PROLOGUE
そこは暗い世界だった。
ただ、はるか遠くに星のまたたきが見えていた。まるで、いや、正しく宇宙の中にいたのだ俺は。宇宙の中でふよふよと漂っていた俺は、何かに引っ張られるようにして天の川に飛び込んだ。
光の川。それを構成する一筋の光となって、俺は流れに身を任せた。砂漠の砂、海の滴、大樹の葉、今の俺はまさにそんな感じの存在となっている。穏やかな川の流れに揺られていると、一つまた一つと、光の玉が流れから逸れていくのが見えた。天の川から逸れた光の玉は、すううっと流れ星のように尾を引いて、どこかへ落ちていった。
不思議な夢を見ているような、幻想的な光景だったが、これは現実だ。本能と言うか魂に刻み込まれた情報が、天の川の正体を教えてくれる。これは魂の輪廻であると。零れ落ちていった光の玉は、次に生まれるべき場所を見つけた者たちであることも。
つまり、俺は死んでいるのである。
ここにきて超重大事実が判明してしまいましたよ。前世、と言うべきか死ぬ前の自分の記憶は、はっきりしているとは言い難い。時間を追うごとに記憶が削り取られていくのが自覚できてしまう。すでに、ほとんど自分のパーソナルデータを思い出せなくなっている。のんきに流れるプール気分を満喫していた数時間前の俺をなぐりたい。
家族の顔も、自分の顔も、友人の顔も、そんな存在がいたのかさえ分からなくなってしまった。途端に俺は言い知れぬ恐怖感に支配された。
俺の名前は? 竜司だ。高坂竜司。良し、覚えているな。じゃあ、俺は何歳で死んだ? どこで暮らしていた? 学校に行っていた? それとも仕事?
自分が自分でなくなる、そんな強迫観念が、天の川に流れることを否定したのだ。後になって考えれば、記憶の消去は正常な転生のために必要なシステムだったのだろう。
しかし、俺は世界のシステムを受け入れることができなかった。
俺が、俺でなくなる前に。僕が、僕でなくなる前に。ワタシが、ワタシデ――――
自分の意思で、俺は天の川から落ちた。跳びおりて、記憶をとどめたまま転生しようと自然の摂理から外れることをしてしまった。
まあ、すんげえムチャでしたけどね。痛かった。全身メッタ刺しにされて傷口に塩をこれでもかと刷り込まれたくらい痛かった。馬鹿なことをしたもんだと我ながら呆れた。
『いってええええええぇぇぇぇ!!』
これが魂の底から絞り出した、渾身の断末魔であった。