その2
「―――姫。」
朝になり、いつも月秦が食事を運んでくる時間、久しぶりに男鹿は部屋を訪ねてきた。
「お久しぶりです、男鹿様。」
久しぶりの対面で、尋ねたいことがないわけではなかったが、鈴はつとめて何事もないように振舞った。
あくまで自分は“生贄”なのだと、彼がそう思っているから顔を出さなかったのだと身に染みて感じていたからだ。
「…そうだな。すまなかった。」
「え?」
男鹿は真剣な眼差しで鈴を見てから、素直に言った。
そして鈴に近づき、座っている鈴の頬を覗き込むように持ち上げた。
そのようすがどこかおかしく、鈴は動揺して男鹿に呼びかける。
「男鹿様?どうかされましたか…?」
鈴の表情をじっと見つめた後、納得したような、安心したような様子で手を離すと、男鹿は微笑んだ。
「月秦や優礼に怒られてね。僕らにとっては短い時間だが、君たちにとっては長く感じるのだと。…君を放っておいたつもりはないんだ。」
鈴の横に腰掛け、いつものやさしい表情でそう言った。
(…良い人なのかもしれない。)
男鹿を疑っていたわけではないが、男鹿にとって自分は”生贄”でしかない。だから心底信頼していた、というわけでもなかった。
「戦に…出るのですか。」
「……月秦か。あれほど黙っておけといったのに…。」
鈴から目をそむけ、そう吐き捨てるように呟くと、鈴と顔を合わせることなく告げた。
月秦が遠慮がちに告げたことからも見当はついていた。おそらくは固く口止めされていたに違いない。だが鈴がいつも男鹿について尋ねるので、彼も身を削る思いで鈴に教えてくれたのだろう。
だが男鹿はどうしても隠しておきたかったようである。その態度からして、あとから月秦が咎められることは察しがついたが、それよりも男鹿の身の上が案じられた。
「大したことではないよ。僕らにとっては一瞬の出来事だ。」
安心させようと言う、その声はどこか覇気が無かった。
いつも自信気な、強い意思を感じられる声は、今は弱々しいものだった。
「…共に行きます。せめて、国までは。」
「姫―――」
振り向き、何か言おうとする男鹿の声を遮るように、鈴は言葉を続ける。
たとえただの生贄だとしか思われていなくても構わなかった。
「戦場までとは申しません。出来るだけ側にいさせてください。」
男鹿の瞳をしっかり見据え、はっきりとそう言うと、男鹿はいつもの表情に戻り、
「―――国までだよ。その先は、駄目だ。」
そう一言言って、部屋を去っていった。




