人間到る処、青山あり
エビネの月、略称では七月だが、地球の暦とは違うから季節は秋真っ只中だ。季節の区切りとしては、旧暦の方が近いかな? 冬が二か月増えたカンジをイメージすればいいかもしれない。
そんな秋の日、俺は王都旅立つことになった。
「よし、荷物はこれでいいな」
俺の身体に不釣り合いな、大きめのリュック。持っていくものはすべて中に入っている。荷物のおよそ八割が武器類で、他は最低限必要な日用品と衣服だけだ。だから見た目よりもかなりの重かったりする。
部屋を出てリビングへ下りて行った。そこには家族が勢ぞろいしている。事情が事情なだけに、皆の、特に母さんの表情は晴れない。
「おはよう」
「おう。もう準備はできたのか?」
「ばっちり」
相変わらず熊みたいな図体の父は、いつものようにわしゃわしゃと俺の頭を撫でる。
「にいちゃん!」
「ちゃん!」
もう四歳になった双子が飛びついて来た。誰に似たのか、俺をふっ飛ばす勢いで飛びかかってくるから、俺も双子を受け止めるときは身構えてしまう。
お前たち、大きくなって……。
あちこち引っ張られて痛かったけど、双子も俺が居なくなることを察せているんだろう。そう思うと、無理に引きはがせない。
涙をこらえている母さんの横には懐かしい顔がいた。妖精族のフィーだ。泉に放り込まれて以来会っていなかったから、まさか今日会えるとは思わなかった。
「やあやあオヒサ! ちょっと見ないうちにこーんなに大きくなっちゃっ
て! あたしゃビックリだよ! ねえねえ、私のこと覚えてる?」
「覚えてるよ。湖に落とされた恨みは、一日たりとも忘れたことはない……」
「ええ!? 恨まれてる? 恨まれてるの私!」
「くくくくっ。冗談だって、久しぶりだね。フィー」
「おっどろいたー。妖精族は繊細なんだから、優しくしてくれなくちゃ!」
「え? どこが?」
フィーのテンションが高いのも相変わらずだ。キンキンと頭に響く声も、落ち込み気味の雰囲気の中ではちょうど良かった。
「リューちゃん! 今日は君にとっておきのプレゼントを持って来たよ! どーだ!」
「プレゼント?」
「コレコレ!」
ポンッと軽快な破裂音とともに、フィーは自分の身長の倍はあるスクロールを取り出した。封印処理が施されているようで何のスクロールなのかは判別できないが、相当お高い魔術印紙を使用しているようだ。高級品だな。
「王都に着いたら開けてね! リューちゃんには必要だと思ったから、私奮発しちゃったよ!」
「これ、何のスクロール?」
「それは開けてからのお楽しみさ! 手に入れるの大変だったんだから!」
「ふうん? じゃあ、ありがたく受け取っておくよ。フィー」
フィーからもらったスクロールをリュックの隙間に押し込んだ。なんだかんだ言ってフィーは精霊界の住人である。精霊界は魔術や魔道具の技術が進んでいるから、不思議アイテムとか便利魔道具あたりじゃないかと思う。期待はできるな。
そうしているうちに、外からピィーと笛の音が聞こえた。どうやら迎えの魔導車が到着したようだ。
「来たみたいだ。母さん、父さん……行かなきゃ」
「おお、達者でな」
「体に気を付けてね。無理しちゃだめよ。辛くなったらいつでも帰ってきて
いいの。……ここはあなたの家なんだから。」
「うん。ディーも、リーも、ちゃんと母さんの言う事聞けよ。お手伝いもす
るんだぞ」
「にいちゃん。いつ帰ってくる?」
「くる?」
「ううん……こればっかりは兄ちゃんにも分からん。でも、手紙は書くか
ら」
「お手紙くれる? ぜったい?」
「ぜったい?」
「絶対だ。だからお前たちも返事書くんだぞ」
「おへんじ、かくー!」
「かくー!」
双子の頭をぽんぽんと撫でてやる。さらさらで指通りの良い髪の感触が、気持ちいい。母さん似のタンポポのような頭が二つ並ぶと、これまた可愛くていつまででも撫でていたい気持ちになるんだ。俺はすでにブラコン&シスコンかもしれない。
名残惜しいが双子の頭から手を退けて、ずっしりと重いリュックを背負う。
玄関のドアを開ける。見送りはここまでにして欲しいと頼んでいるので、母さんたちはドアから出ていく俺の後姿を見ていた。
ドアを閉める前に、俺は一度みんなの方へ振り返った。
「――――行ってきます」
涙は出なかったと思いたい。
◆
魔導車とは、文字どおり大気中の魔力を動力とした車である。わりと一般にも普及しているので、大きな街では普通に走っている。が、地球ほど交通の主役になっていたりはしない。
なぜなら、魔族がいるからだ。
もっと正確に言えば、魔族の領域が点在していて、街と街を繋ぐ街道とか線路とかを維持するのがハンパなく大変なのだ。開拓すればいじゃんと言いたくなるが、そうもいかない事情があった。
魔王種である。偶に群れてトップはるから魔王種とか呼ばれているが、普段は自分のテリトリーで比較的おとなしくしている。人間がちょっかい出さない限りは、そこまでひどい被害を受けることはないけど、テリトリーを侵せば当然怒り狂う。国ひとつ陥落させるくらいは普通にやる。やつらはプライド高いから。
魔王種が住みついた領域は不可侵。これが大原則だ。であるからして、街と街を繋ごうとして街道を作るなら、魔王種のテリトリーを迂回してルートを設定しなければならない。必然的に、街道の総面積および敷設距離は目も当てられない数字になってしまう。山の多い日本で、トンネル掘らずに道路作るようなものである。
街道は敷けないが、街を行き来する移動手段は必要。ということで開発されたのが、魔導式飛行船と特殊装甲を施した長距離用魔導車だった。
飛行船は文字通り、「地面を走れないなら、空を飛べばいいじゃない」をコンセプトに開発された。しかし、維持費と燃料費がかさむので数は少ない。速いんだけどね。
これに対して長距離用の魔導車は、「道路を作れないなら、どんな道でも走れる車を作ればいいじゃない」がコンセプト。地球の水陸両用の車を、さらにグレードアップさせた物だと思ってくれ。
まあ、長々とこっちの世界の交通事情を話したのには訳がある。なんと、ユーテリアから王都まで丸三か月はかかるそうなのだ。こんだけ文明発達してるのに、そこだけ原始的! と思っていたが、どうも違うらしい。
魔導式の道具は、大抵自然の魔力を使って動く。その魔力は蓄魔槽に蓄えられ、一定量以下になると魔力を取り込む。魔導車も理屈は一緒なのだけれども、使用する魔力が莫大であるため、街に辿り着くごとにフル充電するまで待たなければならない。三か月かかる理由はこの充電期間が関係してくる。
俺は家の前に停められた魔導車を見上げた。街の中を走る魔導車はレトロな雰囲気だけど、長距離移動用はごっつい。なんか戦車みたいだ。つうか戦車だった。バスっぽいのが上に載って、縦長なことをのぞけば、ほぼ地球産のタンクと遜色ない。客室部分の下にある砲身が不気味に光っている。
好奇心に負けて、キャタピラっぽいタイヤ部分を突いてみた。あれ、けっこう柔らかいぞ。ゴムの感触に近い。珍しがってあちこち触っていると、中から人が下りてきた。あ、怒られるかな?
