青天霹靂
「さて、どうしようかなあ……」
特別棟の最上階。七階あるクラス棟とは違い、特別棟は五階までしかない。とはいえ、子どもが飛び降りて無事な高さともいえなかった。普通の子どもであれば、の話だが。
俺にとっては脱出不可能な高さではない。窓を割って、イオニスを抱えながらでも無事に逃げ出す自信はあった。問題は、結界が張られて外に出られないってことだ。
「ご丁寧に手の込んだ結界張ってくれちゃって、まあ」
「リューマ。壊せるか?」
「できなくはない……けど、時間かかるし。相当消耗するから、イヤ」
遮断、空間の切り離しに偽装。ここまで複雑な術だと、術式を構築するのも一苦労なはずだし、何より目立つ。発動前は隠ぺいできたとしても、発動してしまえば「鍵」が丸見えになるのだ。捕獲用としては使い勝手が悪い。 「鍵」とは外の空間と、結界で閉じた空間を繋ぐ起点となるものだ。形状や材質は問わないが、魔術で結界を構築する場合、時空間的な意味を持つ呪具を用いるケースが多い。
そのため、こういった用途で使う場合、大抵は術式も鍵も人体に組み込んでしまうのだ。術者は身を隠していても良いし、今回のように護衛付でもいい。とにかく、術式と鍵が敵の手に渡らないように立ち回る。
閉じ込められた側の取りうる手段としては、術式を破壊するか、鍵を手に入れるか、あるいは力技か。できれば、手っ取り早く鍵の奪取が好ましい。
でも、こいつら……プロだな。
囮の配置の仕方が、巧い。一番強そうなヤツに、偽物っぽいの。弱そうなヤツに、本物っぽいの。それ以外のヤツはそれなりに本物っぽいの。一見しただけでは、どれが本物かわからんぞ。
「困ったなあ。こうなりゃ、全員倒して無理やり脱出も……アリか」
「できるのかよ」
「たぶん?」
敵さんは動かないな。時間稼ぎが目的か、それとも、結界によほど自信があるのか? 時間稼ぎだとしたら、面倒だな。俺たちを隔離する理由がわからないし。
今は手に握った短剣だけが頼りだ。外と連絡が取れれば、時間が稼ぎに徹しても良いんだけど、この状況では気付いてくれそうな人もいないし。
「イオニスは戦えんのか?」
「俺は研究専門なんだけど」
「……じゃあ、術式の解析は?」
「時間をもらえれば」
「りょーかい」
俺とイオニスは、窓側の壁を背にして身をかがめていた。敵が何をしたいのか目的が全く読めないので、とりあえず、状況の把握に徹する。
敵は動かない。俺が一瞬たりとも気を抜かないから、うかつには攻撃できないはず。
「じゃ、解析は頼んだ」
「頼まれた」
イオニスを机の陰に隠し、俺は敵さんの前に出た。あっちの目線が高いのが気に食わないな。俺は手頃な机の上に乗った。
「ねえ、俺たちをここに閉じ込めてどうするつもり?」
敵は口を堅く閉じたまま、答える様子はない。
構えた武器を見るに、やつらは暗器使いだ。正面からの戦闘は苦手なタイプかな? 五人送り込むんだったら、もっと魔術師とか連れてくればいいのに。
「答えないの? 俺たちを殺す気はないようだね。……誘拐が目的?」
敵さんはだんまりを決め込む。そりゃそうか、簡単に教えてくれるわけないよな。
「誘拐が目的だったとして、俺とイオニス、どっちがお目当て?」
戦士系の武装集団、魔術系の秘密結社、政治がらみの裏組織。強力な戦力が欲しいやつらなんて五万といるし、俺たちはまだ子どもだから洗脳しやすいと思われてもいる。学長から話を聞いたとき、そんなやつらが接触してくる可能性についても、気が付いてはいた。
「せめてさあ、名前くらい名乗ってくれても良いじゃん?」
ダメだコイツら、うんともすんとも言わん。さっきから一ミリも表情筋が動いてないんだけど……。
速く出たいなあ……殺っちゃおうか。何か面倒くさくなってきた。
「ふう。しょうがないな。答えてくれないなら……強硬手段をとるよ」
俺は跳躍して天井スレスレにまで上昇する。
短剣を振りかざし、狙うのは一番強いやつ。厄介な茶髪の男だ。でも、金髪と茶髪しかいないし、面倒だから強い順に番号つけよう。
一号はスピードをのせた俺の攻撃を受け止めた。残念、それは不正解だ! 短剣と暗器が接触した瞬間、俺は電気のように気を流し込んだ。
「ぐあっ!」
びりっとするし動けなくなるけど、死にはしないよ。安心しな。
この一手で理解した。こいつら、魔術師でも戦士でもない。戦闘訓練を積んだ、ただの人間だ。ならば、
「俺の敵じゃないな!」
二号から五号が、一斉に連携攻撃を仕掛けた。
腐ってもプロ。仲間がやられたことに全く動揺した様子はない。怯まずに撃ちこんできた。
「あらよっと!」
身体の回転と剣さばきで、すべての攻撃をいなす。彼らは使える気の量が少ない分、技で補っているようだ。
だけど、速さが足りない!
