開けてはいけないプレゼント
高校生活最初のクリスマスの放課後のこと。ぼくは教室で友達の素佳と帰り支度をしていた。窓の外には、降り積もった雪で真っ白になった街が見える。
最後に手袋をつけて、ぼくは支度を終えた。何もせずに待っているのもなんだから、まだ支度中の素佳に話しかける。
「ホワイトクリスマスになったね」
素佳は、まだ雪が降る窓の外を見た。
「そうね」
微笑んでから、つぶやく。
「ロマンチックね」
そして首に白いマフラーを巻き、デジカメを提げた。
学校にカメラを持ってくるほど、素佳は写真を撮るのが好きだ。今年の春に出会ってからずっと、ぼくの高校生活の写真もたくさん撮ってくれる。
もう素佳も支度を終えたようだ。帰ろうか、そう言おうとしたときに、素佳はにこりと微笑んで口を開いた。
「そういえば、歩夢に渡したいものがあるの」
ぼくに渡したいもの……?
素佳は机の横にかけてあったB5ノートほどの大きさの白い紙袋を手に取った。それを笑顔でぼくに差し出す。
「メリークリスマス」
……友達とはいえ、女子からプレゼントを貰うなんて初めてだ。これは嬉しい。
「ありがとう」
ぼくはそれを受け取った。紙袋の口は花柄のテープで完全に塞がれていて、中身は分からない。
「開けてもいいかい?」
すると、素佳は即答した。
「駄目」
多分そのときぼくは鳩が豆鉄砲を食ったようだっただろう。おそるおそるぼくは尋ねた。
「駄目なの?」
「駄目よ」
「それは、家で開けろっていう意味?」
素佳は首を振った。
「家でも駄目」
……おそらく冗談だろう。ぼくは冗談で返した。
「これ、時限爆弾かなにかかい?」
「そんな訳ないでしょ」
これだけ言うということは、どうやら本気のようだ。
「じゃあ、いつ開けたらいいんだい?」
「明日、学校に持ってきて。放課後、わたしと一緒のときになら開けていいわ」
素佳は息をついた。
「ごめんね」
「いいよいいよ」
きっとなにか訳があるんだろう。……訳って何だろう。ぼくは手に持っている紙袋を見た。これは何なんだろう。
ぼくは笑って付け加えた。
「とっても気になるけどね」
ぼくはスクールバッグを肩にかける。
「じゃあ、帰ろう」
ぼくたちは教室を後にした。
幸いなことに、雪はもう止んでいた。だけど、雪の校庭は当たり前だけれど寒かった。ぼくたちは縮こまりながら、校門へ向かう。
少しして、前を歩いていた素佳が急に立ち止まり、くるりとこちらを向いて笑った。
「写真を撮りましょう」
やっぱりそうだと思った。
「誰か撮ってくれそうな人はいないかしら」
……いつもと違う。いつもは素佳がぼくを撮っていた。
「一緒に写るの?」
「そうよ。あ、校門に小風先生がいるわ」
小風先生は、ぼくたちの担任だ。
素佳は校門まで駆けていった。雪の中に、赤いコートに白いマフラーの素佳。サンタみたいだな、なんて思っていたら、おいてけぼりにされた。慌ててぼくは追いかける。吸い込む空気が冷たい。
「先生」
素佳が呼ぶと、雪かきをしていた先生が振り向く。
「あら、どうしたの?」
「写真を撮ってもらえませんか」
先生は微笑んだ。
「いいわよ。並んで」
「ありがとうございます」
素佳は先生にカメラを渡す。
雪の校庭を背景にぼくたちは並んだ。
「撮るわよ。はい、チーズ」
ぼくたちは笑って、写真に写る。
「ありがとうございました」
素佳は先生の所へ行った。先生はカメラを渡す。
「あなたたち、本当に仲良しね。今日は楽しいクリスマスを過ごしてね」
「はい。先生も」
「ありがとう。じゃあ、気をつけてね」
先生はぼくたちに手を振った。
ぼくたちは先生と別れ、校門を出て、踏み固められた雪で滑らないように気をつけながら歩いた。
「どうして今日は一緒に写ったんだい?」
尋ねると、素佳は笑って言った。
「秘密よ」
秘密なの?
しばらくすると、喫茶店の前にさしかった。素佳は店を指差す。
「このお店、ケーキもあるのよ。クリスマスを祝って食べたいわ」
なるほど、クリスマスケーキか。甘いものはあまり食べないけれど、素佳とケーキを食べるのは楽しそうだ。
「じゃあ、一緒に食べようよ」
ぼくが提案すると、素佳は嬉しそうに笑った。
次の日、12月26日。晴れ。昨日の雪はクリスマス限定だったようだ。今日は終業式だから、学校は午前中に終わった。
教室に生徒がいなくなると、素佳はぼくの机までやってきた。
「持ってきた?」
「もちろん」
ぼくは、机の横にかけてあった素佳からのプレゼントを机の上に置いた。素佳は微笑む。
「開けてもいいわよ」
その言葉を待っていたよ。
「じゃあ開けさせてもらうね」
ぼくは心躍らせながら、テープをそっと剥がした。そして、中にあったものを手に取る。
――それは、アルバムだった。
表紙には、『歩夢の2012年』と書いてある。
「わあ、素佳らしいね! 嬉しいよ」
「そう? よかった」
素佳は照れくさそうだ。
ぼくは、表紙を開く。最初の写真には、満開の桜を背景にⅤサインを出しているぼくが写っていた。
「ちょっと幼くて可愛いわね」
素佳は笑った。
ぼくはページをめくり、他の写真も見た。遠足や体育祭、文化祭などの学校行事から日常まで、ぼくの今年の高校生活が撮られている。すべてぼく一人が写った写真だ。
「それで、素佳」
ぼくは尋ねた。
「どうして今日まで開けちゃいけなかったんだい?」
素佳は、よくぞ聞いてくれたとでも言いそうな満足げな顔をした。
「アルバム、ちょっと貸して」
ぼくがアルバムを渡すと、素佳は後ろを向き、なにかこそこそと作業を始める。少しして、素佳はアルバムを持って振り返った。
「これよ」
アルバムの最後のページに、さっきまではなかった昨日の写真が貼られていた。
「だって、クリスマスは一年の中でも重要なイベントじゃない。アルバムに欠かすわけにはいかないわ」
素佳は微笑む。
「でも、プレゼントはクリスマスに渡したかったの。だから、写真が出来るまで開けるのを待ってもらったのよ」
そういうことだったんだ。
「じゃあこれで完成だね」
「うん」
素佳は微笑んだ。
「話、変わるけどね」
「なんだい?」
「わたし昨日、秘密って言ったじゃない?」
ぼくはうなずく。
「そうだね。どうして一緒に写ったのか聞いたときに。どうしてだったんだい?」
素佳は、アルバムの最初のページを見た。
「あのね、前までは、いろんな歩夢を撮るのが楽しかったの。だから、一緒に写りたいとは思わなかったわ」
素佳はページをめくり、最後のページを見る。
「でも、アルバムを作るときに歩夢しか写っていない写真ばかり見て、なんだか急に一緒に写りたくなったの」
素佳はアルバムからぼくに目を移して笑った。
「写真の中でも一緒がいいから」
それはぼくも同じだ。
「じゃあ、これからはずっと一緒に写ろうよ」
そして来年のクリスマスも、ぼくに開けてはいけないプレゼントをくれないかい?