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推して参る!!  作者: 小池
学徒編
18/37

潜龍勿用

 朝、俺は夜明けとともに起きる。

 外はまだ薄暗いし、ほんのりと肌寒かった。寝ぼけた体を叩き起こすには丁度いい。俺がベッドから下りると、大きなクッションの上で鼻提灯を出している子龍に呼びかける。


「おい、起きろー。飯の時間だぞ、コラ」


 朝の修行が終わると、俺は慌ただしく家を出る。子龍にご飯を上げている時間もない。気持ちい良さそうに寝ている所を起こすのは忍びないが、後で空腹に泣くよりはマシだろう。


「――――……くぅ、きゅるる?」


 子龍は寝ぼけたような声を出して俺を見上げた。存外こいつは寝起きが悪い。


「きゅる……くわ!」


 あくび代わりに火を噴いた。俺はさっと火を避けて、まぶたが下りそうになっている子龍の頭をぺしっと叩いた。こいつの火は、簡単に人を炭化させる威力があるのだ。非常に危ない。


「こらこら、うかつに火を噴くなといっておろうに」


「くるるる」


 子龍は申し訳なさそうに鳴いた。

 しょんぼりとする子龍をよしよしと撫でて、俺は手のひらに気を凝縮させる。子龍は両手に乗せられるくらいのミニサイズだが、見た目に反してよく食べるのだ。寝ている間に全回復している気の三分の一くらいを、発光するまで凝縮させる。


「きゅるる!」


「ん? もっと濃い方がいいのか? ……このグルメさんめ」


 尻尾をフリフリ、身体もフリフリしている子龍の注文に合わせて、俺は窓から光がもれるくらいまで気を濃くしていく。

 俺も直視するのが嫌になってきたくらいで止めた。できた気のかたまりを、子龍にぽんと投げてやる。


「きゅる!!」


 子龍は嬉しそうに跳ねて、気のかたまりを一飲みにした。ごくんと飲み込むと、「げふっ」とげっぷを出す。

 腹が膨れると眠くなるのか、子龍はもぞもぞとクッションのポジションを探って横になった。二度寝するらしい。


「じゃあ、行ってくる。エヴァラード」


 子龍あらためエヴェラードは、いってらっしゃいと尻尾を一振りさせた。

 子どもというのは、とにかく睡眠時間が長い。

 双子もそうだが、子龍も一日の半分以上を俺の部屋のクッションで過ごす。母さんに聞くと、俺が学校に行っている時間もほとんど動かないらしい。しかし、エヴァラードも龍の端くれ、たまには思いっきり空を飛びたがる。

 そんな時はフードや大きなポケットの中にエヴァラードを隠し、誰かに見られないよう、森の中で遊ばせることにしていた。だから、エヴァラードはフードの付いた服を「一緒にお出かけ用」だと思っていたんだろう。

 この日、うっかり修行に集中しすぎてしまい、気付いたときには家を出なければならない時間をとうに過ぎていた。俺は急いで練習着から着替えると、母さんの手から鞄をひったくって家を出た。


「あら? リューマ背中に……」


 母さんが何かを言いかけたのも聞かず、俺は全速力で学校に走った。


  ◆


 俺が鬼気迫る顔で走っていても、驚く様子もなく道行く人々は「ああ」と納得顔ですれ違う。俺が遅刻しそうになるのは日常茶飯事だった。いや、しそうなだけで全部未遂だから。俺は無遅刻無欠席だから!

 普通は諦めてしまいそうな時間でも、俺ならば間に合ってしまうという面もある。街の皆さんは、ものすごいスピードで走る児童の姿なんて見慣れたものだ。


「今、背中に変なもんくっ付いてなかったか……?」


 肉屋のおっちゃんは俺が走り去る背中を見て、首を傾げていた。遅刻しそうなことで頭がいっぱいな俺は、ときどき不思議そうな目で俺の背中を見る人がいるのに気が付かなかったんだ。

 下級クラス棟は正門から一番遠い。丸二棟分を通り過ぎて、校舎内に入る。歩いている生徒はまばらで、皆教室に入っていた。


「きゅう?」


 背中からなんか鳴き声が聞こえた。

 俺はとっさに踵を返し、電光石火の勢いでトイレの個室に駆け込んだ。がさごそと全身を探る。むにっ。背中に何かが張りついている。俺はぺりっと背中の不届き物を剥がして、つまみ上げた。

 おう、エヴァラードじゃないか。どうしたんだ、こんな所で……。


「何で付いてきちゃってんだよー!!」


 渾身の叫びだった。この時の俺の顔は、かの有名な地球の名画にそっくりだったことだろう。ひいいいい! 声にならない悲鳴だった。

 どうしよう。はやくコイツを隠さなければ!