「遅いよ!」
すれ違いざま、四号に気を込めた蹴りをお見舞いする。
「――――ぐふっ」
ボールのごとく吹っ飛んだ。一瞬、壁に激突した仲間に意識が逸れた三号さんに、これまた気持ちのこもった掌底をプレゼント。脳を揺らしたから即落ちだ。
「このッ! 小僧めがあああああ!」
キレやすい若者らしい短気な二号は、俺の背後を狙った。ぷつんときても、彼は自分の本領を忘れなかったようだ。
しかし、俺にとって殺気のこもった一撃なんて、テレフォンパンチも同然である。暗器使いとして、いや、もしかしたら彼は暗殺者なのかもしれないけど、それじゃ二流だよ。
すすっと体を横にずらして、鉄鞭を避ける。
伸びきった腕をからめ捕って投げた。水平に飛んでいった二号は、そのままの勢いで壁にめり込んだ。おお、マンガみたい。
最後に残った哀れな五号さんは、何を思ったか体に巻き付いていた鎖を引きちぎった。
あれ……鎖?
俺が本物っぽい「鍵」だなあ、とか。そんなカンジの印象を持っていた、
「繋ぎ止める」という意味を持つ呪具ではありませんか? この場面で破壊するってことは……。
「まさか、それが――!」
俺は五号に飛びかかった。
鍵を壊すとは、己はバカか! この空間から、誰も出られなくなるんだぞ! 特にお前らが!
「お前ら、何をしようとしてる!!」
組み敷いた五号の頭を鷲づかみした。ほんの少しだけ気を流しこみ、五号の内魔力を乱してやる。おそらく、これで思考が鈍るはずだ。
胸ぐらをつかんで問い質した。
「お、そい。もう、わたしたちの、目的はたっせいされた」
「目的って何だよ!」
「この分校で……一番の強者をかくりし、群れをよびこむことだ」
「群れ?」
「まぞく、の」
どういうことだ? 魔族の群を呼び込むだと? 何のために?
