて。ま、近頃は開拓者とは謂わんようだが、の」


「……わかん、ない」


「ほっほっほ。すまんすまん。坊やにはまだ難しかったな。……つまりな、お前さんも頑張ればヴェルハルトのような強い戦士になれるかもしれんぞ、と言いたかったのだ」


「つおく、なる?」


「おうおう、なれるとも。坊やが頑張れば、な」


 謎を解くために情報を集めたら、更に謎が増えてしまった。聞き流せない重要ワードが満載だった。


「ぼく、リューマです。じい、お名まえ、なにです、か?」


「んん? そういえば互いに自己紹介もしとらんかったな。これは失礼。儂はヴェル爺とよんどくれ。この広間にいることも多いでな、また話し相手になってくれると嬉しいよ」


「うん」


 こうして俺はヴェル爺と知り合いになった。謎ワードについてもっと話を聞きたかったが、遅くなると母さんも心配するだろうし。

 ふう、お昼ご飯はなんだろう。

 …………現実逃避しました。すみません。

 いやね、だって剣聖・魔族・冒険者etc.……ってファンタジーワードじゃないかーい! 「俺の」意識が覚醒してから、なんか変だなーと思いつつも、まっさかー! と考えないようにしていたのに。状況証拠をこうして並べられると、疑わざるを得ないじゃないか。

 ――――もしかしたら、ここは地球じゃない全く別の世界なんじゃないかってことを。

 普通、剣と魔法の世界って文明遅れてるもんじゃないの? 印刷技術も優れているようで、家の中の家具とか、洗濯機もあったし、現代の地球ですって言われても違和感なかったよ。なんだよ。イメージと違うよ。ファンタジー詐欺だよ。

 だが、俺はまだ決定的な証拠を見つけていない。そう、魔法だ。魔法を見るまでは諦めない、諦めてなるものか。俺は悲壮な覚悟を決めて、家のドアを開けた。


「ただ、いま」


「あら、おかえりなさい。リューマ」


「かあさん。なに、してる?」


「小妖精のフィーちゃんに、フレイム・ベアのお裾分けをしてるのよ」


 ドアを開けるとそこには、巨大な肉塊を切り分ける母さんと、ふよふよと飛び回る手のひらサイズの羽を生やした少女がいました。


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