表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
純白の勾玉と漆黒の花嫁  作者: 篠宮 美依
第1章 絶望の果てに
4/41

その2

「………よろしいのですか、姫様…」

 話しかけてきたのは、数人しかいない鈴付きの侍女の中でも、乳姉妹にあたる志津である。

乳姉妹であるだけあって、幼いころから共に育った志津は、他の侍女たちよりも気さくに鈴に話しかけることが多い。

 しかし鈴は濡れた顔をそらしたまま、それを気付かれないように、静かに返した。

「…断ったって仕方がないでしょう。このまま無意味な日々を過ごすのも、喰われる覚悟で生贄となることも、大して変わらないわ」

「……姫様…」

 窘めるように志津が呼びかけるが、鈴にはその気遣いすら不要なものだった。

 もう心は決まっていた。 鈴の罵倒を、父親は拒むことなく聞き入れていた。

 鈴は継正が良い父親だとは思っていないが、少なくとも悪い人間ではないと信じている。

 母の死後、正妻が鈴から姫と言う立場を取り上げようとしたことがあった。その時、「他国の外見もあるから別荘に移すだけで良いだろう」と正妻を慰めたの は継正だった。あの時、あのまま正妻によって立場を奪われ、姫でなくなっていたら、今頃、鈴はどうなっていたか分からない。

(母が亡くなっても何不自由なく暮らしてこれたのは、父のおかげだもの…。)

 母の実家は決して豊かな家ではなかった。貧しい家の娘が売りに出されることも珍しくない。もしかしたら鈴もそんなことになっていたかもしれない。 父は少なくともあの時は、自分を庇ってくれたのだろう。その証拠に今回、文ひとつで命じることもできただろうに、わざわざ別荘まで赴き、鈴に頭を下げていった。そんな父親の願いを無下にはできなかった。民のことも心配だった。自分が行くことで少しでも民への負担が減るのなら、それほど嬉しいことはない。

 そんな自らの内心を気づかせないように、鈴は振り向かないまま志津に告げる。

「志津、わたくしの身の心配など無用です。お前は自分の身の心配をなさい」

 志津はその言葉に驚きながら、それでも鈴を説得しようと言葉を探している。

 志津は器量の良い娘だ。自分の侍女でさえなければ、良い家に嫁げただろう。実際に、鈴が心配だからとこれまで何度も良い縁談を断わっていることは、鈴でも知っていた。

(せめて、あなただけでも幸せになってほしい。)

「鈴姫様……紗々様が…今は亡き母君が何より願っておられましたのは、姫様がお幸せになられることに他なりません」

「わたくしは幸せよ」

 志津のそれ以上の言葉を遮るように鈴は言った。

「民の為にこの身を犠牲にできるなんて、これ以上の幸せはないでしょう」

 それは嘘でもあり、真実でもあった。けれど少なくとも、民のために役に立つのは嬉しいことだった。

 鈴の言葉に、志津は悲しげに顔を歪め、袖で顔を隠しながら下がっていった。

 鈴はそれからしばらくの間、一人静かに涙を流した。 同じように志津も、自らに与えられた場所で、静かに頬を濡らしていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