「魔族の群れに、何させるつもりだ!」
「目覚めさせる。……おうの、聖布を……贄の血によって」
『ルベール王の聖布』、それは呪われたマントだ。
ルベール王は覇道を成して内乱を治めた。そして、当時は極東の超弱小国だったクライルヴィア王国を、大国にまで押し上げた人物だ。現在の国土のおよそ八割が、ルベール王時代に勝ち取った領土である。
かの王がくぐり抜けた戦場はあまりにも多く、浴びた血は海をつくるほどだったという。彼の気を吸い、敵の血を吸い、いつしか王のマントは呪いを帯びるようになった。使用者に力を与える代わりに、主を闘争へといざなう呪い。
災いをまき散らす、呪いのマント。それこそが『ルベール王の聖布』。
「聖布がここにあるのか……?」
『ルベール王の聖布』は王宮の封印庫に安置されていると、本には書いてあった。それがこんな辺境の学校にあるというのか。
「リューマ!」
イオニスが声を張り上げた。晴れやかな表情である。
「イオニス。急いでここから脱出する必要がありそうだ」
「聞こえていたさ。まさか、この結界が本当に足止め用だったなんて」
「正直、誘拐や暗殺の方がマシだったと思ってる」
複雑な術式、鍵の隠ぺいにその破壊。
あの五人は、戦う意思が感じられなかった。はっきり言って弱かったし。そんな五人の役目は、時間稼ぎしかなかったという訳か。使い捨て要員ですね、わかります。
「俺たちが目的? とか言っちゃったんだけど、……恥ずかしい」
「良いじゃないか、あれも駆け引きだよ。…………ほら、開いた」
鍵もなしに空間のゆがみをこじ開けましたか。術式を完全に読み解きましたね? イオニス君、さすがすぎる。
ごおおおんと鐘が鳴るような音が聞こえたかと思うと、教室の景色が一変した。戦闘の痕がすっかり無くなっていて、楽士系の生徒向けの設備が見える。やたら立派な棚には楽器が並べられていた。
「どうする?」
「決まってんだろ。――――魔族の群をぶっ潰す!」
「聖布はいいのか?」
「どこにあるのかも、本当にココに存在するのかもわからん。気にするだけ
ムダだって。それに……」
俺は職員棟の方を一瞥した。
「それに?」
「聖布の別働隊は、じきに捕まるよ」
俺たちはその場を後にして、学校の正面へと回り込む。
すると、校舎を囲むようにひしめく魔族の群が見えた。教師が戦っているのだろう、ちらほらと魔術光が発せられている。中には七回生の生徒も交じっていた。
「意外だな。……先生たちが押している」
「そうか? 召喚士の腕が足りていないせいで、わざわざ首輪
を付けてるぞ。せっかくの魔族も、これじゃあ意味ねえよ」
数だけ集めても、一体一体の能力が半減しているのでは、陣形を組んでいる教師たちの防衛ラインは突破できない。教師の中にも一応、戦士や魔術師が混じっている。出力より技術派のやつらばっかだけど。
「それじゃ、一発派手にあいさつしてやろう」
両手に握った短剣に気を通す。
今の俺が可能な最高密度に達するまで、循環と凝縮をくり返した。しだいに剣は熱を帯び、青白く発光しはじめる。溜めて、約三十秒。青白い光はすでに炎のような赤に変色していた。
赤。これが気の本来の色である。気の色が赤に近づくほど、その純度の高さを示しているのだ。
ぶぶぶっと短剣が振動している。これは相当負荷が掛かっているな。まあ、この一発分が持てばいい。
「錬気術・三の型」
三の型は、気を形状変化させて威力を一極集中させる業だ。俺は専ら剣の形にしている。短剣に沿うように、気を剣の形状へと練り直す。
傍から見たら、俺はきっと大剣を握っているように見えるに違いない。
「――――――万災帯砲!」
魔族の群の中心部に向かって、振りぬいた。
赤い気は鋭い刃となって魔族たちを襲う。薙ぎ払われた後には、身体を真っ二つに斬られた魔族どもが崩れ落ちた。半分くらいは削れただろうか?
焼けこげた死体に目もくれず、俺は今の一撃を受け止めてみせた一体の魔族をねめつける。見覚えのある顔だった。
「アイツだけは、首輪ナシか。……いや、首輪を付けられなかったんだな」
フレイム・ベア。胸部にのぞく小さな傷痕は、確かに自分が付けたモノだった。まさか、こんな所で再会するとは思いもよらなかったが、まあいい。
「嬉しいよ。こんなに速くリベンジする機会がくるなんて、な」
ボロボロに崩れる短剣を捨てる。
左の掌に隠していた術式を解放。歪んだ時空を通って、手に馴染む俺の相棒が顔を出した。耐久率の高い、ジルコニア鋼を鍛えたツヴァイハンダー。太陽の光を反射して、俺の相棒が凶悪な光を放つ。
「イオニス。ちょっくら、あのクマ倒してくるわ」
学徒編の助走部分ですね。事件が終われば一気に飛びます。




