その1
麗花を厳しくしかったあの日から、男鹿はあまり鈴を訪れなくなり、鈴も男鹿とは顔を合わせなくなった。
別にお互い避けているわけではない。それなのになぜか、お互いに会おうと思えず、会わない。
否―――どちらかといえば、男鹿が独りでいる時間が増えたのだろう。
あれから優礼や月秦は相変わらず訪ねてくる。
月秦も最初は嫌そうな顔をしていたが、段々と慣れてきたのか、それとも鈴の誠意を感じてくれたのか、わだかまりはすっかり無くなっていった。しかしそれと共に、男鹿との関係は冷めてきているのだ。
―――所詮は生贄、ということかしら。
男鹿は半年ものあいだ、何も食べずとも生きていけるという。それなら、自分とも半年会わなくても平気なのだろう。
だが優礼や月秦は違う。麗花がいるので鈴が血を分けることは少ないが、彼女の機嫌を損ねると分けてもらえないことも少なくないようで、ときどき鈴のもとに来る。
優礼は上手く彼女の機嫌を損ねないように出来ているようだが、月秦は性格上、彼女とは合わないのだろう。喧嘩して食べれないことが多く、それを聞くたびに鈴が月秦を呼び出すようになっていた。
月秦はあまり鈴を頼らない。それははじめて会ったあの日、鈴が言った言葉のせいだろうか。主に忠実な月秦のことだから、自らの主の“食糧”である鈴をそう簡単に食せないのかも知れない。
「…男鹿様……。」
「―――ご心配ですか、鈴様。」
部屋に入ってきたのは月秦だった。いつもの通り食事を運んできたのだろう。食事を運ぶのは月秦の仕事になっていた。
「…男鹿様はどうしていらっしゃる?」
その問いはここ最近、鈴が繰り返してきたことだ。
いつもなら「元気ですよ」と、ただそれだけ答える。けれど今回は訝しげに眉をひそめている。
「今日のところは、お元気ですよ。ただ…。」
鈴から目を離すと、彼は呟くように微かな声で言った。
「……どうやら次の戦に参加しろとのお達しが来た様で。」
次の、戦。
かりだされる―――――。
誰に、とは月秦は言わなかった。だが、答えはひとつしかない。
「結局、あのひとはわたしのことなどなんとも思っていないのね。」
あの父は、自分のことなどどうでもよいのだ。
戦となれば何ヶ月にも渡る。男鹿がどういう立場なのかは分からないが、少なくとも半年の間、城には戻れないだろう。準備から終焉まで、それくらいの年月はかかるはずだ。
となれば、鈴も―――あの男鹿が実際連れてはいかないだろうが、少なくとも父の知る“ヴァンパイア”の男鹿は、人の生死などどうでもよい、冷酷な彼のはず。その彼を呼び出すということは、“食糧”として鈴がついてきてもかまわないと思っているのだろう。
「…男鹿様のことです。鈴様を巻き込もうとは思っていらっしゃらないでしょう。ですから―――。」
「男鹿様は…大丈夫なの?戦でしょう、怪我をしたら…。」
鈴は自分の感情を押しやり、月秦に尋ねた。
鈴の中で男鹿の存在は確実に大きくなっている。彼の身が心配でならなかった。
「我々は、人ではございませんので。治癒力は高いですから、まず死ぬことはありません。そのうえ男鹿様は純血の御方です。怪我くらい大したことございません。」
月秦は淡々とそう告げると、逃げるように去っていった。
治癒力は高いから。死ぬことは無いから。怪我程度、大したことではないから。
だから、何の心配もするなと、彼は遠まわしに言いたかったのだろうか。
「心配なものは、心配なのよ…。」
鈴はその晩、月秦のその言葉が頭から離れず、一睡もできなかった。