 俺は遅刻しそうという追い詰められた状況で、まさかの子龍同伴という予想外の事態に思考回路がパンクした。遅刻覚悟で、一旦家に戻ればよかったのかもしれない。でも、この時の俺はエヴァラードを隠すことしか頭になかった。

 エヴァラードを服の中に突っ込み、隠ぺい術式をさくっと掛けて個室を出た。何食わぬ顔でIクラスの教室に入る。俺が始業時間ギリギリで登校するのは珍しくもないので、クラスメイトは「またか」という顔になった。

 俺はしずしずと自分の席に座った。


「リューマ……具合悪いのか?」


「へう! え、いや全然元気だけど!」


「なんか顔色悪いぜ」


 イオニスの心配そうな表情が心をえぐる。身体は元気なんだけど、胃はキリキリと痛みそうです。


「今日はマジで間に合わないかと思ってさ、焦ったから」


 ボロを出さないよう、会話を切り上げる。ごめんよ。いくら友達でも、エヴァラードのことをおいそれと話すわけにはいかんのだ。


「きゅう」


 鳴いた。腹に張りついている子龍が鳴いた。イオニスにも聞こえたらしい。怪訝な表情で俺を見る。


「今、何か聞こえなかった? 鳴き声みたいな」


「そっそそ、そうか? 俺には聞こえなかったけど?」


「空耳か? いや、でも……」


 冷や汗がドバっと出た。焦った! イオニスは納得していないのか、頭を捻って俺の方を気にしている。俺は気付かれないように鞄を漁るフリをして、エヴァラードに防音術式を張り巡らす。

 隠ぺい術式は、存在を隠すというよりも、何もないと誤認させると言った方が正しい。あるはずのない物があったとして、人が違和感を持たないようにしているのだ。この手の術にはありがちだけど、隠ぺいされている方から何かのアプローチがあると、いとも簡単に術が見破られてしまう。


『頼むから、じっとしてて!』


 防音術式を掛けながら、ひそひそ声でエヴァラードに言いつける。子龍は小さな体をさらに小さくして、しゅんと項垂れた。


「……君。イレイディター君!」


「ひゃい!」


 エヴァラードに気を取られ、ゼファイル先生が来たことに気づかなかった。呼びかけに応えない俺を、先生はいぶかしげに見ている。


「す、すみません。少し、ぼーっとしてました!」


「寝不足ですか? 気を付けてくださいね」


「はい……」


 ゼファイル先生から課題を受け取り、席に座る。

 我ながら借りてきた猫のようだ。その日はクラスメイトとも最低限の会話だけで、黙々と課題をこなした。

 午前の授業を乗り切り、昼飯はイオニスの誘いも断った。一人で落ち着きたかった。

 裏庭には人がいなかったはずだと思い立ち、売店でパンを買いこむと裏庭に向かった。誰かいたら別の場所を探そうと思っていたけど、裏庭はがらんとして人の気配はない。


「ふう。……エヴァラード、出て来てもいいぞ」


 襟元を引っ張って、服の中の子龍に声をかける。すると、エヴァラードが恐る恐る顔を出した。


「きゅうう!」


 嬉しそうに鳴いた。ずっと狭い服の中に隠れていたから、外に出られたのが嬉しいんだろう。飛ぶのはダメだけど、羽を伸ばすくらいならいいかな。そう思って、エヴァラードの頭を撫でた。

 くつろぐ子龍の横で、俺も昼飯をほおばった。エヴァラードは一日に二回も気を食べさせれば十分なので、太陽の下でお昼寝をしている。個数限定のスペシャルサンドイッチを完食した俺は、ぼうっと校舎を見上げた。ここからは下級クラス棟と職員棟が見える。ぼろい印象は受けないけど、年期入ってる感じはした。


「上級クラスの教室ってどうなってんだろ」


「生徒全員分の個室があって、教室の中には給湯室と談話室もあるよ」


 個室? ネットカフェみたいなやつか?  