颯爽と地面に降り立った人は、軍服をきちっと着こなし、背筋をぴんと伸ばしていた。俺の腰元をちらっと見て、ぶら下げている剣に目をやった。『ハロ・ディーヴァイン』は、常用するにはあまりにも威力がありすぎるから、今はジルコニア鋼のツヴァイハンダーを佩いている。
軍人さんは俺の獲物を見て、ほんの一瞬だけ侮蔑の表情を浮かべた。何だコイツ。
「君がリューマ・イレイディターで間違いないな?」
「はい、そうです。あなたが王都までの案内役ですか?」
「そうだ。僕はリストファ・ビーンゲイル、君を王都まで連行する役を仰せつかった。……乗りたまえ」
なんだろう。すっげえ感じ悪いんだけど! 上から目線なのはリグブランド兄弟(仮)と同じだけど、兄弟の方はまだ可愛げがあったのに、こいつはひたすらカチンとくる。ていうか、連行って言い方悪いよ!
リストファと名乗った男は、金髪ベースの赤交じりで、年は二十代前半だろう。……ちっ。エリートかよ。イケメンの癖に。
俺は心の中で毒づきながらも、リストファに従って魔導車に乗った。中には運転手意外に二人いた。いずれも若い女性で、軍服を着用している。ガキひとり王都まで連れていくのに、三人もエリートを派遣するのか。嫌な予感しかしない。
「ええと、王都までよろしくお願いします」
二人とも軽く黙礼しただけで、目を合わせようともしなかった。この国の軍人はこんなんばっかか!
「はやく座りたまえよ」
「あ、……すいません」
……しょぼーん。
俺はリストファの前に腰を下ろした。肩身が狭いし、居心地も悪い。座席は六人乗りで、俺は軍人三人組の前に一人座っている。俺の隣に誰もいなくて、三人分のスペースを独り占め! と喜べないのです。物音一つしない車内は、息をするのも気を使うのです。
「では、発進いたします」
ガタッと一度大きく揺れて、魔導車は走り出した。
走っている間はほとんど揺れないってことは、あのゴムもどきキャタピラは地球のタイヤより高性能なんだなあ。と、現実逃避していた。腰に差していた剣を抱きかかえるようにして、俺は身を小さくして座っている。どこかピリピリとした車内の空気に、無意識のうちに身構えていた。
「あの、その……そちらのお二人の名前を訊いても良いですか?」
三か月ほども一緒に行動するのに、名前も知らないのは問題だろうし。非常に話しかけにくいけど、後になって訊く方が気まずい。
「……メイニー・ゼフライです」
「クルトワ・グレイングと申します」
って、それだけかい!
俺から見て左端に座っているシルバーベースで赤交じりの髪の人、この人がメイニーさん。その隣、黒ベースで赤交じりの髪の人がクルトワさんだそうだ。メイニーさんは翡翠の瞳が印象的な可愛らしい女性で、クルトワさんはアーモンドの瞳が涼しげなクールビューティーだった。
二人とも愛想が足りないよ。心は紳士だと自負している俺だが、一応見た目は七歳児なんだけど? もっと、こう、さああああ!
「えっと……」
「何か?」
話しかけんなよ、とばかりにクルトワさんがぎろりと睨んでくる。
「いえ、何でもありません」
反射で返事してしまった。聞きたいことも色々あったんだけどなあ、取りつく島もないっての。前途多難な旅路に、俺は密かにため息をついた。
「あでっ!」
ほとんど揺れていなかった車体が、ガガガッと音を立てて、いきなり大きく傾いた。俺は突然のことに反応できず、頭部を背面に強打。他の三人は涼しげな顔で座っている。
「な、何が!?」
「心配ありません。縦方向軌道に移っただけです。事故や外部からの攻撃で
はありませんので」
「た、縦方向、ですか?」
「魔王種の巣を回避するために、崖を上っていますので」
この世界の車は崖を上るのか!
旅程編始まりました。コミュ障三人との珍道中です。主人公は王都につくまでに、あの三人と会話ができるようになるだろうか……。