「何ソレ、個室とかサボり放題じゃん」


「サボったら評価落ちて上級クラスにいられなくなるじゃん」


「それもそうか。……ん?」


 俺は今、誰と会話しているんだ?

 ぎぎぎっと音がしそうなぎこちない動きで、後ろを振り返る。小柄な女の子が一人。


「どなたですか?」


「私? 私は五回生Sクラスのアイラ・クリューだよ。ちなみに裏庭でお昼

寝するのが趣味なの。可愛い龍だね」


 バレとる! エヴァラードの正体バレとるよ! 万が一見られても、ただのホワイト・リザードにしか見えないように偽装してたのに!

 俺は身構えた。事と次第によっては、彼女の記憶を改ざんしなければならない。真剣な表情で彼女を見つめる俺に、アイラと名乗った少女はひらひらと手を振った。


「誰かに言うつもりはないよ。私は観る(・・)のが得意なだけで、戦う力はないの。だから、黙っていた方がいいことは、弁えているつもりよ」


 俺は慎重に構えを解いた。警戒までは解かずに、彼女の挙動を観察しながら名乗る。


「俺は一回生のIクラス、リューマ・イレイディターと言います。クリュー先輩」


「敬語なんか使わなくてもいいのに、ね! 師匠(・・)!!」


「は?」


 彼女は可笑しそうに笑って、赤みを帯びた金髪を揺らしている。

 アイラ先輩は五回生だ。つまり、半年もすれば六回生に進級し、専門予備科の授業も始まる。彼女は戦士の適性こそ持っていなかったものの、気の量は多く、何より眼が良かった。そうなると、鑑定士や司法職の適性が高いことになる。

 しかし、彼女には大きな問題があった。気のコントロールが壊滅的なまでに下手だ、ということ。これはもはや致命的ですらある。このままではせっかくの適性をドブに捨てて他の道を選ぶか、適性だよりの三流になるしかない。

 追い詰められた彼女は、裏庭でひっそりと気のコントロールを練習していた。今日も日課の訓練をしようと裏庭に来てみれば、見事な術式を使いこなしている俺を発見した、という経緯らしい。


「だからお願い! 私に気のコントロールを教えて!!」


「そうは言われましても、俺の術は先輩に見破られましたよ?」


「それは私の眼と術式の相性が悪かったんだよ! しかもそれ、急造でし

ょ。もし、念入りに術を組まれたら、私の眼でも見破れないと思うし」


 確かに彼女の言うとおりだった。、本来、隠ぺい術式は事前準備をしっかりしてから組むものだ。気配を消すのとは違い、長期的な隠ぺいを目的とした術だからな。俺がエヴァラードに掛けていたのは、半ば見破られることを覚悟した急ごしらえの術だった。ここは学校で、術を使える人なんかほとんどいないから、それでも良かったんだが。とんだ伏兵がいたモンだ。

 生来の体質だけで術を破るとは……末恐ろしい。


「龍のこと黙ってるから、ね、お願い!」


「でも、昼休みくらいしか時間とれませんよ。それで上達するかなあ」


「コツを教えてくれたら、あとは自分で練習する!」


 俺も未熟な身であるからして、人に教えるのはいかがなものか。しかも、貴重な昼休みを削られるのだ。……正直めんどくさい。


「教えてくれなきゃ、龍のことうっかり誰かに話しちゃうかも……」


「な! く、くそ……弱みに付けこむとは卑怯な!」


「私だって崖っぷちなのよ!」


「……ハア。わかりましたよ。明日も、ここに来て下さい」


「わああ! いいの? ありがとうリューマくん!」


 これも俺に引っ付いてきたエヴァラードのせいだ。

 八つ当たりなのは百も承知で、エヴァラードにデコピンした。小さな子龍は何をされたのか分からずに、きょとんと俺を見上げていた。俺はひとつ、大きなため息をついた。


「明日からよろしくね。師匠!」


「その師匠ってのやめて」



学園を舞台に書くと、たくさん登場人物が出てきて大変っす。がちで名前忘れるよ……。

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